[21]めいちゃん
辺見先輩から聞いた話だ。
かつて僕と先輩は、三神さんから話の触りの部分だけを聞いたことがあった。
それは三神幻子と秋月めいちゃんの間に張られた、もつれた糸にも似た彼女らの関係性についてだ。
以前からめいちゃんは、幻子に憧れを抱いているという。しかし幻子の方は、どうやらめいちゃんを避けている節があるそうだ。会えばもちろん、邪険に扱うような真似はしない。が、そもそも会おうとしない。めいちゃんの方からその機会を作ろうとしても、常に忙しくしている幻子を捕まえる事は容易ではないという。
年齢は二歳しか離れていないが、幻子は高校在学中にも関わらず、海外での仕事経験があるほどの実力者で、社会経験も豊富だ。片やめいちゃんも人並み外れた霊能力を有している、とは言え彼女は普通の高校生だ。なんとなく、年齢から想像できる程の近しい関係性でないことは、察する事が出来る。あるいはめいちゃんの思い過ごしかと思いきや、幻子がめいちゃんを避けている、というのはどうやら本当であるらしかった。
秋月さんは言う。
「めいが、私の本当の妹じゃないっていう話は、聞いてると思う。うん。あ、だからって、実は娘でしたぁ、なんていう話でもないよ。…血は、うん、繋がってない」
女性に年齢的な要素を付随して話すのは失礼だが、秋月さんは三十代も後半である。実際、めいちゃんが彼女の娘だったとしても年齢的にはなんら不思議はない。だが、現実はそう簡単にはいかない。
出会いは、今から九年前に遡る。
「当時私はまだ、チョウジを辞める前でね。もう、バンビとは出会ってかな。…めいは、いわゆる児童虐待の、被害者だったんだ」
秋月さんの話では、めいちゃんと出会ったのは偶然以外の何ものでもないという。
チョウジに属していたということは、その経緯がどういったものであれ、立場上は公安であることに間違いない。児童虐待の被害者とその加害者がいたとしても、職務内容的には本来関わり合いになる事はないそうだ。
「その頃にはもちろん私は天正堂を抜けてるから、当然三神さんとも会ってる。だから、うん。まぼにも…会ってる。だからそこを考慮すれば、めいと出会えたのが偶然なのか、まぼの計画通りなのか、あはは、分かんないけどね。実際にまぼの千里眼や三神さんの力を借りていた、ある捜査で立ち寄った空き家ん中で、押し入れに放り込まれてためいに出会ったのが最初。今も細いけど、当時はもっとガリガリだった。めいは、子供の頃のことを覚えてないっていうけど、まぼを慕ってるってことは、そりゃあ、覚えてるってことなんだよ」
捨てられていた、という事なのだろうか。
「というか、日常茶飯事だったみたい。要は、親がさ、遊びにでかけたりする時やなんかに、家ん中でウロチョロされると面倒な事故が起きたりするからって、動けないように手足を縛って置いていくわけ。ただ自分の家に置いておくと隣近所の目があるし、叫ばれてバレるとまずいから、空き家になってる家の押し入れに突っ込んでたみたいなんだ。みたいってのは、別に私はそういうケースに関わってたわけじゃないから、又聞きしただけ。私の口からめいに、そういう話を聞いたことはないしね」
その親の、鬼畜としか思えない蛮行を止める事はできたのだろうか。
「本来は児童相談所とか役所の出番だけどね。…まぼが、夢を見たんだよ」
当時、幻子もまだ子供だったのではないだろうか。
辺見先輩も同じ疑問を抱いたようだ。
「ああ、ええーっと、めいが七歳で、まぼは九歳かな」
お互いにまだ、年端のいかぬ子どもと言える。しかし七歳と九歳であれば、例え忘れたい出来事であったとしても、忘れられなかったのではないだろうか。
「まぼはまぼで、色々あったからなぁ。その頃にはもうあの子は天正堂で三神さんの教えを受けてた。あの子の力は生まれつきだし、それは決して幸せとは言えないんだけど、いい出会いがあったんだと思う、本当に。だから、自分の置かれたそういう境遇もあったから、きっとまぼは、めいの状況をそのままにしておく事ができなかったんだろうね」
具体的には、幻子はどんな夢を見たのだろうか。
「めいの両親がね。パチンコ店の前で、血塗れになって倒れてるんだって。そういう夢を見たって、まぼが言うの。事件性のある話かもしれないし、私もたまたま体が空いてたから、その店に出向いて行って。そしたら本当に、その日大勝ちしためいの両親が他の客のやっかみを受けて、刃物で刺されるっていう事件が起きたんだよ。私と、まぼと、めいの目の前で」
めいちゃんの、目の前で?
「その日に限って、空き家の押し入れに放置されてなくて。どこかへ逃げ出す所だったのか、寂しくて迎えに行く途中だったのか、今となっては分かんないけどね。私はまだその頃めいの事をよく知らないし、当然まぼの目を覆って、血まみれで倒れてるめいの両親を見ないですむようにしたかったんだけど。…あの子、私の手をかいくぐって、めいに近づいてったんだ。めいは、ガタガタ震えて、だけど、泣きもせずにじっと地面に倒れてる両親を見てた」
めいちゃんの両親は、その場で殺害されたのだろうか。
いや。秋月さんは口を噤み、下唇を噛んだ。
目を細め、あの頃の少女たちに寄り添うような目で、こう言ったそうである。
「まぼが、めいに言うんだよ。あそこに立っているお姉さんは、あなたのお父さんとお母さんを助ける事が出来る。助けてほしい? そしたら、めいは、黙って、首を横に振ったんだ」
この話を聞いた時、辺見先輩も、そして僕も、めいちゃんを責める事は絶対に出来ないと思った。
これは、幼い少女が両親を見殺しにしたという話ではない。
幼い少女が、自分の命綱であるはすの両親を愛することが出来なくなっていた。それはつまり、自らの命をも手離そうとした、そういう話なのだ。
「すぐに救急車が来て両親は搬送されてった。けど、そのまま病院で死んだんだ。私は私の不甲斐なさに憤りを感じたし、まぼはまぼで、きっと今でも後悔してるんだと思う」
幻子はこれまでにたった一度だけ、自らの意志で、未来を悪い方向へ変えてしまったことがあるという。そのせいで、彼女はずっと苦しみ続けている。今でも後悔しているのだと、三神さんから聞いた事があった。幻子の中にある後悔とは、一体何なのか。
「生殺与奪。その権利は本来誰にあるはずもなくて、ましてや七歳の女の子に自分の親の命を握らせるべきなんかじゃなかった。有無を言わさず黙ってあの子の両親を治療してやればよかった。選ばせたらきっと、当時のめいなら首を横に振ることは私にも分かってた。…もしかしたらッ。…もしかしたら、その後何年かして、めいの両親も少しはましになって、穏やかで、ささやかな幸福を味わえる静かな家庭を築くことだって出来たのかもしれない。私は。まぼは。めいのそういう未来を奪ったんだよ。あの子から家族を奪ったんだ。それは…」
それは、私たちの傲慢な偽善、それ以外のなにものでもないんだよ。




