01-08 禁じ手
その日以降、バイロン村には箝口令が布かれた。
無論、ナツの起こした“奇蹟”を秘匿するためだ。
村の恩人を売るような真似はしないと言う事だろう。
「嬉しいけど、まずは第三波を乗り切るのが先じゃないかな」
まだ村の危機は続いている。
“魔物の暴走”最大の脅威である第三波が残っているのだ。
これさえ乗り越えれば漸く村に平穏が訪れる。
しかし、その実情は芳しくない。
第二波は実質、ナツとハルの二人で対抗した。
その字面だけ見れば余裕の勝利に見えなくも無い。
だが実際はぎりぎりの勝利だったのだ。
ハルは魔術を使い続けることが出来ず、ナツだけで支えた時間がある。
ナツはナツでメンタルの弱さを露呈してしまった。
況してや次は前回よりも強敵揃いの第三波なのである。
これでは、とてもではないが「任せておけ」とは言えない二人であった。
「仕方ありません、奥の手を使いましょう」
暫く考え込んでいたハルが口を開いた。
「え、いいの?」
その言葉を聞き、ナツの表情が明るくなる。
「已むを得ません。 出し惜しみして失敗しては本末転倒ですし」
「じゃあ、ハルお姉ちゃんが立て直す時は、僕が拳銃と反転詠唱で時間稼ぎすればいいんだね」
「はい。 頼りにしています、ナツ」
「うん! 頑張る! 僕、頑張るよ!」
「調子に乗って前回のような失敗はしないで下さいね」
「ぎゃふん!」
どこまでもシリアスの似合わない二人である。
それでも、対応策は決まったようであった。
第三波に備えて、恒例となった防壁の改修工事が行われた。
第三波は大型の魔物や魔獣がメインである。
なぜ判るかと言うと、過去の探索者が残したデータがあるからだ。
そこの深層に生息すると記されている魔物が第三波に乗って襲って来るのである。
その情報によると、オーガやバグベアーから始まってヘルハウンド、果ては竜種(亜種)まで多岐に渡る。
「また大きく硬く厚みを増すんだね」
「はい。 多少の撃ち漏らしには耐えるようでないと不安でしょう?」
「…そうだね」
すると、そこに近付く人影があった。
「…よお」
「あ、もう起きていいの?」
その人影とは誰あろう、イントッシュであった。
蘇生して直ぐは体調不良で起き上がれないのだが、あれから三日経って起きられるようになったのだろう。
「ああ、もう大丈夫だ。 しっかし何だな、本当に死んだのか、俺は。 全然実感無いんだけどな」
死ぬ前と全く変わらぬ口ぶりで話すイントッシュ。
そんな彼に安堵しながらナツが答える。
「あはは。 そう感じるなら大丈夫だね。 よかった」
「…心配掛けたみたいだな。 それと、ありがとうよ」
テレからか、顔を背けながらお礼の言葉を告げるイントッシュ。
「え?」
「助けて――いや、生き返らせてくれてよ」
「ぼ、僕の方こそ助けてくれてありがとう!」
何の事か、漸く合点がいったナツが、反対にお礼を言う。
「正直、咄嗟の事で全然覚えて無えんだけどよ」
そんな筈は無い。
態々安全地帯から戦場まで足を運んだのだ。
いざという時にナツを助けられる用意をしていたに違いないのだ。
だが、ナツはその心を酌んだ。
「そうだよね、咄嗟の時って、考えての行動じゃ無いよね~」
「そうそう、そうなんだよなー」
白々しい事この上無いが、本人達が納得しているのなら、それでいいのだろう。
「来ましたね」
「来ちゃったねえ」
何とも緊張感のない物言いだが、その表情は真面目な二人だった。
ここが正念場なのだから当然と言えば当然なのだが、三度目と言う事で慣れたのだろうか。
丁度いい具合に肩の力が抜けて、コンディションとしては最高だろう。
「じゃあ、行って来るね~」
「はい。 くれぐれも油断だけはしないように」
「分かったよ~」
神妙に頷き、前へ出るナツ。
ハルもまた防壁上の射撃場へ向かった。
「では、最後の戦いを始めましょうか」
ナツを確認すると、力まず自然体で立っている。
「“雪よ”――」
ハルは詠唱を開始した。
「“風よ”――“舞い踊れ”」
先制攻撃で吹雪を叩きつける。
魔物の種別的に、炎より冷気が有効との判断だ。
「“重力よ”――“圧し掛かれ”」
続けて魔術を放つハル。
加重により魔物の足を鈍らせる。
「“雷よ”――“絡み付け”」
足を止めておいて雷の設置。
凶悪極まりないコンボで攻める、攻める。
後を考えていないかのような魔術行使だ。
実際、考えていないのかもしれない。
浮かれてヘマこそしたが、ナツはハルの信頼に応えられると証明して見せたのだ。
ハルが休憩のために穴を開けても、きっとナツ一人で支えてくれるだろう。
(第三波を相手に出し惜しみはしていられません)
――行ける所まで全力です
「“嵐よ”――」
そんなハルの魔術行使にナツは自分の出番が早まる事を感じていた。
(ハルお姉ちゃん、あんまり無理しないで)
――僕が頑張るから
その決意通り、ナツは頑張った。
予定より早い出番にも関わらず、冷静に動き確実に魔物を屠っていった。
二丁拳銃を駆使して自分の十倍はあろうかと言う大型の魔物を倒す姿は、幼いながらも勇者のようだ。
そして拳銃による殲滅が間に合わなくなると、奥の手を使う。
ナツの眼が青く光った。
「“apostrophe” お願い、奇蹟を――“死者蘇生”」
まさかの“死者蘇生”だった。
倒した魔物を生き返らせるとでも言うのか。
だが、ナツの詠唱には続きがある。
「――“反転”」
そう、これこそがナツの奥の手“反転詠唱”だ。
呪文を反転させた上で詠唱する事により。その効果までも反転させるのである。
では“死者蘇生”を反転させるとはどういう事か。
「――“消滅”」
その答えは“存在を許さない”と言う事に他ならない。
“消滅”を掛けられた魔獣達――地竜の亜種、恐竜の群れ――は存在を否定され、一瞬にして消えた。
こうしてナツの独壇場は続く。
ハルが回復するまで。
そしてハルが回復し戦線に復帰すると、再び魔術による殲滅が始まる。
そんなサイクルが何度続けられただろうか。
まだ“魔物の暴走”は続いている。
終わる気配はない。
(まずいですね、もう魔力が持ちません)
休憩を挟み、騙し騙し魔術を行使してきたが、ついに限界が訪れた。
ナツも頑張っているが、これから終わりまでとなると無理があるだろう。
しかし、悩んだのは一瞬だった。
「ナツ!」
すぐにナツが振り向いた。
ナツがハルの声を聞き逃す筈が無い。
「あれを使います! 用意なさい!」
「え!? あれは禁じ手だって――」
「四の五の言わず用意しなさい! 村を滅ぼしたいのですか!」
「うわ、分かった!」
ナツに禁じ手の使用を伝えたはいいが、それには時間が掛かる。
その時間を稼ぐのは自分の役目だ。
ハルはその方法を模索する。
自分の残存魔力で可能な方法と手順。
「決めました。 ナツに禁じ手を強要したのです。 私も覚悟を決めましょう」
彼女自身も禁じ手を解禁する事を決めた。
それは彼女の“偉大なる大祖父”が得意としていたと言う秘術。
自分に同じ事が出来るなどと自惚れる事は出来ないが、それに近い真似をする事なら出来るだろう。
手順をワンアクションかツーアクション増やす必要があるだろうが、実現可能と判断した。
「まずは、そのための時間を稼ぎます」
ハルは集中する。
そして魔術を行使した。
「“虹よ”」
呼ぶのは虹。
そして変化させる。
「――“重なり阻め”」
迫り来る魔物達の前に玉虫色に輝く障壁が現れた。
無論、ただの障壁では無い。
それは攻撃のための障壁。
様々な呪文の効果を持った障壁の集合体。
触れれば傷を負い、時には石化し、また時には腐敗する。
突破するにはリスクを負う――どころか、命を懸ける必要があった。
普通なら魔物と言えど躊躇するだろう。
だが“暴走”している魔物に判断力は無い。
真面にぶつかりその数を減らしていった。
だが、これはあくまでも時間稼ぎだ。
ハルの本命はこれからだった。
「残存魔力の集中――完了。 イメージの固定――完了。 行きます」
残存魔力全てを注ぎ込んでハルは唱える。
「“波よ”」
ここは内陸で海は無い。
触媒の無い場所では、その魔術は威力を落とす。
これがハルの奥の手なのか?
その筈は無い――事実、彼女は言葉を続けた。
「――“改調”!」
これこそがハルの禁じ手、“魔術改変”だった。
本来、固定の効果を齎すだけの呪文に手を加え、その結果を変質させる。
これにより魔術のバリエーションは増え、更に結果は千変万化する。
これさえ使えれば、魔術師は大自然の全てを自由自在に操れるようになると言われる、秘中の秘であった。
「――“大地を揺らせ”」
ハルの選んだ結果は地震であった。
大規模な地震により魔物達は立っていられず、軒並み転倒していく。
更には、揺れが続く限り、再び立ち上がる事は出来ないだろう。
ハルは、確実に自身の目的に沿った結果を魔術改変により世界に齎した。
目的――そう、時間稼ぎである。
先ほどは自分のために時間稼ぎをした。
今度は彼女の最愛の人のための時間稼ぎだ。
最後の決め手は弟に託している。
このイベントに決着を付けるのは、彼女のご主人様にこそ相応しい。
「ナツ! 今です!」
その、最後の決め手を求められたナツは、必死で計算中だった。
《大気による減衰率算出――完了、角度調整――完了、効果範囲設定――完了》
計算ばかりで頭がパンクしそうだが、やらねばならない。
村を救うと決めた。
自分で決めた事だ、最後までやり通す。
《威力設定値算出――地表から50センチまで――完了、最終確認――準備完了》
何よりハルに託された。
大好きなハルお姉ちゃんに褒めて貰うためにも、確実に決めなければ。
「“衛星砲”――“発射”」
そして世界が光に包まれた。




