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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
78/124

ep74.三日目は宣告とともに

 深夜にさしかかろうという時間。

 ようやく病院に到着した日向は、ぐっすりと眠り込んでいた蒼空を無理矢理起こし、尚も寝ぼけてぐずる蒼空の腕をとると、引きずるようにして夜間受付の窓口へと足を運んだ。


「夜分にすみません。ご連絡させてもらってる柚月ですが……石渡先生をお願いしたいのですが」

 日向は前もっておおよその来訪時間を石渡に告げてあったため、そう言って取次ぎを願い出た。


「ああ柚月様ですね? お話しは伺っています。石渡先生に連絡しますので、お席に座って少々お待ちいただけますか?」

 受付事務の女性はそういうと、ちらっと蒼空を見て微笑みながら日向に座って待つようにすすめる。

 蒼空はというと受付前の待合席で必死に眠気と戦っているようで、目が自然と閉じるにつれてうなだれたようになり、そのたびに、ハッとして頭をあげる……という動作を繰り返していた。

 日向は蒼空の横に寄り添うように座ると、舟をこいでいる蒼空の頭を撫でる。

 蒼空はまだ自分の置かれている状況をよくわかっていないようで、その頭を日向の肩に預け、本格的に眠る構えを見せようとしている。


「蒼空、ちょっと! 眠らないで。今から診察してもらうんだから目をさましなさい」


 日向はそのまま寝かせてあげたいと思いつつも、寝かさないよう今は青白くなってしまっている、でもやわらかそうな頬をペチペチと手のひらで軽くたたきながら声をかける。

 かわいそうだけど仕方ない。

 そう思いながら声をかけ、肩をゆらし、あの手この手を使ってでも寝かせない日向。


 そんな日向のやさしい攻撃に、かわいらしい白い眉をいびつにしかめ、抵抗しようとする蒼空。


「もう、蒼空! いいかげんになさい。しゃきっとしなさい!」


 とうとうシビレを切らした日向が叱りつけて、蒼空の頭をパシっといい音をたてて叩く。

 叩かれた蒼空はビクッとし、そして日向の肩に預けていた頭を上げ、目をしばたかせながら、きょとんとした顔をして日向を見つめる。


「……んんっ、あ、あれ、お母さん?」

 

 ようやく頭がはっきりし出す蒼空。きょろきょろと辺りを見回し、そしてまた日向を見て言う。


「お、お母さん。ここ、どこ? ボク、お家に帰ったんじゃ……」


 そんな蒼空の言葉に、なんとも言えない、でもちょっと悲しそうな表情を見せる日向。

 そして言葉をかけようとしたとき、


「どうもお待たせしました。夜間とはいえ色々ありまして。遅れてしまい申し訳ありません」

 声をかけてきたのは、深夜もすでに1時になろうかという時間にもかかわらず、いつもどうり飄々とした雰囲気がただよう長身痩躯の医師、石渡だった。 


「蒼空ちゃん、よく寝てたみたいだね? 悪いね、こんな時間に来てもらって」


 寝起き丸出しの蒼空に、優しく笑いながら声をかける石渡。

 現状を理解しきれていなかった蒼空は、石渡の姿、そしてその声を聞き、ようやく自分の置かれている状況を把握しだす。


「い、石渡……先生。あれ? びょ、びょーいん? ボク、病院にきちゃってるの? はぇっ?」


「蒼空、ごめんね? 言ってなかってけど、家には帰らず直接こちらに来てるのよ。それにあなた、すぐ寝ちゃったから言う暇もなかったし……」

 日向はあやまりながらも、めずらしく言い訳がましいことを言う。

 そしてそれをフォローするように言葉を続ける石渡。

「蒼空ちゃん、悪いね。家で一度ゆっくりしたかっただろうけど、私が少しでも早く君を連れて来てってお願いしたからね。お母さんを責めないでやってくれるかな?」


「う、うん……。まぁ、別にいいけど。どうせ来るんだし……」


 二人がかりで言われては、そう強く文句も言えない蒼空なのであった。


「じゃあ、とりあえず問診と、それに採血をするはずだからこちらへどうぞ」


 日向と蒼空は、石渡に連れられ診察室へと向う。

 それにしても寝起きと、もちろん疲れからか蒼空は足元がおぼつかず、終始日向に支えられながらの移動となるのだった。


 

 ううっ、ぼ、ボク、どうなっちゃうんだろ?

 なんでここまで急いで病院にこなきゃなんないの?


 ボクは、ずっと考えないようにしていたいやな想像が現実になってしまいそうな雰囲気に、治まっていた涙がまた出そうになってきて……。

 それでも必死にがまんしながら、お母さんにすがるようにして歩いてる。


 それにしても……なんかいつもと違うとこに向ってる?

 いつもなら2Fに上がったとこにある診察室なのに……。


 あれ、もう着いちゃった?


 2Fへと上がる階段やエレベーターを通り過ぎ、更に通路をすこし進んだところにある初めてくる科の診察室の前に案内されたボクたち。


「ここです。ああ、それと先に言っておきますが、今回は私が担当にはならないと思います。中で待っている別の先生に診てもらうことになるかと思いますので」

 

 石渡先生の思いがけない言葉に、ボクは思わず先生の顔をあおぎ見る。

 先生はそんなボクを見て、言葉をちょっと足してくれる。


「まぁ、とはいっても今までのいきさつもありますからアドバイザーのような立場で、時々顔は見せることになるとは思います。そう心配そうな顔しないで、な? 蒼空ちゃん」


 先生はそう言ってボクの頭をポンッと軽く叩く。


 な、何さ?

 べ、別に先生が居なくたって、ぼ、ボク平気だもん!


 そう思い、ボクはちょっとほっぺを膨らまし先生を軽く睨んでやった。


 ……でも、やっぱ、ちょっと安心してる自分が居た。

 お母さんったら、そんなボク見て笑ってた。ううっ、なんか負けた気分……。


# # #


「どうぞ、こちらにかけてくださいな」


 ボクを迎えてくれたのは華奢な体つきをした、でも大柄な女医さんだった。

 ウェーブをかけた肩より少し長い目の髪を後ろに自然に下ろしてるけど、全体的に無造作な感じで、あんまりおしゃれに気を使ってるようには見えない。細面のお顔はちょっとキビシそうな表情をしてて、目じりとか口元にもそれなりにしわが目立ってきてる。


 たぶんお母さんより年上なのは間違いなさそう。


 ボクは指された丸イスにすわり、ちょっと緊張した表情で女医さんを見た。

 お母さんは、ボクの後ろあたり。そして石渡先生はちょっと離れたところからこちらの様子をうかがってるって感じだ。


「柚月さん、初めまして。こんな時間に来てもらってごめんなさいね?」


 女医さんはそう言って話しを始める。うん、思ったより怖くなさそう?


「私は、村井むらい 美由紀みゆきって言います。『第二血液内科』で医師をやってるの。あなたのことはそこの石渡くんからちゃんと聞かされてるから、安心して任せてくれるとうれしいんだけどなぁ?」

 

 村井って自己紹介してくれた女医さんは、案外気さくな感じでボクに話しかけてくれる。


「は、はい。その、よろしくお願いします」


 ボクはそう言って、とりあえずぺこりとお辞儀する。


「うん。ほんとかわいいわねぇ、うちの娘もこれくらい可愛げがあればいいのに。私も蒼空ちゃんって呼んでいいかしら?」


 この女医さん、いきなり何言いだすの? 第一印象とは全然違う、あまあまぶりじゃない? でもまぁ断る理由もないし、みんなもそう呼んでくれてるんだし……。


「うん、いいです。村井先生」

「まぁ、ありがとう! 蒼空ちゃん。でもほんと、かわいいわぁ……」


 うう、この人、なんか沙希ちゃんの大人版みたいだよぉ……。

 顔のしわ、笑顔とバッチリ一致だよ。あっ、もしかしてこのしわって笑いじわ?

 ボクが思わず、にが笑いしちゃってると、


「はいっ、それじゃちょっと診察しちゃいましょうか? あっ、それと血液検査とかもするから覚悟しといてねぇ? お注射、大丈夫~?」


 むぅ~。もうっ、この先生も、もしかしてボクを子供扱い?


「だ、大丈夫。ボク、注射なんか怖くないです!」


 ついむきになって答えてしまうボク。


「そう、それならいいの。じゃ、ちょっとお洋服……あら、ワンピースなのねぇ……どうしましょう? 脱いでもらうのが一番なんだけどなぁ。 ああ、上のほうだけ下ろせばいいんだからねぇ」


 ボクはことここに来て、村井先生にいいようにあしらわれていたことに気付き、女医さんの経験に愕然とする思いがした。


 そしてボクは村井先生のペースに乗せられ、診察から血液採取までなすすべもなく……っていうか、別に抵抗する必要はそもそもないんだけど……滞りなく済んでしまったのだった。


 なんかまた負けた気分……はうぅ。



* * * * * *



「石渡くん、蒼空ちゃんを診察した所見なんだけど……」


 村井は、さきほど蒼空を相手取っていたときとは打って変わり、真剣な面持ちで語りかける。


「はい。先輩の見立てでもやはり?」


 対する石渡もその表情は硬い。

 その石渡の問いにうなずきながら、村井は続ける。


「まだ血液検査の結果を見てないからはっきりした病名とか、断定はできないけど……。 今すぐ入院してもらって治療を始めないと、まずいことになるかもしれない」

 

 村井はそう言うと、いっそう難しい顔をして考えるそぶりを見せる。


「先輩は何だと考えてるんです? 蒼空ちゃんの病気……」


 石渡の問いにしばし間を置き、そして、考えを告げる村井。

 


 石渡はその答えを聞き、「やはり……」と、あきらめとも悔しさともとれる言葉をはく。

 自分の所見とも一致した、村井の答え。


 あとは血液検査の結果が、二人の所見とは違い、良い方向に出ることを祈るしかなかった。



* * * * * *



「ほら、蒼空。体、拭いてあげるから、いつまでもむくれてないで早くこっちにいらっしゃい」


 日向は診察が終わってからというもの、スジ違いに機嫌が悪い蒼空に手こずりながらも、とりあえずあてがってもらった病室で就寝前の蒼空の身支度を整えてやっていた。

 村井先生にうまくあしらわれてしまったことをまだ根に持っているのだろう。蒼空は、ほんとにまだまだ子供っぽさが抜けない……なかなかに困った娘である。


 なぜこうなっているかといえば、

 血液検査の結果が出るのに1時間以上かかるということもあり、そもそも時間もかなり遅くなってしまっている。

 というわけで、体調の思わしくない蒼空は早々に睡眠をとったほうが良いということで、病室に案内してもらい今に至っているわけである。



「ボク、お風呂……入りたかったなぁ」


 お母さんに呼ばれ、病室の隅に設置されてる洗面台に向かいながら、ボクは未練がましくそう言ってしまう。

 今日は……っていうか、もう昨日になっちゃったけど……。

 色々ありすぎてカラダ、もうベタベタしてすっごく気持ち悪い。お風呂に入りたくってしかたない。髪の毛洗いたいよ~。

 だけどあんだけ鼻血とか出して、しかも止まらない状態が続いちゃったから、お風呂なんて絶対入っちゃダメって厳しくいわれてる。わかってるんだけど……つい、言ってしまう。


「あきらめなさい。また鼻血出ちゃったら困るのは蒼空、あなたなのよ? 今は大人しくお母さんに体を拭かれなさい。わかった?」


「はーい。ごめんなさい……」


 ボクはあきらめてワンピースとキャミソールを脱ぎ、ブラとパンツだけの姿になってお母さんの前に立ち、カラダを拭いてもらう。

 とは言うものの洗面台でお湯とかも出るから、蒸されてあったかいタオルでカラダを拭ってもらうとけっこう気持ちいい。それにお母さんはほんと丁寧に優しく拭ってくれるからすっごく安心できちゃう。

 ボクが気持ち良さそうにしてるのがわかったのか、お母さんも微笑みながらボクのこと見てくれてる。


 ってボクが考えてると、


「蒼空。お母さん、最近あなたともお風呂、全然入ってなかったから気付かなかったけど……。ずいぶん女の子らしい、やわらかな体になってきてたのね? ブラがいるって聞いたときも驚いちゃったけど……。ふふっ、ちゃんと成長してくれてるのね? うれしいわ」


 お、お母さんったら、急に何言いだすんだろ。 なんか春奈と同じようなこと言ってくるし……。


「お母さん、もう! 急に何言ってるの~? は、恥ずかしいよぉ」


 ボクはそう言って抗議した。きっとボクのお顔、真っ赤だ。


「まぁ照れちゃって。かわいいわねぇ、えいっ」


 お母さんったら、ブラ外して胸を拭いてくれてるときに、そう言いながらボクの膨らんできた胸をちょんとつついてきた。 


「お、お母さん! もぅ、春奈みたいなことしないでよ~」


 ボクはまさかお母さんがそんなことするとは思ってなかったから、ほんとビックリしちゃって、ついそう言ってしまった。


「ごめんね、蒼空。お母さん、あなたの成長してる姿見てついうれしくって。でも、何? 春奈とそんなことしてるの?」


「ふぇ? そ、そんなことって……。もう、お母さんったら知らない」


 ボクはお母さんのあんまりな言葉に、そっぽを向いちゃった。


 ――あらあら、蒼空ったらすねちゃって。ちょっといじめすぎちゃったかしら? でも……迎えに行ったときのあの落ち込んだ姿から思えば、ずいぶん元気になってくれたわ。あんな蒼空の姿、見たくないもの。村井先生にも感謝しなくちゃ。


 この後また……ふさぎ込んでしまう結果になってしまうのかも知れないけど……。

 でも、蒼空からこの笑顔がなくなってしまわないよう、なんとかしてあげなきゃ。


 その後、すねた蒼空をなだめながらお湯で蒸したタオルで丁寧に髪を拭ってやり、家から用意してきていた下着、Tシャツとショートパンツに着替えさせ、人心地がつくころには、再び蒼空は眠りに落ちる寸前となっていた。


 なんとか蒼空をベッドに寝かしつけると、日向はようやくゆっくりとした時間を得る。

 時計はすでに3時をまわっている。


 そろそろ血液検査の結果も出ていることだろう。


「ふぅ、もうひと踏ん張り……がんばらなくちゃね」


 日向は、小さくため息をつくと、そう言って蒼空の病室から出て行くのだった。



* * * * * *



 蒼空の診察のために訪れた部屋。日向は再びその部屋を訪れていた。


 日向が来るのを待っていた女医の村井と、一緒にいた石渡医師。

 そして村井医師から伝えられる蒼空の病名……。



「『再生不良性貧血』の疑いがあります。それも……中等症から重症に移りつつあるようです」



 日向はその病名を聞いても、まだはっきりと理解は出来ない。

 しかし二人の医師の様子から、いい方向への想像などとても出来そうにもない。


 さらに村井から告げられる言葉。


「蒼空ちゃんにはこのまま入院してもらい大至急・・・、治療を受けてもらうことになります」


 日向は覚悟はしていたこととはいえ、止め処もない脱力感に襲われてしまうことを防ぎようもなく、近くにあった診察用のベッドに座り込んでしまうのだった。



ちょっと病名のあたりのセリフを修正……。

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