少年、真なるヴァンパイアと手合わせす②
「初めの合図は?」
「ほほほ、もう始まっておる。いつでも好きにかかってくるがよい。夜の女王と恐れられた妾の力、とくと見せてくれようぞ」
その言葉にラルカはうれしそうに微笑んだ。カーミラの実力は全盛期であれば、ヨミとほぼ互角と言ってよい。ラルカにとって、現世に出てきて初めて戦う強敵であった。
「はっ」
ラルカが左手から炎帝の魔弾を放つ。カーミラによける気配はない。直撃する、と思った瞬間、カーミラの目の前に黒い穴が現れ、巨大な火の玉が吸い込まれ、消滅した。
「!?」
一瞬驚いた顔をしたラルカだが、すぐに気を取り直し、今度は炎帝の魔弾を続けて三発放つ。だが、結果は同じだった。カーミラの目の前に三つの黒い穴が現れ、炎帝の魔弾は闇の中へと消えてしまった。
「如何した、わらべよ。もう終わりかえ?」
少しムッとしたラルカが距離をさらに取り、両手にマナを集中させる。
――――汝は救世の法具、邪を滅し、衆生を救う光なり。
「神気の雷霆!!」
ラルカの独自魔法、神気の雷霆の閃光が放たれる。しかしカーミラの黒い穴は、それすらかき消してしまった。
「!!」
「す、すごい、ラルカの魔法が、全く効かないなんて・・・!!」
(さすがは太母様だ。魔法のみの力量なら、まだ上回っているな。だが、ラルカ・エルメルの魔法の威力も凄まじい。我でさえ、先ほどの魔法を受ければ、一瞬で消滅されよう)
「ほほ、なかなか大した魔法じゃな。褒めて遣わす。じゃが、妾の血の井戸の前では無力じゃな」
血の井戸はカーミラの独自魔法であり、闇と空間の合成魔法である。ほぼすべての遠距離魔法を無力化することができる。ただでさえ高度な空間魔法を他の属性と合成することがどれほど難しいかは、ラルカでなくとも理解できるであろう。
「・・・」
ラルカは無言で二振りの刀を抜刀した。
「はあっ!」
闘気を全力で放出する。白銀の闘気がうなりを上げるように舞い上がった。
「ほお・・・」
カーミラは感心したような声を上げる。彼女の長い人生でも、この色の闘気を見たことは数えるほどしかない。その中でもラルカは最も年少だった。
「比翼連理」
ラルカの姿が消え、一瞬でカーミラの目前に現れた。二刀流の刀をX字に振り下ろす。もはやこの間合いではよけることは不可能であった。だが、
「えっ!?」
カーミラの体に食い込んだと思われた刀が宙を切る。カーミラの上半身は、その姿を大量の蠅へと姿を変えていた。ヴァンパイアがヴァンパイアたる闇魔法、恐れよ、我を。蝙蝠だけでなく犬や鼠、蠅にも変身可能だが、最も難易度が高いのが蠅であった。カーミラ以外で蠅に変身できるのはジュリアンのみである。
「うっ」
「ラルカっ!?」
蠅の一部が右手、左手を形作り、それぞれラルカの喉と右手首を掴んだ。その手からラルカのマナを吸収する。中級闇魔法誘引魔手だ。さらに一部の蠅が集まり、ラルカの眼前にカーミラの頭部が形作られた。
「ほほほ、如何にするわらべよ、このままじゃと干からびるぞえ?」
「・・・」
ラルカは一瞬考え、全身にマナを巡らせた。
――――掛けまくも畏き雷の大神、諸々の禍事・罪・穢有らむをえば祓へ給ひ清め給へ、恐み恐み白す
「武甕槌命!!」
ラルカの全身から雷が発せられた。周辺に飛び散り、着弾したそこかしこで爆発が起きる。だがカーミラは一瞬早くラルカを放し、再び間合いを取った。
「恐ろしいわらべじゃな。今のは東方にある緋野の国の魔法か。珍しいものを見せてもろうた」
カーミラは本気で感心していた。彼女は七星使徒のうち、面識があるのはヨミとエルフの王フロートのみであるが、二人を除けばラルカが間違いなく最強であった。実年齢から考えると信じられないほどの力量である。
「どうした、来ぬのか」
ラルカは抜刀したまま様子を見ている。カーミラ相手に物理攻撃も魔法攻撃も通じなかったため、戦法を再構築する必要があった。
「ならば、こちらから行くぞ」
カーミラの全身に闇のマナが集まる。その量に、見ているだけのライラの膝が震えた。カーミラが上に指をさすと、黒い雨が降ってきた。
「こ、これは!?」
「上級闇魔法、逢魔が時だ。我らヴァンパイアは闇の世界でないと本領を発揮できぬ。だが、太母様は時、場所に縛られず、その世界を生み出すことができるのだ」
カーミラが指をゆっくりおろすと、ラルカに向ける。彼女の周囲に球状になった闇のマナが、多数現れた。恐らく三桁にはなるであろう。それを見たラルカに冷や汗が流れる。カーミラがにやりと笑うと、闇のマナがラルカに向かって、放たれた。
「くっ」
ラルカは結界を構築する。結界に闇のマナが光線のように突き刺さるが、何とかそれを防ぐ。カーミラはお構いなしに次々を打ち込む。
「こ、この魔法は?」
「中級闇魔法、闇の銛だ」
「中級!?」
ライラが信じられない、と言った顔をする。
「勘違いがあるようだが、闇の銛は通常一発だけ闇のマナを飛ばす魔法だ。太母様はそれを同時に百を超えて放つことができる。それがどれほど難しいかは、そなたもわかるであろう」
ライラがつばを飲み込む。初級魔法でさえ、同時に二つ放つことは難しい。カーミラの百以上に放つ闇の銛は、難易度、威力ともに最上級魔法と同じか、それ以上だろう。
「な、なあ、太母様って、今弱っているって言ってたよな」
「左様」
「あれで・・・弱っているのか?」
「我が知っている太母様の実力からすると、六、七割ほどと言ったところか。千年前の世界では、太母様はあの魔女ヨミと並び称されたお方だからな。我らまがい物のヴァンパイアとは言葉通り格が違うお方だ」
(ラルカ・・・!!)
ライラは思わず祈った。この戦いが試合、と言うことはわかっているが、それでもラルカが負ける姿は見たくない。
「ほれほれ、どうしたわらべよ。もっとあがいてみせよ」
「・・・!!」
ラルカは結界の中で、再び両手にマナをためる。
――――汝は救世の法具、邪を滅し、衆生を救う光なり。
「神気の雷霆!!」
闇の光線数十本が神のいかづちで一瞬にして消滅した。同時にラルカはカーミラに向かって二振りの刀を抜刀し近づく。
「百舌鳥連斬」
二振りの刀を次々と振るう。まるで踊るように美しく。しかしカーミラは切られる寸前に肉体を蠅へと変化させ、刀は空を切るばかりだ。
「だ、だめだラルカ、剣の攻撃は効かないぞ!」
だがラルカはかまわず刀を振るい続ける。しかしカーミラには一切当たらない。
(何を企む?まさか妾のマナ切れを狙っておるのか?見くびられたものよな)そうカーミラが思った瞬間、またラルカの左手の刀、“鳳雛”が振り下ろされようとしている。カーミラが再び肉体を蠅に変えようとした瞬間、鳳雛から炎が立ち上がった。
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