CQ
2029年 4月11日 2012時 大西洋
何回やっても慣れないものだな、とジョン・バーナード大尉、コールサイン"ガンマン"は思った。バーナードは28歳。戦闘機パイロットとしては、まだ少し若手の部類に入る。バーナードは、今、空母着艦資格検定のうち夜間着艦訓練の最終検定を受けているところだった。アメリカ海軍の航空機操縦士空母着艦資格は、最後の着艦を経験してから29日で失効してしまい、その後は改めてFCLPとNLPで訓練を積み、着艦資格を取得しなければならない。
バーナードは、F/A-18Eスーパーホーネット戦闘攻撃機の操縦桿を握り、真っ暗な大西洋にぽつんと浮かんでいる自分の母艦であるCVN-81ドリス・ミラーを探していた。
「あれだな」
真っ暗な洋上に、ぽつんと浮かび上がる僅かな光源。それがドリス・ミラーだ。
『ゴースト31、こちらドリス・ミラー。レーダーでそちらを確認した。ボールをコールせよ』
「ゴースト31、コールボール」
『ゴースト31、まずはタッチアンドゴーだ。以後、LSOに引き継ぐ』
「了解」
『ガンマン、こちらホークだ。機首を5度上げろ』
バーナードはHUDの表示を頼りに、操縦桿をごく僅かに引いた。
『ちょい左、もう少しだ。よし、いいぞ』
空母に着艦するのと、地上の飛行場に着陸するのとでは、全くもって訳が違う。まず、航空基地の滑走路は、大抵は2500メートル前後で設定されているのが普通だ。しかしながら、空母の全長は約330メートル。しかも、そのうち着艦に使用できる範囲はもっと短く、ほんの240mしかない。時速約200kmで着艦進入する戦闘機を、その長さの滑走路で、しかも鋼鉄製のワイヤーに戦闘機のアレスティングフックを引っかけて無理矢理停止させるのだ。本当にイカレている。
『あと15マイル・・・・・いいぞ、そのまま、そのまま・・・・10マイル・・・・』
バーナードの眼に、光学着艦装置が飛び込んできた。真ん中の黄色い光の線は、左右に突き出した青い電球の列にぴったり合っている。
『そのまま・・・・そのまま・・・・』
ガン!空母の甲板に、F/A-18Eのランディングギアが叩きつけられた。その直後、バーナードはスロットルレバーを思いっきり押し、操縦桿を引く。F414エンジンに大量の燃料が流れ込み、アフターバーナーに点火して戦闘機を一気に夜空へと羽ばたかせる。
『ゴースト31、今のはいいタッチアンドゴーだった!よし、次は着艦だ!』
「了解ドリス・ミラー。一旦、オーバーヘッドする」
バーナードは一度、F/A-18Eを上昇させ、高度2000フィートの辺りで空母の上空を通過して機体を傾けた。その間にも、バーナードは僅かに見える空母の甲板の輝点からから目を離さない。そして、HUDの機体の傾きと高度計に留意しつつ、再び空母の後方に向かって機体を旋回させた。
戦闘機を水平飛行させると、再び空母の甲板の着艦誘導灯の輝きが見えた。まるで、先程の録画かデジャヴを見ているのかと思うくらい、ほんの5分前と同じ光景が見える。良い兆候だ、とバーナードは思った。つまり、さっき取れていた、正しい着艦コースを今も取れているということになる。
『ゴースト31、ボールをコール』
「ゴースト31、コールボール」
『ゴースト31、機首を4度上げ・・・・よし。そのまま真っすぐだ』
バーナードはランディングギアと共に、アレスティングフックが下りているか確認した。多機能ディスプレイには、しっかりと戦闘機のギアが下りていることを示すアイコンが表示されている。
『コースよし。コースよし・・・・あと10マイル・・・・・・5マイル・・・・・・1マイル・・・・・・』
ドスン、という衝撃が全身に走ると同時に、バーナードは再びスロットルレバーを前に倒した。F/A-18Eの後部にあるアレスティングフックが、空母の甲板のうち着艦エリアに張られた真ん中のワイヤーをしっかり引っかけたため、同時に力強く後ろに引っ張られるような感覚が全身を襲う。バーナードはすぐにスロットルレバーを元に戻した。大きなライトスティックを持つ甲板作業員が両腕で大きく丸を作ったのち、スティックを振ってバーナードの戦闘機を駐機エリアへと誘導する。バーナードはスーパーホーネットの翼を折り畳み、空母の後部にある駐機エリアへと機体を向かわせた。
バーナードは、戦闘機から降りると、懐中電灯を手にして機体のチェックを始めた。青色のジャージを来たデッキクルーが、バーナードが乗っていた戦闘機のタイヤに輪止めを施し、機体をチェーンでしっかりと固定する。
「見事な着艦でしたね、大尉」
「ああ。なんとか、な。海に落ちて、サメと水泳をせずに済んで良かったよ」
やがて、空母の後方から別の機体が迫って来た。速度と航法灯の輝きからして、E-2Dホークアイだな、とバーナードは思った。ホークアイはバラバラバラバラ、と、8枚ブレードのNP2000プロペラ独特の風切り音を立て、空母に向かって来る。
「なんだか、ちょっと高すぎるような気がするな」
「え?どうしたんですか?」
LSOは、手に持ったハンドルを高く掲げた。そして微かに「ボルタ―!」という声が聞こえた。バーナードが思った通りだった。E-2Dは急上昇し、空母から離れて行く。
「今のホークアイだよ。あれじゃ、フックはワイヤーを引っかけるどころか、甲板を擦りもしないだろうよ」
「今のでわかるのですか?」
「ああ。君も、アヴィエーターになって、ある程度経験を積めばわかるようになるさ」
空母の左側では、MH-60Sナイトホークが2機、空母が進んでいる速度に合わせるようにホバリングしている。万が一、飛行機がトラブルを起こして、パイロットが緊急脱出した時に備えて、着発艦作業中は必ずナイトホークが1機または2機がホバリングする決まりになっている。
続いて、甲高いエンジン音が急接近してきた。F-35CライトニングⅡが、飛行甲板後方に張られた1番目のワイヤーをアレスティングフックに引っかけて停止した。
2029年 4月11日 2036時 大西洋
バーナードは、VFA-159のロッカールームに戻り、自分のロッカーにコンバットエッジやJHMCSといった装備を戻した。そして、そのままその足で飛行隊のレディルームへと向かう。空母ドリス・ミラーの乗員数は5379名。ちょっとした村のようなものである。当然ながら、飛行隊の隊員と艦長、副長、CAG、DCAGを除いたら、バーナードが顔も名前も知らない乗員が大半である。
「よお、"ガンマン"。今日の着艦の成績はどうだったんだ?」
CQを終えて一足先にレディルームに戻り、椅子でのんびりとしていたのはニコラス・カワモリ大尉。そのアジア人顔とファミリーネームの通り、日系人だ。
「ばっちりだぜ。多分だけど、まったくヘマはやっていない。これで隊長からCQ不合格だなんて言われたらビックリだ。そんなこと言われたら、五寸釘を使って、奴の名前を書いた紙を貼りつけた藁人形をそこのコルクボードに打ち付けてやるさ!」
「やめなさいよニック。そんな悪趣味な遊び」
そう話しかけたのはアリシア・キルヒャー大尉。コールサインは"サクラ"だ。
「おいおい。こいつは俺のじいさんから教えてもらった、れっきとした呪いのかけかただぜ。いいか。まずは、長さ5.9インチの釘を用意するんだ。そして、藁を使って人形を作る。その人形には、呪いたい奴の名前を書いた紙を貼りつけるんだ。そして、午前2時になったら・・・・」
「気をつけ!」
当直士官である少佐の声がレディルーム内に響き、全員が椅子の前で直立不動の姿勢になった。その直後、VFA159の飛行隊隊長、コールサイン"ボス"ことウィリアム・グリッドレイ中佐が入室した。
ウィリアム・グリッドレイは41歳。F/A-18Eでの飛行時間は3000時間に達するベテランだ。グリッドレイは、この飛行隊の中で、数少ない実戦での経験を持つ操縦士でもある。アフガニスタンでは、タリバンの拠点を空爆し、携行式の地対空ミサイルに狙われた経験も持つ。
「諸君、楽にしてくれ」
グリッドレイの一声で、全員が着席した。グリッドレイは、タブレットPCを起動し、画面を確認する。
「さて、今日はCQの最終検定だった訳だが、我が飛行隊は、文句無しに全員合格だ。よくやった、諸君」
部屋中に拍手と口笛、歓声が上がる。だが、これは始まりに過ぎない。今から空母ドリス・ミラーはパトロール航海へ向かうことになるのだ。
「さて、我々は物資の補給を兼ねた明日から3日間の休養を終えたら、ペルシャ湾、つまりは第5艦隊管轄区域でのパトロール航海へ向かうことになる。バーレーンの第5艦隊司令部からの情報によれば、相変わらずきな臭い状況にあることには変わらない。それどころか、かなり面倒な事になりそうという情報だ」
その言葉に、部屋中で落胆の声が上がった。誰だって、パトロール航海は穏便に終わらせたいものなのだ。
「諸君、オマーンが北東部で見つけた海上油田を新たに稼働させた。だが、突然、パキスタンが油田の領有権を主張し始めた。連日、パキスタン空軍機がオマーン領空に接近し、挑発を続けている。パキスタン政府は現在、非常に不安定で、首相以下閣僚の何人かはタリバンとの結びつきも疑われている。我々は、これまで以上に慎重に緊張感を持って、今回のパトロール航海を行わねばならない。ROE、つまり交戦規則についても、頻繁に変更があることも頭の片隅に入れておいてもらいたい。だが、いざという時に、実際に空に上がって戦う事になる諸君らの判断に混乱が起きることが無いよう、艦長、第5艦隊司令部はじめ我々も、常に明確な命令を諸君らに伝えることを約束したい。だが、これは、諸君の身を守る行動を決して縛るものでは無い。また、第26海兵隊遠征部隊も現地に向かっているとのことだ。勿論、小官としては、何事も無く、今回のパトロール航海が終了し、諸君らが誰一人欠ける事無く、帰国できることを望むだけだ。以上、解散!」




