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02-04 聖女

バーバラは期待に胸を躍らせる。

ナツとの出会いにより、愛弟子たるアデレイドが()()()()()になれるかもしれないのだから。




「助祭なんだ」


ナツが少女に声を掛けた。


「はい。 先日巡礼を終え、助祭の位を授かりました」


上級神官は修行を終え、素養充分と判断されると巡礼へと送り出される。

()()()()()聖地や遺跡を巡り、より神へと近付く資格を得るために。

そして巡礼を終えると正式に司祭候補として認められ、助祭の位階を得るのだ。


「へー、凄いね」


「ナツ様こそ、瀕死の重傷者をただ一度の魔法で癒してしまったと伺いましたわ」


「君も同じ事が出来るんでしょ? 大司祭様が言ってたよ」


あれほど無関心だったナツが饒舌になった――ジョナサンにはそう見える――と大司祭は笑いを堪えるのに必死だ。

自身の思い描いた通りに話が進んでいる。


(わたくし )の魔法力は、師であるバーバラ司祭に頂いたものです」


「謙虚なんだね」


「師の言う事を聞いていれば間違いありませんもの」


アデレイドはニコニコしながらナツと話している。

その姿は楽しそうであり、ナツと話せる事が嬉しそうにも見えた。

だがそんなアデレイドとは違い、ナツのテンションは下がっていくばかりだ。


「そうなの? バーバラ司祭」


バーバラは突然ナツに話を向けられ困惑した。

アデレイドを指導したのは確かにバーバラだ。

だがその実態は教育ではなく、()()だった。

それを見透かしたかのようなナツの眼力に気圧された。


「は、はい。 私は教団内で指導教員の役にありますので」


だからと言って、ありのままに答える訳にはいかない。

何とか心を落ち着かせて無難な答えを口にした。


「その私の指導歴でも、アデレイドは随一の強い信仰心と高い魔法力を持った生徒です。 不躾ながら、その魔法力はナツ様にも匹敵し、聖女と呼ばれるに相応しいと考えております」


バーバラとしては、ナツにはアデレイドと会話を続けて欲しい。

その思いが強く、ナツの興味をアデレイドに戻すべく、バーバラは礼を失した言葉をそれと気付かず口にした。

アデレイドはバーバラに褒められて嬉しいのか、先程にも増してニコニコとしている。


「強い信仰に、僕に匹敵する魔法かぁ…」


ナツは呟くとアデレイドに向き直った。

ほっと息を吐くバーバラ。

だが、ナツはそこに言葉の爆弾を投げ込んだ。




「君のその強い信仰は何のためのもの? その高い魔法力は誰のために使うのかな?」




「――え?」


アデレイドはキョトンとしている。

バーバラの顔は蒼褪めていた。


(まさか、ナツ様は気付いている?)


そして決定的な一言をナツの唇は紡いだ。


「巡礼を終えて助祭になったって? 馬車で巡礼なんて聞いた事ないよ」


その瞬間、会場の時間が止まった。


「あの時、キャラバンがオークに襲われた時、君は馬車の中にいたよね」


言葉こそ問いの形をしているが、その内容は確認である。

これはここへ来る前にハルによって授けられた情報だ。

ハルはあの馬車を観察した時に、中に人の気配を感じていたのだ。

この街へ来るまでに仕入れた情報の数々と、街に入ってから仕入れた情報により、中にいたのは聖女であろうと当たりを付けていた。

ハルならば、そこからあの状況に至るまでを推測するのに大した時間は掛からない。


バーバラはハッとした表情で口元を手で押さえたまま固まっている。

すぐに自分を取り戻し、アデレイドを止めようとするが一足遅かった。


「はい。 バーバラ司祭に言われた通りに馬車に留まっておりましたわ」


まるで悪びれず、ただ事実を口にしているアデレイド。

むしろ、その姿は誇らしげにさえ見えた。


「あの時、君のいた馬車の外には君の魔法を必要としている人がいたんだよ」


「――え?」


「僕は、人々のために揮われない魔法なんて認めないよ」


ナツは真っ直ぐアデレイドを見詰める。

その眼に込められているのは失望だ。




「人々を救わない聖女なんて、絶対に認めないから」




バーバラは声が出なかった。

アンガスは腕を組み、目を閉じて黙っている。

アデレイドは、何故自分が責められているのか理解出来ない。


これまでは、バーバラの言う事を聞いていれば褒められた。

言う事を聞いたのに怒られるなど、思ってもみなかった。




会場は静まり返っている。

誰も言葉を発する事が出来なかった。


否。

黙って聞くだけの人物ではない者が一人だけ存在した。


「無礼だぞ、小僧! 我らが聖女を愚弄するか!」


誰あろう、ジョナサン大司祭であった。

大きな弛んだ体を揺らして怒りを表現している。


「何をしている、アンガス! 無礼者の小僧をとっとと摘み出せ!」


名指しで命令されたアンガスは、そっと息を吐くと目を開き歩き出した。

そのままナツへと近付いて来る。


「すまないな、大司祭の命とあらば従わない訳にはいかないのだ」


「いいよ、僕もここにはもういたくないから」


誰もが本心だと判る口ぶりだった。


「本当に、すまない…」


ナツは逆らわず、ハルもまたそれに従い、アンガスに誘導されて神殿を出た。







「許されるなら、君とはゆっくりと話し合いたかったよ」


アンガスは名残惜しそうに言った。


「僕はもうあなた達と話をしたくないよ」


ナツは、はっきりとダナ神教とは縁を切ると言った。


「手厳しいな」


アンガスは苦笑している。


「残念だが仕方が無いか。 では、良い旅を」


「うん、ありがとう」


そう言うとナツは一度も振り返らず、ダナ神殿を立ち去った。




ナツの姿がアンガスの視界から外れると、すぐにハルが問いかけた。


「ダナ神殿はどうでしたか?」


ナツは気まずそうにハルから視線を外すと一言で済ませる。


「僕のイメージしてた神殿って感じじゃなかった」


むしろ悪巧みをする裏商人と言う感想しかない。


「心配いりません、それが普通です。 むしろ荘厳で感動した、なんて言ったりしたら折檻するところです」


「ええ!? は、ハルお姉ちゃん!?」


その顔には表情が無いため、本気か冗談かの判断が付かない。

しかし、ナツは経験則から八割本気だと判断した。


(あ、危ないところだった…)


全く、人生どこに危険が潜んでいるか分からない。

最も身近な、最も信頼する相手から罠に誘導されるとは、夢にも思っていなかった。

ナツは今後も注意が必要だと心を引き締めるのだった。







「あのクソガキが! クソガキが! バカにしおって!」


会場に残ったジョナサン大司教は自棄食いをしていた。

会場は無人だ。

白地な嘲笑を顔に張り付けた他派閥は勿論、自派閥まで八つ当たりが怖くて逃げ出していた。


満腹になると、次なる欲求を満たすべく自室へと向かう。


「ヴェロニカ!」


部屋に戻る途中で神官見習いの名を呼んだ。


「お呼びでしょうか、大司祭様」


現れたのは、あの時バーバラ司祭と一緒にいた少女だ。


「一年ぶりだ、可愛がってやる。 来い」


「畏まりました」


そして二人は大司祭の自室へと消える。

暫くすると、部屋からは女の嬌声が漏れ聞こえていた。




夜半を過ぎた頃、ジョナサン大司祭も満足したのか、漸く少女――ヴェロニカは解放された。


(全く、重いわ臭いわ、アレの相手するのも大変よね。 そこいくと巡礼の旅は楽が出来てよかったわ~)


たった一年だが、楽しい旅だった。

自分の巡礼ではなく、アデレイドの世話係としてだったが、むしろ気楽に楽しめた。

何より、肥え太った豚の相手をしなくていいのが良かった。

ジョシュア(おとうと)も、今頃は男色の司祭に可愛がられながら同じ事を思っているに違いない。




ここは天国だ。

体さえ差し出せば飢えなくて済む。

衣食住に困る事がない上に、弟と(はな )(ばな )れにならなくていいなんて、ここを拒絶して態々外で苦しむ人達の気が知れない。


ただ、最近は心が晴れない事が多くなってきていた。

原因は解っている。

アデレイドだ。


ほんの数年前は同じ神官見習いだった。

それが今では天と地だ。

片や聖女で、自分は未だに見習いのまま。


(まあ、あの子は初めから聖女になるべく育てられていたけどねー)


自分はあの幼女好きの変態に見初められてしまい、早い内から汚れてしまった。

これでは神官になんて、なれる訳がない。

自分をこんな目に合わせる神なんて、呪う事はあっても敬う事などある訳がない。


(年齢的にも、そろそろあのデブに見限られる頃よね。 神官にもなれないし、ここを追い出されたらどうやって生きていこうかなあ)




考えに耽りながら自室へと戻っていたら、テラスに人影があった。


(こんな夜中に誰よ)


「あ、ヴェロニカ」


そこにいたのはアデレイドだった。


「ヴェロニカも眠れないの?」


「そんなところです」


本当の事を言っても栓無い事。

話を合わせて適当なところで早く部屋に戻りたい。


(あんたと違って、あたしは眠いのよ)


そんなヴェロニカの本心など知らず、アデレイドは話を始める。


「ナツ様の事を考えていたのです」


「ナツ? ああ、あのくそ生意気なガキね」


ナツに対するヴェロニカの印象は最悪のようだ。


「あの方こそが私の運命の人ではないかと思ったの」


「はあ、本気で言ってます?」


ヴェロニカにしてみれば、何でよりにもよって、あのちんちくりんのとっちゃんぼーやを運命の人などと思ってしまったのか、小一時間程問い詰めたいところだ。


「…あれ以来、それらしい人に出会いませんでした」


あれ――とは、数年前に誘った祭りで占って貰った事を言っているのだろう。

彼女がやたら占い師に心酔していた事を思い出すヴェロニカ。


「だからって、何もあんなガキ…年下に運命を感じなくても」


――多分に気のせいだと思いますよ


そう思ったが、その言葉を飲み込んだ。

そうなったら面白い。

つい、そう思ってしまったのだ。


「もしアデレイド様が本気なら、あたし手伝いますよ」


「本当!?」


アデレイドは嬉しそうに反応した。


「――しっ! もう夜遅いんですから」


ヴェロニカは慌てて窘める。


「あ、ご、ごめんなさい」


体を縮こまらせて謝るアデレイドを眺めながら、ヴェロニカは面白くなってきたと、心を弾ませるのだった。







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