ep67.蒼空vs日向?
「だって、その日は合宿……」
ボクは思わず言葉を失ってしまった。
お母さんのお話は唐突だった。
どうやら今日、病院のほうからお母さんに来て欲しいって連絡があったみたいで、急遽話しを聞きに病院へ行ってたらしい。
そこでボクの体の検査。脳移植をしてから一定の時間が経ち、その後の経過がどうなっているか精密検査を行ないたいって話しをされたらしい……。
今回はかなり本格的にやるみたいで検査入院しなきゃいけないみたい。
「ボクいやだよっ! せっかくみんなと合宿行くの楽しみにしてたのに……そんな、勝手だよ」
検査入院の日は最悪なことに合宿の日と重なっちゃってた。
だいたい、なんで今さら……もう退院してから1年以上経つっていうのにさっ!
「蒼空。気持ちはわかるけど聞き分けてちょうだい? 病院のほうも色々検査のための準備や日程の調整が必要で、その日が一番いいそうなの。病室ももう押さえてもらってるみたいだし。……それにお母さんも手術の予後がなんともないか、調べてもらうのはいいことだと思うわ?」
お母さんがなんとかボクにわからせようと色々言ってくるけど……、そんなの納得できるわけない。
「いやなものはいやなの! ボク絶対合宿行くもん。検査の日をずらしてもらうようにお願いしてよ? ねっ、お母さん」
ボクはお母さんにすがるような目をしてそういった。
お母さんはかすかに迷ったような表情をしたけど……それでも、
「蒼空! いい加減にしなさい。合宿に行きたい気持ちはお母さんもよーくわかってる。出来ることならお母さんだって行かせてやりたいと思う。だからこの間だって行っていいって許可もしてあげたでしょ?」
ちょっと厳しい目でボクを見ながらそう話すお母さん。ボクはちょっと怯んでしまう。
「蒼空の合宿の日に検査の日が重なってしまったのは残念だと思うけど。合宿と検査、どちらを選ぶかといえばお母さん、検査を選ぶわ。これは蒼空、あなたの体のことなのよ?」
「ううっ、そ、それはそうだけど……」
ボクはお母さんの言葉に、さっきまでの勢いが削がれそうになってしまう。
だけど……、だからって……。
「でも! 別にそんな急に検査しなくたって……、別に悪いとこなんてないもん! そ、そりゃすぐ熱だしたりしちゃうけど……ボクにも、ボクにだって都合あるのに!」
ボクは合宿に行けなくなるのがいやで必死にお母さんに抗議した。
せっかく、ようやくガッコでの生活にも慣れ、友だちも出来てきて……初めての夏休み。初めてのクラブ活動。みんなとの合宿。ほんと、楽しみにしてたのに。
それが……降って湧いたかのような検査なんかのために行けなくなるなんて。
そんなの絶対やだっ!
「ボク、絶対合宿行く! 病院の都合なんてボク関係ないもん。お母さんなんて知らないっ!」
ボクはついカーっとなり、悔しさに涙目になりながら……そんな言葉をお母さんに言ってしまう。
そしていたたまれなくなったボクは、リビングから逃げるように今自分に出来る一番の速さでもって自分の部屋に戻った。途中、勢い余って一度転んじゃったけど。
そして……、閉じこもった。
――そんな蒼空の様子に呆気にとられ、転んだ蒼空を思わず心配しつつも……つい見送ってしまった日向。
日向は正直驚いていた。
あれほどまで……、
あれほどまでに自分の気持ちをストレートに表した蒼空を見るのは初めてなのではないだろうか?
思い返してみれば目を覚まして以来、蒼空は周りの言うことには素直に従い、自分たちを困らせるようなことはしたことがない。
退院してすぐ……無断で外出し心配させられたこともあったが、あれも別に言うことを聞かなかったということではなかった。
周りに面倒や迷惑をかけているという負い目があるのか、ワガママをいうこともほとんどない。
事あるごとにそんな蒼空に、春奈が「家族なんだからそんなこと考えないで」 とは言ってるようだけど、どれだけ言い聞かせたとしても蒼空の……その負い目は消えないようで不憫に思っていた。
そんな蒼空が、今はっきりと私に反抗の意思表示をした。
すねて、怒って、部屋に閉じこもってしまった。
男の子であった頃でさえ、目に見えた反抗なんてしたこと無かった気もする。
「はぁ……」
ため息をつきながらソファに腰を下ろす日向。
本来なら、蒼空がどれほど嫌がろうと検査に連れて行くつもりでいた。
今日、蒼空が貧血を起こし倒れそうになった話しを顧問の向井先生から連絡を受けていたこともその理由の一つになった。
蒼空は何も無かったことにしたかったみたいで、私と顔を合わせたときの挙動のあやしさったら……可愛くて、可笑しくてしかたなかった。……ほんとウソがつけない子なんだから。
そんなこともあり決意は固かったはずなのに。
あんな必死な蒼空を見たら……。
なんとかしてやりたくなってしまう。
日向は1人うんと頷く。
そして病院に連絡を入れようと、帰って早々ダイニングテーブルに置きっぱなしとなっているカバンへと向かうため、重い腰をあげるのだった。
* * * * * *
「あ~あ、やっちゃった……」
ボクはベッドでシーツにくるまりながら、さっきの行動を省みる。
お母さんにひどいこと言っちゃった……。
ボクのこと心配して言ってくれてるのに。
ボクが合宿行きたいことも充分わかってくれてて、それでもボクのためを思って、あえて検査を勧めてくれてるっていうのもわかってるのに……。
それでも……、それでもボクはああ言わずには居られなかった。
そう考えているとまた目元が熱くなってくる。
「ぐすっ、ほんと情けないなぁ、ボク」
つい口に出てしまう。
どうしてこんなに弱っちくなっちゃったんだろ……、それとも昔からこんな感じだったけ? もうそんなこともはっきりしない。
それにしても……足、痛いなぁ。
さっき転んでぶつけたとこ。ひざ小僧、青くなってた。春奈に見られたらまた叱られちゃうな。
でも、叱られるって……、ボクの方がお姉さんなのにさっ。
そんなこと考えちゃうなんて……、それもきっとこの体のせいだ。 しっかりしてよっ、ボクのからだ……。
それにしても……、
「やっぱ合宿、行かせてもらえない……よね」
# # #
「お姉ちゃん? ごはんだよ~!」
春奈がボクを呼ぶ声が聞こえてきて、ボクはハッと目が覚める。
春奈、いつの間にか帰ってきてたんだ。
ボク、あのあとどうやら寝てしまったみたい。時計を見るともう18時になろうとしてた。
「お姉ちゃん、聞こえてる~? 入るよ~」
「あっ、う、うん。入っていいよ」
ボクは慌ててそう答えるとベッドから体を起こし、春奈を迎えた。
「……お姉ちゃん、泣いてたでしょ?」
ベッドのふちに座りちょっとぽやっとした感じでいたボクの顔を見るなり、春奈がそう言った。
「えっ? な、なんでわかんの?」
思わず聞き返すボク。
ボクのそんな問いに肩を軽くすくめながら春奈が答える。
「お姉ちゃん、鏡見てみるといいよ? 目の周りまっ赤になって、すっごく腫れぼったくなっちゃってるんだから」
ボクはそれを聞いて思わずベッドの枕元の棚に立ててある、小さな鏡を手にとって目元を見る。
「ひどいや……すっごく腫れちゃってる」
「お姉ちゃん、泣いたあとどうせすぐ寝ちゃったんでしょ? だめだよ、ちゃんとケアしなきゃ」
「う、うん……」
「ま、とりあえず後で冷やそ? それより、お姉ちゃん。お母さんとケンカしちゃったんだって?」
春奈がちょっと呆れ気味にボクに聞いてくる。
「け、ケンカって……、そ、そんなんじゃないもん。ただ、どうしてもやだったんだもん……合宿ダメっていわれたのが」
ボクは口を尖らせながら、ちょっといじけ気味に答える。
「話しはお母さんから聞いたけど……。でもめずらしいね? お姉ちゃんがそこまで自分を通すなんてさ?」
春奈……、てっきりお母さんの言うこと聞かなかったボクのこと呆れてるのかと思ってたのに、なんか以外。
「だって、だってさ、ほんとに楽しみにしてたんだから! 合宿行くの。 それなのに、突然検査だなんて……ひどいと思わないっ?」
ボクは憮然とした表情をしながら、春奈に問いかけるように言った。
「そりゃ、まぁ、納得するには無理あるとは思うけど。でも私、お姉ちゃんの体のほうが大事だよ。だってクラブはいつでも出来るし、やり直しもきくけど、お姉ちゃんはそうじゃない。私、2度とあんな、あんな思いしたくないもん」
ボクは春奈の悲しげな表情とその思わぬ言葉に、返す言葉を失ってしまった……。
「春奈、その……」
「なんてね!」
どう声をかけようかと戸惑ってたボクにそう言うや、一転、ニヤリといたずらっぽい顔を向けてくる春奈。
「なっ!」
翻弄されっぱなしのボクに春奈が言葉を続ける。
「では、お母さんからの伝言で~す。検査入院の日、合宿帰ってきてからにしてもらうよう頼みました。……だって」
「はえっ?」
ボクは耳を疑った。
そして春奈に先を促すように見つめる。
「ふふっ、でねぇ、3日後だって。お姉ちゃん帰ってきてから3日後に検査ってことにしてもらったって!」
ボクはまた目元が熱くなってきた。
お母さん……ごめんなさい。
こんなボクの、ボクのワガママ聞いてくれて……ありがとう!
「もう、お姉ちゃん、また泣く~。あぁ、こすっちゃダメだって! 余計腫れちゃうんだから」
「うん、ご、ゴメン」
ボクはかまってくる春奈に謝りながらも、泣きながら笑うっていう器用な真似をしてた。
ほんとにほんと、ボク、感情の押さえが利かない……。
「ほら、こんなトコで泣いてないで早くごはん食べにいこ!」
じれた春奈はボクの手をとりベッドから立ち上がらせると、そのまま食堂のほうへと引き連れられてしまった。
ほんと春奈、強引なんだから。そう思いつつボクも春奈の手をギュッと握り返した。
お母さんはボクたちを待つ間、食事の準備で出た洗い物を片付けていたみたいで、キッチンのほうにいた。
ボクはその姿を見つけると、もういてもたってもいられず、思わず後ろからお母さんに抱き付いてしまった。
「そ、蒼空っ、ちょっとこんなところでっ。ほら濡れちゃうから、離れなさい」
お母さんが慌ててなんか言ってるけど気にしない。
「お母さん、ごめんなさい! それから……ありがとう!」
ボクは背中に抱きついたままそう言った。
お母さんは、そんなボクの言葉を聞くと洗い物の手を休め、手を拭う。
そして腰に回したボクの手をとりつつ、向かい合わせになるとボクの目線に合わせてるように腰をおる。
「蒼空。こんなワガママ、今回だけよ?」
泣きはらした顔のボクを見つめながらそう言うお母さんの手が、ボクのアタマに伸びてきて、額をペチンと軽く叩く。思わず目をつむってしまうボク。
そしてふたたび目を開けると、目の前にはボクに笑顔を向けてくれているお母さん。
それを見てボクも自然と笑顔になる。ボクはも一度、そんなお母さんに抱きついちゃった。
「もう、2人ともいつまでそこでそんなことしてるの~? 早くごはん食べようよ~!」
さめちゃうじゃない、といいつつ春奈がぐちり出す。
えへへっ、春奈ったら嫉妬しちゃってかわいいんだから。ほんと素直じゃないよね。
「そうね、せっかく作ったお夕飯がさめちゃったらもったいないわね。ほら、蒼空も早く席につきなさい」
なかなか離れようとしないボクの肩をつかんで離すと、お母さんったら、そそくさとテーブルの方へ移っていっちゃう。
ボクはちょっと名残惜しい気分ながらも、これ以上春奈を待たせて怒らせるのも得策じゃないと考え、お母さんに続きテーブルへ付くことにした。
* * * * * *
お母さんが用意してくれた蒸しタオルを目元にあてながらボクはベッドで横になってる。
冷めたら今度は冷たいタオルで冷やしなさいだって……、ちょっとメンドクサイ。
あ~あ、今日は色々あって疲れちゃった。
暑さのせいもあってか、最近ほんと疲れやすいんだよね。おかげで貧血にまでなっちゃうし……。
今日転んでぶつけたとこも、あざ、だんだんひどくなってきてるし……。 これ跡残ったりなんかしないよね?
はぁ。
それにしても検査入院って……今になって何見るんだろ?
脳移植って未だに実用化されてないっていうし……石渡先生ったら、ボクを実験台にしようなんて考えてるわけじゃないよね?
でもあの先生ならやりそうで怖いよ。ほんとにぃ。
まぁ香織さんに会えるのはうれしいけど。
とりあえず合宿行けるんだ!
お母さん……あんなワガママ言ったボクのために、病院に予定変えてもらえるよう頼んでくれた。
やっぱお母さんやさしいな。
えへへっ。
大好きっ!