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02-02 招待

ハルは戦闘中のキャラバンに加勢する騎馬隊を見て、自分の予想が外れる事を知った。

その騎馬隊に守られるように走っていた馬車の造りに厄介事に巻き込まれる予感がする。


(どう見ても、普通じゃありません。 あの装飾過多な感じは権力者か商人か、又は神職でしょうね)


見事に言い当てたハルだが、それだけで事態が好転する訳も無い。

まずは所属をハッキリさせるべく、回り込む事にする。


(その間に厄介事が進んでしまう可能性もありますが、どちらにしても今更でしょう)


巻き込まれる前提で動くハル。

この辺りは、ナツの性格をよく知っていると言えた。


ぐるりと林の側へと回り、身を隠しながら件の馬車へと近付いた。


(あの紋章はダナ神教ですね。 確か法を重んじる、癒しの女神のはず。 また、面倒な…)


ある意味、自由を尊ぶ神の信徒よりも法を重んじる神の信徒の方が厄介なのだ。

何故なら、融通が利かないから。

この一点に尽きる。

『自分達の行いは、全てが正しい。 何故ならば神の定めた法に則っているからだ』

そう言って憚らないのが、このタイプだ。

一度絡まれたら逃れるのに苦労する。


その神の法とやらも、長い年月を掛けて自分達の都合のいいように歪んで来た物だと言う事を彼らは知らない。

ハルからすれば滑稽としか思えない集団、それが法の神の信徒達だ。


(何事も無ければいいのですが…期待薄でしょうね)


諦めて林から出ていくと、行く手から歓声が上がった。







涙を流しながら、血塗れの娘を抱き締める母親。


「良かった、本当に良かった」


抱き締められた娘は、訳が分からないようで、キョトンとしている。


「見事なものだ。 さぞや高名な神官とお見受けする。 御名を聞かせて頂いても宜しいだろうか」


背後から近付いてきた騎士――アンガスが大仰な言葉遣いで聞いてくる。

アンガスだけでは無い、先程まで肩で息をしていた女性――司祭と言われていた――までが期待のこもった眼で見ていた。


(あうあうあう…ど、どうしよう…)


名乗るに名乗れなくなったナツである。

自分は高名でも無ければ、神官ですら無いのだ。

これでは名乗りたくても名乗れない。

人助けをしたのに、何故か窮地に立たされてしまった。

先程、さっさと名乗っておくべきだったと後悔しても後の祭りだ。

そんなナツの窮地を救ったのはユッピーであった。




「きゃあああ!」


「と、虎だ!」


「逃げろ!」


「何だって虎がこんな所にいるんだよ!」


キャラバンは半ばパニックに陥っている。

無理も無い。

オークの群れに襲われ、どうにか助かったと気が抜けたところに虎が現れたのだ。

のっし、のっしと勇壮に歩いてくる虎は、もちろんユッピーである。

先程は、結構な数のオークを蹴散らしていたのだが、目立たないようにと物陰に隠れながらの戦闘だった事が裏目に出てしまった。


“ガチャ…”


警戒して槍を構えるアンガス。

慌てたのはナツだ。

何もしていないどころか、キャラバンを助けて一番オークを倒したのはユッピーなのだ。

ナツは、ユッピーに向かって駆け出した。


「攻撃しないで! ユッピーは友達なんだ!」


そう言ってユッピーに抱き付いた。


「グル?」


どうしたの?

と言った感じでナツの頬を舐めるユッピー。

その動きに一瞬周囲が緊張した。

だが、抱き付いたナツの頬を舐め続ける虎に、どうやら危険は無いらしいと、漸く周囲も理解するのだった。







「いや、今日はつくづく驚かされる日だな」


アンガスが、やれやれと言った風に口にした。

彼は先程ナツの傍に佇むユッピーを見ていたので、もしかしたらと言う思いがあった。

だからすぐには動かなかったのだ。

しかし、だからと言って驚かない訳では無い。


「これほど立派な虎を従えてしまうとは…」


女性司祭も同様だった。


「従えたんじゃないよ、友達なんだってば」


そこはナツの譲れない所らしい。


「それで、あなた様はどちらの宗派の方なのでしょうか?」


結局、そこに戻って来るのか。

女性司祭が質問を投げ掛けて来た。


「バーバラ司祭。 気持ちは分からないでもないが、まずは自分から名乗るべきではないか?」


アンガスに諭され、漸く自分の失態に気付いた女性――バーバラ司祭だった。


「これは失礼致しました! どうかお許し下さい」


物凄い勢いで頭を下げる。

これほどの大人に謙られるなど思いもしなかったナツだ。


「あ、別に気にしてないから…」


余りの勢いに気圧された、そしてナツは本当に気にしていない。

それが伝わったのだろう、ほっとするバーバラ司祭であった。


「私はダナ神教の司祭でバーバラと申します。 どうかお見知りおき下さい」


丁寧に自己紹介をし、頭を下げる。

次いで、アンガスが自己紹介を始めた。


「私はダナ神教に所属する神殿騎士で、アンガスと言う。 どうかよろしくお願いする」


こちらもまた、丁寧な自己紹介であった。


(もう黙っている訳にいかないよね)


覚悟を決め、名乗る事にする。


「僕はナツって言います。 こっちは友達のユッピー」


「グルル」


自分とユッピーを紹介する。


(えっと、あとは――)


何を言えばいいのか考えようとすると、身を乗り出してバーバラが口を出す。


「ナツ様とおっしゃるのですね。 それで、ナツ様はどちらの神を信仰なさっていらっしゃるのですか?」


バーバラにとって、そこは余程譲れない事なのだろうか。

その勢いにナツは引き気味だ。

アンガスは、やれやれと言った体で、額を手で押さえている。


「え、えっと…アポストロフィ…かな?」


勢いに押されて答えてしまった。

確かに詠唱の頭に必ず入れているが、ナツとしては信仰と言うよりも、自己に埋没すると言った方が当て嵌まる。

そもそも神官では無いのだ。

言葉を重ねる毎に、泥沼に嵌っていく気がしてならない。


「かの聖人が信仰の対象ですか…しかし、アポストロフィは神では無かったはず…なのに、あれほどの魔法を?」


――まずい! やっぱり、失敗した!


焦るナツ。

だが、援護はすぐに現れた。


「ウホン! そこまでにしておけ、バーバラ司祭」


先程からのやりとりで、ナツにもこの二人の力関係が見えて来た。

司祭のバーバラを敬ってはいるが、アンガスの方が肩書は兎も角、立場は上らしい。


「も、申し訳ありません、ナツ様。 そうですわね、かの大聖人ならば位階を昇り、神へと成っていてもおかしくありませんでした。 私の無知をお許し下さい」


「は、はあ…」


「グルゥ…」


ユッピーと共に曖昧に頷くくらいしか出来ないナツだ。

とりあえず、窮地は脱したようだった。







「この先の街、エルフィンストンに我らダナ神教の本山がございます。 是非ともお立ち寄り下さいませ」


先を急ぐと言うバーバラ達、ダナ神教の関係者一行。

バーバラやアンガスは、頻りに馬車に一緒に乗って行けと誘ってきたが、ナツは断った。


(ハルお姉ちゃんを置いて行ける訳ないよ)


そのハルは一体どこに行ってしまったのか。

心配するナツだが、反対にハルがどうなる筈がないとも思っている。

姿を現さないのは、何か理由があるのだろう。


バーバラは名残惜しそうに馬車に乗り込んだ。

バーバラと一緒に来た少女はナツを一瞥するとフンと鼻を鳴らして、同様に馬車に乗った。

神殿騎士達が馬に騎乗すると、綺麗な隊列で街へと向かう。


「はあああ…疲れたあ」


深い深い溜息を吐くナツ。


何だか、とても変な人達に顔と名前を覚えられてしまった気がする。


「それにしても、ハルお姉ちゃんはどこに行っちゃったんだろう」


「呼びましたか、ナツ?」


そう言って、がさっと脇の草陰から姿を現したのはハルだった。




ナツはハルに抱き付き、何があったか説明した。

ハルはナツの背を撫でながら黙って聞いている。

そしてナツが語り終えると、自らの意見を述べた。


「――それが今の神官の実力です。 それでも魔法を使えるだけマシと言えます」


それはつまり、魔法を使えない神官がいると言う事だ。

以前、ハルが言っていた通り、現在の魔術師と神官の実力低下は留まる所を知らないらしい。


「あのう…」


ナツとハルがそんな事を話していると、おずおずと言った感じで二人に話し掛ける人がいた。


「――あ」


それは、ナツに助けられた、あの母娘だった。


「先程は、娘を助けて頂いて、本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる母親。

すると続けて娘も頭を下げた。


「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」


先程は血塗れでよく分からなかったが、どうやらナツより年下のようだ。


「…(じーん)」←感動している


お兄ちゃんと呼ばれて、ナツの気配が浮足立つのを感じたハルである。


「この子の趣味みたいなものですから、あまり気にしないでいいですよ」


状況を悪化させないようにとフォローを入れた…つもりだった。


「ちょ!? ハルお姉ちゃん、趣味って何さ!」


余りと言えば余りな物言いに、あっさりと妄想から戻ってきたナツ。


「違うのですか?」


真面目な顔――いつもの顔だ――で問い返され、二の句が継げず黙り込む。

そんな二人のやり取りが面白かったのか、くすくす笑う娘。


「お兄ちゃん、面白ーい」


「え、そうかな? えへへ」


それだけでナツの機嫌は上昇する。

年下好きは相変わらずだった。







二人は母娘に連れられてキャラバンに合流する。

母親はテリーザ、娘はブリアナーサ――ベニーと名乗った。


「いやあ、本当にありがとう!」


キャラバンのオーナー、商人のアーロンがナツに礼を述べた。


「あのままでは、不在の息子に言い訳が出来ないところだったよ。 何より孫が死なずに済んだ事が嬉しい!」


ベニーはアーロンの孫だった。

アーロンの息子――ベニーの父親はキャラバンの宿を確保するために、一足先に街へ行ってしまったのだと言う。


そんなベニーを救ったナツはキャラバンに歓迎された。

食事を御馳走になっただけでなく、街まで馬車に乗せてくれると言うのだ。


「せっかくのご厚意です。 甘えさせて頂きましょう」


乗合馬車に比べて足の遅いキャラバンでも、街まで一日の距離だ。

ここで断るのも不自然だろう。

そう判断したハルである。


無論ナツは喜んだ。

ベニーも喜んだ。

キャラバンには、他に子供――手伝いが出来ない程幼い――がいないため、遊び相手が出来て嬉しいのだ。


「はあ~、ベニーちゃん可愛かったなあ」


「またですか…」


破損した馬車の修理があるため、早目のキャンプとなった夜。

キャラバンが用意してくれたテントの中で、ナツが満足そうな顔で休んでいた。

小さなテントなので、ユッピーは外である。

入れないので仕方がない。


「ナツ、いい機会です。 我々の身分、立場をハッキリさせておきましょう」


「身分?」


「はい。 キャラバンは気を利かせてくれたのでしょう、追及してきませんでしたが、教会はそうでは無かったのでしょう?」


「あ、うん…」


むしろ、それこそが重要なようだった。

そして、それはまだ終わっていない。

ハルの予想では、街に入ったら間違いなく接触してくるだろうと思われた。


「そこで我々は何者で、どういった理由で旅をしているのか。 表向きの理由を作ってしまいましょう」


今後、何かある度に誤魔化すのは無理がある。

いっそ、それらしい設定を考えてしまおうと言う事だ。

治癒魔法に関しては『大聖人アポストロフィを信仰している』で、押し通す事にした。

今更変えても怪しまれるだけである。


「でも、何も思い浮かばないよ…」


早々にお手上げを宣言するナツ。


「そこで、これの出番です」


ハルは例のバッグを掲げた。


「検索――ナツの身分を証明する物、“a”から順番に」


そう言いながら、バッグをがさごそと(まさぐ)っている。

暫くすると、その動きが止まった。


「hit――」


そして“ぱぱらぱっぱぱー”と言う効果音が聞こえて来そうな手付きでソレを出した。


貴族の印章(シールオブノビリティ)


その手にあるのは指輪だった。


「指輪?」


「はい。 これは貴族の紋章を象った指輪です。 これを署名に併記したり、封蝋に押して貴族の書状であることを証明するのです。 それはそのまま自身の身分を証明する事になります」


それはつまり、その指輪は()()()()の持ち物だと言う事だ。


「そんな物を僕らが持っていてもいいの?」


ナツの疑問は最もだ。


「問題ありません。 このバッグから取り出せたと言う事は、我々が勝手に使っても誰にも迷惑が掛からない事を意味しています」


相変わらず正体不明のバッグだが、ハルが言うならそうなのだろう。


「マクガヴァン子爵の印章…“夏の息子”とは洒落が利いていますね。 これにしましょう」


「夏の息子?」


「はい。 マクガヴァンとは“夏の息子”と言う意味があるのです」


「へ~」


「そうですね、ではこうしましょう」


そう言ってハルは自らの考えを述べた。

曰く、マクガヴァン子爵家では成人する前の男子を、上級神官の巡礼宜しく、自らの目で世界を見る旅に出なければならない習わしがあるのだ。

今回は当主の早逝により、急遽継嗣であるナツの成人が必要となった。

そのための旅である。

ハルは、ナツの幼少の頃から身の回りの世話をしている、専属のメイドだ。


「――と言う設定です」


「そんな習わしがあるの?」


「現実にあるかどうかは問題ではありません。 要は、言い張ればいいのです」


「うわあ…強引だなあ」


「田舎貴族の風習など、気に留める者などおりません。 それでいいのです」


反対出来る言葉も案も無いナツは、こうして貴族の地位を手に入れた。


「今後、人目のある所ではナツ様とお呼びします。 ナツ様、私の事はハルと呼び捨て下さいますようお願いいたします」


「ちょ!? いきなり?」


「練習です、練習。 さあ、どうぞ」


「ハル……お姉ちゃん」


「やり直し」


「がびん!」


この後しばらく、この練習は続いたと言う。







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