01-Ending 平穏の後に来るもの
光が収まった時、そこは焼け野原になっていた。
魔物はいない。
影も形も無い。
木々も無い。
草一つ生えていない。
地肌が晒されていた。
だが、少し目線をずらせば、そこは今まで通りの森だ。
魔物がいた地点だけがキレイに地肌を晒さらしている。
「終わった~」
ナツが地面にへたり込む。
「お疲れ様です。 やりましたね、ナツ」
ハルがヨタヨタとよろけながらやって来た。
「ハルお姉ちゃんもお疲れ様。 わ、大丈夫?」
慌てて起き上がりハルを支えるナツ。
「ただの魔力切れです。 命に別状はありません」
「もー、無理しちゃだめだって言ったのに」
「すみません、でもナツが抱き締めてくれたら、すぐに回復すると思います」
余程疲れているのか、冗談交じりにナツに甘えてくる。
だが割と本気だ、目がそう言っている。
「しょうがないなー、はい」
やれやれ、と言った感じでハルを抱き締めたまま座り込むナツ。
ハルも抱き締め返し、ぼんやりしていると、背後から大勢の人の気配がした。
「何とも凄い事をしたものだなあ」
「あ、村長さん」
「そうだねえ。 “魔物の暴走”を防いじまうなんて、聞いた事無いさね」
「女将さんも」
二人だけでは無い、他の村人達も集まって来ていた。
そして口々にナツとハルにお礼を言ってくる。
二人は抱き合ったまま――ハルが離れようとしなかった――その言葉に返していた。
村人達の顔は笑顔だ。
ナツとハルの二人も表情が緩んでいる。
皆が、これで脅威は去ったと信じ込んでいた。
だから――ソイツの接近に気付くのが遅れた。
“ズズン……”
「あ?」
「何の音だ?」
「何か揺れてないか? 地響き?」
村人達が口々に言う。
そして誰かが気が付いた。
「うわあああああ!」
「あれ! あれ見ろ!」
“ズズン……”
焼け野原となった、その場所に――
「じ、地竜…?」
――四対八本の脚を持つ、巨大な竜が聳え立っていた。
「うわああああああ!」
「逃げろ!」
「逃げるったって、どこへ?」
「どこでもいい! とにかく逃げないと死んじまう!」
パニックになっていた。
それも仕方あるまい。
その巨体は、一体だけでバイロン村を覆えるほどだ。
二度の改修を経て巨大になった防壁も、あの巨体の前では形無しだった。
軽く乗り越えられてしまうだろう。
乗り越えるまでも無い、踏み潰されて終わるだろう。
村の中に逃げ場はない。
今度こそお終いだ。
誰もがそう思った。
「――なるほど、魔物を全て解放すると言う事は、守護者も解放されて当然でした」
――盲点です、反省事項ですね
緊張感の欠片も無い声でハルが告げていた。
「あ~、良かった。 第四波じゃなくて」
これはナツの声だ。
本気で安堵しているのが判る。
「な、何言ってんだよ、お前」
イントッシュが気が触れたのかと訝しみながらナツに問い掛ける。
「え~、だってどれだけ大きくても単体ならどうとでもなるし」
そんな事を宣うナツだ。
「そうですね、数の暴力には辟易しましたが、これならば」
それにハルが追従した。
もうイントッシュには何が何だか解らない。
「と、とにかく、お前に任せればいいのか?」
そう言う事なのだろうと当たりを付ける。
「うん! 任せて!」
それに元気よく答えたナツが立ち上がる。
続いてハルも立ち上がった。
「ハルお姉ちゃんは休んでていいよ、僕一人で平気だから」
「いえ、少し休めたので、魔力を使わなければ大丈夫です」
「むー、一人で平気なのに~」
「近接で仕留めた方が素材が有効に使えるのです。 ナツは援護をお願いしますね」
「は~い」
そんなやり取りをしている内にも地竜は近付いて来ていた。
ゆっくりとした足取りから見ても“暴走”していないのかもしれない。
だが地竜は本来、狙いを定めると猛烈に走り出し、獲物に体当たりをする。
そして倒れた獲物に圧し掛かり、その八本の脚を使って蹂躙攻撃を行うのだ。
そして獲物は無残に踏み潰され息絶える。
つまり、迂闊に動いて狙われたら一巻の終わりなのである。
「それをあの巨体でやられたら…村なんて一瞬で潰されるぞ」
村長のグレゴリーが諦め気味に呟く。
「あいつらが大丈夫って言ってるんだ。 村長なら、どっしり構えてろって」
イントッシュが諭すようにグレゴリーに声を掛けた。
「イントッシュ…何だか変わったな、お前」
以前は、いつもイライラしていて落ち着きが無かった。
だが、最近の彼は違う。
落ち着いていて、貫録すら感じる。
「もしそう感じるなら、一回死んで生き返ったからじゃないか?」
嘘か本気か、そんな事を言う始末だ。
おかげでグレゴリーも落ち着いた。
もうとっくに腹は括っている。
村の未来は、あの二人に託したのだ。
今更慌てても仕方ない。
二人を信じて先行きを見守るだけだ。
そんな、村の未来を託された内の一人、ナツはレーザーライフルを出していた。
「えーと、出力最大。 照射時間はっと――んー、さすがに最後だと思うし、使い切っちゃってもいいよね」
そして、何やら設定の目盛りやスイッチを弄っている。
「よし、これでオッケー」
始めるよー、と腕を振ってハルに合図を送る。
ハルが腕を振って返答を返したのを確認すると、徐にレーザーライフルを構えた。
「発射!」
音も無くレーザーの光が地竜へと走る。
その狙いは頭では無く、足元だ。
そしてレーザー光は地竜に当たる事はなく、脇を通り過ぎて行った。
外した?
いや、そうでは無い。
「とりゃっ」
ナツは銃身を振ると、一気にレーザー光線で薙いだ。
“ズズウウウンン――”
確認すれば、地竜の脚が八本全て、胴体から切り落とされていた。
支えを失ったその巨体は倒れるしかない。
そして頭部の位置が低くなったのを見逃すハルでは無かった。
「ナイスアシストです、ナツ」
一気に高周波の刃の短剣で地竜の首を狩る。
“ズン…”
地竜の首が地面へと落ちて転がった。
今度こそバイロン村の脅威は全て消え去った。
脅威の去った村では、復興が始まるかと思いきや、お祝いの宴が催されていた。
復興すると言っても、そもそも物的損害が無いのだ。
巨大な防壁を元に戻す位しかやる事が無いのだが、それはハル一人で事足りる。
なら無事を祝おうと言う話になった。
二人の元には、大勢の人がお礼を言いに訪れていた。
村長のグレゴリーは勿論、宿の女将のジェイン。
ユージーンの両親であるダレルとハリエット。
イントッシュ達自警団の若者三人に、第一波で一緒に戦った人達。
他にも名前も知らない人達が沢山来た。
挨拶が終わる頃には、大人達は酒を飲んで皆出来上がってしまった。
だが本来の主役であるナツとハルは揃って未成年だ。
何となく取り残された気分であった。
もっともナツは、ユージーンとヒラリーに纏わり付かれて上機嫌だ。
「なあ兄ちゃん、この村に住んじまえよ~」
とユージーンが言えば
「あたし、お兄ちゃんのお嫁さんになるのー」
とヒラリーが言う。
「ああ、もう、二人とも可愛いなっ」
二人を抱き抱えて、すっかりご満悦のナツだった。
そんなナツを冷めた目で見ながらハルはご機嫌斜めだ。
「私と言う者がありながら、あんなにデレデレして、ナツは浮気者です」
ちびちびと舐めているのは、どうやらアルコールのようだ。
誰かが誤って置いて行ったのだろうか。
ふと見れば宴は進み、キャンプファイヤーの周りで若い男女が踊っている。
笛や太鼓で曲も流れていた。
ユージーンとヒラリーは疲れたのか眠ってしまった。
引き取りに来た親に二人をそっと預けるとナツはハルの手を取って踊りに加わった。
「ナツ!?」
「せっかくだから、僕らも踊ろうよ、ハルお姉ちゃん」
ハルは溜息を吐くと、見よう見真似で踊り始める。
ナツも、所々引っ掛かりながらも頑張って踊った。
そうやって踊っている内に、ハルの機嫌も直っていった。
一頻り踊ると時間は深夜を過ぎ、宴は解散となった。
久しぶりに皆が安心して眠れる夜が来たのだ。
そして三日後。
二人が村を離れる時が来た。
この二日で防壁は崩し、地竜を始めとした魔物の素材は剥いだ。
腐る前に燃やしてしまったので、数は大した事は無いが、元が地竜を始めとした守護者や深層の魔物なのだ。
冒険者の資格を持った者が換金すれば、結構な大金になるだろう。
それらは今後の村のための資金として貰う事にした。
村人達は恐縮していたが、元々二人は金に困ってはいないのだ。
ナツが村を出ていくと聞いてヒラリーは泣いた。
泣いて泣いて泣き疲れて、今は眠っている。
ユージーンは喚き駄々を捏ねた。
終いには拗ねて家に閉じ籠っている。
「それでは長い間お世話になりました」
「最後にユージーンとヒラリーの二人に会えなかったのは残念だけど…」
そんなナツに親達は苦笑しつつも謝罪するしかない。
「全く、あの二人はまだまだ子供さね」
「随分と懐いていたから…」
「申し訳無いが、子供の我儘と思って勘弁してあげて下さい」
――この村は居心地がいい。
しかし、だからこそ出て行かねばならなかった。
ナツ達は、ここで色々とやらかし過ぎた。
どれだけ秘密にしても話は漏れるものだ。
「やっぱり、行かなきゃだめか?」
名残惜しそうにそう言ったのはイントッシュだ。
「うん、ここにいたら皆に迷惑かけちゃうもん」
――村人達を疑っているのでは無い。
この村は“魔物の暴走”に耐えた。
これは隠しようが無い。
そうなれば当然「どうやって?」となるのは自然な流れだ。
そこに今まではいなかった二人が住んでいたなら…
「お前達を迷惑に思う奴なんか、この村にはいねえよ」
それは本心だろう。
「うん。 でも、もう決めたんだ」
――どれだけ村人達が口を閉ざそうと秘密は秘密でなくなる。
そうなってから騒ぎが大きくなるより、今出て行ってしまった方がいい。
そして、いざ騒ぎになった時には、いっそ本当の事を話してしまって欲しいのだ。
その方が村に迷惑が掛からない。
「そうか、なら仕方ないか。 じゃあ、元気でな」
「うん、ばいばい」
初めから、少し立ち寄るだけの筈だった。
それが少し伸びて、少し仲良くなった人達が出来た。
それだけの事。
「そうだよ、それだけの事なんだ」
村から出て一時間もした頃、思いが口から零れたナツだった。
「どうかしましたか?」
ハルが訝しみ問い質す。
「な、何でもないよっ」
そう言って誤魔化すナツだったが、ハルにはお見通しだった。
いや、ハルでなくとも一目で判るだろう。
「そんなに泣き腫らした顔をして、何でもない訳が無いでしょう」
言いながら、涙と鼻水で汚れたナツの顔を拭くハル。
「こんな時は素直に泣いていいんですよ」
ハルは、そっとナツを抱きしめる。
「うっううう…」
それでも意地なのか、声を殺して泣くナツだった。
(親しくなった人との別れに涙する。 これも旅の醍醐味でしょうか)
ナツの背中を優しく撫でながら、そんな事を思うハルであった。
~ 完 ~
終わり。
二章プロット作成中につき更新停止します。




