悪役令嬢ものを書いてみました
「オリヴィエ・クラシス、君との婚約を破棄させてもらう!」
そう言ったのは、我が国の皇太子ユーリ・トラヴァン。金髪に翡翠色の双眸が眩しいキラッキラな王子様。女神様の祝福をこれでもかってくらいに受けてる作り物めいた顔面。その体躯はまるで彫刻のよう。
きっと、10人が見たら10人ともが彼こそが王子様と言うだろう。
そんな、完璧な見た目の王子様に罵倒されながら私は思う。
計画通り、と。
思わずこみあげてくる笑いを必死に耐えながら、悲壮感溢れる表情を前面に出す。
それに調子に乗ったのか、皇太子の隣にいる少女が喋り出す。
「オリヴィエ…様、私は悲しいです…。公爵家の令嬢であり、ユーリ様の婚約者であるあなた様が何故あんなことを…っ!」
あんなこと?いったい、彼女は何を言っているのだろうか?
そもそも、私は彼女と会話したのも会ったのも今日が初めてだというのに。
そんなことを考えてたら、茶番が始まったようだ。
「クララは何もしてないのに、どうしてクララを虐めるんだ!ひどい噂を流したり、服に飲み物を引っ掛けたり、果てには階段から突き落とそうとしたり…!クララはそんなことをされても、君をかばっていたんだぞっ」
「なんて、可哀想なんだ…クララ」
「最低な女だな、オリヴィエ…」
「クララを苦しめるやつは許さない」
次々と私を詰り彼女を庇う男共。
彼女の側にはこの国の有力貴族のご子息ばかり。
皇太子に侯爵の息子に宰相の息子に騎士団長の息子に、ああ我がクラスの担任もですか。
ここは、トラヴァンにある魔法学園。魔法が使える15歳から18歳までの少年少女達が集い、魔法や歴史、礼儀作法等を学ぶ学園だ。この国では魔法を使えるのは基本的に王侯貴族が多い。もちろん、平民にもいることはいるが魔力はあっても使い方がわからない者の方が多い。どんなに魔力が強くてもそれを魔法に変換出来なければ何の意味もない。そして、魔法は学問だ。学問を学ぶにはそれなりに環境の整った場所がいるわけで。そんな余裕のある人間にしか魔法は使えない。だからこの学園は貴族が比較的多い。
比較的…ね。
今目の前にいる少女は少数派の平民だ。
そんな平民が公爵令嬢たる私や皇太子であるユーリと同じ土俵に上がってるのが不思議と言えば不思議だろう。例え学園が貴族と平民を平等に扱おうとしてても、身分差はどうしようもない。しかも今は卒業の舞踏会会場で大勢の注目を集めてる。
だが、私は何にも動じない。
だって、この場面を私は見たことがあるのだもの。
私ことオリヴィエ・クラシスは前世の記憶がある。
何を言っているんだ、こいつは!?とお思いでしょう。私だって、そんなことを言われたらまずは相手の頭を疑う。病院に行けと命じるだろう。
だからこそ、私は誰にもこのことを言えないでいるのだから。
私が前世の記憶を思い出したのは今から10年前。8歳のことだ。
私は将来結婚することになる、ユーリ様と初めてお会いした。
クラシス公爵家は、国内有力貴族筆頭であり自治領も他領に比べて目を見張るものがある。そんな公爵家の1人娘たる私が皇太子の婚約者候補に名が上がるのは当然だろう。
8歳の私は、まだ見ぬ王子様に夢を見てた。
きっと、格好よくて優しくて私だけの王子様になるんだって。
面会の前日は興奮して中々寝付けなかったのを覚えてる。
そして、そんな期待に満ちた私の前に現れたのは期待を裏切らない、いやそれ以上の王子様だった。
「はじめまして、オリヴィエ・クラシス嬢。私の名前はユーリ・トラヴァン。今日から君の婚約者になる。よろしく頼むよ」
そう挨拶をしたユーリ様を見た瞬間私の全身に衝撃が走った。小さな頭の中でフラッシュバックのように次々と繰り出される映像。目の回る思いをしながら、全身に冷や汗をかきながら私は必死で倒れないように頑張った。今思えばよく気を失うこともせずにいられたと思う。
そして、私は思い出した。この世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界なのだと。
目の前に座るキラキラした王子様が攻略対象の1人だと。
ユーリ・トラヴァンは18歳のときに学園に途中から入ってくる主人公であるクララ・シールと恋仲になるのだ。
クララは平民という立場にも関わらず、貴族に負けず劣らずな魔力を持ち、心根優しく何事にも一生懸命で真っ直ぐで、攻略対象達が抱えてる闇を明るく照らし出してくれるのだ。
そんなクララのユーリルートの邪魔をするのが私、オリヴィエだ。
オリヴィエは平民のくせに自分の婚約者であるユーリに近づくクララにそれはもう怒り狂う。
嫉妬に狂ったオリヴィエは手当たり次第クララに辛くあたる。
それを知ったユーリはクララを守るためオリヴィエと婚約破棄して、オリヴィエを次期王妃を害したとして国外追放にする。
こんな馬鹿馬鹿しい話があってたまるか!
はっきり言わせてもらいましょう。
私はこのゲームをしてて思った、こいつらバカじゃね?と。
元々、恋愛は二次元で十分だった私はいわゆる恋愛脳というものが理解出来なかった。
友人に薦められてやったはいいものの、すぐにゲーム機をぶん投げたくなったのはいい思い出だ。
何故にこやつらは、好きだ嫌いだで争いを起こすのか。
そんなことをしてる暇があれば将来のために勉強のひとつでもしろよ。
しかも登場人物は将来国の上に立つような人物ばかり。そんな立場なのに恋愛にうつつを抜かしてる場合か?しかも、相手は平民で複数の男に色目を向けるような女だぞ?
自分のトラウマを解消してくれた?真実の愛を向けてくれた?裏表ない彼女は素晴らしい?
そんなことを言う男に私は絶対惚れない自信がある。だって、トラウマは自分で解消するものでしょう。
愛は、与えるものでしょう。
貴族社会で裏表がなかったら騙されてすぐに身ぐるみ剥がされて全て奪われるでしょう。
平民同士の恋ならば、それで良いとしよう。
でも私達、上流貴族には上に立つものとしての義務がある。下にいるもの達を守れなくて何のための地位ですか。
王がいるから民がいるのではなく、民がいるから王がいるのだ。
そんな上に立つものがそんなに簡単に騙されていいものなのか。
もっと、鍛えるべきでしょう?
前世での私は上昇思考の強い女だった。
仕事に打ち込み、少しでも出世に繋がるよう毎日のように残業をしていた。
最後の記憶は完徹3日目の朝、やっと仕事が一段落してこれで今日はゆっくり出来ると思った瞬間だった。きっと、私はそのまま永遠に覚めない眠りについたのだろう。人はこれを過労死という。
そんな私の今世での目標は、国外追放ルートを回避することはもちろんだが、それ以上にせっかく公爵家の一人娘として生まれたのだから、この家の女当主になりこの地をもっと栄えさせることだろう。
そのために私に必要なのは面倒くさい王妃にされるための婚約者ではなく、私の体調管理はもちろん仕事面でも頼りになる秘書的な旦那様だろう。もちろん、婿だ。出来ればこの王子様のように隣に立つとこっちが霞むような美貌は持ち合わせてない方が好ましい。
私は、補佐ではなく頂点に立ちたいのだから。
まぁ、しかしながら現時点で私の婿に該当するような者はいない。
そして、婿が見つかる前に私が他の家に嫁入りさせられる可能性の方が高い。この国では女が跡継ぎになるのは余り好まれてはいないのだから。しかも、1年前に父様の愛人の子を引き取ったばかりだ。そう。この弟もヒロインの攻略対象だったりする。
もちろんゲームでの弟のルートでの悪役も私だ。
面倒くさいことこの上ない。
そんな恋愛劇に巻き込まれるのはごめんだ。
皆様で好き勝手やってて下さいな。
しかしながら、私がこの王子様との婚約関係を白紙に戻すと他の誰かが代わるだけで私から婚約者がいなくなることはないだろう。そして、その相手は私の城を遠慮なくかっさらっていくだろう。私が当主になれなくては何の意味もない。
それを考えるとこのユーリ様との婚約は悪くないように思える。どうせ彼は18になったら婚約破棄してくれるのだし。
弟もきっとヒロインにうつつを抜かしてくれるに違いない。
まさにヒロイン様々だな。その間に私は力を付けようではないか。
猶予は10年。
やるべきことはいっぱいだ。
まずは、手駒を集めるかな。
そんなことから始まったこの茶番劇も終わりにさしかかっている。
さぁ、それでは私に向かって非難の眼差しと貴族にしては口汚い罵りをしてるお子ちゃま達に現実というものを見せてあげましょうか。
私はおもむろに手を顔の前に持ってきて拍手をする。
「ありがとうございます。もう茶番は結構。それでは私の方から幾つかお願いをしてもよろしいかしら?」
今までの悲壮感が嘘のように私は満面の笑みでそう言った。
彼らは急に変わった私に拍子抜けしたみたいだ。
呆気に取られた表情をしている。
「婚約破棄して頂いてありがとうございます。私はあなたの好きな彼女のように器用に複数の男性を同時に愛することが出来ないので良かったです。まぁ、私とユーリ様の間に愛があったかどうかは疑問に思いますけどね。そして、この件はユーリ様からおっしゃったことをお忘れなきようにお願いします。大丈夫です。今この場にいる方々が証人ですから。ええ、王家の考えはよくわかりました。このオリヴィエ・クラシスと縁を切ると言うことで宜しいですね?」
ツラツラと喋りだす私に彼は何も考えずに思わずといったように一言呟いた。
「あ、あぁ…」
「かしこまりました。それでは、私オリヴィエ・クラシス、いえクラシス公爵領現当主としてその言葉確かに承りました。今後一切、我が領地は王家に関わらないことをお約束しましょう」
「…え、?」
未だに事態が飲み込めてないのか呆然とした王子様にこれでもかと追撃を下す。「言ってませんでしたっけ?…あぁ、そうでした。私がクラシス家当主になるのを公表するのは私がこの学園を卒業してからの予定でしたね。きちんとあなたのご両親である皇后両陛下には報告済みですのであしからず。それにしてもまさかあんなに喜んでいらっしゃったおじ様とおば様にこんな報告をしなければならないとは…本当に残念です。それでは、私はこれからこの都にいる我が領地の方々と話し合わねばなりませんので。…きっともう二度とあなた様の前に顔を出さないと誓いましょう。あなた様に取って目障りなクラシス領の人間も消えますので、これで許して下さいね?ユーリ様とご婚約者様の幸福を心よりお祈りしております」
そう締めくくって私は優雅に淑女の礼をした。
ピンと伸ばした背を向けて歩き出す。
さぁ、これから忙しくなる。まずは大臣達の回収をして商会へ顔を出して流通をストップしなければ。
我が領地の人間はこの王都にそれなりの人数がいるのだから。
回収は骨が折れそうだ。
「さぁ、帰るわよ。セバス。」
私は頼りになる相棒を傍らに呼んだ。
呼んだ彼はいつもの仏頂面がどこに行ったのか満面の笑みだ。
私よりふたつ分頭の高い位置から声が落とされる。
「かしこまりました、お嬢様」
やっと見つけた生涯の伴侶は私が歩む道をきっと後押ししてくれるだろう。
さて今後この国がどう動くか、高みの見物といこうではないか。




