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ARCANA WORLD  作者: 藍染悠華
3/5

もう一つの世界

白髪の女性は確かに言った。


君、私が見えているのか?


僕は小さく頷いた。

はっきりと見えている。

確認すると、すぐに女性は僕の手を引っ張り、人気のな いところまで連れて行った。

大体の場合は、逃げ出そうと藻掻くのが普通なのかもしれない。


だが不思議と、「この人は、信頼できる」と思えた。


まだ名前も知らなければ、出会って五分にも満たないというのに。

僕は期待していた。

自分と同じ力を持った人なのだろうと。


そうして僕は、路地裏まで来てきた。

周りに人の気配もない。

太陽の光すら、あまり届いておらず、薄暗い。


これから僕は何をされるのだろうと、期待をすると同時に、不安もあった。


僕の力を明かしてくれるのかも知れないが、そうでないのなら、僕はどうすれば良いのだろう…


色々な憶測を立てている内に、その答えが白髪の女性から告げられる。


「まず、初めに伝えておくよ。私と君は()()使()()だ」


魔法使いと告げられた。


いきなりそんなことを言われても、分からない。そんなこと言われて納得する方が、どうかしてるだろう。

戸惑っている中でも、女性は続ける。


「戸惑っているだろうが、続けるよ。君は魔法使い、普通の人間とは違う存在だ。」


確かに僕は戸惑っていたが、その言葉で少しだけほっとしたような気がした。

今まで、自分は普通の人とは違うということは感じていた。そして、何よりも苦しいと感じていたものが、自分は「普通じゃない」ということが分かっていても、その答えが分からないまま、時間が過ぎ、気づけば自分という存在を見失ってしまったことだ。

以前の僕は、もっと明るさがあったはずだ。

でも今は、曇り空のように、光を失ってしまった。

でも少しだけ、少しだけ光が戻ったような気がした。


僕は、魔法使い


全てに納得したわけではないが、今はそうするしかない。整理するのは後からでもできるだろう。

そして僕は、言葉を返す。


「どうして僕が、魔法使いなんですか?」

「腕を見せてくれないか?」


そう言うと、姿勢を低くして、右手を差し出した。


真っ直ぐな視線に、僕は迷わなかった。赤い模様が浮き出ている右腕を出した。


「この赤い模様、これが魔法使いの証拠となるものだ。君の力は、この模様が原因だ。魔法使い(私達)は、この模様を『魔力跡(まりょくせき)』と呼んでいる。この模様はいつから出てきた?」

「一年前から。」

「この一年、何か変わったことは?」

「変わったことは…人の気配を感じやすくなったり、体がすごく軽くなったりしたことです。」

「なるほどな…」


はぁ…


と、息を吐いて立ち上がった。


「君の力はそういう力…いや、君個人の()()と言うべきだな。幸いなのは、人を傷つけるような魔術じゃないということだな。」


浮かんでいる疑問を、聞いてみることにした。

「僕みたいな人は、他にもいるんですか?」

「あぁ、いる。」

「…この模様…魔力跡は、普通の人には見えないんですか?」

「あぁ、見えない。ただ、君の場合は少し特殊なようだ。」

「特殊?」

「君の両親も恐らくは魔術師の家系から生まれたのだろう。だが、君の両親は魔術を学ぼうとはしなかったようだ。だから、君の腕の異変に気づけなかったのだろう。」

「どうしてそんな事、分かるんですか?」

「私が、そういう魔法を使えるからだ。」


一段、声が低くなり、曇りきった空を見ながらそう言った。だが、そんな表情もすぐ無くなり、少しだけ頬が上がった。


「私に()()が下されたのも、君という存在に出会うことに違いない。」

「僕に?」

「あぁ。」


そう言うと白髪の女性は振り向いた。


「今日は確認できただけでも良かった。私には他にもやることがあるから、ここでお別れだ。できるなら、また明日、この場所で会おう。」


言葉を言い終わると同時に、その場所から消えていた。

陽の光が消えるように、そこに居たはずの女性は、消えていた。


「また明日、この場所で…」


小さく呟いた後、元の帰路についた。

明日、再びあの人に会えるという期待感を持って。

明日を迎えるために、風のように走った。


それから僕は、学校の終わりに、あの路地裏へと向かうのが日常になっていた。

白髪の女性から魔術の手ほどきを受けること、魔術の使い方や注意しなければならない事など、様々だ。

それから、力は安定していき、学校生活も充実して送れるようになった。

そして、毎日、毎日、路地裏に向かっているが、その人はいつもそこにいる。本当はそこに住んでいるのではないか?


僕は気づけば、魔術以外にも、普段どのようなことをしているのか、何が好きで何が嫌いなのか、そんな会話も次第に増えていった。


今振り返ると、この時の僕はとても明るかった。

一人っ子な僕に、色々なことを教えてくれたり、話聞いてくれる彼女が、姉に思えた。


だから僕は、自然と口から「姉さん」と言ってしまった。その時の彼女は、驚いた表情も見せながらも、すぐに笑顔になった。


と言うよりも、反射的に「姉さん」と呼んでしまったことに気づいた自分の表情を見て、笑ったんだろう。


休みの日、今日も姉さんと色々な話をしている内に、姉さんが言った。


「尊夜、私は明日から、大きな仕事をしなくちゃいけないんだ。」

「大きな仕事?」


今までにない、真剣な表情に僕も表情が固くなる。


「あぁ、とても大きな仕事さ。運悪く、私はその任務を任されることになっちまってね。まぁ、つまり…どういうことかって言うと…」


僕は人の気配を感じ取ることができるが、人の考えている気持ちもなんとなく分かってしまう。

それはきっと、僕の特性か何かだろう。


「お別れってことですか?」

「あぁ。」


吐き出すように、その短い言葉を放った。

いつかは来るだろうと思っていた。でも、いざこの時が来ると何も言うことができない。


「良いかい?尊夜。私からの約束だ。魔術を人前で安易に見せることをしない。人を傷つけないこと。そして、悪いことに使わないことだ。もし、約束を破ったら、尊夜の目の前に現れて、私の魔法を浴びせるからな。」


怖いような、怖くないよな。

でも、約束を破るようなことは絶対にしない。絶対に。


そう決意した顔を見て、姉さんは安心し、荷物を上げて、最後にこう言った。


「尊夜が十八歳を過ぎて、まだ、魔法について知りたいなら、またこの場所に来てくれ。そして君にも見せてあげるよ。もう一つの世界を。あぁ、それと今まで言ってなかったよな、私の名前。」


初めて会った日から今日に至るまで、姉さんの名前を知らなかった。

そしてようやく、姉さんの名前を耳にする。


「私の名前は紫恩旋(しおんせん)だ。じゃあ、また会おう、尊夜。」


そう言うと、紫恩さんは消えていった。初めて会った時と同じように。

僕も、路地裏を出ることにした。


空を見上げる。


前まで曇りきっていた空がすっかりと晴れていた。

綺麗な青空が広がっていた。


ヒュー、と風が吹き始めた。

少し暖かくなり、春の匂いと気配を感じた。

姉さんと会ってから、三十日近く経過していた。

その時間は僕にとってかけがえのない時間となって、僕の心を晴れにした。

そして僕は、姉さんのいない日常へと戻った。


姉さんと別れ、現在。

僕は十八歳を過ぎていた。

そして僕は、あの路地裏へと向かっていた。




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