01. 聖女と取り巻き
校庭には雪が積もっていた。
必然的に生徒たちは温かい室内に集まり、薄暗い曇天の中で校舎はほんのりと橙色に灯って見えた。
「なにもかもうまく行かない!」
木机に突っ伏して嘆くのはアニ。
放課後の生徒たちは図書館で勉強したり、訓練場で魔術の実技を練習したり、雪の降る町に繰り出して遊んだりしているので、教室にはアニと私の他はいない。
私だって、交ざれるものならあっち側に交ざりたい。
しかし私は父親にアニの取り巻きをするよう命じられている。
結露して雫が滴る窓ガラスに魔導ランプの灯りが反射して、アニのと私の姿がぼんやりと映る。
私はアニに向かい合って勉強を教えているのだが、アニにやる気がないのは明白である。
アニは鮮やかなピンクブロンドの長い髪に、真っ白な肌と青い目を持つ、ものすごい美少女だ。
低身長の私からすれば、アニの長い手足は喉から手が出るほど欲しい、羨ましい。
あどけなさの残るかわいらしい顔は、平民階級出身だとはとても思えず、見ているだけでうっとりしてしまいそうだ。
見ているだけなら。
「あたしは聖女よ! なんでみんなもっと大事にしてくれないの! なんで公爵令嬢ばっかり大事にするのよ!」
アニは一年前に辺境の農地で発見された今代の聖女だ。
浄化の力を持つのだが、平民らしい粗雑さと天性の幼稚さに、私は見ていてイライラする。
なぜ聖女は平民の間に生まれるのだろう。
探し出す予算の無駄、社交界に招き入れる予算の無駄、我慢して相手をする取り巻きの労力の無駄。
「おかしくない!? 私、このゲームのヒロインなのに! あの女は悪役令嬢なのに!」
そして、アニは頭がイカれている。
「乙女ゲーム」とか「攻略対象」とか、わけのわからんことを涙目でまくし立てる。
一度「『乙女ゲーム』って何のこと?」と聞いてみたら、顔をしかめて宙を見つめながら、「イケメンが、いっぱいいる? つまり、あたしが一番愛されるゲームだった、かな?」とおぼつかない口調で言った。
そんなふざけたゲームがあってたまるか。
一体、彼女は何のことを言っているのか。
「大丈夫よ、あなたは大切にされているわ」
しかしそんな考えはおくびにも出さず、私は優しく言う。
つり目をつり上げない。
口角はちょっぴり上げる。
キツい顔立ちをしていると、こういう時に苦労する。
「きっと、これからもっと大切にされるわよ。あなたはテストの点数も上がっているし。努力が実っているんだから」
赤点を回避しているだけのアニの努力が実るなら、学年二十位以内をキープしている私の努力は、実った稲穂が垂れすぎて地面に突き刺さるだろう。
「そんなことどうだっていいわ、カルラ。勉強より、攻略対象とのイベントが先よ」
こいつが本当に聖女なら、もうちょっと文脈のあることを言うんじゃないだろうか。
私は何度も訝しむが、王都の神官たちは既に、この女が聖女の異能持ちだと太鼓判を押している。
現在は多量の浄化力を放出すると肉体が崩壊するので、少しずつしか使えない。
それでも、聖女は聖女。
とにかく我慢だ。忍耐だ。
伝統的に聖女は王族の保護下にあり、王妃の次に特権を与えられた女性だ。
商人上がりの成金男爵の娘が学校で成り上がるには、聖女の恩恵が必要である。
「イベントが起これば、あたしは攻略対象に愛されるはずなの。このままじゃ、公爵令嬢が王太子様と結婚しちゃうわ」
「そりゃあ、彼女が王太子殿下の婚約者だもの……」
「でも、でも、あたしがヒロインなのに!」
ほろほろと涙を流すアニに、しぶしぶポケットに入っていたミモザ柄のハンカチを差し出す。
ああ、このハンカチはお気に入りなのに。
なぜ誰もこの馬鹿女を教育しなおそうとしないのだ。
聖女の頭がこんなに悪いなんて、国家の威信にかかわるだろうが。
もし私が王家の人間ならと、私は妄想する。
アニを教師五十人くらいで取り囲んで、人目につかない塔の中で勉強を叩きこむ。
七十年くらい籠ったら出てくることを許さんでもない。
私は机の隅の魔法陣の落書きを目立たないように指で叩き、苛立ちを紛らわせる。
お父様のご命令だ。
卒業までアニのご機嫌を取ってみせる。
この聖女の信用を得て、商店をますます繁栄させ、私は貴族社会をのし上がるのだ。
アニはぱっと顔を輝かせた。
「聖女の力っていうのを使ってみようかな。三代前の聖女は魅了魔法を使えたっていうけど、カルラ知ってる?」
「ふざけんな禁術よ、このド雑魚あんぽんたん馬鹿女!」
私は椅子をひっくり返して立ち上がった。
椅子が石床にたたきつけられる音が教室に寒々しく反響した。
アニは目を丸く見開いている。
「禁術使ったら、あんたなんて二秒で見捨てるけど、見捨てた私にも火の粉がかかんのよ。考えろ察しろ想像しろこの脳みそド底辺が!」
「カ、カルラ……?」
「あんたみたいな脳みそ晴天極楽とんぼが出世するから税金が増えるのよ! 今すぐ山中に帰れ農家の七女!」
肩で息をしながら、私は眉間にしわを寄せて深く深くため息をついた。
またやってしまった。
私は癇癪をよく起こすという欠点を持っている。
だからこそ、ここ半年は尋常ならざる努力を重ねて猫をかぶっていたのだ。
この根気もクソもないアニは、すぐに機嫌を損ねるに違いない。
脳裏に描いていた社会的成功プランが音を立てて崩れ落ちる。
一から立て直しか。
「ご、ごめんね、カルラ」
しかし予想に反し、アニは肩をすくめてあっさりと謝った。
「なんでかは全然わからないけど、駄目なんだね。そういうものか」
少し視線を彷徨わせると、アニは机に肘をついて、面白そうにこちらを見る。
「……何よ」
「カルラって怒るときは元気だね」
「嫌味?」
「ううん。ずっと怒っていてもいいんじゃない?」
「こ・の・極・楽・と・ん・ぼ」
私は憤った。
この馬鹿女にからかわれるいわれはない。
私の怒りを一切慮らず、アニは呑気に言う。
「あ、ハンカチ返すよ」
「いらないわよ、あんたの汚い鼻水がついたハンカチなんて」
アニは「鼻水なんてつけないしィ」と間の抜けた声を上げると、眉をひそめて机の上のノートに向き合い出した。
私は唖然としてアニを見つめる。
これだけ?
これだけでいいのか?
仮にも商人上がりの成金の娘が、聖女に向かってブチ切れたのだ。
宮廷のお偉い方々に言いつけられて、大事になることも考えられた。
私の心労も知らず、アニは呑気に口をひらく。
「王都をお散歩してみたいなぁ。カルラの家も王都でしょ。案内してよ」
「……散歩してる場合か、勉強しなさい」
「カルラのお庭は花が綺麗って評判だよ。あたし、見てみたい。アハハ」
「誰が入れるか。花が汚れるわ、この汚物」
様子を見つつ罵ってみるが、アニは機嫌よく足をぷらぷら揺らしながらノートを書いている。
本当に何ら気にしていないらしい。
私はほっとため息をつくと、アニの汚いノートに向き直った。
こいつが意外と大雑把なことは僥倖だ。
アニの取り巻きの任務を全うしながら、これからも様子を見つつブチ切れてやろう。
いつものように楽しんで書きました。
皆様にも楽しんでいただけますように。
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