ep81.繋がった未来
骨髄移植が終わってからのボクは、色々ガマンの日々だった。
毎日の血液検査、おしっこの検査、それに免疫を抑制するお薬の投与。 やたらオシッコが出るし、下痢もひどいし……おまけに腰周りの痛みも慢性的に続き……つらい。
それになにより……お母さんや春奈……家族と触れ合うことも出来ず、さみしい……。
無菌室に1人、これといってすることもなく、ましてやしようとする気力もわかず……ひたすら眠る日々。
白血球は移植の日からどんどん減り、ゼロに近いらしい。 お熱も出てきてアタマがぼーっとしてくるし、お口の中は口内炎がひどくってごはんを食べることも出来ない。
移植した造血幹細胞……うまくボクになじんでくれるのかなぁ? 今つらいのって悪い細胞と新しい細胞が戦ってるのかな? 移植した細胞がうまくなじんで、キッチリ正常な血を作ってくれるようになれば……。 それを生着っていうらしいけど……そうなれば、この移植はうまくいったって言えるんだって。
でも、今のボクにはとても良くなってるなんて思えない。
……つらいよぉ……。
* * * * * *
移植から1週間ほど経ち、ボクの白血球はほぼゼロ。 それと共に白血球を増やすお薬の投与が始まる。 血小板の輸血も様子を見ながらって感じで行なわれるんだけど、相変わらずお熱はずっと出てて、ボクはぼーっとした状態が続く。
それにお肌が赤く腫れてきたり発疹が出たり。 更には気持ち悪くなってもどしたり……でも固形物食べてないから何も出ず……それがまたつらいの。
どうやらGVHDっていうのが始まってるらしい。 村井先生がそう言ってた。
発疹……跡残らないかなぁ? 残ったらいやだなぁ……。
でも放射線や抗がん剤を使ってないおかげで脱毛することはどうやら無いみたいでほっとしてる。 まぁ、篠原の治験薬のおかげだっていうのがシャクだけど……。
それと、今だから言える話で、放射線治療を受けると赤ちゃん生めないカラダになる可能性もかなり高かったんだって、教えてくれた。
ボク……まだ、せ、生理も来てないのにそんなカラダになっちゃう可能性もあっただなんて……ちょっとショックだった。 結局放射線は使わないことになったから、その時はわざわざボクに言わなかったみたい……。
ただ、今も投与されてる篠原のお薬の副作用とか、どんな影響が出るか? まだまだわかんないから、すっかり安心していいものでもないらしく、一応そういうこともありえるって話、されちゃった。
かと思えば、「でも、まぁ心配いらないわよ」って言って微笑んだり。
うーん、どっちなの? まぎらわしいんだからぁ!
……でもまぁ、ボクを必要以上に不安にさせないよう、そう言ってくれてるんだろうし、結局治験薬なんだから、先生にだってそりゃわかんないよね……。
それを調べるための治験なんだし、最後にやるって決めたのはボクなんだもん……。
「蒼空もいずれお母さんになるのかしらね?」
そのお話しを村井先生に聞かされたあと、お母さんったらビニールカーテン越しに、そんなこと言ってくるもんだから……思わず、普段なら例え思ったにしても、ぜ~ったい、口に出さないことを言ってしまった。
きっとお薬の投与とか、お熱があったせいだよ。 そうに決まってる!
「お母さん、ボク……。 そんなこと以前に、結婚なんて……出来るのかなぁ? こんな、中途半端なボクが……男の人なんかと。 それに赤ちゃん、作るとか……。 ボク……なんか想像できないんだも―― はっ! はわっ」
ボクは口に出してから、しまったって……思ったけどもう遅い。 きっとボク、耳までまっ赤になってるに違いない。 まぁ今はお熱でわかんないかもしんないけど。
「蒼空、あなた……そんなことを……」
お母さんがボクを見つめてくる。
ボク、てっきりお母さんに軽くからかわれるかな? って思って覚悟してたのに……。
「無理しなくていいの。 蒼空はその時その時を素直に……自分の心に正直に行動すればいいんだから。 ね?」
お母さんは優しく微笑みながら、そう言ってくれる。 そして、
「でもね? 蒼空はそれはもう、かわいらしい……どこに出したって恥ずかしくない女の子なの。 それはもっと自信持っていいと思うんだけどなぁ? ……きっと将来は、ほんときれいなお嫁さんになるって……お母さん思ってる」
「お、お母さん……」
お母さんが言ってくれた言葉。
今までのボクだったら照れちゃって、すぐごまかしたり否定したりしちゃったかもしんない。 けど、死んじゃうかもしれない……この病気をわずらった今。
不思議と素直にその言葉が胸に落ちた。
「そ、そうかな? そうなのかな? ボク……そうなってもいいのかな?」
ボクは、なおもお母さんに聞く。
「ええ、いいの。 そんなの当然だわ。 ふふっ、ほんと、蒼空がお母さんの前に連れてくる人がどんな人なのか? 今から楽しみね?」
お母さんったら一足飛びにそんなことを言い出した。 これにはさすがにボクも、
「ちょ、ちょっとお母さん。 気、早過ぎだよ! その、ボク、まだアレ……も来てないんだからね? 結婚なんてまだまだずーっと、先の話しなんだからね?」
「あら蒼空。 どうやら結婚する気は十分あるみたいじゃない? 将来楽しみね」
ボクの言葉尻をとらえてそう言うと、今度はちょっとにやっと笑うお母さん。
「もう! お母さんのイジワル~!」
結局最後はこうなった。
ボク……、生き続けられたらいいな……。
* * * * * *
「お母さん、ただいま! お姉ちゃん、今日はどうだった?」
春奈が部活を終えて帰って来るなり、日課となった蒼空の様子を聞きに、夕食の準備をする日向の元へとやってくる。
「おかえり春奈。 あなたったら……どうせメールでも蒼空とやりとりしてるんでしょう? 聞かなくてもわかってるんじゃないの?」
毎日こうやって聞いてくる春奈に、日向はちょっとイジワルして聞いてみる。
「えへへぇ、それはそれ、これはこれだもん。 やっぱお母さんから直接聞かないとなんか安心できないっていうか? そもそもお姉ちゃんのメールって、いまいち信用おけないっていうか? それに未だにケータイ使うのがへたっくそで、内容なんてぜんっぜん無くて、いたかった……とか、ずっと寝てた、とか……。 短い文でポツポツとさぁ、ほんっと、わけわかんないんだもん」
春奈はそう言うと肩をすくめ、苦笑いする。
「まぁそう言わないの。 蒼空は今一番つらい時期になってるらしいわ。 ずいぶん肌が赤く腫れちゃって、それに発疹まで出てきてて……相当気にしてるの。 それに気分もあまり良くないみたいで、吐いたりもしてるようだし。
「えっ、そうなの? もう! お姉ちゃんったら……そんなことメールになんにも書いてこないんだからぁ。 ……それ、大丈夫なの? お母さん」
むすっとした表情から一転、心配そうな表情を浮かべ、日向に問いかける春奈。
「そうね。 症状は……蒼空にとってはやっぱり、相当つらいものがあるみたいだけど……でも、それも治療の効果が出てきてるかららしいわ。 GVHDっていうんだったかしら? 移植した細胞が、元々の細胞……もちろん悪い細胞も含めて異物扱いして攻撃するからそんな症状が出るんだって……村井先生がおっしゃってたわ」
移植前、家族みんなで聞かせてもらった話を再度、今度は実際に蒼空に起こっている症状を前に説明されたようで……それを春奈に聞かせる日向。
「そ、そうなんだ。 じゃ、お姉ちゃん……その症状さえ治まっていけば、治まりさえすれば……良くなってくんだ? そうだよね? お母さん」
すがるような目をして日向に言い募る春奈。
「春奈……。 そうね、大丈夫。 春奈の言うとおり、きっと良くなる。 蒼空だって、つらいとか痛いとか言いながらも、すっごくがんばってる。 村井先生も毎日様子を看てくださってるし……きっと大丈夫!」
日向は春奈を安心させるようそう言う。 そしてそれは、自分自身にも言い聞かせているようでもある。
そしてそんな雰囲気を拭い去ろうと、こんな話しを振る日向。
「そういえばね春奈。 蒼空ったら、村井先生に子供が出来る、出来ないってお話されて……将来の結婚のこととか、赤ちゃんのこと心配しちゃって……そんなこと言い出したのには、お母さんちょっと驚いちゃったわ」
日向がその時のことを思い出し、春奈に伝える。 微妙に蒼空が口にしたニュアンスとは違う言い方のようなのだが……それはわざとなのか、日向の願望まじりなのか?
「ええっ? あのお姉ちゃんがそんなこと言ったの? お姉ちゃんが赤ちゃん出来るか心配しただなんて……お母さん、やっぱお姉ちゃん、体が女の子になって……気持ちもちゃんと女の子になっていってるのかなぁ?」
案の定、春奈はそれを勘違いし……話がどんどんずれていく。
確かに蒼空も赤ちゃんのことを心配したが、それは男の子との間での……赤ちゃんが出来るまでのこと――を、心配したのであって、赤ちゃんが欲しいと言っていたわけではなかったわけで。
まあ、その後の日向の話しに、微妙に流されそうな気配も無きにしもあらずな蒼空ではあったが……女の子の自覚をしっかり持てるのか? については、まだまだ先は長そうといったところが正直なところなんだろう。
「ふふっ、どうなんだろうね? こればっかりは蒼空の気持ちの問題だし、周りがあまり押し付けがましく、とやかく言うことじゃないし……。 なにより今は、しっかり養生して早く良くなってもらわなくっちゃね?」
日向は自分で春奈に話しを振って、たきつけておきながら最後はそう言って、話しを終らせるのだった。
日向……案外ずるい人?
* * * * * *
秋も中盤をすぎ、とうとう11月に入っていた。
骨髄移植からすでに2週間が過ぎ……蒼空の体にも、ようやく目に見えて変化が現れだす。
白血球の数が急激に増加してきていた。
微熱もまだまだあるし、腰周りや、他に足なども今までにも増して痛みを訴えてきている。 けれど、それは間違いなく白血球が増えてきたせいであり、回復してきている証拠だと説明される。
そして更に3日が過ぎ――。
その日の血液検査の結果を持って村井医師と看護師の飯野が蒼空の前に現れる。
「蒼空ちゃん、白血球の数。 移植前の10倍以上になって、とうとう3桁台。 これはもう生着したと言っていいわ。 おめでとう!」
お仕事に行く前にボクの様子を見に来てくれていたお母さんとボクは、その村井先生の言葉に思わず呆然となってしまう。
そしてそんなボクたちにお構いなしに、更にお話を続ける村井先生。
「これだけ増えるともう無菌室に入る必要もなくなります。 もちろんまだ無菌病棟からは出れませんけど、移植前に入ってた病室に移ることはもう問題ないでしょう。 あと、白血球を増やすお薬の投与もやめてもいいかしら。 ……蒼空ちゃん、あともう少しだね。 あと少しがんばって、早く良くなろう!」
村井先生が最後にそう言って、ビニールのカーテンを開ける。 そして直接ボクのアタマを優しく撫でてくれた。
ボクは村先生のその言葉、そしてその行為に、一体何が起こったのかアタマがついていかない。 でも……確かに伝わってくる、ボクのアタマを撫でてくれているその手の感触。
ボクは思わず手を伸ばし、撫でてくれている先生の手にふれる。
あったかい……。
ボクは4週間もの間、ほとんど誰とも触れ合ってなかった。 ボクは久しぶりに感じたその手の感触、そして温もりに……心の奥からこみ上げてくるものを押さえつけることが出来ない……。
ボクは村井先生のお顔を見て……それからその横でまだちょっと呆然とした感じが抜けないお母さんを見つめる。
ボクの赤い目は、少し離れたくらいのところにいる人のお顔すら、はっきり見ることは難しいけど。 ……なんだろ? お母さんや春奈のお顔なら……どんな表情してるかなんて、すぐわかっちゃうの。 すごいよボク。
「お母さん! ボク良くなってきてるって。 このお部屋からも出られるって。 お母さん」
ボクはそう言って、お母さんを呼ぶ。 ボクの声、すでにちょっとうわずってきてる。
そんなボクの声を聞いてお母さんはハッとした表情を見せ、ちょっと慌てたように……村井先生が開けてくれたビニールカーテンのおかげで、ボクのすぐ側まで近づいてきてくれた。
「そら、蒼空……。 ああ、良かった。 良かったわ……蒼空」
お母さんがようやくその声をボクに聞かせてくれて……そして、その胸に……ボクのアタマを抱き寄せて……そして優しく、優しく撫でてくれた。
「お母さん……」
ボクはもう、それ以上声にならない。 ……だって、だってもう、泣けてきちゃってどうにもならないんだもん! 感極まってきて、ノドもつまっちゃって、とても声なんか出せない……。
ボクはお母さんの胸に抱かれ、優しく撫でてもらって……、4週間ぶりのお母さんの感触を確かめようと、自分からもぎゅっとお母さんに抱きついて、感触確かめちゃった。
お母さんはほんとにあったかくて、そしてやっぱり……いい匂いがした……。
だめ。 もうボク、涙がぜんぜん止まんない。
……目からはまだまだ、次から次へと涙がわいて出てきて、自分ではどうすることも出来ない。
ボクたちのそんな様子を、優しく見守ってくれてる村井先生と看護師の恵さん。 2人の前で泣き崩れちゃって、みっともないけど……でもどうすることも出来ないよ。
8月の合唱部の合宿から3ヶ月近く……。 ボクもう死んじゃうんじゃないか?って、不安で不安で、たまらなかった。
怖かった。
なによりお母さん、そして春奈に会えなくなるって考えると……夜、眠れなくなっちゃうこともあった。(反動でお昼に寝まくったりしちゃってたのはナイショ)
だから、だから、今日。
ついさっきの村井先生の言葉は、たぶんみんなが考えてる以上に……ボクの心に深く、……希望をくれた。
うん、希望! 希望をくれた。
まだ生きれるって希望。
そして、大好きなお母さんや春奈とまだまだ一緒に居れるって希望。
またガッコに行けるかも?って希望。
友だちに会えるって希望。
うれしい!
ボクはお母さんの胸に抱かれながら、そんなことをずっと考え、目には相変わらず涙をため、そして……自分からは絶対離れようなんて思えなかった。
お母さんもさすがに、ずっと離れようとしないボクに困惑したに違いないけど……それでもボクの気が済むまで……きっと抱きしめてくれていたんだと思う。
ずっと寝たきりで、いろんなお薬の投与や点滴、それに輸血、お口の中がずくずくで、ごはんも満足に食べられなかったボクは、体力なんてあるわけも無く……、
思いっきり泣いちゃって、ずっと力を込めてお母さんを抱きしめていたボクは、結局そのまま寝落ちしてしまったのだった。(ボクってなんか、いっつもこのパターンのような気がする……)
これって夢じゃないよね?
もしこれが夢なんだとしたら……お願い、覚めないで。
こんなことをいつ考えたのかもわかんないけど……。
ボクはいつの間にかベッドに寝かされ、微妙に残る微熱がかえって深い眠りへと誘ったのか、久しぶりに心地よい……眠りの世界へと落ちていったのだった。
遅れちゃいましたが投稿します。