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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
83/124

ep78.神様に願いを

 合宿から帰って来て以降、夏休みの部活はなんとなく続いてはいるものの……みんなの練習はなんとも精彩を欠いたものとなってしまっている。


 原因はもちろん柚月さんの不在だ。


 かわいらしく、たよりない、見ていてなんとも危なっかしい彼女は、たった3ヶ月ちょっとの間に、みんなにとって大事な妹みたいな存在(これ聞いたら彼女はふくれちゃうでしょうけど)になっていた。 それに部長としては、彼女のきれいでよく通るソプラノが抜けてしまったことも、はなはだ残念でならない。


 彼女は合宿の夜、帰ったその足で市内の病院に直行、そのまま入院となってしまったらしく、あれ以来誰も彼女とは会っていない。

 みんなでお見舞いに行こうという計画も当然すぐに上がったのだけど、それについてはシホちゃんからストップがかかってしまった。

 その理由を聞いたとき、神様は……神様は、どうして彼女ばかりにつらい思いをさせるのか? と……嘆かずにはいられなかった。


 その時のことを思うと今でも悔しくてたまらない――――



「『再生不良性貧血』……ですか?」


 私は顧問のシホちゃんの口から出た、その病名を思わず問い返す。

 ……いまいち要領を得ない。 貧血って言葉だけ聞くと、なんだかそんな心配する必要もないの?って思えしまう。


 シホちゃんはそんな私の疑問を読んだかのように続ける。

 

「そう、『再生不良性貧血』。 貧血って聞くと、たいしたことなさそうに聞こえるかもしれないけど……。 この病気ね、国の難病指定に入ってる大変な病気だそうよ。 難病っていうのは分かりやすく……はっきりいえば……」


 シホちゃんはそこまで言って、その時、柚月さんの状況を一緒に聞きに来た私や和奏、そして渡里さんへと真剣な眼差しを向け、その様子を確認するとぽつりと言った。


「……不治の病……かな」


 私たちはシホちゃんのその言葉に愕然とした。


「せ、先生。 そ、それって柚月さん……蒼空ちゃんはもう治らないってことですか? もしかして……その……」


 私はその先の言葉を口にすることを躊躇し、言葉をにごす。

 私の後ろで渡里さんが声にならない声をあげ……、和奏も言葉を失ってるようだ。


 そんな私たちの様子を見て、シホちゃんが慌てて言葉を足す。


「ご、ごめんなさい、言い方悪かったわね。 みんな早とちりしないで? 不治の病って言っても、絶対治らないってわけじゃないの。 そりゃあ治療が難しい病気ではあるらしいんだけど、そうなる・・・・って決まってる訳でもないのよ?」


 シホちゃんが私たちの顔を見て、多少落ち着いたことを確認するとなおも続ける。


「それに今の医療技術からすれば、完治とまではいかないまでも、学校に通えるようになるくらいまでなら、案外早く実現する可能性もあるって話だし」


「そうなんですか? もしそれが本当ならいいんですが……。 それで……、柚月さんに今会うことって出来るんですか? お見舞いとか行って、かまいませんか?」


 私はとりあえずみんなが気にしてることを聞いてみた。 少し前、柚月さんの清徳うちに入る前からの友だち(沙希ちゃんのこと)が、妹の春奈さんと一緒にお見舞いに行ったって話しを聞いたから私としても気になっていたのだ。


「うーん、それなんだけど。 彼女、最近、治療で無菌室ってところに入ったらしくて。 それで、そうなると病室に入れるのは、ご家族だけみたいなの。 まぁ、面会も出来なくはないようなんだけど、あまり大勢で行ってもご迷惑になるでしょうし……」


「あ、それ……蒼空ちゃんからもらったメールにもそんなこと……書いてありました。 なんだか空気清浄器で換気された、狭いお部屋の中に閉じ込められてて、寂しいって……」


 シホちゃんの話に、渡里さんがそんなことを補足するように言う。


 柚月さん……可哀想に……。

 あのいかにも寂しがり屋さんな彼女が、そんな部屋に閉じ込められてるだなんて……。


 きっと泣いてしまってるに違いない。

 

 それにしてもそんな部屋に入らなきゃ治療出来ない病気だなんて……。 やはり、シホちゃんが言った通り、相当悪いんだろうか?

 ……そんなことをつらつら考えていたら、シホちゃんが話しをまとめだす。


「とりあえず、もしお見舞いに行くとしたら、一度ご家族の方に確認してからのほうがいいし、その場合でも、くれぐれも少数で、柚月さんに負担かけないよう気を使ってあげてね」



 ――――シホちゃんの話から、私たち3人は改めて柚月さんの具合があまり思わしくないことを実感させられ、結局みんなでお見舞いに行くって話は取りやめにせざるを得なかった。


 とは言え何もしないなんて、みんなの気持ちが納得しない。

 どうしようかと相談した結果……、

 柚月さんの友だちがしたように、合唱部全員で寄せ書きしようって話になったのはもちろん、合唱部らしくみんなで歌を合唱し、それをCDに録って、寄せ書きと一緒に贈ろうってことで話しはまとまった。

 お見舞いには部を代表して私、それと合唱部で彼女の一番の友だちであり、クラスメイトでもある渡里さんの2人で行くこととなった――。



* * * * * *



 夏休みも終わり間近の土曜日。

 柚月さんが入院してから3週間近く経った、この日。 私たちはようやくお見舞いに行けることになった。

 こんなに遅くなってしまった理由は、柚月さんの治療の都合からだった。

 彼女の妹の春奈さんからの話だと、なんでもとても大変な治療だったらしく、副作用とかも出るってことで、とても面会が出来るような状況じゃなかったらしい。

 まあ、それでも治療自体はひとまず終了していて、その後、ある程度経過を見ていたようで……結局面会出来るようになったのがここ数日のことって話だ。


 今日お見舞いに行くって話しは、渡里さんから春奈さんの方に連絡してもらい、今は病院のロビーで春奈さんが出迎えに来てくれるのを待っているところなのである。


「それにしても大きな病院だね? ここ外からは何度か見たことはあるけど、入ったのは初めて。 渡里さんは?」

「私も初めてです。 たいした病気になったことないし……せいぜい街医者にかかるくらいで済んじゃってましたから」

「だよね? 私もそう。 でもほんとすごいよね? コンビニくらいならともかく、まさか病院の中にレストランやカフェ、それに美容室まであるとは思わなかった」


 私と渡里さんは病院に入ってすぐ、建物の案内板を見て診療科目の多さはもちろんだけど、それ以外の施設……まるで小さな町がまるごと入ってるんじゃないか? ってくらいのその充実ぶりに目を見張ってしまったのだった。

 とはいうものの土曜日である今日は、外来の受け付けはやってないようで、待ち合わせの場所である、やたら広いロビーは人影もまばらで閑散としていた。

 おかげで、私たち2人はあまり気を張らず、落ち着いて迎えがくるのを待つことが出来ていた。


「あ、春奈~! ……部長、春奈さんが来てくれました」


 渡里さんの言葉に、彼女が見ているほうを見やると、いい色に日焼けした、活発そうなかわらしい女の子が、手を軽く振りながらこちらに近づいてくるところだった。


「エリ~! お待たせ~」

「ううん、こっちこそごめんなさい。 無理いって面会お願いしたりして」

「そんなこと気にしないでいいよ。 私も便乗してお姉ちゃんに会えるだもん、ありがたいくらい」


 えっ? 妹さんまでそんなに制限されてるのかしら?

 私はその厳しさに、柚月さんの病気の深刻さがうかがい知れるような気がして悲しくなる。 そんなことをつい考えてしまっていると、春奈さんがこちらを見て言う。


「あっ、初めまして! 部長さんですよね? 私、お姉ちゃん……蒼空の妹の春奈っていいます。 お姉ちゃんがいつもお世話に……っていうか、迷惑かけてばっかですみません!」


 春奈さん……、蒼空ちゃんとはあんまり似てないのね。 性格もずいぶん違うようだし、それにお姉さんと違ってしっかりしてそう……。

 

「こちらこそ、無理お願いしてごめんなさい。 合唱部で部長やってる藤村です。 それで、蒼空さんのお見舞い……今日は問題ないかな?」


 お互い挨拶を軽く済ますと、念のため本題の確認をしてみる。


「はい、大丈夫です! お姉ちゃん、お2人に会うのすっごく楽しみにしてるって……お母さんが言ってました」


 お母さんが……か。

 やっぱり春奈さんも直接はなかなか会えないの? いくら携帯でコミュニケーションは出来るとは言っても、家族ですら自由に会えないだなんて……つらいね。


「そう、それなら良かった。 私たちもすごく楽しみにしてたから……。 それじゃ申し訳ないけど、案内よろしくお願いします」

「はい、任せてください! じゃこっちです」


 こうして私たちは春奈さんの案内で蒼空ちゃんの病室へと向うのだった。



* * * * * *



 私たちが案内されたのは病院の中で、無菌病棟っていわれてる場所で、良く見る病室と違いそれぞれの入り口にはしっかりとドアが付けられ、プライベートの確保がきっちりされてるようだった。

 まぁ、それぞれの病室との繋がりを少しでも減らすって意味合いも、あるのかもしれないけど……。


 春奈さんは看護師さんの詰所に立ち寄り、私たちがお見舞いに来たことを告げていた。

 そして二言三言話した後、無事許可が出たのかうれしそうな顔をして廊下で待っている私たちの元に戻ってきた。


「看護師さんにお話も通したんで行きましょう! あ、それとマスクの着用よろしくです」


 春奈さんからマスクを受け取った私たちは、言われるままマスクを付ける。 先ほどの看護師さんもそうだったがここではマスク着用が基本らしい。

 更に、無菌室に入るときは帽子に割烹着みたいなのも着ないとダメだそうで、他にも手の消毒もしなきゃならないとか、履物も替えるだとか……。 どれもこれも、感染症とかを防ぐためには重要なことなんだろう……。

 私は渡里さんと顔を見合わせ、その仰仰しさに驚くほかなかった。

 そして、柚月さんがいかに大変な環境で入院してるのかを身をもって体験することになるのだった。


 いよいよ無菌室に入り、準備スペースで先ほど話しにあったように身支度を整えると、彼女の元へと向う。


「お姉ちゃん、具合どう? エリちゃんと部長さんも来てくれたよ」


 春奈さんがビニールのカーテン越しに、お姉さんである蒼空ちゃんに声をかける。

 ここまできて尚、直接触れ合うことは出来ない。 徹底した感染症対策に感心するほかないけど……こんなの入院してる人にとっては拷問のような状況なんじゃないんだろうか? ほんとに中に入れるのはごく少数の人たちに限られるらしいく、後で春奈さんが寂しそうにそう教えてくれた……。


「あ、春奈。 それにエリちゃんに部長さん! うれしい、来てくれてありがと~!」


 私たちの姿を見て、うれしそうに微笑む彼女。

 それに答え、私たちも笑顔を返す。

 

 そんな姿を見て私は何とも言えない気持ちになる。

 あのキラキラと艶のあったきれいな真っ白い髪は、その艶がなくなり、心なしかぱさつきさえしている。 そして愛くるしいかわいらしい顔も、白い肌とはいえ血色の良かった顔色が、今はほんとに青白く……その体調がまだまだ本調子でないことがうかがい知れる。

 そして何より、その右手の甲に残されたままの点滴用の針から治療の様子が窺われ、痛々しい……。


「こんにちは。 お久しぶりね、柚月さん。 まだ治療中なのに押しかけてきちゃってこめんなさい。 あと、みんなからのお見舞いもあるから受け取ってね」


 私はそう言いながら用意してきた寄せ書きと、CDをカーテン越しに見せる。


「わぁ、寄せ書き? すごぉい、合唱部のみんなが書いてくれたんだぁ?」

「そうよ。 まぁ実は、柚月さんのお友達が寄せ書き贈った話聞いたから、私たちもってなったんだけどね?」

 私はそう言いながら、ペロっと舌を出して軽く笑って見せる。

「あはっ、そうなんだ? でもうれし~。 うん、2つ並べて飾っちゃおっと。 ……それと~、そのCDは……何ですか?」

「ふふ~ん、何だと思う?」


 私がヒラヒラ振って見せるCDを彼女どことか、春奈さんまで釣られてじっと見つめてる。

 CDに釣られて顔が動くさまは、まるで子猫みたいでかわいらしい。


「ん~、たぶん合唱部のみんなのお歌が入ってるんでしょ?」


 あらっ、柚月さんったら……正解。 まさかこんなに早く当てちゃうなんて。

 私は渡里さんと顔を見合わせ、2人して思わず苦笑いを交わした。


「まぁ、つまらない。 柚月さんったら当てるの早すぎよ?」

「そうそう蒼空ちゃん、早いよ」

「ええぇ、当てて怒られちゃうのぉ? そんなぁひどいや~」


 私たちの抗議に彼女は弱弱しいながらも、そう言葉を返すと目を細め笑顔を浮かべる。

 ほんと、楽しそうだ。

 うん、この笑顔を引き出しただけでも今日のお見舞いは成功かな?


 春奈さんの話によると、入院してからの彼女は、ほとんど笑うこともなく……よく泣いたまま眠ってしまったりしてるようだって聞いた。

 治療による副作用で発熱することも多く、また頻繁に輸血や点滴を受けてるんだそうだ。 その影響か、気分がすぐれなくなったり、ひどい時には顔がかなり腫れたりして、相当落ち込んでたときもあったらしい。 そんなの、年頃の女の子にとってみればすごいショックだよ……。


 そんな彼女に、ほんの少しの間とはいえ、笑顔を思い出させてあげることが出来たんだから……。


「ちなみに入ってるのはコンクールで歌う2曲よ。 学校のホールでみんなで合唱したのを熊に収録してもらったの。 だから柚月さん、あなたも練習したとこ忘れちゃだめよ? またみんなと一緒に歌わなきゃいけないんだからね?」


 私は励ますようにそう言った。(言ってからちょっと言い過ぎたかな?って思ってしまったけど……)


 そして案の定……今度は彼女の目には涙がにじんできていた。

 しまったなぁ、寂しさを煽ってしまったか?

 そう思って何か声をかけようと考えてたら、


「部長さん、エリちゃん! ありがとう。 ボク、ボクほんとうれしい。 これいっぱい聞いて……退院したら、きっとまたみんなと一緒に歌う。 歌いたい」


 涙をまぶたにいっぱい溜めながらも、そんなけな気なことをいう彼女……。


「蒼空ちゃん、待ってる……。 だからまた一緒に歌おうね」

「うん! エリちゃん、任せて。 ボク、最近調子良くなってきた気がするもん。 きっとそのうち退院出来たりしちゃうかもしれないよっ」


 柚月さんったら、なんだか調子いいこと言ってるけど、ほんとなんだろうか? 私は彼女の顔色や、その身にまとう雰囲気を見てると、とてもそんな風には思えず、思わず春奈さんの顔を見る。


 春奈さんは寂しそうな顔をして私を見つめかえし、小さく頭を振って私に答えてくれた。


 そっか。 やっぱまだ……。


 彼女もきっと、そんなことはわかってるんだろうけど……。

 これは彼女なりの自分への叱咤激励というものなのかもしれない。 彼女は彼女なりに思うところもあるんだろう。


 私たちはそれに、その心に素直に応じてあげればいいよね。


「ふふっ、ずいぶん張り切っちゃって。 慌てないでいいから、しっかり治療してね。 私たちはあなたが戻ってくるのを楽しみにしてるから」

「お姉ちゃん、良かったね。 これできっちり目標出来たじゃん? 私もしっかりサポートするから。 遠慮しないで何でもいいなよ? この際、パシリでもやっちゃうよ? 私」


 春奈さんったら調子に乗って、また変なことまで言ってるし。


「みんなありがと! ボクこんな病気になんか負けないよ。 見ててね! それと、春奈? パシリやってくれるんなら、ボクがお家帰ってからでお願い。 その時ならい~っぱい、お願いしたいことあるかもしんないからっ」


「ダメだめ~、私のパシリ券は入院中限定だよ? だから有効に、効果的に使ってよね~」


 春奈さん、やっぱずるがしこいな。 やっぱお姉さんとは正反対だよ、おもしろいわ。

 しかし、それにしても蒼空さんがお姉さんって話、こうして2人を側で見れば見るほど、不思議なものだ。 彼女は過去、いったいどれだけの苦難を乗り越えてきたんだろう。


 妹さんより小さく、幼いお姉さん。


 ほんと変わった姉妹。 ……でもいままで見たどんな姉妹より仲がいいとも思う。

 色々あった困難も、姉妹で助け合って乗り越えてきたのかもね。


「も~! 春奈のケチンボ。 こんなとこじゃろくに使うことないのにさぁ?」


 あらあら、まだ言い争ってる。

 うん、ここに来たときから比べたらかなり元気になったよね。


 叶うなら、それがずっと続くといい。

 それこそほんとに退院出来るようになるくらいまで……。


 彼女につらく当たる神様がいるのなら、それとは逆にやさしく癒してくれる神様がいてもいいじゃない?


 私はビニールカーテン越しとはいえ、2人が楽しそうに続ける口ゲンカ? を見つつ――


 そう願わずにはいられなかった……。



暗い展開が続いていますが、読んでいただきありがとうございます。

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