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        03

「エラ-が無抵抗のキリ-を殴ったんです、止めようとはしたんですがやめてくれなくて。」

日頃はそれほど表情を動かさないカイルも師に関わると硬ったそれを抑えようもない。

だが、キッドはつい先程見せたとんでもない覇気はどこへやら、冷静に応える。

「あの二人は同期だ、私達が知る事の無い共通の過去が有る、お前と那智の様に、私とイヴの様に。関わるな。」

「師匠が殴られてもですか?」

キッドが笑った。

「キリ-があれぐらいでどうなると云う、その気になればいくらでも躱せるのに。」

「じゃあ何で・・・」

「エラ-は・・・以前は戦闘兵士だった。」

カイルの眼が見開かれる。

「任務で出たエラ-は傷を負い、後遺症が残ったがG倶楽部の為にMITで学び情報管理を受け持つようになった。

それを勧めたのがキリ-だ、エラ-を大事にしている。

例え何があってもキリ-がエラ-に手を上げる事は無い。エラ-だって余程の事が無ければしない筈なんだ。」

「余程の事って?」

「さあ、それは私達には関係ない。それよりエラ-とイヴに謝った方が良い。エラ-が負傷した時、同期のマッドが護り抜いた。その後戦死したマッドの妹がイヴだ。キリ-とエラ-にとってイヴは特別の存在だし、イヴもだからこそ身体を張って楯になった。」

「ああ・・そんなことが・・」

「知らない事は仕方が無いさ、私も初年兵の頃からイヴにはずいぶん助けられたし、キリ-に叩きのめされていた時にエラ-が今の話を聞かせてくれた。キッドと云う戦闘兵士を育てる為にみんなが手を尽くしてくれている。お前も今は教えられる事を総て呑み込め、それが任務だ。キリ-は厳しいが最高の教師だぞ、私たちの担当伍長だからな。」

「・・・貴方でも頭が上がりませんか。」

「礼儀を弁えてると云うんだ・・・貴方でもって何だ・・謝りに行くぞ、付き合ってやる。」




キリ-の部屋のドアを叩くと不機嫌この上ない顔が現れた。

「1700時に木島調整室次官補が来ます、立ち会って貰えませんか?」

一瞬で表情が引き締まった。

「いいだろう、何を言うのか聞いてやる。」

並んで歩きながらキッドが告げた。

「カイルには二人に謝らせました。その為に少し説明をしましたが出来れば貴方から話をして遣って下さい。

弟子からすれば師匠の言葉が一番ですから。」


「エラ-から何か聞いたか?」

キッドの顔が上げられる。

「エラ-が話すと思いますか? ジ-ンもお手上げですよ。」

「イヴは?」

「大丈夫です、自分で承知しての行動ですから。」

落ち着いた言葉にキリ-は頷いた。

「さっきの覇気は大した物だった、カイルを潰す積りかと思ったぞ。」

「まさか、可愛い弟弟子ですよ。生意気にあんな闘気を向けて来るからちょっと牽制しただけです。」

「ちょっとか・・」

呆れたように笑うキリ-にキッドも笑顔を見せた。

「九龍島はどうだった?」

「どうもこうも、あの変態兄弟ときたら始末に負えないです。飲んだ事も無いのにお酒を飲まされて、ジ-ンは潰れるし・・ああ、知ってましたか。李家の当代刺し姫は玲蘭だったのを。」

キリ-のギョッとした顔は見ものだった。

「あの玲蘭か、ふざけた真似をしやがって。」

「全くです。」


話しながら入って来る二人をエラ-は憮然とした面持ちで見守っていた。

(何が見るのが苦しいだ、あんな顔を俺には見せた事も無いくせに・・・)

エラ-にはキリ-の心情が手に取る様に解かっていた。

どれ程冷然と構えていても芯から優しい男だった。ローワン同様任務の為に感情を切り離しているだけに過ぎない。ただ、マッドの件さえ無ければ・・・もしくは若い頃に失った恋人の事件が無ければもっと素直になれる筈なのに。


眼が合うと男はつかつかと近づき、いつもと変わらぬ声を掛ける。

「手を見せろ。」

有無を言わさずエラ-の手を取り調べ始める。

「折れはしなかったな、無茶はするなよ。」

「お前を殴った程度で壊れるものか。」


そのまま情報室入ってイヴと話し込むキリーを見てカイルがキッドに尋ねた。

「機嫌が悪くないですか?」

「キリ-がか? 顔はいつもあんなものだぞ。」

吹き出したのはコオハク、カイルは呆れたように、

「弁えた礼儀とやらは何処に有るんです?」

「大事なものはしまっておくんだ。」


腹を抱えて笑いこける男二人を見ているとキリ-がやって来た。

「楽しそうだな、カイル、キッドとやって見ろ。躱すだけで良い、しっかり見ろよ。」

いきなり場が引き締まった。


キリ-仕込みの軽い掌が連発する中厳しい声が飛ぶ。

「脚を見ろ、止まるな、手は全部使えるぞ。」

カイルの動きはまだ甘かったが眼が良い、感も良いが・・

瞬間的に動きを変えると追い切れない。

その都度キッドの掌がヒットした。

「キッド、甘やかすな。3割で行け。」

動きはそのままで掌の強さを上げるとカイルの身体が吹き飛んだ。

肩で息をつくカイルにキリ-の声が飛ぶ。

「最初は一割、たかが三割でこの様か。攻撃を見ていないのか、それとも死にたいのか。こんな程度で生意気にもキッドに向かうとは命知らずにも程が有る。」

カイルが見るとキッドは息一つ乱さず、汗も掻いていない。

当然さっき見せた爆発するような気は欠片も無かった。


強い。


そのキッドが眼を向けた。

「これで終いか?」

意地で立ち上がったカイルが完全に伸びたのは僅か10分後だった。

部屋にカイルを放り込んでキリ-はキッドを眼だけで呼ぶ。

「半端だろう。さっきの覇気、俺に見せてみろ。」

「師匠にそんな不躾な真似は出来ませんが。」

「馬鹿が、今更何を云ってる。」


いきなりキリ-の気が高まった。

キリ-が見る限りG倶楽部で教えた型は確かに在るが、やはりかなり変化もしていた。

ウイルと云う男の仕込みはキッドの動きに合っていたようで、踏込も深く以前のような反射だけの攻撃では無い。良く見て考えた動きと、生来持つ反射と感が上手くつり合いを取っていた。

だが、

「覇気はどうした。」

攻撃を掛けながらのキリ-の言葉に、それを完璧に躱しながらキッドが答える。

「訓練じゃ出ません、実戦時だけのようです。」

「戯言を。」

いきなり速さが増した。

キッドが真顔になり、見る側も思わず息を飲んだ。

キリ-の腕、脚、身体の総てがキッドに叩き込まれる。が、その総てを弾き返したキッドの気が膨れ上がった。

弾いた掌がそのまま攻撃に入る、躱すキリ-に立て続けの連続技が降りかかりさすがのキリ-が跳んで離れた瞬間、

「何をしている!」

キリ-の指がキッドを抑え、声の主を振り返った。

ドア口に立っていたのは師団長。そして、


「おや、木島第一調整室次官補。いつぞやは失礼した。」

キッドの冷ややかな声が響き渡った。




「いったいあれは何ですか、女性の身で・・傷でもついたらどうするんですか。」

ジ-ンの執務室に入った途端木島がジ-ンに向かって告げた。ジ-ンの返事は、

「傷? そんな物はいつもの事だが。」

「兵士なのは知っていますが、仮にも女性。まして調整室でお借りしようとする以上、あのような真似は止めて戴きたい。」

「木島次官補には私が死んでも構わないと仰るか。」

キリ-と並んで壁際に立ったキッドがゆっくりと告げる。

「訓練は兵士の義務、まして力量不足で囚われた経験を持つ私には必須なのだが。」

木島も黙っては居なかった。

「今後はその心配には及ばない、君の任務は戦う事では無い。ある種の情報を持ち帰って来る事だ。」

キッドの眼がキリ-に向けられた。

何とも云えない表情のキリ-がうんざりと呟いた。

「・・・またか、馬鹿々しい。」

木島が聞きとがめた。

「雪代少佐、こちらはどなたですか。関係の無い第三者には聞かせたくは無いのだが。」

「キッドの師匠、G倶楽部の第一戦闘兵士キリ-ですよ。」

如何にも面倒そうな紹介にキリ-は僅かに頷いた。

が、驚いた事に木島はキリ-の名を知っていた。


「・・・キリ-、あのキリ-ですか?」

「・・こんな奴が二人もいて堪るか・・そうだが、木島次官補がご存知とは知らなかった。」

木島がまじまじとキリ-を見つめて呟いた。

「本物か、陸軍本部でも調整室でもキリ-の名を知らない者は居ない。どんな過酷な任務でも、激烈な状況でも任務を遂行して傷一つなく帰る・・・G倶楽部の切り札。最強の戦闘兵士と噂に名高いキリ-か。」


キッドの眼が誇らしげにキリ-を見上げるが当のキリ-は表情ひとつ変えずに呟いた。

「誰かと間違えてないか? 御大層な噂だ。」

ジ-ンはむず痒そうに顔を擦る。

「全くだ、噂とは恐ろしいものだな。それで次官補、御用の向きを伺おうか。」

キリ-から視線を引き剥がす様にしてジ-ンに向き直ると、木島は以外にも単刀直入に告げた。

「欧州に派遣したいので高村少尉をお借りしたい。」

ピクリとジ-ンが反応する。

「欧州は・・・G倶楽部からも送っている。この情報では間に合わないと?」

「軍事外交のプロフェッショナル、元木大尉、別名ディランの腕は此方でも買っている。手元に欲しくて接触したが、担当者の腕が悪く取り込めなかった。」

ジ-ンは鼻を鳴らしたが、先を促した。

「今回は軍事外交では無い、社交の場では女性が必要となる。此方の手札には彼女ほどの珠は無いし、修羅場には到底慣れているとは言い難い。実をいうと・・・」

いきなり木島が姿勢を正し、

「今回の件で高村少尉と会い心底驚いた。無粋な軍服でさえも際立っている、こんな女性は居ないと諦めていたが、まさに理想にピタリと嵌まった。情報収集はなるべく私が集めよう、彼女に危険は無い。それだけは約束する、どうか一時お貸し戴きたい。」

真剣な瞳の中にも、口調の真摯さにも、嘘は感じられず下げた頭を上げようともしない。

男の頭頂部から壁際の二人に視線を向けると・・・

キリ-の今度は何処か自慢気な表情と、うんざりした様子のキッドを捉えた。

「実際に動くのはお前だ、キッド返事は任せる。」

キッドが息をついた。

「どうして男は、こう同じことばかり言うんだ、馬鹿じゃないのか。顔なんて付くものが付いてりゃ構わないのに。」

発言と独り言の間の言葉にジ-ンとキリ-が苦笑した。

「結構だ。何処で何をするのか、その為の準備はどうするのか、状況報告がG倶楽部にどう伝わるのかをはっきりさせて呉れるなら手をお貸ししよう。」

ガバッと木島の顔が上がった。

「有難い! 何でも受け入れる。」

表情ががらりと変わり、取り澄ました表が消えると唯の男の率直な顔が現れた。

よほど困っていたのだろうとジ-ンは思った。この相当な辣腕家と噂に名高い男が此処まで安堵するとなると、

「場所は?」

「パリ、社交界。」

キッドが硬直した。

「デビューする訳では無い、的の周辺をうろついて呉れれば良い。後は此方でやる。」

「当然だ。」

キッドの憮然とした呟きに笑ってジ-ンが尋ねた。

「的は誰だ?」

「カイロシティのムハマド師。」

一瞬、その場の温度が下がった。

「申し訳ない、こちらの人間ではそこまでの相手となると手が出ない、胆が据わって無いと云うか・・・さすがに高村少尉は動じて無いようだ。」

表情ひとつ変えず平然としたキッドを見て、木島は僅かだが笑みまで浮かべた。が、


(知らないな。)

(ああ、絶対に知らない。)


キリ-とジ-ンの視線の会話が聞えたかの様にキッドが身じろいだ、瞬間。

「キッド、コオハクを呼んで来い。」

キリ-の言葉は絶対だった。

「はい。」

それを見送ってジ-ンが木島に向かった。

「奴の噂が芳しい物では無いのを承知でキッドを出す気か。

万が一が有ったらどうする積りだ。」

「全力で護らせて貰う、この身に換えても。」

「やれやれだな。」

今まで黙って聞いていたキリ-が初めて口を挟んだ。

「木島さんとやら、どうやらあんたはG倶楽部を引っ張り出すのに成功したようだ。」

意味の解らない木島にジ-ンが続ける。

「ムハマドではな、貴方が幾ら身体を張った処で意味は無い。蟻より簡単に潰されるだけだ。

コオハク、欧州へ飛んでくれ。ディランをパリに一時派遣する。」

顔を出すなりのジ-ンの言葉にコオは手を振って受け、支度をするために向きを変えた。


「護りは此方で固める。必要な情報を掴んだら即時撤収してくれ。後はキッドのプロフィールだが。」

「日本の皇室絡みの用意はしてあるが・・・」

「馬鹿を云うな、調べが付きやすい物など意味が無い。」

「宮内庁の許可も取った。」

「駄目だ。キリ-、キッドと一緒に向こうに繋ぎを取れ。あの兄弟ならキッドに力を貸してくれる。」

「承知。」



「さて、」

室内に二人になるとジ-ンはおもむろに木島に顔を向けた。

「ムハマドの何を掴む気だ。」

「それは此処で云う事では無い。」

「カイロシティの動向なら此方にも聞く権利は有る。まして、中東が宗教を超えた繋がりを持った場合には見過ごせない状態になる。火種はアフリカにも及ぶぞ。政治だけで済むなら調整室が出張る事は無い筈だ。」

「・・・今の状態では軍部が介入すべきでは無い。」

「ふざけた事を云うな、キッドは日本陸軍の軍人だ。それを使うなら十分介入しているじゃないか。」

「・・・・此処だけにしてくれるか?」

「無論。」

「ムハマドの周辺に確かに人が集まり始めている。イラン、イラク、サウジ、パキスタンその他にも幾つか。だが何よりも大きいのはインドの影がちらつきだした事だ。それを確認したい。パリで接触を取る情報が入ったから、近づきたい。」

「インドか・・・まずいな。」

「そうだ、今現在の情勢でインドとムハマドが繋がれば中国が黙っては居ない筈だ。今の米国に抑える力は無い。戦火は中東アフリカどころかユーラシア中に広がるだろう。」

「・・・了解した。覚悟はして置こう。」

如何にもホッとした様に木島が肩の力を抜いた。

「話が早くて助かる、政治家は危機感が乏しいし、司令本部も其処までの感覚に欠ける。

最前線に立つ者の皮膚感が一番確かなようだ。」

「データを拾って行けば多少は解かる、キリ-の感覚も馬鹿には出来んしな。」


木島がドア口に眼を向けて呟いた。

「本物に会えるとは思わなかった。もっとゴツイ大男かと思っていたが・・・後でさっきの訓練を見せて貰えないか。」

「キリ-の相手が出来るのはキッドだけだ、それで良いなら構わないが。」

「まさか、女性でキリ-に敵うはずが無い。」

「初年兵時代からその才を見抜き、育てて来たのはキリ-だ。G倶楽部の虎の仔キリ-の掌中の珠、戦闘兵士キッドはキリ-の後継者となる。」

「そんな・・・」

軽いノック音に続いて、

「ジ-ン、了解は取ったが・・・」

顔を出したキリ-の微妙な表情にジ-ンは溜息をついた。



『だから俺が言い出した事だろう、引っ込んでいろ。』

『何で何時もお前なんだ、今回は私が行く。』

『キッドが云って来たのは俺だ。』

モニターに映った蒼龍とモニターから外れた珀龍の声が言い争うのをキッドは頬杖をついて見ていた。

「どうした?」

ジ-ンとキリ-、木島が入って行くと、部屋の主のエラ-が必死に笑いを堪えている。

キッドが顔を上げた。

「兄弟喧嘩ですよ、ジ-ン、替って下さい。もう面倒だ。」

冗談じゃない、と言う表情を隠しもせずジ-ンは唸るように告げる。

「俺はこの兄弟と関わりたくない、お前がケリを着けろ。」

やむなくキッドが声を張った。

「珀龍!今回は蒼龍だ。タクシー代とKarasuの治療費を払っていないからな。」

満面の笑顔の蒼龍を黙らせて、沈黙した珀龍に続ける。

「済まないが今回は厳しい、カイロシティのムハマドがターッゲットになる。お前にはバックアップを頼みたい、切り札は初手から出す物じゃないだろ。」、

巧い、とジ-ンは感心した。

いつの間に人の感情の機微を掴めるようになったのか。

案の定、珀龍の声はいつも通りの冷静なものに変わった。

『ムハマド? ClubGがムハマドに手を出すのか。』

「調整室の依頼だ。力を貸してくれ。」

『・・・了解した。君のプロフィールから総てを整える。来週中に九龍島に来なさい、準備が有る。』

「ああ、宜しく頼む。」


通信が切れた後、木島が唖然と口を開いた。

「今のは・・・誰だ。」

「九龍島の珀龍と蒼龍だ。知らないのか? 李一族を。」

途端にキリ-が部屋から出て行く。

ジ-ンは腹筋に力を入れて堪えたが、エラ-は耐え切れずとんでもない音を発しながら崩れ込んだ。


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