ep88.待ちに待った日
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表現を少し……見直しました。
話の流れに変更はないです。
「蒼空ぁ、なぁ、もうこれくらいにしとこうよ?」
「う、うん……でも、もうちょっと!」
オレは今、蒼空に頼まれて歩く練習を手伝ってるとこだ。
なんでも学校に復学するのに備えて、早く普通に歩けるようになりたいらしく……周りの人(特に蒼空の妹? の春奈姉ちゃん……つうか春奈姉ちゃんが妹ってどうなの? 知り合って1週間近く経つけど、オレ未だに馴染めないよ)があまり無理するなっていつも言ってるのに、ちょっとだけと言って、結局練習してるのだ。
蒼空はそもそもこの病気になる前から体が弱くって、車イス生活もそれなりにあったみたいで、走ったりすることもほとんど出来なかったらしい。そんなやつが、またこの病気で体力落としちゃったもんだから、車イスの必要な体に逆戻りしてしまったってわけだな。
まぁ、気持ちはわかるけど……でも、家族の言うことは大人しく聞いてりゃいいのに? 蒼空って見た目と違って、ほんと意地っ張りだよ。オレのこと、すぐ年下扱いするけど……どっちが子供なんだかわかりゃしない。
「はわっ!」
よたよた歩く蒼空の様子を見ながら後ろ向きで歩いてたら、突然蒼空のやつったら、つまずいた!
「危ないっ!」
オレはとっさに蒼空を支えようと体を前に出す。そこに倒れこんでくる蒼空。
「きゃう」
「うっ、うわぁ~っ」
とっさに支えようとしたのはいいけど、いかんせんオレも……長い入院生活で、蒼空ほどではないにしても体力が相当落ちてる。
だから、当然の結果として――、
一緒に倒れこんだ。
「いってぇ……そ、蒼空、だ、大丈夫?」
オレはとっさにかばった蒼空の様子を確認しようと声をかけた……と当時に、その手に伝わる違和感に気付く。
う、ん? や、やわらかい……。一瞬呆けてしまうオレ。
「ううっ、え、瑛太ぁ~!」
なんかちょっと震えた、うわずりぎみの声でオレの名前を呼ぶ蒼空。それを聞いて我に返った。
「はっ、ご、ゴメン! そ、その、わ、わざとじゃないから! ほ、ほんとだぞ!」
ちょっと涙目になってる蒼空。
倒れてきた蒼空を支えようとしたオレの腕の片方は、蒼空の肩。そしてもう一方が……み、見事に蒼空の、その、む、胸で支えてしまってた。しかも手の平はちょうど胸を掴むカッコウになってる……。
オレは慌てて手をどけるため体を起こそうとしたんだけど、それで一瞬……余計に、その、蒼空の胸をぐっと押し付けるようなカッコになってしまった……。
「やんっ」
そ、蒼空のやつ、な、なんて声出すんだよぉ!
「も、もう! 瑛太ぁ、は、早く手、どけて!」
「あうっ、ご、ゴメン、ほんとにゴメン」
オレは急いで蒼空の上半身を起こしてあげつつ、自分もやっと体を起こし立ち上がる。蒼空はまだつまずいたショックと、今のハプニングのせいか、廊下に女の子座りしたままだ。
「え、瑛太のえっち……」
蒼空ったら、立ち上がったオレを上目使いで見ながらそんなこと言ってくる。ううっ、か、かわいい……。い、いや、そうじゃなくて!
「そ、そんなっ、今のはそもそも蒼空がつまずいたからいけないんじゃないか! オレはお前を助けてやったのに。そんな言い方ないだろ~?」
オレは全然悪くない! オレはこけそうになった蒼空を助けてやったんだからな! ……だから不可抗力なんだからな!
……でも。すっごくやわらかくって……いい匂いがした。蒼空のやつ……痩せて、華奢だと思ってたけど……いちおう胸、あるんだな……?
女の子ってみんなあんな匂いすんのかな? 姉ちゃんはお化粧してるからまた違うし……。
オレがついそんなこと考えてしまってたら、蒼空がオレに言葉を返してきた。
「はうぅ、そ、そりゃそうなんだけど……。でも、ボク……あんな……胸触られたの、は、初めてだったし……恥ずかしかったんだもん! ううぅ……。そのぉ、かばってくれて、あ、ありがと……」
恥ずかしがりながらも、素直にお礼を言ってくる蒼空。くそぉ、やっぱかわいいや。
「あ、ああ、まぁいいんだけどさ。オレも、その、ゴメン。そのぉ……い、痛いトコとか、ないか?」
オレは照れて、慌ててそう聞いた。くぅ~、か、カッコ悪いぞ、オレ。
「う、うん、大丈夫。ボクはおかげで平気。瑛太こそ大丈夫? ごめんね? ボクたち……病気のことあるから……打ち身とか、気をつけなきゃいけないのに……」
蒼空がさっきまでと違ってシュンとした表情でオレの心配をしてくる。うわぁ、そんな顔してこっち見ないでくれぇ……。オレは自分の顔が赤くなっていくのをいやっていうほど感じる。
「だ、大丈夫だから! き、気にすんなよ。オレ、血液検査の結果、すっごくいいんだぜ? それに明日いよいよ退院だしな」
オレはそう言いながら、誤魔化すため急いで蒼空の車イスを取りに行き……座り込んでる蒼空の手を取って立ち上がらせると、車イスに座らせる。
蒼空の手はすごく小さくて、でもやわらかくって、またそんなこと考えてる自分に気付き、顔が赤くなる。
もう、どうしたんだよオレ。
「そっか、瑛太、明日で退院だったよね。よ、よかったね……」
蒼空が口とは裏腹に、ちょっと寂しそうな顔をしてオレに言う。
「ったく、何しんみりしてるんだよ? オレのあと、すぐ蒼空も退院なんだろ? お互い退院出来るんだから良かったじゃん? まぁ、これからはこうやって練習とか付き合ってやれないけどさ、オレたち……と、友だち……だろ? 病院にだって、つ、通院しなきゃなんないんだしさ、ぜったいまた会えるよ。な?」
オレはちょっとつっかえながらも蒼空に言葉をかける。女の子にこんなこと言うの、は、恥ずかしかったけど、オレもこのまま会えなくなるのもいやだし……。
「う、うん……そうだね。と、友だちだもんね! 病院に来たときとか、きっと会えるもんね」
蒼空は小首をかしげ、はにかみながらもそう言った。
うう、こいつ……その顔、反則! まじかわいいし。
くっそぉ、言うぞぉ……これだけは絶対。
「そのぉ……蒼空? せっかく友だちになったんだし……また病院来るときがいつか? とか確認出来たりするしさ……。その、メルアド交換しとかない?」
よし、言った。言ったぞ、オレ!
蒼空……変に思うかなぁ? ううっ、やっぱ言わない方が良かったかなぁ……。
オレは言ってからすぐ不安になり、蒼空の顔をちょっとびびりながら見る。
蒼空は一瞬きょとんして……そして、その小さな顔にとびきりのかわいい笑みを浮かべて言った。
「うん、そうだね! メルアド交換しとこっか。友だちっていうか、弟分のメルアドくらい知っといても損はないもんね?」
くぅ、蒼空のやつぅ! 今度はなんか、めちゃ小憎くったらしい笑顔、浮かべちゃってるし。ちぇ、結局またお姉さん面かよぉ? 全然年上に見えないってのにさ……。
……ま、いっか。
オレも女の子とメルアド交換なんて始めてだし。とりあえずそんなのでもうれしいや。
ってことで、蒼空がちょっと携帯の操作に戸惑ってたけど、オレがなんとか教えてやり……無事メルアド交換することが出来た。
よっしゃー!
* * * * * *
「瑛美さん、蒼空がいつも瑛太君を引っ張り回してごめんなさいね? 面倒かけてなければいいんだけど……」
「いえいえ、そんな、気にしないでください。ウチの瑛太こそ、まだまだ、が……子供で、デリカシーのないこと蒼空ちゃんに言って泣かせちゃったりしてないか……心配なくらいですから」
今私たちが居るのは病院のランドリー。
そこで蒼空ちゃんのお母さん……日向さんと、瑛太たちの話で盛り上がっていた。
――そもそも日向さんと知り合ったのは、蒼空ちゃんが瑛太の病室にひょっこり現れた日のことだった。
蒼空ちゃんが帰ってしばらくしてから、日向さんが瑛太の病室にわざわざ挨拶にきてくれたんだよね。……蒼空ちゃん、きっちりお母さんに報告したんだね、えらいよ……瑛太と大違いだ。
日向さんとはすぐ意気投合し、さすがに瑛太の前で長々とオシャベリはまずいってことで場所を変え……談話室でお互いのことについて語り合うことになったわけね。
同じ病気を抱える家族を持つ身として、こうやってお互いの話しが出来る人が身近にいたってことはとてもうれしかった。
こういうことって、なかなか当事者でないとわからないことや、悩みがいっぱいある。
日向さんはすっごく包容力があって、その点でも私はすっごくお話していて気安いと言うか……安心してお話しさせてもらうことが出来た。
そして、蒼空ちゃんと瑛太、2人ともなんとか退院の目処がたって良かったね……とお互い、苦労をねぎらい合ったり、それはもう癒された感じがしたんだよね。
話しをしている中で、蒼空ちゃんのことについても、少しお話しを聞かせてもらった。
あまり立ち入ったことまではさすがに聞けないけど。
……それでも、あの小さな蒼空ちゃんがその身に背負った色々なハンデ、でもそれを健気に、一生懸命克服したって話しを聞くと……もらい泣きしないわけにはいかなかった。
日向さんも、なかなかそんな話、人には出来ないから聞いてもらって気持ちが楽になったって言ってくれた。
日向さんのだんな様は、蒼空ちゃんが意識不明になるきっかけになった事故でお亡くなりになったそうだ。
そしてウチはお母さんが、私と瑛太がまだ小さいときに病気で他界していて、父が1人で私たちを育ててくれた。
そんなところからも、なんだかすごく親身に思えてしまい、会って間もない方だと言うのに数年来の付き合いがある人のようにお話することが出来た――。
「蒼空は意識不明の期間とか、長い入院生活のせいか……どうにも年齢のわりに子供っ気が抜けなくて。なによりあの外見でしょう? 周りからも子供と見られてしまうから、本人としてもきっと気持ちの折り合いが付きにくいのだとは思うのだけど……」
(まぁホントに体は子供なわけだけど……これはさすがに言えないことだ)
今も日向さんは私にその悩みを打ち明けてくれている。
確かに蒼空ちゃんはちょっと子供っぽいところが目に付くけど……まあ外見相応といえばそうなんだと……思うわけだよね。でも、実際は17才って年齢なわけで。
日向さんの悩みももっともだよねぇ……。
「でも日向さん。蒼空ちゃん、瑛太を前にするときはいつもすっごくお姉さん役になるっていうか、勤めて年上の女の子なんだってことを意識しようとしてるみたいですよ? 今すぐってわけにはいかないのかも知れないけど……いずれ時間が解決してくれるんじゃないでしょうか?」
(まぁ、瑛太は見たまんまの蒼空ちゃんのイメージで考えてるから、お姉さんぶるってすぐふてるけど……)
「ふふっ、それ、蒼空も言ってたわね。瑛太くんはなんだか弟みたいな子だって、それはうれしそうにね。瑛太君、かわいそうにねぇ……。
ほんとごめんなさいね、蒼空ったら子供で、男の子の気持ち、ちゃんとわかってあげられなくて……」
(ほんとに蒼空ったら、元々男の子のくせに……わからないのかしら? うーん、とは言っても自分と他人とじゃ違うのだし……変ってわけでもないか? ……それとも……やっぱり女の子の体になって精神的にも変化が起こってるとか?)
「でも、それは結局、お互い様っていうか……2人で面白がってるところもありますし。いずれにしても……瑛太は男の子なんだからしっかり蒼空ちゃんを守ってあげなさいねってハッパかけてますので?」
私はそう言って、ちょっといたずらっぽい顔をして日向さんを見た。
「あらあら、蒼空にもかわいいナイトさんが出来るのかしら? ふふっ、あの子たちがどう思ってるかわからなけど……お互い同じ病気を患ってるもの同士、助け合ってくれればいいのだけどねぇ」
日向さんもちょっとおどけた顔をし、でもしごく真面目な言葉を返してくれる。
「そうですね。私もそうですけど……同じ問題を共有する仲間っていうか、知り合いが居るのはすごく心強いと思います。きっと2人は大丈夫です。けどですねぇ、私の希望としては蒼空ちゃんが瑛太のこと……気に入ってくれること……期待しちゃいますけどね?」
「まぁ? ずいぶん気の早いこと。くすっ、まぁ私からはなんともコメント出来ないけど……とりあえずは見守らせていただくわね?」
日向さんはそう言うと、私のおでこをコツンと軽く叩いた。
私はそれが……自分の記憶にはもちろんないものの……まるで自分のお母さんからされたような気分になり、なんとも切ない気持ちがわき起こるのを感じた。この歳でそんな思いに駆られるなんて……私もまだまだ、瑛太のことバカに出来ないな。
そんなことを考えながら、私はぺろっと、年頃の女の子のように舌を出しておどけて見せるのだった。
* * * * * *
昨日、瑛太が退院した。
ちょっとさみしいけど、こればっかりは仕方ない。なにしろそれはいいことなんだもん。
で、早速メールのやりとりもしてみたりした。まぁ、内容はたいしたこと無いよ。そもそもボク、メール打つの苦手だし。
瑛太。
ボクはそんなだから、なんかあるときは君が送ってきてよね? よろしくね!
――そしてその翌日の朝、恒例の血液検査のあと、ボクとお母さんは村井先生に呼ばれ、お話を聞かされてる。
もちろんお話しの内容は退院のことだ。
「お母さまには、前もってお話しさせてもらってたんだけど……蒼空ちゃん。退院の日は2日後の土曜日に決まったわ。おめでとう! ちょっと当初の予定よりは遅れちゃったけど……よく頑張ったわね?」
村井先生がそう言ってボクのアタマを撫でる。
うーん、結局最後まで子供扱い。でも……そんなのはもう些細なことだよ。
「うん。先生、ほんとにありがと~! ボク、うれしい!」
ボクはもうただただ笑顔で、先生からずっと聞きたかった言葉……ついに聞かせてもらったその言葉に対し、お礼を言った。
今日は笑顔の大安売りだよ。だって、ボク、笑顔以外の表情が出来ないんだもん。えへへっ、ほんとうれしいよぉ。
「蒼空ったら、うれしいのはわかるけど……もうちょっとシャキッとなさい? もう子供じゃないんでしょ?」
お母さんがそう言って、めずらしくボクに突っ込み入れてきた。なんか春奈みたいだ。
でもそう言ってるお母さんの顔も、ボクに負けず劣らずの笑顔だから全然説得力ないよ?
「えへへぇ、いいんだもん。今日は特別! それに大人の人だってうれしい時はうれしい表情するでしょ? だからなんにも問題ないも~ん」
「まぁ」
お母さんがそんなボクの言葉に呆れつつも笑顔を見せ、ボクのアタマを撫でてくれる。先生の次はお母さんだ。今日はボクのアタマも大安売りだ。
ふふっ、今日だけだからね? 明日からはまたふてちゃうからね? 子ども扱い禁止~。
「それと、この間のマルクの結果を教えておくわね?」
村井先生がウインクをしてボクにそう言ってくる。
「う、うん。ど、どうだったんですか?」
ボクは、退院が決まったんだから悪いことはないってわかってるけど……それでもちょっと不安になって、恐る恐る聞く。
「ふふっ、なかなかいい結果ね。造血幹細胞は検査によると、ほぼ100%、移植した細胞に置き換わってるわ。この短期間でこれは、ほんと優秀な結果っていえるわね。これも蒼空ちゃんが頑張ったおかげかな?」
「ほ、ホントに~? ボクすごいの?」
「ええ、ほんとよ。すごく優秀で……最高な結果よ。でも、でもね? だからと言ってこれで完治って言い切れないのが、この病気なわけね。
退院は認めるけど……この先も免疫抑制剤とか、お薬は続けないといけないのよ? もちろんお薬の量は血液検査の結果を見ながら、少しずつ減らしていくようになっていくとは思うけど……気長に……ゆっくり治療を続けていきましょうね」
村井先生が喜びすぎのボクにちょっとクギを差す言葉を告げる。
そんなのボクもわかってるけど……でも、やっぱ退院はうれしいんだもん。検査結果だって最高の結果なんでしょ? ほんと先生、きびしいんだから……。
「う、うん。わかってる。でも……でも、やっぱうれしいんだもん!」
ボクはだから素直にそう言った。
「ふふっ、そうね。ごめんごめん、せっかく蒼空ちゃんが喜んでるとこに水をさしてしまって。良かったわね、ほんとおめでとう!」
「蒼空ちゃん、おめでとう! うーん、瑛太君に続いて蒼空ちゃんも退院。ちょっと病棟はさみしくなっちゃうけど……でもほんと良かったね!」
村井先生に続いて恵さんもおめでとうって言ってくれる。
看護師の恵さんにも色々面倒かけちゃったから、そう言ってもらえるとボクもとってもうれしいや。
このあと、診察室を出てからも会う人会う人、ボクに関係の会った人から「おめでとう」や、「良かったね」の言葉をいっぱいもらった。
ボク、こんなにも多くの人から心配してもらってたんだって思うと自然と胸の奥がじーんと熱くなってくる気がする。病室に戻って落ち着いて、お母さんと2人っきりになるとその思いもピーク。
ボクはそんな気持ちを押し隠すことなんかしないで……お母さんの胸で思いっきり甘えて……いっぱいいっぱい泣いちゃった。
もちろんうれし泣き……。
その間、お母さんはずっとボクの背中をやさしく撫でてくれていた……。
もちろん、「よかったね」の言葉を優しくかけてくれながら……。
ボクはお母さんのやわらかくって暖かい胸で……今、手にすることが出来た幸せをかみ締めて……、疲れて眠ってしまうまで泣き続けた――。