ep79.日向の決断
免疫抑制療法(ATG)を受けてから2ヶ月近くが過ぎた。
その間、治療で下がった血球数を増やすため輸血を頻繁に行い、白血球を増やすお薬もいっぱい投与された。 そのおかげか血球数は増加に向かい、とりあえず無菌室からは出ることが出来た。
とはいっても完全に普通の病室に出れたってわけじゃなく、無菌病棟の中にある病室であることには変わりがない。
ただ、今まで入ってたとこみたいに完全防備のお部屋っていうのじゃなくって、病棟内に限れば、ある程度自由に動き周れるようにはなった。(もちろんこの病棟からは出れないんだけど……)
でも……ずっと無菌室で閉じこもりだったせいもあり、せっかく普通に歩けるようになってたボクの筋力は情け容赦なくそがれ……、再び杖を使わないと歩けないくらいまでには衰えてしまってた。
それでも後はどんどん回復……そして退院! 治療は通院しながらっていう風になれば良かったんだけど――。
そううまくはいかなかった。
ほんとにあと少し血球が増えてくれれば……ってところまできて、数値がぱたりと上がらなくなり、それどころかまた下がる傾向が出てきた。 数値が上がるのは輸血やお薬を投与されたときだけ。 あとはまたジリジリ下がってくる。
これってまだまだ、治療の効果が出てないってことなのかな? ボクのカラダはまだ自力で血球をちゃんと作り出せない状態ってことなのかな……。
ATG療法の効果が出るのは早ければ1ヶ月、遅いと1年近くたってからってこともあるみたいで、ボクの場合、とりあえず2ヶ月ほど経過を見るってことで、今日まで入院を続けてたわけだけど。
これまでの結果を見る限り、あんまり良さそうにみえない……。
まだ2ヶ月なんだし、これから効果が出てくるかもしれないんだろうけど……ボクにとって2ヶ月って日々は、とても「まだ」っていえる時間じゃなかったよ――。
合唱コンクールの県予選大会は二週間ほど前に開催され、あんなにみんなと一緒に一生懸命練習したけど参加することはもちろんかなわず、それどころか応援にすら行けなかった。
予選大会の結果は銀賞の11位。 金賞もとれず、当然予選通過することは出来なかった。 結果をエリちゃんからのメールで知ったとき、予選敗退とはいえ、ボクはなんで自分がその中に一緒にいられないのか? 悔しくて、悲しくてしようがなかった……。
エリちゃんや部長さん、辻先輩たちと一緒に、泣いたり笑ったり、悔しがったり……コンクール……出たかった、よ――。
夏休みなんかとうに終わり、ガッコも2学期の中盤にさしかかろうとしていて、中間考査もそろそろ始まるみたいだし。
勉強については春奈がかかさずノートを取って来てくれていて、ボクはそれを見て一応勉強のマネごとみたいなことはしてるけど。 そんなことしたって、どんどんみんなから取り残されていってるのは間違いなく。
……ボクは合唱コンクールのこと、なかなか退院出来ないことに加え、お薬の副作用もあってかイライラばかりが募り、お母さんにやつ当たりやワガママを言いまくってしまってる。
後になって落ち着いたときに、そんな自分の身勝手な態度を後悔しちゃうけど……日が変わるとまた同じようなことを繰り返してる。
お母さんはボクのために一生懸命お世話してくれてるのに……。
ほんと、ボク……いやな子だ。
そんな鬱々とした日々をすごしていたある日。
以前ちーちゃんから、近いうちにボクの様子を見に来るってお話を聞いてた……瑞穂伯母さんが、わざわざアメリカから帰って来てまでして、お見舞いに来てくれた。 伯母さんは相変わらず颯爽としていて、カッコよく、そしてそんな伯母さんを見るお母さんは、とてもうれしそうで、ボクまで気分がよくなってくる気がするよ。
「蒼空ちゃん、調子はどう? 思ったより顔色良さそうだけど。 あぁ、ほんとならいっぱいキスして、この手でぎゅっと抱きしめてあげたいのに。 ったく、このガラスったらジャマねぇ」
伯母さんはボクの顔を見るなり、いきなりそんなことを言う。
ボクたちは今、病室じゃなくて面会用のフロアにきて会ってるのだ。 今日は主役の伯母さんの他に娘のちーちゃん、それに仲間外れはいやって言って春奈まで一緒に来てしまってるのだ。 お母さんも当然一緒に居てくれてるから、これだけ人数が多いとさすがに病室で面会するのはやめた方がいいって看護師の恵さんに言われ、ここで会うことになったわけ。
面会室の中は、いくつかの区画に分かれてるんだけど、更に患者側とお見舞いの人の間にはガラスの仕切りが入ってて、直接ふれ合うことが絶対出来ないようになってる。
ちなみにボクは車イスに乗せられ、そばにはお母さんがマスクに割烹着姿で一緒に居てくれてて、向いっかわに伯母さんにちーちゃん、そして春奈が座ってる。 春奈が若干ふて腐れて見えるのは気のせい……じゃないんだろうなぁ、きっと。
そんな訳で伯母さんはボクに直接ふれることは出来ないから、さっきの言葉になっちゃったわけなのだ。 まぁ、例え病室で会ったとしても、実際そんなことしちゃダメなんだけど……あの伯母さんだから、まぁ仕方ないよね。
「もう、母さんったら何バカなこといってるの? そんなことしちゃダメに決まってるでしょー?」
ちーちゃんが一応突っ込み入れてるけど、効果あるとは思えない。 まぁ今回に限っては強力な味方? であるガラスの壁があるから問題ないけど……。
「えへへ~伯母さん、今日は来てくれてありがとー! 最近、お薬の副作用とかも落ち着いてきてるし、ちょっと体調もいい感じなの。 伯母さんに会えると思ったから良くなったのかなぁ?」
そう言いながら伯母さんを上目使いで見るボク。
あはっ、ちょっとサービスだ。
「まぁ蒼空ちゃんったら、うれしいこと言ってくれちゃって。 ほんとかわいいんだからっ! ああんもう、このガラス。 ほんとにほんと、ジャマよねぇ?」
そう言いながらも、優しく微笑みを浮かべ、ボクを見てくれる伯母さん。
そんな伯母さんを見るとボクも自然と笑みが浮かんでくる。 こんなとこにずっと一人ぼっちでいると笑うことなんか忘れてしまいそうになる。 だからこうやって人が会いにきてくれるとほんとにうれしくってたまらない。
でもそんなボクの気持ちとは裏腹に、ここはそう簡単にお見舞いにこれるような場所じゃない。 だからそうそう人と会うことなんか出来ず、更には触れ合うなんてもっての他なんだ……。
春奈とですら、ここ数週間触れ合っていない。 唯一、お母さんとだけは一緒に居られてるけど、それでもほとんど触れることはなく、ましてやぎゅっと抱きしめてもらうことなんて全然ムリムリだ。
「まぁ仕方ない……ぎゅっと出来ない分、なるだけいっぱいお話ししましょ? あっ、それと、おみやげもちゃーんと持ってきてるから、あとでまた看護師さんから受け取ってね? おみやげすら直接渡せられないなんて、ほんと無粋よねぇ?」
ボクを見ながらそう言い、そして、
「もちろん春奈ちゃんにもあるからね? あとで、お家にお邪魔したとき渡してあげる」
それまでちょっとむくれてた春奈がその一言で、
「わっ、ほんとにぃ? 伯母さん、ありがとー!」
一気に喜色満面になる春奈。 ゲンキンなやつ。
あっと、ボクもお礼、お礼。
「伯母さん、ありがと~! あとで恵さんに聞いてみるね。 ふふっ、なんだろなぁ? 楽しみ~♪」
そんな感じで面会は始まり、ちーちゃんとの入試のときのお勉強のお話しや、ガッコでの出来事、お友達のこと、それに伯母さんのお仕事のこと……、終始おだやかにお話は続き、面会に当てられてる30分って短い時間はあっという間に過ぎていってしまったのだった。
お母さんは、伯母さんともうちょっと話があるからと言って、ちーちゃんと一緒に出て行ってしまい、ほんとにめずらしく春奈にボクの世話をするよう頼んでいった。
「じゃ、お姉ちゃん、お部屋に戻ろっか?」
マスクを付け割烹着を着込み、手の消毒も済ませ、準備万端でボクの側に来た春奈は、うれしそうにそう言うと、ボクの車イスを元気に押し出した。
なんかこうやって春奈に車イスを押してもらうのって久しぶりだ。 ボクがそう考えてると春奈もおんなじこと考えてたみたいで、
「なんかさぁ、こうやってお姉ちゃんの車イス押すのって久しぶり。 もう1年以上経つよね? 車イス使わなくなってさ……」
「うん……そうだね……。 なんか逆戻りっていうか、余計ひどくなっちゃったけど……」
ボクが思わず自嘲気味にそう言ったら、
「もう、お姉ちゃん! そんなこと言っちゃダメ。 お姉ちゃんは大丈夫。 大丈夫に決まってるんだからっ。 そんなこと言わないでよ……」
春奈ったら急にそう言って泣き出しそうな表情を見せる。
「は、春奈? ……うん、うん、そうだね。 ゴメン、なんか気弱になっちゃってて……。 がんばらなくちゃ……がんばらなくちゃ、ダメなんだよね……?」
ボクのその、ちょっと感情の薄い、消え入るような声で言った言葉に考えこんじゃう春奈。
「……ごめん、お姉ちゃん。 私、お姉ちゃんにそんなこと言わせるなんて……サイテー。 いいの、無理しなくて。 がんばらなくたっていい。 いつも通りにしてくれてるだけで……」
「春奈……」
それっきりボクたちは無言になり、病室までなんともいえないバツの悪さのまま戻ることになってしまった。
お互いが大事に思いあってるから……。 だからこそ、その思いが重しになっちゃうこともある。
ボクたちはまさにそんな感じだったのかも知れない……。
* * * * * *
日向たちは蒼空の担当医である村井を訪れていた。
というより、村井から一度相談したいことがあると呼び出された、と言ったほうが正しいだろう。
村井医師のその時の雰囲気に日向は弱気になり、近い日に姉が訪れることになっているからと……日程をすこし融通してもい、こうして二人で訪れたのだった。
そしてそこにはなぜか石渡医師の姿もあった。
最初、村井のことを紹介してもらって以来、姿を見せることはなかっただけに、少し以外な感がすると同時に、何かありそうな……なんとも言えない警戒感に襲われてしまうことは仕方ないことと言える。
そして実際、話された内容は素直に承諾できるとは言えない……なんとも悩ましい話であるのだった。
「柚月さん。 お呼び立てしてすみません。 そちらの方がお姉さまですね? これから話す内容は非常に重要な、蒼空ちゃんの治療に深く立ち入ったお話しになりますが、かまいませんか?」
村井は、日向から同席の話が来ているのだからがわかりきっているとはいえ、念のため確認を行なう。
「はい、けっこうです。 姉にはぜひ一緒に聞いてもらいたいので、かまわずお話ししてください。 お願いします」
日向は瑞穂の方をチラッと見つつ、村井医師へそう答えた。
そんな日向に、瑞穂は優しくうなずいて返していた。
「わかりました。 それでは早速……蒼空ちゃんのこれからの治療について、極めて効果的な手法を提案させていただきたいと思いますので、落ち着いて聞いていただければと思います」
日向は村井医師のその微妙な言い回しに眉根を寄せながらも、とりあえず聞くしかないわけで、うなずいて返した。
石渡はそんな日向を複雑な表情で見つめていた……。
「まず現在の蒼空ちゃんの治療状況ですが……、あまり思わしいものではありません。 近年のAA(再生不良性貧血の略称)のATG療法の症例からいいますと、1ヶ月程度で効果が現れてくる場合がほとんどなのですが……残念ながら蒼空ちゃんの場合、その様子は見られません」
そう言って日向らを見つめる村井。
日向は、日々聞かされる血液検査の結果から、十分予測される内容だったのでショックではあるものの動揺するまでのことはない。 もちろん残念でたまらないのではあるが……。
村井はそんな日向の様子にとりあえず安心し、話しを続ける。
「とは言っても、個人差もありますし半年や1年たってから効果が現れたって話もないわけではないのですが。 ただその間も延々、今のように輸血や投薬の日々をすごしてもらうことになりますし、例え、効果が現れたとしても、輸血をまったくしなくてもよくなるまで快方に向うってことは、なかなか難しい状況なんじゃないか? と考えています。 そしてそれは蒼空ちゃんにとって、あまりに可哀想でつらい選択だと思います」
そう言うと一呼吸置き、また話しを続ける村井。
「そこで、です。 あるところから大変効果のある、うまくいけば完治も夢ではない提案がなされましたので、今日はその件について……その、お母様のご意見を伺いたくお呼びさせていただいたわけなのです」
村井医師のその端切れの悪い言葉に怪訝な顔をする日向。 瑞穂もそれは同じで思わず2人で顔を見合わせる。
そしてその2人に、それまでずっと黙っていた石渡医師が言葉をかける。
「ここからは私の方から説明させていただきましょう」
てっきり傍観に徹するものだと思っていた日向は驚きを隠せないが、それでもとにかく聞いて見なければ話は進まないし、そもそも自分に選択肢などないわけで。
「はっ? はぁ……」
そんな曖昧な返事を返すしかないのだった。 瑞穂はといえば、ちょっと不機嫌な面持ちに変わってきていた。
「わかりましたから、てきぱきと、本題に入ってください。 どんな話でもこちらは聞くしかないんですから。 どうぞよろしくお願いします!」
そんなことをはっきり口に出して言う瑞穂。 日向も思っていたこととはいえ、はっきり言えてしまう瑞穂がちょっとうらやましかった。
石渡は苦笑いを返す他ない。
そして石渡は日向らに向って、その驚くべき治療内容を語り始めた。
「な、なんですって! それ、本気で言ってるんですか?」
瑞穂が声を張り上げ、石渡医師に詰め寄る。
「ええ、本気です。 こんなことは冗談では言えません」
対する石渡も、これまでにない真剣な面持ちで瑞穂に言葉を返す。
「『篠原製薬』の再生医療研究所……。 そこでは現在、IPS細胞由来の造血幹細胞(※)を利用した骨髄移植の研究が進められています。 その技術は今、臨床研究が済んで治験に入ろうとしているところなんです。 その技術を使えば、蒼空ちゃんにも骨髄バンクのドナーを待つよりもはるかに早く、しかも確実にHLA(白血球の血液型)が適合する骨髄移植が行なえます」
※骨髄の中に造血幹細胞と呼ばれる細胞がいて、これが全ての血球を造り出すことができる細胞であり、同時に、この細胞自身も自らのコピーを造って、骨髄が枯渇しない仕組みになっている。
――石渡医師から聞かされた、その2度と聞きたくなかった企業の名前。
『篠原製薬』
まさかその名前をまた、聞かされる羽目になろうとは。 日向は軽くめまいを起こしそうになり、瑞穂が慌ててその肩を抱く。
「再生医療研究所って、あの男が居たところじゃない! まだ存続してたわけ? なによそれ!」
瑞穂が日向を介抱しつつも、キレ気味に石渡医師に言う。
それに対し、なんとか冷静に説明を加えようと話しを進める石渡。
「お言葉はごもっともなんですが……彼らがやったことは、その、あってはならないこととして十二分に認識されておりますし、当然、今も研究内容については定期的に厳重な審査を受けています。 だだ、再生医療自体は、これからの社会にとっても無くてはならないものとして、受け入れられていまして……」
日向らは、「その辺のことについてはもちろん、そう簡単には納得いただけないでしょうけど……」と、「それでも理解して欲しい」と、……その必要性についてさんざん石渡に説明を受ける。
「ああもう、いいわけはたくさん。 いいわっ! それでその篠原が何してくれるっていうの?」
瑞穂はもう話しを聞くのもいやになり、根負けしたようでシャクだが、話の先を促した。
石渡はそれを聞くと、やはりさすがに疲れてきていたのか、ほっとした表情を見せ、ようやく治療の話しを続け出す。
日向はもう、瑞穂に話しは任せたという様子を見せ、石渡医師をただ見つめている。 もちろん内心は納得のいかない思いで一杯ではあるのだが、それはそれ、蒼空の治療が第一なのだから、そんなことは二の次なのである。
「治療ですが、先ほどもちらっと言ったように、骨髄移植になります。 骨髄移植についてはもちろん最初に検討されたことなのですが、お母様にHLAは一致せず断念した経緯があります」
そう言いつつ村井医師のほうを見る石渡。 そしてその視線にうなずく村井医師。
「もう1人、妹さんの春奈ちゃんもいますが、残念ながら年齢的に骨髄移植のドナーになる資格がありませんので対象からは外れているのですが……血液検査の結果としてはHLAは一致していまして、本来なら彼女の骨髄を移植できれば一番の選択肢となる治療でした」
石渡医師のその言葉にちょっと驚きの表情を見せる日向。
そんな日向に言い訳じみた説明を加えつつ話しを続ける石渡。
「まあ、その時は言っても仕方のないことでしたので、あえて言いはしませんでしたが。 申し訳ない。 で、なぜ今頃それを蒸し返すかといえば、先ほどの篠原の研究の話しに繋がるわけです。 篠原で開発された技術を使えば、春奈ちゃんはもちろん、蒼空ちゃん本人の細胞から造血幹細胞が造り出せるわけで、本人の細胞の場合、GVHD(ドナーの骨髄液中に含まれるリンパ球が患者の身体を攻撃することにより起こる色々な症状で、合併症のひとつ)の危険性もない、理想的な移植が出来るわけです」
だんだん専門的な話になってきて、日向らの理解の範疇を超えてくる。
「ということで、篠原製薬は、IPS細胞から造血幹細胞を作り出し、こちらに提供する用意がある。 そう言ってきているのです」
石渡はそう言いきると反応を窺うように、日向、そして瑞穂を見つめた。
「一つ確認していいかしら?」
瑞穂がにらむようにして石渡を見つつ問いかける。
「どうぞ?」
「先ほどの話の中で、その治療は臨床研究が済んで治験に入るところって言ってたと記憶してるんだけど……間違いないわよね?」
「はい、その通りです」
石渡はよく、覚えてるな? と内心で感嘆の声をあげる。
「それはまだ治療方法としては正式に認可されてないってことよね? そんな治療を蒼空にしようっていうの? そんな治療をして失敗したらどう責任とってもらえるの?」
瑞穂はそう言って石渡を追及する。 それに対し石渡は、
「確かに認可はまだです。 というか、認可までにはまだまだ数年、下手したら10年以上はかかるでしょう。 新しい医療が実用まで漕ぎ着けるにはそれこそ長い時間が必要なんです。 ただ、技術自体はすでにしっかりと確立されています。 臨床研究の成果も移植後の長期生存率は8割と、通常の移植となんら遜色のない結果が出てます。 だからこそ治験に進むことが出来ているわけで、治験自体、実際に医療の現場でリスクを説明し、患者さんにも納得してもらった上で行なう、法律上においても、至極まっとうな医療行為のひとつです」
石渡は瑞穂の不躾な質問に怒るでもなく淡々と説明する。 そして最後に申し訳なさそうに言う。
「とは言っても、治療に絶対なんて言葉はありません。 認可された治療であろうが失敗するときは失敗します。 逆に治験であろうと、成功するときは成功します。 私の立場では絶対に治りますとは……残念ながら言えませんし、責任を取ることも出来ません。 力及ばす、申し訳ないことですが」
石渡医師の説明に追及の言葉を失う瑞穂。 そして日向を見る。
日向は2人の話しをだまってずっと聞いていて、その間何が一番蒼空のためにいいのか考えていた。 そしておもむろに石渡、そして村井医師に確認する。
「蒼空は、蒼空はもし今のまま治療を続けていても快方に向う可能性は低いと……そう考えてらっしゃるんですよね?」
日向のその問いに村井医師は、少し考え……うなずいた。
それを見て日向はまた考える。
「骨髄移植をすれば完治はするけど、ドナーはいつ現れるかわからない。 そして蒼空はいまのままだと治る見込みはない……。 篠原の提案の治療なら今すぐ可能。 ただし、まだ認可されてもない試験的な治療方法……」
日向は口に出して、考えを必死にまとめようとする。
瑞穂はこうなると余計な口は挟めない。 決めるのは日向やその家族であって、自分ではないのだから。 とは言え瑞穂としては新しい治療に賭けてみてもいいのでは? という気になっていた。 ほんとにシャクだが石渡医師の話を聞く限り、悪い話ではないように思えたのだ。
だがやはり引っ掛かるのは、『篠原製薬』というところだ。
だが逆に、だからこそ、蒼空の体自体もあそこが(まぁ、正確にはそこのバカ息子が、だが)作り出したものだからこそ、技術的にはノウハウの蓄積は間違いなくあったはずだ。(公式にはそれらの資料は全て焼失したことになっているが、間違っても信用なんて出来るものではない)
瑞穂は、日向が悩んでいる間、そんなことを考えていた。
そんな日向らをせかすことなく、見つめる石渡医師と村井医師。
そして長い時間悩んだ末、日向が導きだした結論は――。
「その治療、蒼空にしてあげてください。 よろしくお願いします」
難産でした。