第八話 どんな異変だ?
「ムライ? 初めて聞く名だな」
「書状によりますとキノシタ殿が皇帝の座に就き、その妹を娶って義弟となったムライ殿には公爵の爵位が与えられたと書いてあります」
久しぶりの執務室でツッチーがオダ帝国改め、キノシタ帝国から遣わされた使者よりの書状を広げながらの報告だった。そこにはムライ公爵がなるべく早いうちに謁見に訪れたいとの記載がなされているとのことだ。
「あのキノシタが公爵に据えるということは、かなりの切れ者と見た方がよさそうかも知れん」
「それについてはモモチ殿からの報告によれば、帝国の西方諸国を知謀によって次々と傘下に収めた知将とのことにございます」
「その者が余に謁見を求めているというのか」
「御意」
「真意は何だと思う?」
「まずは陛下の品定めといったところじゃろうな」
俺の隣で話を聞いていたアヤカ姫が、難しい表情を浮かべながら呟くように言った。ちなみに彼女は俺がエンザンに行っている間相当寂しかったようで、昨夜からずっと付きっきりである。今も俺の腕に巻きついたままだ。まあ、これはこれで可愛いからいいんだけどね。
「余の品定め?」
「妾も遠い西方の国々のことまではよく知らんがの、傘下に収まった国の国王とて馬鹿ばかりではなかろう」
「まあ、そうだろうな」
「それらを知謀で帝国に従わせたのじゃ。つまりは計略に秀でていると見て間違いない。下調べのつもりで参ると考えるのが妥当じゃろう」
「いずれはこのタケダにも何か仕掛けてくると申すのか?」
元々オダ帝国だった頃から東側の攻略が進まなかったのは、先王であるタケダ・ハルノブ国王が巨大な壁として立ちはだかっていたからである。ところが今は俺のような青二才が国王の座を受け継いだ。これを好機と見たシバタが約七万の軍勢を率いて大規模な侵攻作戦を展開、しかも姑息な夜襲である。誰の目にもシバタ軍の勝利は明らかだっただろう。ところが蓋を開けてみれば、わずか三百の損害を与えただけで彼らは全滅されられてしまった。兵力の差だけではこちらを屈伏させることが難しいと踏んだ帝国が、次に手を打とうと考えるなら、殊更慎重にならざるを得ないだろうというのがアヤカ姫の見解である。
「そして出た答えが、知謀に優れたムライとか申す者自身による視察というわけじゃ」
「聞けば一時期はキノシタ殿と皇帝の座を争っていたとか」
「ではキノシタが勝ったということか?」
争っていたというなら負けた相手に妹を嫁がせ、わざわざ公爵位まで与えるというのもおかしな話だ。
「いえ、キノシタ殿が勝ったのではなく、ムライ殿が身を引いたそうにございます」
「身を引いた? 皇帝と公爵ではえらい違いだろうに」
「そこがこのムライ殿の得体の知れないところでしょうな」
ということは、キノシタに皇帝の座を譲る代わりにムライに公爵位を与えたということか。それでも割に合わない気もするが、ムライ本人が納得したのならこちらが気にするところでもないだろう。
「謁見の件は承知したと伝えてやれ。日取りは十日後、入国は今日より七日後以降から許可する」
「かしこまりました」
ツッチーはその場で書状を認め、扉の横に控えていたメイドさんに手渡す。それを彼女は来客を告げにきたた衛兵に渡して、帝国からの使者に届けられるという仕組みだ。
余談だが他国を訪れる使者はその任務の内容にもよるが、返事を持ち帰る場合は最低でも半刻、つまり一時間以上は待たされることになる。返事を受け取るべき相手が不在の場合は、何日でも待たなければいけないのが彼らの宿命なのだ。俺はそんな他国の使者のために、一刻以上待たなければならないと決まったら、クリヤマ料理長が作った菓子の類を出してやることにしていた。これが大変に好評らしく、菓子の味を知った者は嬉々として使者の任を受けるそうだ。
「今回は菓子は出ませんから、使者もがっかりでしょうな」
「その者は何度も来ているのか?」
「衛兵も顔を覚えてしまったようです」
「そうか。なら土産にいつもの菓子を持たせてやるといい。ついでに道中気をつけろと伝えておいてくれ」
「陛下のお言葉として、でよろしいですか?」
「構わん」
聞いた話では、使者は帰り際に感激して城内で土下座していたそうだ。菓子もそうだが、他国の王から言葉をもらえたことがよほど嬉しかったらしい。
「ところで陛下」
「何だ、まだ何かあるのか?」
俺としてはもう少しアヤカ姫といちゃいちゃしたいのだが。
「実はオダ、ではなくキノシタ帝国よりの移民に異変が起きているようなのです」
「異変? どんな異変だ?」
「先のエンザンでの戦以降、貴族の移民希望者が急増しているとか」
「誠か!」
これはアヤカ姫といちゃつくよりも大事な案件だ。とりあえず彼女は俺にくっついて大人しくしてくれているし、ツッチーの話を掘り下げて聞いてみることにしよう。そう思った俺は、メイドさんに新しいお茶を入れてくれるように頼んでから、彼の話に耳を傾けるのだった。




