ep71.蒼空の一番長い……二日目
「か、川上さん。 や、やめなって?」
「いいからいいから、こんなシチュ、何もやらないなんてことありえないって」
ペンションの蒼空たちの部屋。
怪しげな会話をしているのは、この合宿でのルームメイトである渡里・川上の2人。
そして川上は部屋の一番奥の隅にあるベッド、そこで眠っている蒼空の寝顔へとその手を伸ばしていく。
蒼空はそのきれいな長い白髪を痛めないよう、緩めの二つ結びにして寝入っていて、ぽかんと開かれた唇から、おだやかな寝息が漏れている。
それにしても昨晩のあの状況でもキッチリ二つ結びにして眠っているあたり、蒼空も女の子の、そしてロングヘアでの生活がごく普通のものになっているのだろう。
川上の手にはティッシュで作られた"コヨリ"、先端は緩めにふわっと仕上げてある。 そのコヨリはそろりそろりと、蒼空のそのかわいらしくツンとした鼻に近づけられていく。
無駄に緊張顔の川上。 そしてもう何も言わない渡里さん。 結局蒼空がどんな反応するのか見てみたいのは一緒のようだ。
ついにコヨリが蒼空の敏感な肌にやさしく触れる。
かすかな刺激に "ひくっ" とするかわいらしい鼻。
さらにちょんちょんとやさしく当てる。
そのたびに "ぴくぴくっ" とひくつく鼻、そして今は閉じられたその目の間、眉間がかるくひそめられ、かわいい顔がほんのわずかゆがむ。
「くぅ~、かわいっ」
声を潜めつつ歓声をあげ、そして思わずほくそ笑む川上。
調子に乗って更に、今度はもう少し強めに撫でるように鼻にあてる。
「ふぁ……」
ついには蒼空のふっくらした桜色の唇から、かわいらしい小さな声が漏れる。
それを見て更にエスカレートする川上。
「くふふふっ! かわいい、かわいすぎる~!」
自らの行為と、それに伴う蒼空の反応に異様に興奮する川上である。
渡里さんはあきれつつ、でもその蒼空のかわいらしい様子に目が離せない。
「くすっ、ま~だ目が覚めないのかぁ~?」
それならばっ! と、容赦なくコヨリ攻撃を続ける川上。
「ほれほれ、ほれっ!」
コヨリの先端はついには蒼空の、そのかわいいツンとした鼻の、そこに開いているかわいらしい二つの空間の一つ……を狙い、その悪魔的な動きをもって的確に攻め立てる。
「こ~しょこしょこしょ!」
もう動きに遠慮などなく、これでもかとばかりに攻め立てる。
「お、起きちゃうって! ねぇ、川上さん」
今さらながら渡里さんが、行き過ぎにもほどがあるその行為を辞めさせようと手を出しかけるが、もう遅い。
「ふぇ、ふ、ふぁ……くちゅんっ!」
とうとうその刺激に耐えかねたのか大きなくしゃみをする蒼空。 そして自分のくしゃみに驚いて、意に反して目を覚ます。
目覚めてすぐ、その赤い目をパチパチとしばたたかせて、ぽかーんとした様子で天井を見つめている……。 何が起こっているのかわからないのと当然寝起きということもあり、放心状態もいいところ。
まぁ当然だろう。
「くぅ~! マジかわいいよぉ、この子ってば!」
そんな蒼空の様子を見てさらに喜びにひたる川上。 渡里さんも注意しながらも、そんな蒼空を見ると頬を緩めずにはおれない。
「くちんっ!」
余韻が残っていたのか、止めとばかりに蒼空がまたくしゃみをする。
そのくしゃみでようやく意識がはっきりしてきたのかごそごそ動き出す蒼空。
そんな蒼空に襲いかかる影。
「かあわいぃ~!」
もちろん川上だ。
「おっはよう! 柚月さん。 もう朝ごはんの時間だよ」
そう言いながら多少育ってきた蒼空の二つの丘の間に顔をうずめる川上。 寝るときブラなんてしない蒼空の、その胸の感触を楽しむ。
――惜しい! これで胸がもう少しあればカンペキなのに。 いや! この子はこの体型だからこそ萌えるんだ、うん。
抱きつき顔をうずめながら、なんとも失礼なことを考えている川上。
「はぇ? か、川上さん……。 な、なに? なんなの?」
ようやく状況を把握しだす蒼空。
なに? 何これ? 何が起こってるの?
何で川上さんがボクのベッドの上でって……ううっ!
「か、川上さん! ど、どこに乗って、っていうか顔を胸にこすりつけないで~!」
なんでボクの周りはこんな子ばかりなの~?
そう思わずにはいられない蒼空なのであった。
# # #
朝食を3人で済ませたあと(朝は決められた時間内であればいつ行ってもいいのだ)、練習前の貴重な時間。 ボクは歯磨きとみだしなみを整えるために洗面所で格闘中だ。
川上さんは朝風呂に行くっていって出て行った。 ボクも誘われたけどやめといた。
やっぱ多少疲れが残っててだるいし(それにお風呂って案外体力使うし)、なによりさっきのこともあるし……。
エリちゃんもパスしてたから、ちょっとかわいそうな気もするけど……同情なんてしないもんね。
「んんっ?」
鏡とにらめっこしながら歯磨きしててなにげに口周り見たら、なんか妙に赤い……。
歯ブラシを見ると、
「はぅ……歯ブラシまっ赤ぁ」
いやだなぁ……。 また歯の周りから血、でちゃってる。
最近疲れからなのか? よく血がでちゃう。 ちょっと出ただけでも派手に赤くなっちゃうからいやなんだよね……もう。
仕方ないから、うがいを入念にしてなるべく血を洗い流す。
うーん、まだ止まってない気もするけどキリないし……。 ああ、口の中鉄の味がするぅ。
ボクはそう思いつつ、二つ結びにしてた髪を昨日と違ってポニーテールにまとめる。 今日は色々動かなきゃいけないだろうし、昨日みたいに後ろに流して下ろしてると、さすがに鬱陶しそうだもんね。
ちょっといつもより高めで束ねた髪をヘアゴムでくくってピンクのシュシュでかわいく仕上げる。
また鏡とにらめっこする、ボク。
考えてみるとこの姿になって、目が覚めてからもう2年。
この顔自体は……その、認めるのはちょっと微妙なんだけど、前の……男の子のときとあんまり変わってない……から、違和感は少なかった。
まぁ、その分カラダのほうは正反対になっちゃって苦労しちゃってるけど。 おまけに……先天性白皮症だなんてさ。 この見た目でどれだけ奇異の目で見られてきたことか。
まぁそれ以上にかわいがってくれる人たちもいるから、そう悲観するものでもないけど。
でも……ボクの目が見る世界は全てがぼやけ、にじんでる。
違う。
そんなことは些細なことなんだ。(いやまぁ、それも大事だけど)
それより……、
ボクが。
ボク自身が、鏡に写る自分を見るようにぼやけた存在なんだ。
男なんだか女なんだかハッキリしない、中途半端な存在……。
これはボクがボクである限り一生変わることがない……一生背負っていかなきゃならないこと。 死ぬまで変わることはないんだ。
どんなにこのカラダに、女の子として暮らすことに慣れたって、本質は変わらない……はず。
ボク……どんな大人になるんだろ?
想像できないよ……。
『コンコン』
「蒼空ちゃん、大丈夫?」
はっ! いけない……久しぶりにやってしまった。
どれくらい考えこんじゃってたんだろ? エリちゃんが心配して呼びかけてくれるくらいなんだから結構時間とっちゃってるのかな?
「ご、ごめんねエリちゃん! もう終わったから」
はぁ、やれやれだ。 朝からこんな気分になっちゃうなんて……。
せっかくの合宿、もっと楽しまなきゃ!
ボクは洗面用具をまとめ、急いで洗面所から出ていくのだった。
* * * * * *
「お母さん、お姉ちゃんからのメールに気になること書いてあるんだけど」
春奈は朝食をとりながら日向に報告する。
「ん? 蒼空ったら何て書いてきたの?」
日向がちょっと眉をひそめながら聞き返す。
「うん、あのねぇ歯を磨いてて血が出ちゃって、口の中苦くって困ったとか……軽く書いてるんだけど。 あと相部屋の子のグチとか。 これはまぁ、いつものことだけど……とりあえず、また無理して疲れたまってるんじゃないの? って返しといたけど」
ほんと弱っちいよね、と言い苦笑いつつ、携帯を日向に見せる。
日向は携帯を見て、妙に考えこむそぶりを見せている。
「お母さん?」
いぶかしんだ春奈が日向に問う。
「えっ、ああ、そうね。 蒼空ったら、困ったものね。 相変わらず無理しちゃってるんじゃないかしら? 帰ってきたらまたお説教ね」
そう言いつつも見せる表情はいつもと変わらぬ笑顔であり、それを見てどことなく不安だった気持ちもやわらぐ春奈。
「ふふっ、そうだよね。 ああっ、かわいそうなお姉ちゃん。 叱られてしゅんとなってる姿が目に浮かんじゃうよ」
そう言う春奈と目を合わせる日向。
そして2人は微笑み合うのだった。
* * * * * *
2日目は合宿本命の日。
この日は朝から部長さんを筆頭にみんなやる気満々で、Tシャツにジャージっていう、動きやすいカッコで練習にのぞんでる。
ガッコでの練習と同様、筋トレから始まったんだけど、ここでいきなりケチがついちゃう。 ここんとこのなかなか抜けない疲れのせいか、筋力が必要なやつはいつもより回数が伸びない。 まぁ、元々たいして出来るわけじゃないけど……。
とりあえずここで無理しても意味ないのでほどほどで済ます。(ほんとはこれこそ大事なのかもしれないけど)
でもその分、柔軟とか力入れてやったんだからね。
続く発声練習。
普段の教室での練習と違い、キレイなホールでの練習はすっごく気分が乗っちゃう。 みんなもおんなじみたいで、向井先生が弾くピアノに合わせての練習にも自然と力が入っちゃう。
ハミングひとつとっても色んな発声のやり方とかあって、それぞれ音も違ってくる。 発声にだって色んな和音、色んなリズム、たくさんあってそれをピアノに合わせ声に出す。
その度に部屋にこだまするみんなの声とピアノの音。
ボクにとっては基礎練習だって楽しいことの一つだ。
そんなの退屈なだけって言う人もいるかもしれないけど……。 ボクは今こうしていられるだけでもすっごく楽しい!
友だちと一緒に何かが出来るって、それだけでも幸せなことだと……ボクは思う。
筋トレ、発声練習をこなしたところで課題曲の練習に入る。
各パートとも、音とりとかは一通り夏休みの練習中にもやってたとはいえ、まだまだこれからなのだ。
自由曲もそうだけど、慣れないうちアルトパートは、主旋律のソプラノパートにどうしても引っ張られちゃうからアルトの子たちって大変。 エリちゃんや川上さんもすっごく真剣に練習に取り組んでる。 川上さんなんて朝の様子がウソのようだよ。
ボクも楽譜とかまだまだ読むのに苦労しちゃうけど、とりあえずはカラダで覚えろとばかりに、大野先輩のキーボード(ここにもちゃんと機器が揃ってた、他にもいろんな楽器があるみたい)に合わせ繰り返し歌う。
そうは言ってもちゃんと楽譜も見て、注意されたとこなんかはそこに書き込んでいく。 当然ボクのは書き込みだらけだ……。(ちなみにボク用に譜面を大きくして印刷したものを用意してくれてるのだ。 人よりページがかさんじゃうけど、そんなの些細なことだよね。 向井先生に感謝だ)
パート錬はまずみんなで歌ってみて、その中で出来てない子は、1人みんなの前で歌わされちゃうからボクなんか恰好のエジキ。 出来の悪さを発揮しちゃう。 うーん、足引っ張らないよがんばらなきゃ!
それにしても各パートごとみんな一生懸命練習してて、ホールにはいろんな音と女の子の声が交じり合ってにぎやかだ。
そんな中サプライズ!
ペンションのオーナーの奥さん、静流さんがワゴンに紅茶と……ケーキ!を載せてホールに現れたの!
「みなさん練習、精が出ますね~! でもちょっと休憩いかがですか? お茶とケーキ用意しましたから」
静流さんがねぎらいの言葉とともに休憩を勧めてくれる。
それに熊先生が対応、
「これはどうも! いつもながらありがとうございます。 よし、藤村くん! 時間もちょうどいいし休憩としよう。 せっかく用意していただいたんだ、みんなでいただこう」
みんなから歓声があがる。
もちろんボクもその内の1人。 だってケーキ……いちごショートもあるんだもん。 あれは絶対キープしなきゃ。
壁際に重ねるようにして置いてあったイスをそれぞれが持ち出し、自然とパートごと、円を描くようにしてグループを作って座る。
テーブルは静流さんが小ぶりな丸テーブルを3つ用意してくれて、そこに紅茶とケーキを置く。 もちろんボクはキッチリ、いちごショートをゲットした! まぁ白状すると、いちごショートがお気に入りだって知ってた、エリちゃんがキープしてくれたんだけど。
うーん、ほのかに甘い生クリームにふんわりしたスポンジケーキ、そこにいちごの酸味がほどよく合わさって、まさに格別な味わい。 疲れたカラダ、すっごく癒されるよ~♪
「それにしても柚月さんったら、すっごく幸せそうな顔してケーキ食べるね?」
みんなでテーブルを囲んで、さっきまでの練習のことをお話ししつつケーキ食べてたら、部長さんがそんなこと言ってきた。
で、それにすぐ切り返したのは辻先輩だ。
「部長、そりゃそうですよ。 姫っちはまだまだお子様ですからね、気持ちがすぐ表情に出ちゃうんですよ~!」
な、何それぇ、おいしいって思う気持ちに年齢なんて関係ないじゃんか~!
「先輩ひどい~! ボク普通においしいから、おいしそうな表情しただけですっ!」
そう言ってボクはふて腐れ、ほっぺを膨らませる。
「ほら、それそれ! そんな顔するのがそもそもお子様だっていうの」
ボクの反論に更にツッコミを入れてくる辻先輩。
「はぅ」
そう言われ、慌てて両手を添えて口元を覆うボク。
でも悔しいから、目で辻先輩をにらみつけてみる。
『カシャリ』
すかさず響く、ケータイのシャッター音。
な、何? なんなの?
戸惑うボクが目にしたのは、いつの間にかケータイを手に持つ辻先輩の姿。 そして今のボクの顔を写メに収めたみたい。
「いいじゃん、いいじゃん。 今の上目使いのひとにらみ。 サイコーにかわいかったよ? これ新聞部にでも投稿すりゃ謝礼とかいいのもらえそう♪」
辻先輩ったら満面の笑みでそんなことを言ってくる。
ボクもう脱力するしかない……。
なんか辻先輩相手にむきになってもしょうがないって気持ちになってきちゃった。 あはっ、今さらか……な?
「はぁ……もういいです。 なんか色々疲れちゃいました」
ボクはそう言いって思いっきり脱力したしぐさを見せる。
そんなボクたちのやり取りに、最初のキッカケを作った部長さんが入ってくる。
「ほらほら、辻さん。 それくらいにしときなさい。 あまり柚月さんいじめちゃだめよ、もう。 柚月さんも、いちいち辻さんの言うことに反応しなくていいんだから。 軽く流しちゃいなさい」
部長さんはそう言ってボクたちのやり取りを終わらせる。
辻先輩は更に何か言いたそうだったけど、部長さんのひとにらみでその口に出そうとした言葉を引っ込めた。
ちえっ、ボクがにらんだときとずいぶん違うよ……ふん。
* * * * * *
そんなことをしつつ、厳しくも楽しい合宿のときは過ぎていく。
オーナーシェフ自慢のお昼ごはんを食べ、昼からの練習。
休憩を挟みながらとはいえ、朝からずっと練習してると疲れもそれなりにたまってくる。
特に最近は筋トレがはかどらないから余計だ。
適当なところで切り上げさせてもうらおう。 途中で抜けちゃうのは残念だけどそれで倒れちゃったら元も子もないもん。
もちろんこの辺のことは先生方や部長さんも承知のことだから、あとはボクの判断で抜ければOKなんだけど……。
パート練をある程度こなしたところで、他のパートと合わせ、はもりを意識した練習とかもする。 他のパートの音が入ってくると、同じことをしててもなかなかうまく出来なくなってしまう……まだまだ身についてないことを実感。
アルトパートのエリちゃんたちはほんと大変なんだろな? そう思いつつ、自分もけっこう色々と……ギリギリだ。
もう少しで休憩時間、ボクはそれで早めの終了とさせてもらおうと思ってた矢先のことだった。
ん? なんかノドに鼻から流れ込んでくる?
「ゆ、柚月さん! ちょ、ちょっと大変!」
いつも冷静な部長さんが、慌てた口調でボクに向って言う。
何なんだろう? と思って、部長さんの方を見ようと顔を動かした、その時。
ポタポタっと床に落ちた何か。
何? 確認しようと今度はうつむいたところで更にボタボタっと落ちる。
えっ? 血?
「柚月さん! 鼻血。 鼻血が出てるの! ちょっとそのまま、うつむいた姿勢でいてね」
藤村部長がボクにそう言うと慌しく動き出す。
周りのみんなはどうしたの? と、不安と好奇心の入り混じった目でボクの方に集まってくる。
鼻血?
ノドに流れこんでくる暖かなもの。 そのせいで微妙に吐き気までもよおしてくる。
でもただの鼻血だ。
ボクはそう思いつつ……なんともいい様のない不安にかられていった。
引っ張ってすみません。
なかなかうまくまとめられません。