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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
89/124

ep83.希望、そしてやるべきこと

「もうだめ、春奈……座らせて」


 ボクがそううったえると、春奈が車イスを押してそばまで来てくれて……、ボクはそこに崩れるように腰かける。


「やっぱ、相当つらそうだね? どうしよ、もうやめとく?」


 割烹着姿の春奈がボクの様子を見て、心配そうにそう聞いてきた。


 ボクは今、無菌病棟の病室の前の廊下から面会コーナーがあるラウンジに向って、ずっと寝たきりでなまってしまったカラダのリハビリがてら、歩いてみてる。

 そんなコトが出来るようになったのも、ちょっと前にビニールカーテンで覆われた無菌室から出て、普通の個室に移ったからこそだ。今のボクは無菌病棟から出ない限り……多少うろついても大丈夫にはなってるのだ。それに、手の甲に埋め込まれたまんまだった点滴の針もようやく取ってもらい、ボクが動き回るのを妨げるものは、すでになんにもなくなったんだもんね!


 で、今、早速歩いてみたのはいいんだけど……このありさまなわけで。


「ううっ、でも、まだぜんぜん歩けてない……。もう! なんでこんなにいうこと聞いてくれないのさぁ……」


 ボクはラウンジまでの、たかだか30mほどの距離を歩くことすらとてつもない疲労感に襲われ、そんな自分のなさけなさについグチってしまう……。


「お姉ちゃん……仕方ないよ。ずっと寝たきりに近かったんだもん。……これからちょっとずつこうやって体を慣らしてさ……学校行くときまでに、ちょっとでも元に戻せるようがんばろ? 私も出来るだけ協力するから」


 春奈がボクの足にマッサージの真似事をしながら、そう言ってくれる。

 ちなみにマッサージとか、部活で結構そういうの……教えてもらってるみたいだ。やっぱ、先輩とかにさせられちゃうのかな?


「う、うん……そうだね……そうするしかないもんね。……ごめんね、春奈。面倒ばっかかけちゃって。ボク、ベッドでもなるべく筋トレとかして、がんばるよ……」

 

 ボクが沈みがちな声でそう言うと、


「お姉ちゃん? 何度でも言うけど、面倒とか、迷惑とか……そんなのぜんぜん思ってないいんだからね? だから家族に遠慮なんか無しだよ! 私もお母さんも、お姉ちゃんが元気になってくれるのが……一番のプレゼントなんだからね?」


 ううっ、ボクまた言っちゃってたみたい。いっつも春奈やお母さんに、口がすっぱくなるほど言われてるのに……。


「春奈……。うん! ありがとう。そうだね、ほんと、ボクったらすぐ、くじけちゃってかっこ悪いや。よし! もうちょっとやってみよっ。春奈、もっかい歩くから見ててね?」


「うん! まかしといて。でも、無理は禁物だかんね? それだけはほんと、気をつけてね? お姉ちゃん」


「わかってるって! じゃ、いくね」


 ボクは再び車イスから、ふらつきながらも立ち上がりラウンジに向けゆっくりと歩き出す。


 焦らず、ゆっくり、でもしっかり……カラダ、慣らしていこう。

 ガッコに行ける日を楽しみに。


 だから……がんばろう!



* * * * * *



「蒼空ちゃん、随分歩行練習とかしてるらしいわね? かわいー女の子が、廊下を一生懸命歩いてるって、病棟内でうわさになってるわよ?」


 診察に来た村井先生が、いたずらっぽい顔をしてボクにそう言う。後ろで一緒について来てる看護師の恵さんもうなずいてる。


「う、うわさ? ボクが?」

「そう、うわさよ。無菌病棟の患者さんって人と関わることが極端に少ないでしょう? だからそういうお話に敏感なのよね。ましてやそれが蒼空ちゃんみたいな、ちっちゃくてかわいらしい女の子ってことなら、それはもうみんな興味津々って感じなのよ?」


 ち、ちっちゃい……って、もう、先生まで……ボクそのうち絶対おっきくなるんだもん! でも……ボク、自分1人が大変な目に合って不幸だなんて思ってたけど……他にもいるんだよね。ボクと同じように苦しんで、治療を受けてる人たち……。

 

「むぅ、先生。ボクそのうち絶対おっきくなるんだからね? ちっちゃくてかわいい……じゃなくて、すらっとした美人さんだって言われるようになっちゃうんだからね?」


 ――蒼空も案外自分のことをそう思っているようである。まぁ、これまで散々会う人会う人にそう言われれば、いくら控えめな蒼空でもそういう認識になるのも当たり前?――

 

 ボクはとりあえず、村井先生に一番大事なとこを一言いってから、聞いてみた。


「……ボク、廊下を歩いてたら迷惑……かな? 必死に治療してる人たちに鬱陶うっとうしいなんて思われたりしちゃってる……かな?」


 そう言ってボクが不安げな表情を浮かべると、


「ふふっ、まさか! 鬱陶しいだなんて思う人いるわけないわ。みんな優しい気持ちで見ていてくれてるのよ? 結構年配の人も多いから、一生懸命な蒼空ちゃん見てると、心が癒されるし、負けずにがんばろうって気持ちにもなれるんですって」


「ふぇ、そ、そうなんだ?」


 はわぁ、なんかボク、結構注目されたりしちゃってたの? き、気が付かなかった。


「……ただね。無菌病棟内で、あまりそういうことをするのはね? ……感心できないの」 

 うぐっ、そ、そんなぁ。ボク、ここでしかカラダ動かすこと出来ないのに……。ちょっとでも早くリハビリ始めて、早く普通に歩けるまでに戻したいのに……。

 ボクはそれを聞いたら悲しくなって、すぐ目頭が熱くなってきてしまう。ほんとボク、涙腺ゆるくなっちゃった……。


「ああ、蒼空ちゃん、そんな悲しい顔しないで? そんなことなんて霞んじゃう、いいお知らせを聞かせてあげるから!」


「い、いいお知らせ?」


 ボクは村井先生の、そのいかにも思わせぶりな言葉に多少訝しみを覚えながらも、やっぱ期待を込め、たぶん目を輝かせて見つめちゃってると思う。


「実は、お母さまには先にお話しさせてもらってるんだけど……蒼空ちゃん、あなたに一度外泊してもらうことを提案してるのよ。最近の目覚しい回復具合もあるし、GVHDもとりあえずは治まったことでもあるし……。そういうのを踏まえて退院する前の練習ってところかな。どう? いいお知らせでしょう」


 そう言って、一見キビシそうなお顔を破顔させ、ボクを見てくる。

 ボクは先生のその言葉にしばし呆然とし……、言葉の意味がアタマの中に充分浸透してくるとともに……とうとう涙を抑えることなんて出来なくなっちゃった。


「そ、蒼空ちゃん、大丈夫? そんな泣かないで? ……でもそうよね、うれしいわよね。3ヵ月半……ほとんど無菌室で……孤独に耐えてがんばってきたんだもんね? えらいよ、蒼空ちゃん」


 涙をまぶたいっぱいに溜めたボクを労わるように、アタマをやさしく撫でてくれる村井先生。


 ボクはうれしくってなかなか言葉も出ない。


「せ、せんせ……い、ありがと……、う、うれしい!」


 ボクはもう泣くことをガマンすることもせず、涙が頬を伝うにまかせ……外泊できるうれしさに心を躍らせていた。


「良かったね、蒼空ちゃん。ほんとがんばったもの……報われたね」


 そんなボクを見て、恵さんもねぎらいの言葉をかけてくれる。


「うん! ありがとう、恵さん。……先生、ほんと、ほんとにうれしい! ボクを、ボクをここまで治してくれて……ありがとう!」


 笑顔に包まれる病室。


 いつも冷たい雰囲気のただよう病室だけど……

 この時ばかりは、とっても暖かい空気に包まれいる気がしたボクだった――。



* * * * * *



 村井先生のお話から3日たち……。

 いよいよ今日は外泊の日。


 この日は朝からお母さんが来て、身の回りの世話をしてくれてる。

 お外に出るから、ずっとおさげにしてた髪のセットやお洋服の準備……、それにもちろん外泊の手続き。やることいっぱいですっごく忙しそうだ。

 季節はもう晩秋から冬に入ろうとしてるところだから、着ていくお洋服だって入院したときとはぜんぜん様変わりしちゃってる。たぶんこの後は、お決まりの着せ替えタイムだろうなぁ……。

 

 ふふっ、どんなお洋服着させてくれるのか楽しみ♪


 それにしても、土曜の午前中ってことで春奈はまだ学校だから、今頃これなくて悔しがってるだろうなぁ?

 えへへっ、お家に帰ったら、ガッコから帰ってくる春奈をお迎えしたげよっと! 今日の授業は午前中までだからきっと早く帰ってくるはずだもんね。

 ……まさか部活なんかしてきたりしないよね? もしそうならぁ、ず~っとグチってやるんだから!


 がんばって部活してきてボクにグチられたりしたら、春奈おこっちゃったりして? でも、いいんだもんね~。どうせボク、わがままな子なんだもん!


「あら、蒼空ったら、何にやけちゃってるの?」


 いけない、つい顔にでちゃってた見たい。

 病室のお片付けをしてたお母さんがつっこんできた。


「えっ、べ、別になんでもないよっ。やっとお家に戻れるかと思ってうれしくなっただけ」


 お母さん、それを聞いて微笑みを見せてくれたけど……ついでに一言ついてきた。


「蒼空……良かったわね? でも、まだあくまで外泊。お泊りして何かあったりでもしたら、また入院……伸びちゃうかもしれないんだから、気を引き締めておかなきゃダメよ? ん?」


 もうお母さんったら、気分台無し~。

 でも確かに、月曜日に病院戻るまでの2泊3日。ここで何かあったりなんか、しちゃったら……せっかく近づいた退院が遠のいちゃう。


「うん、わかってる。ボク体調くずしたりしちゃわないよう、先生のお言いつけ守って……お薬もちゃんと飲んで、いい子にしてるよ!」


 ボクは真剣な面持ちでお母さんにそう言って、そのやさしい、大好きなお顔を見つめた。


「ふふっ、ほんとかしらねぇ?」


 そう言ってボクを見つめ返してくるお母さん。


「ほ、ほんとだもん! ボクいい子にしてるよ。だから心配しなくても大丈夫なんだからね」

 

 ボクはそう言ってお母さんに残念ながら今は・・控えめな胸を張って見せる。(やせちゃったりもしたけど……これからだもん、これからぜったい!成長するんだからね?)


 ボクだって入院伸びたりするの、絶対いやだもん。だからほんとにほんと、いい子にするもんね!


「くすっ、わかったわ。蒼空のそのかわいらしい仕草に免じて信用してあげるわ。じゃ、そろそろお着替えしましょう。今日のためにかわいらしい冬物、奮発してきちゃったのよ。見たい?」


 お母さんがちょっといたずらっぽい顔をしてボクに聞いてきた。


「うん、見た~い! 何、もしかして春奈と選んできたの? いいなぁ、ボクも行きたかったなぁ……」


 ボクがちょっと悔しそうにそう言うと、


「まぁ蒼空ったら。……この外泊がうまくいけば、きっとすぐ一緒に行けるようになるわ。だからとりあえずは、お母さんたちが選んだお洋服でガマンしてちょうだね?」


 そう言っていつものようにボクのアタマをやさしく撫でてくれるお母さん。

 ボクは気持ちよくって、やっぱ目を細めちゃう。


「さっ、早くお家へ帰るためにも、ちゃっちゃと準備しちゃいましょう!」


 お母さんはボクのアタマをポンッと軽く叩き、お洋服の準備を始める。


「うん! ふふっ、どんなお洋服かなぁ? かわいくって、あったかそうなのがいいなぁ……」


 ボクはお母さんが買ってきたお洋服を出すのをワクワクしながら見つめ……、そして、今日これからのことを思うと、気分が高まってくるのを抑えることなんてとても出来そうもなかった。


# # #


「まぁ蒼空ちゃん、ステキ、かわいらしいわ!」


 外出の準備が出来て……お母さんに連れられ、村井先生にご挨拶しに行ったんだけど。

 顔を合わせて開口一番のセリフがこれだった。


 ボクのカッコは、ちょっとお上品な感じの長袖の白い丸襟ブラウスにボウタイ、ふわっとしてギャザーの入った赤チェックのキュロットパンツに黒いタイツ、そしてちょっと早いかもしれないけど、ボア付きのあったかそうな淡いピンクのポンチョを羽織らせてもらってる。


 残念ながら、転んじゃうといけないからって車イスに乗せられてしまってるけど……。


 ボクのそんなカッコを見て、すっごく喜んでくれた村井先生を見ると、ボクまでうれしくなってくる。


「やっぱり女の子は、かわいらしいお洋服着てるときが一番ね。患者服なんて、ほんと味気なくってつまらないもの。……それにしても、蒼空ちゃん。顔色も一段と良くなって来たみたいだし……これも外泊効果かしらね?」


 村井先生が、ボクをなんかべた褒めしながら、そんなコトを言う。


「うん! きっとそう。だってすっごくうれしいんだもん。カラダだって、ここのところホントに調子いいです!」


 ボクは満面の笑みを浮かべて村井先生にそう答えた。


「そっか、ほんと良かったね。……先生うれしいな、蒼空ちゃんのそんな笑顔が見れるようになったんだもの」


 村井先生のそんな言葉にボクとお母さんは顔を見合わせ……そして、自然と笑顔が溢れ出る。


 側に控えてる看護師の恵さんもそんなボクたちを見て、ずっと笑顔を向けてくれてる。


「先生、外泊に関して色々お手数おかけしてすみませんでした。……それでは月曜の昼には、蒼空を連れて戻ってきますので……」


 そんな中、お母さんが先生に挨拶をしてる。


「いえ、とんでもない。これも治療の一環ですから、お気になさらずに。……久しぶりの帰宅なんですから、ご家族で有意義に過ごしてもらえるとうれしいですね」


 村井先生がそんなやさしい言葉をかけてくれる。ほんといい先生だなぁ……。

 そう思って油断してたら……、


「そんな楽しい気分のところ水を差すようで悪いんですが、蒼空ちゃんに一言だけ……」

「はぇ? な、何ですか? 先生」


 ううっ、なんか先生の顔、すっごくいたずらっぽい顔になってる。


「あのねぇ、蒼空ちゃん。病院に戻ってきてもらったら、もちろん外泊したことで体にどんな影響がでたのか?って検査するんだけど、最終的には……脊髄の中の造血管細胞の様子を確認する必要があるから、……マルクしないといけないわけなのよね」


 ボクはその一言に愕然とする。


「ええっ! ま、マルク? あ、あの痛いの、またしなきゃいけないのっ?」


 ボクは治療中、何度かにわたって行なったマルクの、あのなんとも言えない痛みを思い出し……思わず顔をしかめる。


「そうよぉ、それをしないと最終的な判断できないですからね? だ・か・ら、あきらめてちょうだいねぇ~」


 うわぁ、村井先生の顔がアクマに見えてきちゃった!


「ふふっ、蒼空。それは、これからの退院に向けて必要なことなんだから……観念なさい? もう子供じゃないんだからわかるわよね?」


 お、お母さんまでぇ! それに、こんな時だけ大人扱い~!


「わ、わかったよぉ……ぼ、ボク、子供じゃないもん。そんなの平気だもんね」


「「まぁ」」


 お母さんと、村井先生、2人揃ってなんかほんと釈然としない声をあげて、ちょっとにやけ気味の笑顔をボクに見せる。


「むぅ~」


 ボクは思わずほっぺをぷくっと膨らませて抗議の表情を浮かべる。


 春奈ぁ、ボクに味方、いないみたいだよぉ。

 春奈は味方になってくれる……わけないかぁ……。


 がっくし。



 そんな中、ふくれっ面のボクをまったく気にすることもなく、お母さんと村井先生は挨拶をすませ、ボクたちは滞りなく病院を後にする。


 久しぶりのお外はすっかり寒くなっていた。


 ボクは思わずポンチョのボア付きの袖の中に、交差するように手を突っ込んで袖同士を合わせる。えへっ、こうすると袋状になってあったかいんだよね。


 まあ、車イスのまんまっていうのがちょっと残念だったけど。


 これからがんばってカラダを慣らして、とりあえず……杖ついてでもガッコに通えるようがんばるつもり。


 何はともあれ、お家に帰ってお風呂に入りたいよ。


 ふふっ、ほんと久しぶりのお家。


 楽しみだ!



2週間ぶりの投稿です。


遅くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。

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