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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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39/40

39,幸運

「では、マリアンヌ。今日は、初めての夜遊びを楽しんでおいで」

 王太子殿下が、マリアンヌ姫に優しく声掛けし、立ち上がった。


「フィリス嬢も、今夜はもう魔獣は来ない。どうかマリアンヌの夢につき合ってほしい。彼女はこの国のために留まり、不自由に縛られている。このような遊びも許されない立場であることを理解してほしい」

「はい……、かしこまりました。殿下」


 マリアンヌ姫がぽんとフィリスに飛びついてきた。

「今日は、無礼講よ。堅苦しいことはなしよ」

「えっと……」

「私は、元は妖精なの。お姫様じゃないわ。表向きは仕方ないけど、今はマリアンヌでいいのよ」

 甘えてくるマリアンヌ姫に、フィリスも苦笑する。


(本当に、愛らしい方。心根から美しい方なのね)


 王太子殿下の足元へと子犬が寄る。犬の首輪に殿下は指をかけ、魔力の紐を生み出すと柱に括り付けた。

 フィリスとマリアンヌが戯れる様に満足げな眼差しを向け、殿下は「いくぞ」と踵を返す。その言葉に反応したかのように、フィリスの隣にいた男装の女官が立ち上がる。

 

 殿下が背を向け、廊下を直進する。男装の女官も殿下を追いかける。

 すらりとした高身長。そんな女性の立ち姿は凛とし風雅。容姿も端麗で、男性物の衣類からも身体的な凹凸がしっかり確認できる。とても、しなやかな体つきだ。


(厳めしさを感じさせない、なんて優美な女性なの)


 彼女が今しがた、白虎と一緒に林から出てきた黒い狼を、退けたのだ。女性騎士としての実力も高い。さすがマリアンヌ姫に付きの女官。同性からも憧れたくなる雰囲気を漂わせる。


(すてきな女性ひとね……)


 ゆったりと直進していた王太子殿下に男装の女官が追いつくと、二人は足を止めた。

 彼女がちらりとフィリスを見返す。名残惜しそうな目がむけられ、どきりとフィリスの胸が鳴る。

 

 マリアンヌが嘆息する

「いつ見ても美しいわ。あの二人が並ぶ姿は眼福で、見ていてとても幸せな気持ちになるの」

「確かに、とても綺麗な組み合わせですね」


 がっしりとした王太子殿下と細身で高身長な女性騎士が並ぶ姿は優艶だ。


「マリアンヌ様は侍女があのように殿下の横に立たれても気にされないのですか」

「気にするもなにも。それを言ってしまっては、フィリスも同様よ」

「私も、ですか?」

「だって、あの女官はサミュエルですもの」


 フィリスの脳天に幻の巨石が落ちる。硬直し、白目をむきそうになるほど、意識が飛びかけた。


「夜の後宮は女性の護衛しか入れないでしょ。だから、性転換を促す薬を使っているのよ。少量なら効果も一晩で消えますでしょう」


 マリアンヌ姫の笑顔とは裏腹にフィリスの表情は真っ青である。


(待って、待って~。じゃあ、さっき、着替えを手伝って、髪を梳いて、ブラシをかけなおして、髪を結びなおしてくれたのも。屈んでミュールを履かせてくれたのも、全部、サミュエルってこと!!)


 ぐわんと時計塔の鐘の中にほおりこまれたかのような衝撃をフィリスは受ける。立ち去ろうとする二人にフィリスはこわごわと目を向ける。


 王太子殿下が、サミュエルと言葉を交わし、こちらに手を振った。女性姿のサミュエルは、軽く頭を垂れる。


 マリアンヌ姫は二人に柔らかく手を振った。

 フィリスは硬直し、二人を凝視するだけだった。

 

 王太子殿下とサミュエルが背を向けて、暗い廊下へと消えていく。


 マリアンヌ姫が柔らかい声音で語る。

「この薬もフィリスのお母様が作られているのよね。サミュエルが護衛に入ってくれている時は、本当に安心感があるの。さすが殿下が信頼を寄せる、近衛騎士だわ。


 私、近衛騎士のサミュエルにも、魔術師のフィリスにもとても良くしてもらったでしょう。だから、二人の幸せを願っていたのよ」


 衝撃を受けたフィリスは、真後ろに倒れた。大きなクッションが背後なければ、頭を打っていたことだろう。


「フィリス、フィリス。大丈夫」


 慌てるマリアンヌ姫の声も、今のフィリスの耳に遠い。天井さえも遠く見える。


(なんで、なんで。なんでサミュエルがあんなキレイな女性になるの! 私が男の子になった時は、いつもと変わりなかったのにぃぃ!!

 しかもあの女性らしい体つき! 今の私の体つきと比べたって、私の方が、絶対に貧相だわ!)


 衝撃に我を忘れ、フィリスは壊れそうだった。


 事実を知ってショックを受けても、夜は長い。

 マリアンヌ姫が用意したお菓子と紅茶に慰められながら、フィリスは徐々に意識を取り戻し、我に返る。

 そして、はたと気づく。


『近衛騎士のサミュエルにも、魔術師のフィリスにもとても良くしてもらったでしょう。だから、二人の幸せを願っていたのよ』

 妖精マリアンヌはそう言った。

 果物屋の店主の言う通りだ。


(マリアンヌ姫様の幸運を引き寄せる力が働いたから、私はサミュエルともう一度出会えたのかしら)


 





 帰宅後、ワインを酌み交わしながら、女性姿のサミュエルについてフィリスが嘆くと、ローレンスは大笑いした。


「あの薬はなあ。効果のある人間とない人間がはっきり分かれるんだよ。私は、まったく効果がなかったんだ。殿下も一緒。だけど、サミュエルだけ、はっきり効果があったんだよなあ。女性でも男性に変わる効果が得られる人は限られているからね。

 二人とも薬の効果が出る似た者同士で、なによりなんじゃない」


「それにしても、ショックだわ。自分の婚約者が、どんな女性より美しいなんて。やるせない気持ちになるわ」


 半分泣きそうな気持ちで、フィリスは愚痴る。

 ローレンスは、笑みを浮かべながら、気落ちするフィリスに語り掛ける。


「丸く収まったんだ。どっちもどっちだろう。

 フィリスとサミュエルがうまくいって私は嬉しいし、マリアンヌ姫との繋がりも強くなって良かったと思っている」


 笑みを浮かべるローレンスにフィリスは真面目な面持ちで向き合う。


「ありがとう、お兄様」

「なにが」

「色々、骨を折ってくれていたのでしょう」

「どうだろうね」

「私以上に、私を想ってくれて、ありがとう」


 兄は口元をほころばせ、なにも答えず、グラスに口をつけた。






 マリアンヌ姫については、内密に魔術師長から引き継ぎが行われ、すべてがフィリスの担当へと変わる。元々、後宮への出入りが多かったフィリスなので、表立った変化はなかった。


 それでもマリアンヌ姫が希望する肉体となる魔術具作成は時間がかかる。


 そんな折に、フィリスはサミュエルと、果物屋の店主が営む屋台へと顔を出した。彼から地方で魔物よけとして利用されている乾燥した草の存在を聞きつけたフィリスは、ローレンスを通して手配してもらう。

 草が届く間に香炉の魔術具を作成した。その魔術具の香炉で乾燥させた草を焚けば、香りが増幅される。マリアンヌの妖精の気配が薄らぎ、魔獣が近づく回数が目に見えて減った。


 マリアンヌ姫だけでなく、これには王太子殿下も喜ばれた。


 小さな工夫で時間を稼ぎ、フィリスはマリアンヌの身体となる魔術具作りに精を出す。工夫することも、作成することも好きで、大好きな人の役に立つと思えば、ほんの少しの険しさや困難は悦びでしかなかった。



第一部の最終話は明日7時予約投稿します。

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