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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
1章
9/124

ep8.狂気

※話数を修正しました。

 それらは、篠原らが無作為に選んだ "サンプル" 提供者……より採取した組織によって生み出された……。


 その組織から作成された人工多能性幹細胞(IPS細胞)……を元に作られた、彼らが"素体"と呼ぶ哀れで悲しい……子ら。


 彼らのゆがんだ探究心は、今だ実現されていない(表向き、ではあるが)とされる、ヒトIPS細胞からの"人間"の子供の誕生を現実のものにしようとしていた。

 彼らはまた、誕生させるだけでは飽き足らないとばかりに、作り出された受精卵に更に遺伝子操作を加え、それにより知力・体力を向上させる──技術、をも樹立させようとやっきになって操作、調整を進めていた。

 しかし、その技術はとても完成したものとは言えず、その代償は"素体"へと押し付けらていく。



* * * * * *



 この悪魔の所業が始められてからすでに10年以上の時が過ぎ去っている……。



 7体あった"素体"のうち1体は遺伝子操作の失敗――、2体は生きることを拒んだように死を選び、残りは4体となっていた。


 また篠原らの集団も、当初いた9人から1人、2人と抜けて行き……その数を3人にまで減らしていた。


 ここにいたってもまだ成功と呼べる結果が出ていない。



 "素体"……は、そのかかった年月通り成長は進んでおり、その年齢は世の中で普通に生まれ……成長していれば11才の誕生日を迎えようとしているはず……の子らであったはずだ。


 しかし、その年月を経てもそれら"素体"は生命活動はしているものの、その体に意識が宿ることは無く、ただの一言の声を出すこともなかった。

 目や口を開くことはあっても、それは意識的なものでもなんでもなく……、ただ生命活動のなかでの反射的な動き? といっていいのか、その動きでしかなかった。


 そんな篠原らをあざ笑うかのような現実は、犠牲になった子らのせめてもの反抗といえるのだろうか。



「なぜ目覚めない!」


 篠原は、ここまで来ておきながら、解決の糸口さえつかめない状況、無駄に時間のみが過ぎていく焦燥感……により本来の目的からずれた、危険な思想にとらわれるようになってきていた。


 すなわち── "素体"が目覚めない、の解決を"素体"自体への処置や調整、治療?により行うのではなく……。


 目覚めないのであれば、すでに活動していた脳……生きて生活していた同じような年齢の子供の──脳髄を使えば! すべて解決できると……。


 そういう結論に行き着いてしまったのである。



 やはり、彼、彼らは、狂っていたのであろう……。



* * * * * *



 篠原は、"生きた脳"を入手するため ─── 非道な計画を画策する。


 "素体" の遺伝子サンプル提供者(提供者というのもおかしなものだが)……は全てわかっている。

 そのため、脳の挿げ替え時の相性の心配は不要といえる。なにしろ本人の細胞、遺伝子から造られたある意味、一卵性双生児よりも近い――と、呼べる存在なのだから。


 脳移植自体も相当な難易度であるはずだが、篠原はそれには自信があった。

 "国立医療研究中央病院" の脳神経外科の一流の医師であった自分への自惚れともとれるほどの自信が。


 設備も研究所内に、権力にあかせて作ってあり、またサポートには彼の、残り少なくなったとはいえ同志がいる……。


「それに"素体"自体の予備は多めに揃ってる……」


 ニヤリと冷酷な笑みを見せた篠原は、そんな悪魔のような呟きをこぼす……。

 そうして計画は、秘密裡に……そして確実に、実行へと移されようとしていた。


 時はある年の3月――。


 その日は、昼からの雨が雪に変わっていった……寒い日。

 残る4体、その内の2体こそ……柚月夫妻の子供たち、"蒼空"と"春奈"をサンプル提供者とする"素体"であった。


 篠原の立てた計画は、凝ったものでもなんでもなく単純であった。

 提供者をなんらかの手段で脳移植をするしかない状況に追い込み、"素体"への移植を行う。

 それだけのこと。

 篠原は、手っ取り早く交通事故という手段を用い、事故患者として遺伝子提供者を研究所に引き込もうと目論んだ。


 その日……。

 一人目は失敗だった。


 派手にやりすぎてしまい、提供者を死亡させてしまった。

 乗っていた車が軽自動車だったことも災いした。


 ――次はうまくいくといいのだが。



 そして次のターゲットとして選ばれたのが……、柚月 蒼空、そして春奈の兄妹。


 篠原は研究所のSEである蒼空の父、雅行が休日出勤して片付けようとした業務に横やりを入れ、仕事を無くし自宅にいるよう仕向けた。

 雅行が休日に家にいる場合、子供たちを連れて外食に行くことが多いことも、どこに食事に行くことが多いか……も調査済みであった。


 それでもこの日、外食に出るかは賭けだったが、ダメならまた別の手を使えばいいだけのことなのだ。



 結果、まんまと図に当たる。



 篠原は金でやとった男達に、雅行の運転する車へと衝突事故を起こすよう、今日二度目の指示を出した。



 子供たち( どちらかといえば妹の方が良い。兄のほうの"素体"は遺伝子操作のミスで性別が異なってしまい、更にアルビノとなってしまっていた )に瀕死の重傷、極論……脳さえ無事ならいい……を負わせ、後は救急車を装って現場へ行き子供を回収。研究所に搬送し移植手術を行う段取りであった。


 事故を起こす車は盗難車であろうし、その辺りは実行犯である男達……は、その道のプロなのだから篠原が心配することもなく、うまくやってくれるはずだ。(えらそうに言っていた割に、一度目は失敗しているが……)


 男達は、今度はうまくやった。


 父親を死なせてしまうヘマはやったものの、子供の方は完璧だ。

 妹の方でなかったのは残念だが、まあ大した問題でもあるまい。


 兄の方、蒼空といったか? は、体のほうはもうダメだな、半分逝ってる……これを見せれば母親への手術(脳移植)の理由としては最適だろうさ。


 救急車を装ったため、母親と……娘まで付いてきてしまったが、どこに入るかは見せていないし(救急車は外はみえにくい上に、見る余裕もなかったろう)、かえって説明の手間が省けたともいえる。



 あとは移植手術をするだけだ……。



* * * * * *



 研究所の手術用に準備した部屋――。


 篠原は、そこに母親と娘を案内した。


 ……運び込んだ蒼空と "素体" についてはサポートメンバー(篠原の同志たち)に任せて、準備を進めさせた。


 母親にはこの際、事実を伝えてやる。やらなきゃ死ぬんだから了承せざる得まいさ。

 もっとも、今この状態でまともな判断が出来るかははなはだ疑問ではあるが……な。

 母親を見ると、ここまで搬送されシーツを被せられた父親の遺体の横で放心状態に陥っていた。


 娘の方は、事故のショックと……泣き疲れてしまったのか、ベンチシートで寝てしまっていたため面倒がなくていい。


 父親( すでに死亡確認済みだが…… )が寝かされた台の横で脳移植の話しをした。

余計判断力が鈍るだろうさ……息子にまで死なれたくなかろう。


 とにかく脳移植すれば助かる……との説明と、

 ドナーとなる体があり、それはかねてから成長させてきた「蒼空」君そのもの……と、言っていい体であってこれ以上に相性のいい、脳移植に適した体は存在しない……と説明した。


 ドナーについての説明で、母親は顔色を失いながらこちらを見やり、非難する視線をあびせてきたが、今はそれしか助かる方法は無い、(移植を)やらねば死ぬ、それでもいいのか?と、強く出てやると……そもそもこの状況、心身共に疲弊した状況で正常な判断が出来ようはずもなく…………半ば強引に同意を得ることに成功し、書類にもサインをさせた。

(実効力のあるものでもないのであるが、サインしたと思わせることに意味がある)


 まぁ実際のところ、同意があってもなくても手術はするが、得ておいて損はない。



 こうして蒼空の脳髄を……蒼空の"素体"へと移植する手術は実行され――、


 ――見事成功した。



* * * * * *



 蒼空の母親……日向と、妹の春奈はあの日から研究所内の隔離棟にある一室で蒼空の様子を見ていた。


 蒼空の頭には痛々しく包帯が巻かれていて、そこからはチューブが出て横に設置されている機器に入っている。酸素吸入もされ、体にも数本のチューブが繋がっていて、それで体力を維持させているのだろう。


 父親の雅行を荼毘に付し(篠原が付けた、付き添いという名の監視と一緒だが)母娘だけでお別れはしたものの、葬儀は出来ないまま軟禁状態に近い扱いをうけていた。


 学校へは連絡を入れさせられた。

 交通事故のことを説明し、しばらく休まさせていただきます……と、連絡を入れたため、しばらくは大丈夫なのだろう。



 日向は、心身ともにすり減らした状態で顔色も優れず、今にも倒れてしまうのではないかという様子を見せていた。


 春奈は、そんなお母さん……そして変わり果ててしまった兄、"蒼空" を見て心を痛める。


 蒼空の姿は事故前のものとはかなり違っていた。

 背丈は、春奈より小さくなっているし、その体は華奢というよりやせすぎで、その顔色は青白く、血管が透けて見えるようだ。


 それに……見える限りの毛髪は、全て白い。


 頭には包帯、顔には酸素吸入用のマスクが付けられているため、その様子を伺いにくいが、表情にはつい数日前までの兄の面影が見え、兄の遺伝子から……っていうのもあながちウソではないのだろうと思えた。


「お兄ちゃん……大丈夫だよね?」


 そんな蒼空に話しかける春奈。


 ……当然返事はない。


「どうなっちゃうんだろ……私たち。お父さん……、お父……さん。おと……う……さん……」


「助けて――」


 春奈も限界は近い。



 日向は、ぼーっと、どこを見るでもなく無気力に座っていたが、そんな春奈を見てはっと我に返り、そして春奈をやさしくその胸に抱き寄せた。


 二人はしばらくそうして抱き合い、涙を流した。



 日向は、今になっても現実と向き合うことが怖かった。


 雅行が、最愛の夫が、突然いなくなった。

 死んでしまった……、もう二度と会うことは出来ない。



 そして息子の蒼空……。


 事故による大怪我で、脳移植をしなければ助からない。

 移植をすれば助けられる……と、言ってドナーまで用意してのけたこの研究所の副所長。


 おかしい!


 おかしすぎる!

 

 しかもドナーとなった体は、蒼空の体組織、遺伝子から造った──、などという。


 そんな"モノ"いつの間に準備していたのだ?


 目の前にある蒼空の脳を移植された体はどう見ても10才ほどに成長した体だ。そんな昔から蒼空は、蒼空に使われた体は"奴"の、"奴ら"の、おもちゃにされていた?


 そして今回の事故――。


 偶然? そんなことはありえない!



 しばらくして、ポツリと言う。


「嵌められたんだわ。目的が何かはわからないけど……」


「雅行さんは殺されたんだわ。そして蒼空はこんな目に――」


 日向の目から……今は、悔し涙が流れ落ちる。

 春奈は胸の中で泣きつかれて眠っていて、母親の、日向の言葉は聞こえてはいない。


 そして手術から1週間を経て尚、蒼空が目を覚ますことは、ただの一度としてなかった――。



* * * * * *



 しかし、こんなことをしておいて篠原は今後どうするつもりなのか?


 いくら篠原製薬社長の息子で、再生医療研究所副所長とはいえ、物には限度というものがあるのではないのか?


 更に母親にまでその"素体"のことを知られ……、どう切り抜けていこうと考えているのか?



* * * * * *



 ……篠原は実際のところ、この後のことなど何も考えていなかった。

 "素体"が目を開き、動きだすことのみを考え、そのこと意外に考えを及ぼすことが出来なくなっていた。



 脳移植を発案したとき。いや、それ以前、狂気に囚われたその時から――。



 彼は破滅へ向かって突き進んでいっているよう……。


 それは自らが招いた結果。




 その時は近い――。



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