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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
81/124

ep76.心模様

 あの合宿の夜より入院してから、早くも一週間が過ぎようとしていた。


 ボクは、貧血がひどくなってきたこともあり、病院内を移動するときは、歩けるとはいえ車イスに乗せられてる。 そして、その対処で赤血球の輸血とかもされてる。

 その間、お母さんは、ボクへの骨髄移植が可能かどうかを調べるため、血液検査を受けてくれていた。


 ボクの病気、『再生不良性貧血』(aplastic anemia;AA)の治療には主に2つの方法があるみたいで、1つは『骨髄移植』、そしてもう1つが『免疫抑制療法(ATG)』っていうらしい。

 骨髄移植は家族からのものが一番いいらしくって、ボクだとお母さんか春奈ってことになるんだけど、春奈はまだ成人してないからダメなんだそうだ。

 それに家族といえども、そのまま移植出来るわけじゃなくて、やっぱり血液……白血球の型(HLA型ていうの?)が合ってないといけないらしく、そのための検査だったわけなのだ。 春奈はそれを聞いてすごく悔しがってた。


 だけど……検査の結果、お母さんとボクのHLA型は不一致だった。


 ただ正直なところ、あまり残念って気持ちは、わかなかった。

 だって……移植のとき、万に一つでもお母さんにもしものことがあったりなんかしたら? ボクのためにお母さんが傷付いたり、最悪……。


 とにかく、そんなの絶対いやだもん。


 だから春奈の移植ドナーがダメなことも含め、ボクは少しほっとしてしまった。

 病気を治すってことからしたら、そんなこと言ってちゃダメなんだろうけど……こればっかりはボクの気持ちの問題なんだもん。 だからこれで、これでいいんだ……。


 家族以外の骨髄移植になると適合する確率は相当低くなるみたいで、一応骨髄バンクっていうのに登録はするものの、治療はもう1つの方法って聞いてた『免疫抑制療法』でいくってことになった。

 ボク、このままなんにもしないで過ごせば1年後での生存率は、30%ってとこなんだそうだ……。 生存率30%って……言い換えれば、70%の確立でボク、死んじゃうってこと……なんだ。


 ……いやっ!


 ボク……死にたくない。


 がんばって、やっと普通に暮らせるようになったのに。

 お母さんや春奈と、やっと一緒に居られるようになったのに。

 お友だちだっていっぱい出来て、これからいっぱい楽しいことあると……思ってたのに。


 そんなのってないっ!


 死ぬなんて……やだよ……。


 もう1つの治療方法、免疫抑制療法……ATGっていうのがもし上手くいけば、ボクみたいな重症の患者でも、長期にわたる生存率が80%くらい。 ……早くに死んじゃう可能性を20%くらいにまで下げられる可能性もあるんだそうだ。


 どんだけがんばっても、死なないって保障……してもらえないんだ……。


 けど、今はお医者さんを信じて、それを受け入れるしか……ない。


 怖くて、こんな現実から逃げ出したくって仕方ないけど……

 ボクにはそうするより他、もう、どうしようもない……。



* * * * * *



 免疫抑制療法(ATG)は、無菌室ってとこで行なうらしく、そうなると誰とも会えなくなっちゃうらしい。 ATG療法自体は5日くらいで終わるらしいんだけど、その後もしばらくは、そのお部屋からは出られないみたい……。


 「なんでそんなことしなきゃなんないの?」って村井先生に聞いたら、治療中はすべての血球が減少しちゃうからなんだって。

 白血球とかもほとんど無くなっちゃって、そうなると免疫力も落ちちゃうから、色んな病気に感染しやすいそうで……そうならないよう無菌室に入って治療しなきゃいけないんだって。 だから外の人と会うなんて、もってのほかってことらしい。


 ボクは今の状態でも、すでに白血球の数がすごく少ないから、外に出たりすることは禁止されてる。 入院した日以来、血液内科の病棟からは一歩も出させてもらってない。 人と会うときだって、マスク着用が必須なんだもん……。


 それでも、まだ今なら外の人と会うことが出来る……。



 そんなATG療法を明日に控えた今日。

 ちーちゃんが沙希ちゃんを伴って、お見舞いにきてくれた。


 ちなみに病室には春奈が居てくれてて、かいがいしく世話してくれてる。(ほんとなら部活がんばってたはずなのに……) お母さんは、お仕事をいつまでもお休みするわけにもいかず、だから今、ここにはいない……。


「蒼空ちゃん……、お見舞い遅くなっちゃってごめんね?」


 ちーちゃんが、ちょっと固い……ぎこちなさが残る笑顔を見せながら、ボクに話しかけてくれた。

 沙希ちゃんは、あのいつもの怪しいくらい元気な姿は、まるで見る影もなく、ちーちゃんのちょっと後ろで控えめに、うつむいたまま立ちつくしてる。

 ボクはマスクしてて話しづらいけど、かといって取るわけにもいかず……そのままお話しする。


「ううん、そんなことない。 来てくれてとってもうれしい。 ちーちゃん、それに……沙希ちゃん! 来てくれてありがとう。 ……沙希……ちゃん?」


 沙希ちゃん……、なんだかうつむいたまま、なかなかボクの方にきてくれない……。 どうしちゃったの?

 一向に動こうとしない沙希ちゃんに春奈が近づいていき、背中に手をやりながらボクのところまで連れてくる。 ちーちゃんはそんな沙希ちゃんを見て、さみしそうな表情を浮かべた気がする……。


 ……お願い、そんな顔しないで……。 ボク、余計につらくなっちゃう。


「ほら、沙希ちゃん。 なんか言いたいことあるんでしょ?」


 春奈が、なかなかボクと向かい合おうとしない沙希ちゃんに言葉をかける。


「沙希……ちゃん。 あの、大丈夫?」


 そしてボクも、あまりに意気消沈してる沙希ちゃんを見て、逆に心配になって同じように声をかけてしまった。 これじゃ、なんか逆だよ。 


「もう……沙希ちゃん、しっかりして? ボク、沙希ちゃんがそんなだと安心して明日からの治療、できないよ~」


 ボクのその言葉に沙希ちゃんはビクッとし、そしてようやくその顔を上げてくれた。

 その目はちょっと赤くなってて、いっつも笑顔の沙希ちゃんしか見たことなかったボクは、ほんと……悲しくなる。 ボクが沙希ちゃんをそんな顔にさせてしまったかと思うと、胸が苦しくなる……。


 沙希ちゃんはきっと春奈やちーちゃんから、ボクの病状のこと聞いちゃったんだろう。

 少なからず助からない可能性、あることも……。

 やさしい子なんだもん、沙希ちゃんって。 ボクのこと……そんなになるまで心配してくれてるんだよね……ありがとう。


「そ、蒼空ちゃん。 お、お久しぶり。 あの、そのぉ……」


 そこまで言ってまた言葉に詰まる沙希ちゃん。 そしてまたうつむいちゃう。


「ほら~、沙希ちゃん。 なに辛気臭いことになってるの? そんなんじゃお見舞いにならないじゃん。 お姉ちゃんを励ましてくれるんじゃなかったの?」


 春奈がたまらずまた沙希ちゃんに声をかけ、活を入れようとする。


「沙希ちゃん、ボクも沙希ちゃんともっとお話したい……。 もっとこっち来て?」


 ボクはベッドでカラダを起した状態のまま、手を伸ばし沙希ちゃんを呼んだ。 春奈はそれに合わせるかのように沙希ちゃんの背中をトンと押す。

 沙希ちゃんは、それでようやくボクと向き合う気持ちの整理がついたのか、重い足取りながらボクの前まで近づいてきてくれ……そして、差し出したボクの手を取る。


 村井先生が見たら、「外部の人間と軽々しく接触しちゃだめっ」とか言って、怒るかもしんないけど……。

 この先、いつ友だちとこうやって過ごせるようになるかわかんないんだもん。 コレくらい許して欲しい……。


「蒼空ちゃん。 私、春奈に……、また入院したって聞いたときは、その、こういう病気だなんて全然思ってなくて。 言い方悪いけど、いつもの……いつものやつだなんて軽く思っちゃってて。 なのに、こんな……こんな……」


 沙希ちゃんはそう言いながら、手に取ってたボクのちっちゃい手をぎゅっと握ってくれる。


「……そうだ、私、今日は蒼空ちゃんの友達代表として来てるの。 みんなも来たがってたけど、大勢で行っても蒼空ちゃんに負担かかるからって……」


 そう言うと沙希ちゃんは握ってた手を放し、肩から下げてたカバンから何か四角い、ピンク色の薄い包みを取り出した。 ボクは思わず何だろうと見つめてたら、沙希ちゃんがそれをボクに手渡してくれた。


「開けてみて? みんなからの気持ちだよ……」


 沙希ちゃんに言われるままに、手渡されたそのピンク色のかわいい包みを開けてみる。

 それは封書が大きくなったような包装で、浮き彫りみたいな感じでお花の模様が入っててすっごくかわいい。 ボクはその見た目で、もう開ける前から中身の想像はついちゃったけど……ワクワクした気持ちは変わらない。


 開けてみると、やっぱり中から出てきたのは色紙。


「わぁ、寄せ書き? かわいい~」

 

 色紙の真ん中には……これ、ボクの似顔絵だよね?

 白い髪の、かわいらしい髪型した、なによりお目目がぱっちりで、まるで少女マンガかアニメのキャラみたいな絵で……ちょっとかわいく描きすぎじゃない? って気がしないでもないけど。 えへへっ、きっとこの似顔絵描いたの沙希ちゃんだよね。

 その絵の下には大きく、『早く良くなってね!』って似顔絵に負けないくらい大きく書いてある。

 で、それを取り囲むように、みんなのメッセージが色んな大きさや色で、所狭しと書いてあった。

 亜由美ちゃんのきれいな字の几帳面でマジメなメッセージに、優衣ちゃんのちょっと大ざっぱだけど、気持ちのこもったメッセージ。

 男の子たちも書いてくれてる。

 青山くんは見た目と違って、ちまちました字で書かれたやさしいメッセージ。 山下くんはいかにも秀才っぽい、まじめなメッセージ。 高橋くんはもういかにも体育会系って感じの勢いにまかせたメッセージ。

 あ、春奈とちーちゃんもメッセージ書いてくれてる。 いつも会ってる2人だけど……こうやって書いてあるのを見るとまた違った気持ちになっちゃうな……。


 そして、沙希ちゃんの今の気持ちを表した……泣けてきちゃうメッセージ。


 沙希ちゃんったら、優衣ちゃんとはあんまりそりが合わなさそうだったけど、それでもちゃんと一緒に……こんな寄せ書き作ってきてくれたんだ。

 ガッコも違うし、しかも今は夏休み。 普通なら会う機会とかもぜんぜんなかったに違いないのに……。


 きっと春奈と2人、がんばって書いてもらいに行ってたんだろうなぁ?


 案外みんなでカラオケとか、……カラオケとか行ったりしたのかな?


 ボクは不意に、みんなと行ったカラオケのことやプールに行った時のこと、お買い物で着せ替え人形にされちゃったこととか、アタマをよぎる。

 ……そういや初詣で泣いちゃったこともあった……そんな、色々楽しかったころの記憶が次々よみがえってきて……涙があふれ出て止まらなくなってくる。


「沙希ちゃん……あ、ありがとう。 これ、大切にするから……。 それに、それにがんばって、絶対良くなる! ……また沙希ちゃんやみんなと遊びに行けるよう、一生懸命、努力する。 だから……」


 ボクはもう感極まっちゃって、それ以上言葉を続けることができなかった。

 そんなボクの背中をちーちゃんがやさしくさすってくれて、これはこれで、またぐっとくるものがあったりしたけど……。


 だけど、そんなみんなのやさしさに……、くじけかけてた気持ちから、もう一度しっかりがんばってみようって気持ちへと、心を切り替えることが出来た……ような気がする。


「ありがとう、ちーちゃん。 もう大丈夫」


 背中をさすって落ち着かせてくれたちーちゃんは、涙でいっぱいになったボクの目も拭ってくれてて、それに精一杯の笑顔とお礼の言葉で答えた。


「どういたしまして。 ふふっ、元気出たみたいだね? やっぱ蒼空ちゃんはそうでなくちゃね。 沈んだお顔してると、せっかくのかわいらしい顔がもったいないよ」


 ううっ、ちーちゃん何言い出すの~。


「そうそう! 蒼空ちゃんは笑顔が一番かわいいんだから。 あっ、そうだ、一緒に写メ撮ろっ? ね、いいでしょ? 蒼空ちゃん」


 沙希ちゃん、だいぶいつもの調子に戻ってきてくれたかな?

 でも写真かぁ……ボクお風呂も入ってないし、あんまりきれいじゃないかも……。 それにマスクしちゃってるし。


 ボクがそんなことを考え、答えあぐねてると……、


「ほらお姉ちゃん、何考えてんの? せっかくなんだし、みんなで撮りあいっこしようよ!」

 

 春奈も調子出てきたなぁ……でも、まぁ、いっか。


「うん、わかった。 じゃあさ、だったらボクのケータイでも撮ってね?」

「おーけーおーけー! まかせてよ。 いっぱい撮ったげるから」

 

 春奈ったら、調子いいんだから。


 ボクはせっかく写メ撮るんだったらと……、入院生活だと邪魔になるからと、一本結びにして背中から胸の前にまわしてある長い髪を一旦ほどき、沙希ちゃんの髪形を真似て、ツインテールにして、おそろにしてみた。

 沙希ちゃんと違って、今のボクの髪はクセのないストレートだから、そっくりってわけにはいかないけど……沙希ちゃんに手伝ってもらいながら一生懸命仕上げた。

 髪は腰まで延びてて長いから、ちょっとテール、長過ぎかな? ふふっ、なんかアニメの女の子みたいな感じになっちゃったかな?

 それを見て沙希ちゃんったら、すっごくうれしそうにして、写メ撮りまくってた。(こんなことならコス持ってくりゃ良かったなんって、怪しげなこと言ってたのは聞かなかったことにしよう……)


 お洋服まではさすがに手が出ず、患者服で撮ってもらっちゃったけど、それでも3人でいろんな写メをいっぱい撮って、久しぶりに楽しい気分を取り戻すことが出来た。 声を出して笑ったのも久しぶりのような気がする。

 途中で入ってきた看護師さんに、4人一緒で撮ってもらったりもしちゃったし。 ただ、マスク外してるの見られちゃったから、ちょっと渋い顔されちゃったけど……。

 

 ちなみに今よく見てもらってる看護師さんは飯野いいの めぐみさんっていって、歳は23才。 ちーちゃんより1っこ上の、まだまだ若い看護師さんで、だいぶ慣れてきた今は、お友だちみたいな感じがする、気さくで、けど、とっても気の付く人なのだ――。


 最初はしんみりしちゃって、どうなるかと思った沙希ちゃんたちのお見舞いだったけど、最後は楽しい、なごんだ雰囲気になり、ボクも落ち込んだ気分がずいぶん晴れたような気がする。

 あと、帰り際にちーちゃんが爆弾発言。

 伯母さんがそのうちボクの様子見に帰ってくるとか。 ううっ、今度はボクどうなっちゃうんだろ?

 まぁ、でも今回はさすがの伯母さんも無茶できないよね……? なんかいいんだか悪いんだか、よくわかんないけど。



 明日からはいよいよATG療法を受けなきゃなんない。


 無菌室ってとこに入ると基本、外からの人とは簡単には会えなくなっちゃう。 だから今日、沙希ちゃんたちに会えて、ほんとに良かった。

 それにちらっと聞いた話だと、これからする治療には、人によって差はあるものの……副作用とかもあるらしい。


 やっぱほんというとちょっと怖い。


 でも、沙希ちゃんにがんばるって約束したし、お母さんや春奈、それにちーちゃんも一生懸命ボクの面倒をみてくれてる。


 ボクはそんなみんなのためにも、がんばって治療受けなきゃ。


 そして何より自分のため……。


 怖いなんて言ってちゃ治るものも治らない。



 ボクは心のなかで気持ちを引き締め、明日からの治療開始に決意を新たにした……。




 でも。


 やっぱ怖いよぉ……。



創作の中での病気の話しのため、現実と違うとか、矛盾してる、おかしいってところもあるかもしれません。

 今後も至らぬ点も多々出てくるかと思いますが、ご容赦いただればと思います。

 

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