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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
73/124

ep69.はじまりの一日目

 バスがガッコを出て1時間ほど経ち、ボクたちの住む街がはるか遠くとなったころ。


 それくらい時間が経つと、出発時の車内の騒々しさも一段落ついた感じとなり、それなりにグループも分かれ、それぞれが思い思いの楽しみ方をするようになってたりする。


 バスは、すでに高速道路に乗り順調に目的地に向って進んでる。

 そして……バス旅行を楽しみにしていたはずのボクは、情けないことにその周りが落ち着いていくのに合わせるかのように、いつしか眠りの世界へと誘われてしまってた。


 朝早かったし、それにやっぱ緊張してたし……仕方ないよね?


 で、そんなボクは先輩たちの格好の餌食。

 寝入ってしまったボクは、お家でお母さんにだらしないと叱られてる、まさにそのままの顔……ぽかんと口をあけ、無防備にもその先輩たちの前にその寝顔をさらしてしまっていたわけで――。



「んー、やっぱこの子かわいいよね~。 これで私たちと同い年だなんて信じらんないよ」


 そう言いながらそんな蒼空の寝顔に顔を寄せ、一緒に写メを撮ってもらってるいるのは、5年の辻 菜々美。 そして撮っているほうがソプラノパートのリーダーである大野 直美である。

 2人は同じ5年生で合唱部の中ではいつも一緒にいる仲だ。 ぽっちゃりしてかわいらしい活発な辻に対して、大野はどちらかというとやせ気味で、それでいて背は辻よりも5cmほど高いが、おっとりとした人の良さそうな雰囲気の持ち主だ。

 普段、蒼空・渡里ペアを凸凹コンビと言ってはばからない辻ではあるが、実際は自分たちもある意味人のことは言えないのである。


「だよね。 どう見たって中学に上がったばっかの女の子って感じだもんね」

 大野はそう言いながら、今度は自分が蒼空の隣りにたち同じように写メを撮ってもらう。


「その白い髪なんかぜったい反則だし……キラキラして透き通るようにキレイでさぁ。 なんか日本人じゃないみたいだもんね。 目つむっちゃってて残念だけど、赤い目ってのもポイント高いし。 なんかこう……物語の主人公って感じじゃない?」

 蒼空が寝てるのをいいことに、写メを撮りながら普段ならさすがに遠慮して言えないことまでつい口に出す辻。

「うんうん! 初めて見たときなんか、こんな子、ほんと居ていいの? なんて思っちゃたもん」

 大野がそれに同意し、2人の話しを聞いていた周りの子たちまで「そうだよね~」と相槌をうちだし、あまつさえ蒼空の寝姿を代わる代わる写メに撮り始める。


 そんな先輩たちの様子をちょっと苦々しく見てる渡里さん。

 彼女も蒼空の姿には並々ならないものを感じてはいるものの、さすがに先輩たちのようにおおっぴらに口に出してなんか言えない。 言えるわけない。 何しろ蒼空は大事な友だちだ。 蒼空が嫌がるかもしれないことなんか絶対口にしないし、やらない。


 調子に乗っている5年生たちであったが、しかしいつまでもそのままで居られるわけもなく、その終わりはすぐ訪れた。


「ちょっとあなたたち。 寝てる柚月さん相手にいつまでも何やってるの! ちょっと写メ撮るくらいならって……黙って見てれば、ほんとにもうっ」


 部長の藤村が呆れた顔をして、バスの後ろにあるサロン席から前の方に向って来ながら注意する。 最上級生である6年生は当然のごとく、バスのサロン席を占有しているわけで、その席の中央に設置されたテーブルの上には所狭しとお菓子や飲み物が並んでいるのであった。


 そんな特等席から、目に余る5年生の所業の注意に赴かざるおえない藤村は、内心ため息をつく。

 ――まったく、何回同じこと言わせるかな。

 そりゃ彼女がかわいらしくって、かまいたくなる気持ちはわからないでも……ないけど。 ウチ(合唱部)に入って、もう3ヶ月になろうかっていうのに未だにこれじゃ。


「ほらほら、みんな席に戻って。 だいたい走ってるバスの中でウロウロしないの! 危ないでしょう。 辻さん、あなたももうちょっと落ち着いてくれない? お願いだから」


 注意しながらも頭痛がしてきそうな藤村なのであった。

 顧問のシホちゃんと熊は、生徒同士のことに余計な口出しする気はないようで笑いながらこっち見てる。


「はーい、すみません部長。 以後気をつけま〜す!」


 そう言いながら舌をぺろっと出しながらも満足げに席に戻る辻と……その仲間たち。


 藤村はそれをやれやれといった表情で見送り、そして渡里さんのほうを見る。

「ごめんね、騒がせちゃって。 まったく困った子たちなんだから」

 そう言葉をかけつつ騒動の中心、蒼空を見る。

「まっ、みんなが騒ぐのもわかるけど……。 それにしてもよく眠る子ね? 柚月さん」


 渡里さんに笑顔を見せ、あの騒ぎでも起きることなく気持ちよさそうに眠る蒼空の頭をそっとひと撫ですると、自分も席に戻る藤村。 とことん子供扱いされることに変わりない蒼空である。


 結局、渡里さんは終始呆気にとられ、ただ佇んでいるだけに終わり、蒼空が目覚めたのはその後、食事のため高速道路のSAサービスエリアへとバスが入ってからのこととなる。


 楽しみの一つだったバス旅行のはずなのに……なにやってるんだか? 蒼空。



* * * * * *



 昼食後のちょっとした自由時間。

 バスの中での騒動などつゆ知らないボクは、終始ご機嫌な気分で自由時間を過ごしてる。


「このソフトクリーム、ふわっとして優しい甘さで、すっごくおいしいね!」


 ボクはコーンの上に、これでもかってくらいうずを巻くように高く盛られたソフトクリームを、小さい口と舌で一生懸命食べながら、隣で一緒に食べてるエリちゃんに声をかけた。


「ええ、ほんとおいしいね!」

 ボクの問いに笑顔でそう答えてくれるエリちゃん。 そして更に笑顔を深め、

「蒼空ちゃん、お口の周りにいっぱいクリームついちゃってるよ?」

 ボクの口周りを指して笑いながら、そう教えてくれる。


「えっ、そう? ありがとエリちゃん」


 でもさ、ボクの小さな口にこのソフト、大きすぎなんだもん。 つけないで食べるほうが難しいよね? そう思いながらボクは口の周りについてるクリームを舐めとろうと、舌を出し唇まわりをさぐる。 お母さんに見られたらお行儀悪いって叱られちゃうかな?


 まぁ当然のことながらほとんどとれなくて、見かねたエリちゃんがお店にあった紙ナフキンをとってボクに渡してくれる。


 ほんと、ご面倒おかけしてすみませんです。


# # #


 SAのレストランでお食事を済ませたあと、みんな買い食いやお店の探索を楽しんだところで、再びバスに乗り込み目的地へと向うボクたち合唱部一行。


 合宿するのは長野の高原にある避暑地に建つペンションで、オーナーさんと熊先生は知り合いらしく最近行われた合唱部の合宿はいつもそこでやってるみたい。 なにげに顔が広いよね? 熊先生って。 しょっちゅう出張行っててガッコにもあんまりいないし……いったいなにやってるんだろ?


 走り出したバスの中、先輩たちはカラオケをはじめ出し、バスの中はしばし女の子のかわいい声が響き渡る……というより、どっちかといえば騒々しい空間へと変わっていった。

 今はやりの大人数で歌う女性アイドルグループ? の歌とか、いくらみんな歌が上手な人たちばかりとはいえ……狭い車内で自己主張を思いっきりしながら歌えば、そうなっちゃうよね。

 そんな中に入りきれない4年生は、そんな先輩たちを半ば呆れたように見ながら、でもその雰囲気は楽しく……結局4時間弱かかったバスでの旅はあっという間に終わりを向えた。



* * * * * *



 駐車場に止まったバスから次々降りるみんな。

 到着間際には、また居眠りしてたボクも身支度を整え、エリちゃんと一緒に外へと出る。


「うわぁ、涼しい~! やっぱ街の気温と全然違うね」

「ほんとだね!」

 バスから降り立ったとたん、その気候の違いに驚くボクとエリちゃん。

 ほかのみんなも口々にそんなこと言ってる。


「柚月くん、この辺りの気温は真夏でも25度を下回る日がほとんどなんだ。 ここじゃ夏にエアコンなんか付ける必要ないくらいなんだよ」

 ボクのなにげない言葉を聞きつけた熊先生が、突然そんなウンチクをボクに・・・たれる。

 ううっ、すでに何回か練習で顔合わせしてるし、パート決めもしてもらったやさしい先生(見た目は熊だけど)なんだけど……やっぱ男の人って、未だにちょっとひいてしまう。


「そ、そうなんですか? エアコン要らずだなんて、す、すごいですね!」

 とりあえず無難に返したボク。

「うん。 だけどまぁ、実際は無しってわけにはいかないときもあるから、設備としてはキッチリあるんだけどな」

 なんだか熊ったらここのオーナーさんみたいだ。 ボク、思わず頬がゆるんじゃって、それを見た熊ったら、

「おっ、君もボクにそんな顔出来るじゃないか? これからの合宿もぜひそれでお願いしたいもんだ」

「ふぇ? は、はい……」

 なんか悔しい。 いいようにあしらわれちゃった気がする……。


 そんな話をしつつも駐車場からちょっと上のほう見ると、樹のかげから垣間見えるペンション。 洋館風、木造2階建てのキレイな建物だ。


 すっごい! なんかわくわくする。


 ボクはそんな気持ちを糧に、ペンションまでの軽い登り坂、お泊りセット入りの重いボストンバッグを引きずりながらも、あと少しがんばろうとなんとか気持ちを引き締めた。

 

 まぁ、たかだか20mもない距離なんだけど……ほんと疲れやすくっていやになる。


# # #


「こんにちは! 山中です。 今年もお世話になりにきました」

 樹に囲まれた道を登りきった先、ペンションのエントランスにたどり着いて中に入るなり、熊先生が受け付けのカウンターから大きな声をあげて呼びかける。

 その声に向井先生をはじめ、みんなあきれた顔で熊先生を見る。


 熊はなにくわぬ顔。

 もう、勘弁してよこの野生動物っ。 ボク、耳がつぶれちゃうかと思ったじゃない。


「はいはい、すみません! おまたせ……」


 大声に慌てたふうに出てきた女の人。

 見た感じお母さんと同じかちょっと若いかも? 長い髪を後ろで一本結びにした、すっごく優しそうな感じのする人で、それだけでもここに来て良かったなんて思えちゃう。

 その人は熊先生に気付き、その顔を見るなり懐かしそうに言う。


「あら、山中先生! 大きな声で誰が呼んでるのかと思ったら……」


 そして今度はボクたちの方を向き優しそうな笑顔で言う。

「ようこそ、ペンション『月の雫』へ。 みなさんに楽しんでもらえるよう、がんばらせていただきますのでよろしくお願いしますね」


「いえいえ、こちらこそまたお世話になります。 今年も騒がしくなると思いますがよろしくお願いします」


 熊のその言葉に、慌ててボクたちも挨拶する。


「「「よろしくお願いしまーす!」」」


 挨拶するボクたちを見てその女の人ったら、ふと気付いたように……さりげなくとんでもないこと言ってくれちゃった。


「あら、今年はずいぶんとかわいらしい女の子が一緒なのねぇ? どなたかの妹さんかな? ま、まさか山中先生のお子さんとか?」



 その言葉に、場の空気が一瞬で "シーン" と凍りついた。



# # #


 どうやら女の人はここのオーナーさんの奥さんみたいで、名前は香月かつき 静流しずるさんっていうらしい。 ちなみにオーナーさんはシェフをしてて、その人と熊先生が旧知の仲だそうだ。 ……まぁそれはどうでもいいことだけど。


 あのあとすぐ向井先生からボクのことを聞かされた奥さんは、ボクにすごく申し訳なさそうに謝りにきてくれた。 あの時はすっごくむくれちゃったボクだったけど、


 奥さんに悪気がないのはわかってたし、

 見た目みんなより頭1つ以上小さいボクが、

 高校生に見られないのもいつものことだし、

 私服だし、

 要は結局いつものことだし……。


「気にしないでいいです」って言いつつ笑顔を見せ、すぐ仲直りした。

 その後はいつものパターン一直線だった。 もう言わないけど……。


 部屋割りはすでに決められてて、3人で1部屋ってことになってる。 合唱部は18人だから6部屋使うってことだね。 他に先生たちの泊まるお部屋も必要だから、全部で8部屋使っちゃうことになる。

 そんなにおっきなペンションでもないから、要はこの3日間はボクたちで貸し切りってことなのだ! 

 ボクはエリちゃんと、もう1人の4年生の子の3人でお部屋をもらった。

 その子とは今まであまりお話しする機会なかったから、これを機に仲良くなっちゃおっと。


 

 部屋に荷物を置いたボクたちは、このペンションの売りの1つである、小ぶりだけど設備の整ったホールに集合した。 小ぶりといっても18人程度なら楽に入れるホールは、きれいな木目の板張りの床に、防音の行き届いた壁、天井は2階まで吹き抜けになってて、もちろんグランドピアノもあって……。

 こんなトコで毎日練習したら、気持ちよくってそりゃうまくなるだろうなぁ? と思えるような場所だった。

 そんなところで軽くガッコでやった自由曲の通し練習をした。 ピアノを弾くのは向井先生。 そして……指揮は熊。

 ほんとならピアノは吹奏楽部の子に弾いてもらうんだけど、今回は合宿に参加できないってことで先生が弾いてる。 まぁ普段もけっこうそのパターンが多くて、あまりキッチリ合わせたことないからちょっと不安材料だ。

 部長さんもそのことではよくブツブツ言ってるのを聞いちゃってるし。

 もう向井先生に弾いてもらえばいいのに……なんてボクは思っちゃうけど。 そう簡単なことでもないのかな?


 時間もないからほんとに軽く流し、あとはついさっきの練習から、今回の合宿の課題を見つけたり……。

 そして今も明日からの練習についてミーティングをしてる最中だ。


 この後は部屋に戻って、お風呂。 小さいながらも温泉があるんだって。 それに露天風呂とかも。 温泉なんていつ以来だろ? もう覚えてないや……。

 お風呂はちょっと身の危険感じちゃうけど。 辻先輩たちと一緒になりさえしなけりゃ……大丈夫だと思うんだ、うん。


 お食事食べたら、そのあとは自由時間! まだまだ楽しいこといっぱいだ。

 

 ボク最後まで起きてられる自信まーったくないけど。 一緒にいるだけでも楽しいし、楽しみでしょうがない。


 あっ、そうだ。 お母さんと春奈に無事着いたってメール入れなきゃ!

 でないと後で何言われるかわかったもんじゃないもん。

 これ以上、お母さんに心配かけたくないしね。


 ボクはミーティングでお話ししてる藤村部長の言葉を聞きながらも、そんなことを考え……1人ニヤニヤとあやしく笑っているのだった。


 そんなボクの横で、エリちゃんが不思議そうに、そしてちょっといぶかしげな顔をしてボクのことを見ていたことなんて……ボクは知る由もなかった。



なかなか短く収められず、中途半端なところで次回へと……

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