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02-03 晩餐会

キャラバンは、あれから二日後にエルフィンストンの街に着いた。

馬車の修理に思わぬ時間が掛かり、行程が伸びてしまったためだ。

最も、ナツに不満は無い。

ベニーと沢山遊べたからなのは、言うまでもないだろう。


街の入り口ではキャラバンの一員と見做されたのか、ナツ達は特に身分証を求められる事は無かった。

せっかく色々と設定を考えて練習したのに拍子抜けである。


「まずは宿の確保から始めましょうか」


「うん」


人に飼われている証である布をルナとユッピーの首や腕に巻いてやりながら、二人は今後の行動について検討する。

ダナ神教との接触は避けられないと考えているからだ。


そんな二人にキャラバンのオーナーであるアーロンが近付いてきた。

もう一人、見慣れない人物が傍にいる。


「ナツ殿、ハル殿。 息子が是非、お二人にお礼を言いたいと言っていてね」


「初めまして、ブリアナーサの父親でカラムと申します。 この度は娘を助けて頂いて、お礼の申しようもありません」


カラムはアーロンの跡取りらしく、人当たりのよさそうな人物だった。

そして二人の勧めで、ナツ達も同じ宿に泊まる事になった。

ベニーと一緒の宿と言われて、ナツが断る筈もない。

宿代はアーロンが払うと聞けば、ハルも反対はしなかった。







「アーロン氏が勧めるだけあって、いい宿ですね」


「うん、ベッドもふかふかだー」


宿の部屋で落ち着いた二人。

アーロンの計らいで、ルナとユッピーも同室を許された。


しかし、現実は厳しい。

早々のんびりもしていられないようだった。


「お客様、ダナ神殿から書状が届いております」


早速、ダナ神教が接触して来たからだ。

宿の従業員から受け取った書状を開けて確認すると、そこにはナツを晩餐会に誘う文面が記載されていた。


「署名は大司祭ジョナサンとなっていますね」


「大司祭?」


「ダナ神教における現在の最大権力者と記憶しています」


その大司祭が主催する晩餐会ではあるが、集まるのは身内だけの、内々の催しのようだ。

だからと言って納得出来るものではないが。


「何で、そんなのに僕が呼ばれるのさ」


「ダナ神教の名に泥を塗ったと思われたのでしょう」


「何で!?」


「司祭に治せなかったベニーの怪我を治したからです」


人助けをしたのに逆恨みされるとは、世知辛い世の中にも程がある。


「しかしこれは、もう断れないと思った方がいいでしょう」


ハルは少し考え、ナツに作戦を伝える。

恨まれたのなら、いっその事ハッキリと敵対してしまった方が対処がしやすいと言うものだ。

中途半端な関係だと、思い切った行動に出られず後手に回る可能性がある。

今がまさにそうだ。

また“apostrophe”の事もある。

神殿関係者と近しいのは後々問題になる可能性が高い。

ここではっきりと縁を切ってしまおうと言うのがハルの思惑だった。


「まずは、身嗜みから整えましょうか。 ナツ、マナーや礼節は覚えていますね?」


「う、うん、大丈夫…」


ナツはハルと過ごした五年間で、ハルの手によって立派なご主人様となるべく、礼儀やマナーに関してきっちりと教育を受けていた。

普段は家庭的なものを好むナツなので使わないが、やろうと思えば上級貴族との晩餐会であろうとも難なく熟せるのだ。


(ああ、やだなー)


出来ればそんな機会は無い方がいいと本人は思っていても。







夜になると、ナツはハルを伴い指定された時間よりやや早くダナ神殿を訪れた。

場所は迷わなかった。

何故なら迎えの馬車が来たからだ。


(至れり尽くせり…では無く、絶対に逃がさないと言う意思表示でしょうか)


派手さは無いが、上質な素材で出来た礼服を纏ったナツの後ろに控えながら、ハルはそんな感想を持った。


(うう…首が苦しい…)


ナツは着慣れない服装に、それどころではないようだ。




神殿に着き、会場へと案内される。

今は晩餐会前のパーティーのようで、立食形式なのか決まった席は無かった。


(聖職者なのに晩餐会前のカクテルパーティー?)


それは聖職者にあるまじき、俗世に塗れた催しだった。


そんな感想は噫気にも出さず、ナツはスイッチが入ったかのように完璧な作法で会場に入った。

その堂々とした態度と、貴族と見紛うばかりの上質で豪華な衣服に、会場にいた者達は例外なく彼に注目していた。

特に先日、直接ナツと接したバーバラ司祭は、驚きの表情のまま固まってしまったようだ。

そんな彼らを尻目に、ナツはちらりと周囲を一瞥する。


(壁沿いに並んでいる人達は護衛かなあ。 あ、バーバラ司祭が固まってる。 アンガスさんもいるね)


アンガスはバーバラ司祭の護衛ではなく、参加者のようだ。

礼服に身を包んでいる。




それにしても、とナツは思う。


(なんか神殿関係者は太った人が多いなあ。 脂ぎってテカテカしているし)


ナツが現代人なら、こう思った事だろう――メタボ、と。


法衣を着ているから神殿関係者なのだろう、バーバラも同じようなのを着ている。

その服は男女の違い程度の差異だ。

恐らく司祭か、似たような位階なのだろうと思われる。

しかし、それが無ければとても聖職者とは判らなかっただろう。

本能的な嫌悪を催す表情と仕草に、早くも帰りたくなったナツである。

少年故の純粋さは、時に残酷なまでに真実を告げると言ういい例であった。




そんな会場に一人、ナツの目を引く少女がいた。

バーバラと似たような法衣を着ているが、バーバラより装飾が少なく、歳の頃はハルと同じくらいだ。

可愛らしい顔立ちをしていて、好奇心に満ちた瞳でナツを凝視している。


(そんなに睨(・)ま(・)れ(・)る(・)と怖いんだけどな)


どちらかと言うと見詰めていると言える眼差しなのだが、居心地の悪さが手伝ってか、ナツはネガティブな印象を持ってしまったようだ。




またこの会場には、もう一人ナツを凝視する人物がいた。

いや、こちらは間違いなく睨んでいた。

誰あろう、大司祭ジョナサンその人である。


(あの小僧は何者だ!? 弱小教団の神官風情ではなかったのか!?)


弱小教団には縁がないであろう、このような場に連れてきて笑いものにするつもりであったのに、むしろ他派閥の司祭達の興味を引いてしまった。


大司祭と司祭。

普通なら大司祭の方が偉いのだが、彼らには派閥があり、ライバル関係にあった。

今は自分の方が一歩リードしているだけだと言う事を、ジョナサンはよく理解していた。

今回は自分の手柄を発表する為の場と、同じ神殿の身内で他教の神官を笑いものにすると言うイベントのために彼らを集めたに過ぎないのだ。


他派閥に力を付けさせる事も、ナツに見下される事もあってはならない。

しかし、ナツの正体が判らなければ、このままでは手の打ちようがない。

ジョナサンは賭けに出た。


「皆の者、今日は珍しい客人をお招きしている。 彼はつい先日、我らダナ神教の誇る司祭、バーバラが出会った旅の神官なのだが、かの大聖人アポストロフィを信仰しているそうだ」


会場からは「それは珍しい」だとか「旅の神官とは古風ですな」と言った感想が聞こえて来る。


「それだけではない。 彼はバーバラ司祭よりも強力な魔法の使い手なのだそうだ」


場がどよめいた。




ナツは、ゆっくりと周囲を見渡す。

彼に集まる殆どの視線は興味津々と言ったものだった。

アンガスとバーバラ司祭の表情は、何故か申し訳なさそうに見えた。

先程の少女は大司祭の脇に控えている。

ナツに近寄って来る気配はない。

もっとも視線はずっとナツに固定されたままだ。


ナツは、すっと会場の人々に向き直る。

その動きは流れるように流麗で、それだけで会場の人々は息を呑んだ。


洗練された動作で周囲の注目を集めると、自己紹介を始める。

その声は良く通り、会場全体へと広がった。


「訂正があります。 僕は神官ではありません」


人々が目を見張った。

では大司祭が嘘を吐いたと言うのか。

だが彼らがその疑問を口にする前にナツは言葉を続けた。


「マクガヴァン子爵家継嗣、ナツモ・マクガヴァンです。 家の習わしにより、見分を広めるための旅をしています」


ハルの考えた設定だ。




ざわりと動揺が会場に広がる。

それは大司教子飼いの者達だ。

笑いものにするために呼んだ子供が、実は子爵家の跡取りだったとは。


神に帰依し、出家すると家名を捨てる。

だがナツは子爵家の跡取りと名乗ったのだ。

それは神官では無い事を意味していた。


彼らの動揺はそれ故だ。

ナツが神官であったなら、どれ程魔法力に優れていようと問題にはならなかった。

聖職者同士なら、大派閥であるダナ神教の方が圧倒的に上だと言う自負があったからだ。

だがそうでないなら――況してや子爵家の跡取りとなると事情が異なる。


男爵などの下級貴族と違い、子爵は領主である伯爵を補佐する爵位だ。

つまり、領地経営にも携わると言う意味合いを持つ。

それだけで下級貴族は逆らえない。


下手を打てば、もみ手すり手で獲得した信者(パトロン )を失いかねない危険がある。

そう判断したのだろう、大司祭子飼いの司祭達は残らず及び腰となった。




一方、バーバラは別の意味で慌てていた。

その顔は、赤くなったり青くなったり百面相の如く変化している。


(まさか神に帰依していなかったなんて! 出家せずにあの魔法力、まさかナツ様は聖人なのですか!?)


聖人、聖女。

それは“奇蹟”を起こした偉人にのみ与えられる称号。


例えばアポストロフィは死者蘇生だけでなく、神の代行たる《治癒魔法》と、自己鍛錬による肉体活性を他者へと及ぼす《治癒術》を習得した。

この二つの“奇蹟”を成し得たからこそ『大聖人』と呼ばれているのだ。


そして、ナツの“俗世に身を置いたまま司祭を超える治癒魔法を行使した”と言う事実は、充分に“奇蹟”として認定され得る偉業であった。


(ナツ様をこんな俗物達に会わせるなど気が引けていましたが、何と言う幸運でしょう。 この巡り合いは神の思し召しです。 きっとあの子に良き影響を与えて下さるに違いありません)


バーバラは、これは運命の出会いだと確信した。







ナツはすぐに会場中の人達に囲まれた。

他派閥は元より大司祭子飼いの司祭達も、笑いものにするより取り込んだ方が有益と判断したようだ。

多くの司祭達が、こぞってナツに話し掛けて来た。


しかし、ナツにとってその会話はつまらないの一言に尽きた。

その話題と言うのが、とにかくダナ神殿の自慢話ばかりなのだ。

やれ今度はどこそこに教会を建てたとか、やれどこそこの貴族を信者に迎え入れたとか。

収益がどうだとか言われてもナツには全く興味が湧かない。


――何だか教会って言うより商会って感じの話ばっかりだね


(僕今上手い事言った!)


とうとう内に籠って言葉遊びを始めたナツ。




そんなナツを見て、苦々しく思う大司教ジョナサンだった。


(おのれ、どこまでも我々を虚仮にしおって)


一昨日、帰還したバーバラ司祭の報告を受けて、彼はナツにダナ神教を貶められたと感じた。

自らの権力を虚仮にされたままではいられない。

ナツがこの街にいる間に見返さなければ、この先も虚仮にされ続けてしまうだろう。

いや、この街にいる間などと悠長な事は言っていられない。

この街に足を踏み入れたなら、すぐにでも自分の権力を見せ付けてやろう。


そして兼ねてから用意していたこの晩餐会を使って、笑いものにする計画を思い付いた。

まず、貧しい下等教団の見窄らしさを揶揄してやる。

そのために絢爛豪華な場に誘い込んだのだ。

そして、この場に参加可能な全ての子飼い司祭に集合をかけて人数を集めた。

弱小教団にはこれほどの数の司祭はいないだろう、それだけでも圧倒出来る筈だ。


しかし笑いものにする筈が、反対に入場してすぐに場を支配された。

貧しいどころか、下級貴族には手が出ないような上質の衣服に、非の打ちどころのない見事な所作だ。

飲まれたのは自分達の方だった。


強欲な司祭達は他派閥も自派閥も、すぐに自分の派閥に取り込もうと動き出した。

それならそれで構わない。

信仰の強さによる魔法力など、堕落させて失わせてしまえ。

その後でゆっくりと嘲笑してやればいい。


だと言うのに、ナツはどんな話を聞いても関心を示さない。

全く心を動かさない。


(奴の興味を引き、尚且つその自尊心を傷つけられるものは何だ?)


大司祭は考える。

子爵家の跡取りならば、確かに生半可な権力では心を動かされないだろう。

資産があるなら、金もだめだ。


それなら信仰心はどうか?

敢えて、強い自負があろう信仰心で勝負に出てみてはどうか。

バーバラ司祭の報告では、彼女を超える治癒魔法で瀕死の少女を救って見せたと言う。

その自信たっぷりの信仰心が他者に劣ると突き付けてやれば、さぞかし落胆する事だろう。

そして、丁度それを可能にする手駒が手に入ったばかりではないか。

怒りのあまり忘れていたが、そもそも今日のこの晩餐会はそれを披露するための場であった筈だ。

他派閥に自派閥との差を見せつけるための晩餐会。

ならば――ジョナサンの考えは纏まった。




「ナツモ・マクガヴァン殿、そこにいるバーバラ司祭の話に因ると貴殿は素晴らしい魔法力をお持ちらしい」


(ん?)


自己の意識に埋没していたナツの意識が浮上する。

そんなナツの態度に、やはりこの話題かとジョナサンはほくそ笑む。


「その魔法力を支えるのは信仰心だと言う事は、我々教会関係者の間では常識ですな」


(んん?)


ナツには大司祭が何を言いたいのか判らない。

とりあえず、最後まで聞いてみようと思った。

何故なら今までの眠くなるような自慢話とはちょっと趣が違って聞こえたからだ。

自慢話には違いないだろうとは判っていたが、ちょっと暇だし聞いてみてもいいかな、なんて思ったのだ。


ハルは、このような公の場では影に徹している。

口は出さない。

決してメイドの範疇を超えるような行動には出ない。

全てをナツに任せているのだ。

その結果、ナツが失敗しても構わないと思っている。

どちらに転ぼうが、それはナツの成長の糧になると信じているからだ。


「我らダナ神教にも信仰心篤く、貴殿に勝るとも劣らない魔法力を持つ者がおるのです」


「へー」


鍛え上げた礼節やマナーはどこへ消えたのか。

一度気が抜けたナツは、それらをすっかりどこかに置き去りにして、素に戻ってしまっていた。


(ぐぬぬ、ガキがバカにしおって!)


全くの誤解なのだが、そんな事はジョナサンに知る由もない。

必死に取り繕いながら言葉を続ける。


「我がダナ神教の誇る神官を紹介しましょう」


そう言って彼は脇にいる少女を指し示した。


「我らの教団において、約二百年ぶりに誕生した聖女です」


紹介を受けて、大司教の傍らに立つ少女は深くお辞儀をした。




「助祭のアデレイドと申します。 恐れ多くも皆様には聖女と呼ばれておりますわ」







 

三回ほど書き直しました。

テーマの選定に失敗した感が今更…orz

 

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