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悪人専門の令嬢弁護士と嘘を嗅ぐ犬 〜冤罪で泣く弱者を拾い、法で悪党を追い詰めます〜  作者: 月神世一


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EP 10

愚者の足掻きと、完璧な算盤データ

「な、ば、馬鹿な……!」

大帝国建設の鮫島常務が、ガタッと音を立てて椅子から腰を浮かせた。

法廷の空気が完全に凍りついている。傍聴席の記者たちも、ペンを走らせる手を止め、モニターに映し出された『成分一致』の鑑定結果を食い入るように見つめていた。

「い、異議あり!!」

静寂を破ったのは、神宮寺弁護士の悲鳴のような叫びだった。

額に脂汗を浮かべ、必死に取り繕おうと声を張り上げる。

「そ、そんなものは証拠になりません! 紙にホテルの香水が染み付いていたからといって、原告本人がそこにいた証明にはならない! 鮫島常務が、原告から預かった同意書をホテルの会食に持ち込んだ際に、匂いが移っただけだ!」

「その通りだ!」鮫島が神宮寺の言葉にすがりつく。「俺はその日、確かにホテル・グランシャリオにいたが、大貫の爺さんなんぞ呼んでいない! そいつの被害妄想だ!」

神宮寺と鮫島の必死の足掻き。

だが、リベラは証言台の前で、心底つまらなそうにため息を吐いた。

「……本当に、三流の台本しか読めない操り人形ね。あなたたちの弁明の限界値なんて、とっくに計算済みよ」

リベラは手元のタブレットを操作し、裁判長を見上げた。

「裁判長。弁護側は、追加の証拠として『映像データ』および『金融機関の取引ログ』を提出します」

法廷の大型モニターの表示が切り替わる。

そこに映し出されたのは、粗いモノクロの防犯カメラ映像だった。時刻は事件当夜の午後9時。場所は、ホテル・グランシャリオの地下VIP専用エントランス。

『や、やめてくれ! 放せっ!』

『うるせえ爺だ、とっとと歩け!』

無音の映像だが、状況は一目瞭然だった。

作業着姿で激しく抵抗する大貫源三が、鮫島常務の側近と見られる屈強な男二人に両脇を抱えられ、無理やりエレベーターへと引きずり込まれていく姿が、はっきりと記録されていた。

「あ……ぁ……」

鮫島の口から、間抜けな声が漏れる。

「さらに、もう一つ」

リベラが画面を切り替えると、今度は複雑なツリー状の資金経路図が現れた。

「これは、ホテル・グランシャリオのスイートルーム707号室の、当日の『宿泊費決済ログ』です。支払元は、ダミー会社を経由した大帝国建設の裏金口座。……そしてなんと、大貫農園の土壌から『有害物質が出た』と偽装報告を行った環境検査会社にも、全く同じ口座から数千万円の資金が流れています」

傍聴席の記者たちが、一斉に立ち上がらんばかりのどよめきを上げた。

「ゼネコンの裏金」「拉致の決定的瞬間」「土壌検査の買収」。特大のスクープだ。

「これらはすべて、民間企業のセキュリティを『適正な手段』で調査した結果、明らかになった揺るがぬデータです」

リベラは傍聴席の最後列に視線を送った。

そこには、スーツ姿で口に飴玉を含んだ力武義正が、壁に寄りかかりながら「俺の算盤に狂いはねえよ」とばかりに、ニヤリと笑って親指を立てていた。

「防犯カメラの映像、裏帳簿のデータ、そして同意書に染み付いた恐怖と密室の匂い。これら全てが、被告らの組織的な拉致、監禁、および強要の事実を示しています」

リベラはゆっくりと振り返り、顔面蒼白になっている神宮寺弁護士と鮫島常務を、絶対零度の瞳で射抜いた。

「認知症の妄想? 自作自演? ……あなたたちは、自分の強欲を満たすために、40年間、雨の日も風の日もひたむきに土を育ててきた一人の農夫の尊厳を、徹底的に踏みにじった。国家のノイズを利用して、彼を『社会のゴミ』に仕立て上げようとした」

リベラは金煙管を手に取り、ピシャリと、法廷の空気を切り裂くように言い放った。

「土の匂いも、人の痛みの匂いも分からない腐りきった悪党が、ウチのシマでデカい顔をしてんじゃねえわよ」

圧倒的な修羅の覇気。

神宮寺は腰から砕け落ちるように椅子にへたり込み、鮫島常務はガチガチと歯を鳴らして震えることしかできなかった。もはや、彼らを庇うロジックは、この世のどこにも存在しない。

「……裁判長。被告らによる同意書の強要、および土壌汚染偽装による不法行為は明白です。原告・大貫源三氏の土地所有権の回復、および大帝国建設に対する懲罰的損害賠償を求めます!」

「――原告の主張を、全面的に認める」

裁判長の重々しい声と、木槌ガベルの音が法廷に響き渡った。

それは、大貫にかけられていた「嘘つきの老人」という呪いが、完全に解き放たれた瞬間だった。

「おお……おおぉっ……!!」

大貫は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣き崩れた。

奪われた畑が、尊厳が、彼の手元に戻ってきたのだ。

「よかったわね、大貫さん。明日からまた、あの畑で美味しい野菜を作ってちょうだい」

リベラは優しく微笑み、大貫の泥だらけの分厚い肩をそっと撫でた。

同じ頃。

霞が関、内閣府の執務室。

法廷の判決の速報をモニターで確認した日野輝夜は、スッと立ち上がり、自身のIDカードを使って行政の基幹システムにアクセスした。

「リベラ先生、見事な采配でした。……では、こちらの『お掃除』も終わらせましょう」

輝夜の細い指が、キーボードを迷いなく叩く。

『大帝国建設による不正行為の事実認定に伴い、長野県・特別リゾート開発特区の事業認可を【即時凍結】する』

エンターキーが押された瞬間。

赤山天人が国家の裏で構築していた何百億という巨大な利権のパイプが、霞が関のシステムの内側から、完全に切断された。

「……月明かりの下では、どんな暗闇の悪意も隠し通せませんよ」

輝夜は窓の外に広がる霞が関の空を見上げ、静かに微笑んだ。

法と算盤、そして光。

彼らの完璧な連携により、一つの地方を食い物にしようとした巨悪の企みは、見事に粉砕された。

だが、それは同時に、眠れる本物の怪物――『赤山天人』の逆鱗に、真っ向から触れることを意味していた。

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