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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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38,専属の主治医

「言い方を変えると、フィリス嬢にはマリアンヌ専属の主治医になってもらう、ということだ」

 

 王太子殿下の発言にフィリスは耳を疑った。


「主治医って、主治医って。マリアンヌ姫様の肉体になる魔術具の維持管理ということですか!」


 おもわず素っ頓狂な声を発してしまい、両手で口を押える。マリアンヌ姫は愛らしく笑み、王太子殿下は呆れたように眉を歪めて苦笑する。


「ローレンスが君を俺に引き合わせた理由も理解できるかな」

「お兄様が? 私を……」


(お兄様は、私とお母様を重ねて見られることを危惧していたわ。お母様と同じように見られ、第一魔術師団に入り、お母様と同じように……)


 フィリスは生唾を飲み込んだ。


「一見、この国は平和だね。でも、魔獣が林に徘徊しているように、実態は平和とは言いきれない。国境ならなおさらだ。魔獣もいる、魔獣を率いている背景もあり、他国にも囲まれている。

 この状況を鑑みれば、この平和は恒久的なものではない」

「……はい」


 魔術をかじってきただけのフィリスにとって、治政は関心の薄い領域だった。王太子殿下の傍で働くローレンスの方がよほど詳しい。

 だからこそ、彼には彼女の未来が、本人よりも鮮明に見えているのかもしれない。


「フィリス。君は魔力もあれば、技術もある。むしろありすぎるぐらいだ。一人で師団を担う力があるとはどういうことか。これが何を意味するかわかるか」

「この安寧が、崩れた時に、私は。私は、前線に立たねばならないのでしょうか。第一魔術師団にいたという母と同じように……」


 王太子殿下は満足そうに笑む。


「この蜃気楼のように危うい状況で、辛うじてバランスをとり平和が維持されている理由は何だと思う」


 答えを与えない王太子殿下の試す問いが続く。

 フィリスは百獣の王に睨まれた子ウサギのように小さくなり、思考を高速で回し、口から紡ぐ言葉を模索する。

 口内はカラカラに渇ききっていた。


「……絶え間ない適切な魔獣の討伐、周辺諸国との外交と交易。国内の魔術師や騎士の教育による、兵力の維持。特に魔術の平和利用をうたいながら、行われる軍事研究は、他国から目隠ししながらも継続されているのではないでしょうか」


「そうだね、フィリス。でも、それらだけじゃない。我が国が好転し始めたきっかけは、運、だ。けっして、我が国が特別に魔術に長けているわけでも、外交や交易に長けた文官、勇猛な騎士を多く備えているわけではない。

 好機に導く、運、を手に入れたからだ」


「運、とは」

「マリアンヌだよ。フィリス」

「マリアンヌ姫様が? 彼女は妖精で……」 

 

 しゃべりながら、フィリスも気づく。

 マリアンヌ姫は妖精だ。妖精を助けるともたらされるのは……。


「幸運、ですか」

「そう。この国が好転しはじめたのは、幼い俺が食した果物のなかに、偶然にもマリアンヌが隠れ潜んでいたからだ。


 マリアンヌは妖精であり、人の姿はしていない。幼かった俺は彼女を妖精のまま隠し、ともに過ごしていた。

 それからだ、他国との平和交渉がとんとんと進展し、他国と協力して魔獣たちを抑え込み、魔獣を統率する者たちとも、一時休戦を結ぶことができたのは。


 祖父王は王子である私が妖精を匿っていると知り、彼女を拘束しようとした。私はそれに抵抗した。紆余曲折あり、マリアンヌは当時の王太子、我が父がまだ子のいなかった側妃の娘とすることで落ち着いた。


 側妃の娘、第一王女という立場を作ることでマリアンヌを守る態勢が整えられる。我が国のこの方針は、今後も続く。誰もが知る通り、王族は異母妹であれば婚姻が許されている。


 俺は今後も継続してマリアンヌを守り、この国を守っていく。世継ぎは望めなくても、私には異母弟がいる。国内で世継ぎ問題も起こさせない。


 俺は、マリアンヌ以外、娶ることはしない」


 フィリスの目の前で、膝をつき王太子殿下は宣誓する。

 マリアンヌ姫は、たおやかにほほ笑む。その笑みは、柔らかい自信に満ちており、一人の男性から心から愛されている女性の穏やかさに満ち満ちていた。


(王太子殿下の愛が、妖精をこの地に留め、マリアンヌ姫をこの国の女神にしているのね)


 フィリスは驚愕し、痺れた。

 マリアンヌ姫が両の手を返し、自らの肩に指先を沿わす。

 

「ねえ、フィリス。魔術師長の作られたこの体はとても精巧で、昼間の私を人間と思わない方はいないわ」

「はい、マリアンヌ姫様。私もずっと人間だと疑っていませんでした」

「でもね、夜は駄目なの。魔獣の目まで眩ませることができないの」


「魔獣には、妖精だとばれてしまうのですね」

「ええ。そのせいで、私は外に出ることができません。殿下の傍にいるためには、どうしてもより精巧な体が必要なの。

 夜もちゃんと渡り歩ける肉体を得て、殿下の横に立たねばなりません」


「フィリス嬢、魔獣は妖精の匂いを追ってくる。夜に活発になる彼らを欺くには、ただの魔術具では足りないのだ。果実の精気ほど妖精を隠す力をもった魔術具が必要だ」

「そっ……それを私に作れというのですね」


 フィリスは(できるだろうか)と不安にかられる。その気持ちを読み取ったマリアンヌ姫がほほ笑む。


「大丈夫よ。あれだけの、赤い鷹と青い狼と緑の猿と黒い熊と白い鹿を作られているのですもの。伯爵家の魔女様のご息女なら、きっと成し遂げられますわ」

「父王との永遠の好敵手たる、最高の魔術師の血を引くフィリス嬢しかこの仕事は任せられない。年若いフィリス嬢なら、生涯マリアンヌの主治医として申し分もないしな」


 マリアンヌと王太子殿下が顔を見合わせて、笑む。


(外堀が埋められてない? ううん、始めから埋められていたってことよね。絶対に、断れないじゃない!!)


 頭がぐらんぐらんと揺れる。脳裏にローレンスの姿が浮かび消えた。

 まごまごしているフィリスの背後に人の気配がして振り向く。男装した女官が、剣を納めて室内に戻ってきていた。横には、毛玉のような子犬もちょこんと座っている。

「大丈夫」

 優しくかけられた声に素直に、頭を振る。女官の手がフィリスの背を慰めるように撫でた。

 

 フィリスは、置かれた状況を理解するだけで手いっぱいだった。

 要は、妖精マリアンヌの肉体になる魔術具を作り出し、その魔術具を管理維持する。すなわちマリアンヌ姫を殿下の隣に立つ立派な王妃として支えることを求められているのだ。

 それがどれだけ荷が重いか。わからないフィリスではない。 


「フィリス嬢。もしマリアンヌがいなくなればどうなるか。危うい情勢の中で、渡り歩いていることは変わらないのだ。ローレンスは心から君の身を案じている。それだけは間違いない」

「私からもお願いします、フィリス。何度もあなたと会って、会うごとに確信できたの。魔術具にそそぐ情熱を私にも分けてくださいませ。フィリスが支えてくれるなら、この国に安心して私も留まっていられるの」

 

 王太子殿下と、未来の王太子妃様、ひいては、将来の王と王妃に懇願されては折れるしかない。フィリスは、ポーチを握りしめ、不安げなまま頷いた。


「最大限、努力させていただきます」

 声はか細く、震えていた。

第一部残2話です。次話は本日19時予約投稿済。

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