夜の闘いと、玲奈の力
裏口のドアが破られ、敵が侵入してきた──
こんな状況にもかかわらず、加藤は笑っていた。ありがたいことに、裏口は狭い。つまりは、ひとりずつ相手にすればいいということだ。乱戦で、もっとも怖いのは集団に囲まれることである。だが、ここなら囲まれる心配はない。
それに……闘っている間は、余計なことを考えずに済む。
「うらぁ!」
まず、襲いかかってきたのは竹山だ。叫びながら、右手のバールを振り上げる。
だが、加藤の動きの方が速い。瞬時に間合いを詰めると、左手をバッと突き出す。狙いは攻撃ではなく、振り上げた竹山の右手首だ。
竹山はバールを振り上げ、加藤をぶん殴るつもりだった。しかし、その右手首を加藤に掴まれてしまったのだ。
直後、加藤は思い切り握りしめる──
「うがあぁ!」
竹山の口から悲鳴があがった。加藤の常人離れした握力により、右手首を砕かれてしまったのだ。
しかし、加藤の攻撃はまだ続く。竹山の顔面に頭突きを叩き込むと、その体を力ずくで押し出していったのだ。
後ろにいる大田と斎藤も、これは予想していなかったのだろう。思わぬ攻撃に、ふたりとも外に押し出されてしまう。
一方、加藤は素早く状況を確認した。
人の気配は、今のところふたりしか感じられない。つまり、囲まれる心配はないということだ。
ならば、このまま外で闘う──
加藤は、凄まじい腕力で竹山を持ち上げた。一気に、地面へと叩きつける。
首から落とされ、竹山は即死した。と、斎藤が凄まじい形相で飛びかかってくる。その手には、大きなナタを握っていた。
加藤は、地面を転がり間合いを離す。同時にバールを拾った。
起き上がると同時に、バールを振り回し威嚇する──
「オラァ、どうした! 来いよ!」
怒鳴り、バールをブンブン振る。横目でちらりと大田を見たが、素手で構えたまま顔をしかめているだけだ。こちらの隙を窺っているのか。
ならば、ナタを持っている方から殺す。加藤は右手のバールを高く上げたかと思うと、同時に左手をさっと振った。
次の瞬間、斎藤の目を土くれが襲う。そう、加藤は先ほど地面を転がった際、バールと同時に土をも拾っていたのだ。
いきなり目に土の直撃を受け、斎藤は反射的に目をこする。
そこを逃すほど、加藤は甘い男ではなかった。バールで思い切りブン殴る。
一撃で斎藤は倒れた。だが、そこで銃声が轟く──
加藤は、何が起きたのかわからなかった。だが、またしても銃声が響き渡る。同時に、焼け付くような痛みを感じた。
そこで、ようやく理解する。
俺は、銃で撃たれたんだ──
立て続けに二発の銃弾を受け、加藤は思わず倒れていた。痛みより、ショックの方が大きい。
「跳弾が玲奈に当たるとマズいからな、銃の使用は禁止されてたんだよ。でもな、こうなりゃ関係ねえ。お前だけは殺す」
言った大田の手には、黒光りする拳銃が握られていた。
加藤は顔をしかめつつも、大田から目を離さず逆転の一手を狙う。拳銃相手では勝ち目は薄いが、やらなければ確実に殺されるのだ。
その時だった。急に、大田の表情が変わる。顔が歪み、目には恐怖の色が浮かんだ。
「やめろ! 俺の中に入ってくるなぁ!」
叫んだかと思うと、目をつぶり頭を振り始めたのだ。まるで、何かを追い出そうとしているかのように──
「電波がぁ! 電波が走る! やめろお! 電波を止めろぉ!」
喚いたかと思うと、大田は血走った目で空を睨む。
「クソ! 俺をバカにするなぁ! 俺はそんなことはしない!」
叫んだ直後、何を思ったか自身の頭に拳銃を突きつけたのだ。銃口は、ちょうどこめかみの位置にある。
そこで、大田は狂ったような笑みを浮かべた。
「玲奈ぁ! お前の思い通りにはさせんぞ!」
いきなり吠えた、かと思いきや拳銃のトリガーを引いたのだ。
次の瞬間、銃声が轟く。大田の頭から、血がほとばしった。
そして、パタリと倒れる──
「な、なんだこれ……」
加藤は呆然となっていた。今のはなんだろう? 何が起きたのか? なぜ、この男は自殺した?
だが、そこで閃くものがあった。この男は死ぬ直前、確かに玲奈と言っていた。
ひょっとしたら、これも玲奈の力なのか?
加藤は、拳銃とナタを拾い親子のところに歩きだした。撃たれた傷は痛むが、耐えられないほどではない。
裏口から中に入ると、何者かが見に来ていた。加藤を見るなり、ヒッと声をあげる。
一瞬、敵が侵入してきたのかと思った。だが、その声には聞き覚えがある。
誰かと思えば、元同級生の川俣だった。先ほど大広間で「なんで俺たちが戦わなきゃならないんだ!」と言っていた男である。
「お前、何しに来た?」
加藤の問いに、川俣は引きつった笑みを浮かべた。
「えっ、いや、あの、その、音が聞こえたから見に来た……」
しどろもどろになっている。加藤は、溜息を吐いた。
「俺が死んでいて欲しかったか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「お前、本当に使えねえな。だったら、そこで見張りでもしてろ。裏口のドアはこじ開けられちまったからな、もう閉まらねえぞ」
吐き捨てるような口調で言うと、親子のいる部屋に向かった。
部屋に入るなり、加藤は顔をしかめた。
美鈴は、唖然とした表情を浮かべて娘を見ていた。玲奈は立ったまま、あらぬ方向を見つめている。
「玲奈は、さっきまで寝てたのに、いきなり起き上がって……」
美鈴が言った時、玲奈は加藤の方を向き笑みを浮かべた。よかった、とでも言っているかのようだ。
だが、直後に体が震え出した。その顔は、死人のように青い。
次の瞬間、口から何かを吐き出した。泡と胃液、さらに得体の知れない黒い液体……まるで、この世の悪意の塊を吐き出したかのようだった。
それを見た加藤は、すぐに動いた。バケツとトイレットペーパーを手にすると、何のためらいもなく汚物を拭いていった。
美鈴は今にも泣き出しそうな表情で、言葉を絞り出す。
「この子、力を使うとたまにこうなるの……特に、人を傷つけたりした時は──」
「俺のせいだ。俺はさっき、信者に銃で撃たれそうになった。だが、その信者はいきなり自殺しちまったんだ。やっぱり玲奈の力だったのか」
言いながら、加藤は汚物を掃除する。最後に雑巾で綺麗にすると、玲奈の方を向いた。
少女は、見るも無残な表情だった。口の周りは汚物にまみれ、目はうつろだ。
その時、美鈴が語り出す。
「玲奈の父親……つまり私の前の夫は、この子が耳が聞こえないことを凄く嫌がってた。自分の子供に障害があるってことを、受け入れられなかったみたい。やがて、玲奈を虐待するようになった。殴ったり蹴ったり……それで、私はこの子を連れて家を飛び出したの」
あまりの話に、加藤は胸が潰れそうな感覚に襲われ何も言えずにいた。
玲奈は、そんな地獄を経験していたのか……。
「そんな私を、助けてくれたのがガイア救済教会の人だった。最初は、信者にならなくていいからって。ただ、施設の管理を手伝ってくれれば、三食付きで住む場所も提供するって言ってくれたの」
聞いている加藤は、やりきれないものを感じていた。インチキ宗教団体は、いつもこういう弱者を食い物にする。初めは優しく接して恩を売り、気がつくと抜けられなくなっている……ふざけた手口だ。
「当時の私は、住む場所もお金もなかった。だから、藁にもすがる思いで施設に行った。最初のうちは、ただ施設の掃除や信者たちの食事を作る手伝いをしてた。でも、ある日私たち親子の前に、おかしな男が現れたの」
「どんな奴だよ?」
加藤は黙っていられなくなり、つい口を挟んでしまった。だが、美鈴の言葉を聞き顔色が変わる。
「頭は爆発したようなアフロヘアで、骨みたいな形のピアスして、耳たぶを大量にくっつけたような不気味なネックレスしてた──」
「拝み屋ジョーだ」
「えっ? 知ってるの? 確かに、ジョーさんとか呼ばれてたけど……」
「知ってるよ。裏の世界じゃ、そこそこ有名な男さ。で、あいつがどうしたんだ?」
そう、加藤と拝み屋ジョーは、かつて一緒に仕事をしたことがある。
その時、ジョーは加藤の過去に興味を示し、やたらと話を聞いてきたことを覚えている。
まさか、あいつが絡んでいようとは……。
「はじまりは、たぶん偶然だったんだと思う。ジョーが、たまたま私のいる施設に顔を出したの。その時、私と玲奈が挨拶した。そしたら、ジョーの目の色が変わって……いきなり私と玲奈の手を掴むと、本部に連れて行かされたんだよ。つまり、この田火山にある施設にね」
「ったく、あいつはロクなことしねえな……」
加藤は、思わず呟いていた。
「ジョーは、私と玲奈を黒川烈道の前に連れて行った。そして言ったの。黒川さん、この娘は凄いですよ……って」
「なるほどな」
「以来、玲奈は施設で実験をされるようになった。能力を上手く使えるようになるため、って言われてね」
そう言うと、美鈴は玲奈の顔を見た。どうにか顔色も良くなっている。
美鈴は一息つくと、再び語り出した。
「この子、教団にいる時は、いつもこうだった。実験だとか言って、力を使って……途中で気分が悪くなって吐いても、奴らは終わりにしてくれなかった。私は母親なのに、それを見てることしかできなかった……」
そこまで言うと、美鈴の目から涙がこぼれ落ちた。
一方、そんな親子を見ている加藤の体は震えていた。無論、怒りのためだ。
同級生の憂さ晴らしのため、ずっとイジメられていた自分。泣こうが血が吹き出ようが、奴らはやめてくれなかった。
玲奈も同じだ。教団のため、苦痛の伴う実験をさせられた。気分が悪くなろうが吐こうが、信者たちはやめてくれなかった。
俺と同じじゃねえか──
加藤は、もう我慢できなくなった。しゃがみ込むと、玲奈を真正面から見つめる。
「玲奈、助けてくれてありがとうな」
そう言うと、頭を撫でた。だが、次の瞬間に表情が一変する。
「でも、こんなことはもうするな。お前を怖がらせたり、傷つけようとする奴は、俺が全員ブッ飛ばす。俺が、命に替えてでもお前を守る」
言った途端、美鈴の目からまた涙が溢れてきた。それでも、どうにか手話で娘に伝える。
加藤は、さらに語り続けた。
「だから、お前は安心してママと一緒にいるんだ」
加藤の言葉を、美鈴は涙を流しながら手話で伝える。
じっと見ていた玲奈は、彼に向かいこくんと頷いた。
対する加藤は、にっこりと微笑む。だが、胸の中では熱いものがこみ上げていた。おそらく、生まれて初めての感情だろう……。
この子の手を、絶対に汚させやしない。
相手の流した血で汚れるのは、俺の役目だ。汚れ役は、俺ひとりで充分なんだよ。
加藤は、己の心に誓った。
・・・
その時、宇宙生物は顔をあげた。
少し前から、玲奈の思考を感じ取れなくなっていた。そのせいで、どこに行けばいいのかわからず立ち止まっていたのだ。
しかし、今ならはっきりと感じ取れる。玲奈は、恐怖に怯え、苦痛を感じている。
そして、自分に助けを求めている──
何があった!?
宇宙生物は、すぐさま動き出した。夜の森の中を、恐ろしいスピードで走っていく。
玲奈に近づいているのが、はっきりとわかった。もうすぐだ。宇宙生物は、さらに速度を上げていった。




