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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
95/124

ep89.間が悪いよね?

 12月の2週目の土曜日。

 世の中はもうすっかり冬の装いに変わってて、外はすっごく寒いらしい。


 そんな中、ボクは予定通り退院する運びとなった。

 退院の手続きは午前中に行なわれるから、ガッコのある春奈は残念ながら来れない。当然、春奈は来たがってお母さんに休むってだだこねたみたいだけど、あえなく却下されたようでボクにグチメールを送ってよこした。まぁもちろん、退院おめでとうって言葉も入ってたけどね。来ようとしてくれるのはうれしいけど……ほんと困った妹なんだから。


 でも……ありがと春奈。



* * * * * *



「村井先生、ほんとにお世話になりました! ボク、先生がいなかったら……今こうしてられなかったと思う……ほんと、ありがとうございました」


 わざわざエントランスまで見送りに来てくれた村井先生に向い、車イスに座ったままなのが残念だけど……改めてお礼を言った。

 この日が来るまで……というか退院が決まってからと言うもの……会う人みんなにおめでとうって言われてたから……正直ちょっとお礼するのも疲れちゃってたほどだけど……これでほんとに最後だって思ったら、やっぱ、お礼の言葉が自然と出てた。


 もちろんこれからも病院には来なきゃならない。


 村井先生にも口をすっぱくして言われてる。まだ、病気は完治したわけじゃないって。

 ボクはこれからも血液検査は定期的に続けなきゃならないし、免疫抑制剤だって検査結果に合わせて量を調整しながら飲まなきゃならない。元から弱いお肌はGVHDで余計敏感になっちゃってお手入れも大変。今まで以上に日焼けとかには注意しなきゃいけない。

 食事だってそう。お薬と相性の悪いものもあるから気をつけなきゃいけない。もうこうやって上げていったらキリないくらいいっぱい注意しなきゃいけないことがある。


「どういたしまして。こんなこと言ってはなんだけど……可愛らしい蒼空ちゃんのお顔、見れなくなっちゃうのはちょっとさみしいわ?」


 そう言って舌をペロっと出す、村井先生。

 最初に見た厳しいお顔のイメージとは全然違って、実際はすっごくくだけた感じの、患者のことを思いやってくれる優しい先生だった。

 石渡先生もまぁ、優しいっていえば優しかったけど……でもやっぱ、村井先生のほうがボクは好き。……ごめんさなさい? 石渡先生。


「えへっ、ボクも先生のお顔見れないのは寂しいけど……でも、やっぱ、退院の方がうれしいし~。また一週間後に会いに来るからガマンしてね?」


「まぁ、蒼空ちゃんったら」


 そう言ってボクのおでこをコツリと軽く叩く村井先生。

 ボクと先生は顔を見合わせ……そしてクスクスと笑い合う。

 同じように見送りに来てくれてる病院のスタッフの人たちも、そんなボクたちを見て微笑みを浮かべてる。


 そんな感じで和やかな雰囲気の中、ボクはお母さんに車イスを押されながら、見送ってくれてるスタッフの人たちにも挨拶をしつつ……ちょっと名残を惜しみつつ……、病院を後にした。



 お外は冬晴れのいいお天気だった。


 ボクはクルマまでの短い距離とはいえ、お母さんが用意してくれたつば広の白い帽子をかぶって日差しを防いでる。当然日焼け止めと、目を守る眼鏡は必須。

 いつもしていたこととはいえ……ずっと病院っていうお日さまの心配がいらない建物の中で暮らしてたから……久しぶりした日差し対策はやっぱ、メンドクサイ。


 でもボク、これを一生続けてかなきゃいけないんだよね……。

 お母さんに車イスを押してもらって移動しつつ、ついそんなことを考えてしまうボク。


 今こうやって車イスに乗ってることだって……ほんとなら自分の足で、歩いて病院から出たかったけど……先生たちや、お母さんの強い反対で結局こうやって車イスに乗せられて移動することになってしまってる。

 みんな、ボクが転んじゃうのを心配してくれてるっていうのは、分かってるんだけど……それでもボクは、自分の足で歩いて帰りたかったな……。


 みんなの前では強がって、もう子供じゃないなんて……いつも言い張ってるけど……実際のボクは、自分じゃ何も出来ない……ほんと、ちびでへたれな子供でしかない。

 ううん、こんな難儀なカラダな分、へたしたらちっちゃな子供にだって負けちゃうかもしんない……。


 ボク……これから……ちゃんと大人になっていけるのかな? 自分でちゃんと自立できる、大人になっていけるのかな?


 あれ……ボク、なんでこんなに落ち込んだ気分になってしまってるんだろ?

 せっかく退院して、うれしかったはずなのに……。ボクは自分で自分の気持ちに振り回され……なんとも言えない沈んだ気持ちに陥ろうとしていた。


 そんな時。


『ぽすん』


 ボクのアタマをちょっと強めに叩く……細くてしなやかな、いつもボクを優しく撫でてくれる手。でもちょっと指先が荒れてしまってる苦労をしてきた手。


「蒼空……どうしたの?」


 なぜか落ち込み出していたボクの様子に気付いたお母さんが、すかさず言葉をかけて来てくれた。そしてお母さんは、車イスを押す手を休めるとボクの前に回り込んできてしゃがみ、ボクの顔をじっと見つめてくる。


「蒼空、何を考えて落ち込んじゃったのか分からないけど……ほら、元気出して。ずっと帰りたがってたお家にようやく帰れるのに、そんな顔してたら……お父さんだって悲しむわよ? ん?」


 あうっ、お母さん飛び道具使ってきた。ここでお父さんのこと出してくるなんて反則ぅ。ボク、お父さんには、元気にがんばるって報告してるのに……。


「そ、そんなことないよっ、ボク元気だもん! その、久しぶりにお外出て……お日さまがちょっとまぶしかっただけなんだもん。それに……やっぱ寒いね? 早くお家に帰ろっ、ね、お母さん!」


 ボクは落ち込んだ気分を振り払うようにして顔をあげ、元気な声を出してお母さんにそう

言った。


「……蒼空、あなたって子は」


 お母さんはそう言うと、いきなりボクのアタマに手を差し伸べ、そのまま胸に抱き寄せた。ボクはお母さんの胸に抱かれ……あったかいそのやさしい感触に包まれていると……ざわついていた気持ちがすーっと落ち着いていくのがわかった。

 そして更に、かぶっていた帽子を取りアタマを優しく撫でてくれるお母さん。


「蒼空……いつもいってるでしょ? ガマンしなくていい……無理しないでって。蒼空がこれからのこと不安に思うのは仕方ないことだと思うけど……それを1人で抱えこまないで? お母さんや春奈をもっと頼っていいの、遠慮なんてしなくていいの、それが家族でしょう、ん?」

 

 ボクを胸に抱いたままそうやって語りかけてくれるお母さん。アタマを胸に寄せたままでそう話してくれたその言葉は、ボクのアタマに直接響いてきて……ボクは目頭が熱くなってくるのを感じた。


 ほんとお母さんはかなわない。ボクの感じてることや思ってること……お母さんにはすぐわかっちゃうのかなぁ?


「お母さん……ごめんね、ありがと! もう大丈夫。ボク、ちょっと弱気になってた。けどもう平気。えへへっ、お母さんにこうやってアタマ撫でてもらうとほんと元気でちゃうんだ~ボク」


 まだお母さんに抱かれたまんま、お顔を見上げるようにしてボクはそう告げた。


「あら、うれしいこと言ってくれるわね? でもお母さんにお世辞言ったって何も出ないわよ? さっ、いつまでもこんなところに居ては風邪ひいちゃうわね、お家へ帰りましょう!」


 お母さんはそう言うと、抱き寄せていたボクを車イスにそっと戻し、帽子をかぶせ直してくれる。ボクはちょっと名残惜しかったけど……素直に答える。


「うん! 帰ろ、帰ろっ。えへへっ、今日からまたお母さんのごはん食べられるかと思うと楽しみ~! それにお風呂も入れるし……早く帰ろ~」


「あらあら、今泣いた烏がもう笑ってる。ふふっ、よし、それじゃ行こっか」


 お母さんはそう言うと、最後にポンッとボクのアタマをひと叩きして、車イスを元気に押し出した。



* * * * * *



「はぁ、やっぱりお家はサイコー!」


 結局……退院まで、仮退院のときから2週間近くかかっちゃったけど、ようやく……ほんとにお家に帰ってきたんだ。

 ボクはお家の中に入って、ようやく車イスの呪縛から解かれ、自分で歩くこと……許してもらえた。もう、ほんとみんなして心配性なんだもん……。

 病院で瑛太とずいぶん歩く練習してたんだから、もうほんと、バッチリ……とまではまだいかないにしても、それなりに歩けるくらいにはなってるってのにさ?

 そうぶつくさグチりながらも玄関からリビングに向け、そろそろと足元を確かめるようにして……慎重に歩く。(ボクだって転んで痛い目に合いたくなんかないんだから……気を付けて歩くにきまってるのにさ……)


 ま、まぁ、それはともかく、住み慣れたわが家とはいえ、昔から入院生活が多いボクにとって……お家に帰ってきただけでもすっごく感動しちゃう。玄関に入ってすぐに感じる匂い1つにしても……ボクは懐かしさを感じちゃうんだ。


「あははっ、ボク、帰ってきたよ~!」


 リビングに無事到達し、お家でのボクの指定席である、TV向いのソファーにダイブしちゃうボク。

 ふかふかの、ともすると沈み込みすぎちゃって立ち上がるのも難儀しちゃう……クッション性抜群のソファー。


「うーん、気持ちいいよ~! きゃはははっ」


 ボクはつい嬉々とした声を上げて、そのソファーの感触を楽しむ。

 ふっかふか~、きっもちいい~♪


「こら、蒼空! リビングに寄り道してないで、さっさと自分のお部屋に行って荷物の整理をなさい!」


「えうぅ」


 荷物を運び終わったお母さんがリビングに入ってくるなり、ソファーではしゃいでたボクを見て怒っちゃった……。


「ご、ごめんなさぁい……」


 ボクはしゅんとなってお母さんに謝る。


「ほんとにもう、あなたって子は。……やっと帰ってこれたと思ったらいきなりこれだもの。はぁ……とにかく! 荷物はお部屋に運んでおいてあげたから、後はちゃんと自分で整理なさい?」


 あきれた顔をしてボクにそう告げるお母さん。


「はぁ~い」


 素直に謝るボク。


「ふふっ、お片づけ済んだら……食堂にいらっしゃい? お昼にしましょう。それに……今日のために……いちごのショートケーキ、春奈が買ってきてくれてるわよ?」


「えっ、ほ、ほんとに~?」


 その一言で、俄然やる気が出たボクだった。


 えへへぇ、おいしいは正義なのだ!

 春奈、ありがとっ!



* * * * * *



「たっだいま~! お母さん、お姉ちゃんちゃんと帰ってきた~?」


 お昼も過ぎ、14時を迎えようとした頃、学校から飛ぶように帰ってきた春奈が、キッチンでお昼の後片付けをしていた日向に息を弾ませつつ、そう語りかける。そんな春奈を見て、このやりとりも久しぶりだと思い、こっそりほくそ笑む日向。


「春奈ったら、少し落ち着きなさい? 蒼空なら自分のお部屋に居るはずよ。帰って来て荷物の片づけをしたあと、お昼と……それにあなたが買ってきてくれてあったショートケーキをうれしそうに食べてたのよ。それで、お薬を飲ませたあとは休むように言ってあるから……たぶんお昼寝してるんじゃない?」


 日向は春奈にそう答え、そして様子見がてら部屋を覗いてくれる? と頼む。


「もっちろん、はなからそのつもりだよ~!」


 春奈はそう答えると、着替えをする時間も惜しいと、蒼空の部屋へいそいそと向う。

 日向はそんな春奈を見て、わが家に戻ってきつつある、その穏やかな空気に笑みを深めるのだった。


# # #


『コンコン』


「お姉ちゃん、入るよ~?」


 春奈は蒼空の返事を待つのももどかしく、さっさとドアを開け、部屋に侵入する。

 いつもならそうやって入ると蒼空のプンプン怒る声がしてくるはずなのだが……?


 ちょっと訝しく思ってから、そういや寝てるんだっけ? と考え至りベッドを見る。


 そこには……驚くことにシーツもかけず、ベッドに対し斜めになって横たわり、限りなくだらしないカッコで眠りについている蒼空の姿があった。

 なんとか白地にピンクの淡い花柄模様の可愛らしい部屋着に着替え、足にはこれまたピンクのもこもこルームシューズを履いてはいるものの、そこで力尽きてしまったのだろう。


「ったく、だらしない。帰ってきて早々、もうこれなんだ? これの、いったいどこが子供じゃないっていうんだろ? もう、こんなカッコで寝てたら風邪ひいちゃうっての」


 春奈は蒼空のそんな様子をみて思わず呆れてしまうわけだが……その顔はどこまでもうれしそうな表情で溢れてる。


「ほんと、しょうがないんだから……」


 春奈はそう言って蒼空に近寄り、ルームシューズを脱がせると、その小さい体をきっちりベッドへと押し込む。そして、シーツをそのかわいい胸の上、首元まで持ってきて優しくかぶせてあげる。

 そこまでしても……、ときおりもぞもぞ動き、うわ言のような言葉を発するものの……起きるそぶりも見せない蒼空。


「ったく、なによぉ。せっかくお姉ちゃんとお話しするの楽しみに、部活もサボって帰ってきたってのに……気持ち良さそうに寝ちゃってさ……」


 春奈はまた1人、小さな声でグチる。それでもその表情はどこまでも穏やかだ。

 そしてその手を蒼空の顔、これまた可愛らしいおでこへと持っていき優しく撫でる……が、その手がピクリと止まり、次いでおでこに手のひらをぴたりと添える。


「お、お姉ちゃん! もう、帰ってくるなり……」


 春奈はそう言うと、静かに、そして急いで部屋を出て行く。


 少しと経たず、今度は日向とともに部屋に戻ってくる春奈。

 日向は部屋に入り真っ直ぐ蒼空へと近づき、その額に手を添える。


「うーん……春奈の言う通り、ちょっと熱っぽいわね。でも、まぁこれくらいなら……病院でもしょっちゅう出てたし、対して心配ないでしょう。

 きっと退院してからさっきまで、ずっとはしゃいでたし、今日はずいぶん体力も使っただろうし……疲れちゃったのね。明日にはきっと落ち着くわ。だから春奈……そんな心配そうな顔しないの、ん?」


 日向は心配そうな表情をして蒼空を見る春奈にそう言って安心させようとする。


「う、うん。そうだね。ったく……しょーがない! 今日はこのままゆっくり寝かしといてやるかぁ。もう、ほんと心配ばっかかけるんだから」


 春奈は口ではそう言いながらも心配げな顔をし、その手を再び蒼空の小さな頭へと伸ばし、やさいく撫でてあげる。撫でるその手はどこまでも優しく、繰り返し撫でる春奈。


「ほら、春奈。とりあえず晩ごはんの時間まで、ゆっくり寝かせてあげなさい? お話は明日、容態が落ち着いてからゆっくりすればいいわ。明日は日曜日なんだし、時間はいっぱいあるでしょ?」


 そんな春奈に日向は、暗に部屋から早く出ることをほのめかす。


「うん……わかった」


 どこか寂しそうな表情を浮かべ、なかなか離れたがらない春奈だったが、しぶしぶ日向の言葉にしたがう。

 日向はそんな春奈の背中に手をやり、微熱はあるものの、本人自身は気持ちよさげに眠っているようではある……蒼空の部屋から、2人して出て行くのであった。



 春奈は蒼空の部屋から離れつつ思う。


 もう、お姉ちゃんったら……せっかく会ったら一番に言おうと思ってたのに、ほんと間が悪いんだから。


 今晩、起きたらちゃんと言わせてよね。



 退院、おめでとう! そして……お疲れさま!って――――。



遅くなりました。

投稿します。

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