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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
3章
65/124

ep61.渡里さんの事情

※話数を修正しました。

 蒼空ちゃんを初めて見たのは新入生説明会のときだった。


 真っ白な、お人形さんのような彼女が杖を突きながら一生懸命歩いてる姿は、周りの注目を一身にあびていて、その周囲の視線からその子を守るようにして両隣に妹さん(お姉さんじゃなく妹さんなのだ)と同じクラスの渡辺さんが歩いてたのが印象に残ってる。

 私もその子を見つめるうちの一人になってしまい、その日本人離れした風貌とそのかわいらしさについ見とれ、そしてうらやましく思ってしまったものだ。


 私も中学に入ってしばらくは小さくて並ぶときも前から数えたほうが早いくらいだったんだけど、2年生になるころから急に成長しだし、卒業のころには170の後半に達していた。 外見とは裏腹に無口で引っ込み思案な性格の上に、表情があまり顔に出ない私は友だちもほとんどできず……、それでもこの身長のせいで運動部にはけっこう誘われたけど、生来の性格からか運動は苦手でことごとく断っていた。


 私自身、そんな自分を変えたいと何とはなしに思ってはいたものの、結局なんの行動を起こすこともなく中学を卒業することとなった。

 そんな私だけど、母さんが無類の音楽好きで、小さい頃からいろんなコンサート(クラシックから今時の音楽まで分け隔てなかった)に連れて行ってもらったものだ。 おかげで私も自分の部屋で音楽を聴いたり、1人口ずさんだりと……、それなりの楽しみを持つことも出来ていたと思う。

 でもやっぱり1人でいるのはさみしいと思うこともある。 そんな自分を変えなきゃと、あせる気持ちもそれなりにあるのだ。


 だから高校に入ったら絶対、気心のしれる友だちをつくろう! そう心に決めていた。


 入学式のとき、隣りに新入生説明会のときに見て印象にいやというほど残っていたあの子……柚月さんが座ったとき私はビックリして思わず見つめてしまった。 向こうも気付いて見てきたから慌てて目をそらしちゃった。

 隣りに座った柚月さんはほんとにかわいらしくって、でも白く小さく儚げで、ふれれば消えてしまうんじゃないかって思える子だった。 守ってやりたい……そう思わずにはいられない、そんな子だった。 私以外の人だってきっとそう思ってたに違いない。

 まだ2回、ほんのちょっと見ただけの子なのに私の心のなかに柚月さんの存在は強く刻まれた気がする。


 そして最初のHRでの先生の話。


 ちょっとばかりミーハーな気分もまじりつつ柚月さんを見ていた私は心をえぐられたような気がした。 かわいらしい柚月さんを見てうらやましい……なんて少しでも思ってた自分がすごく恥ずかしかった。

 自分は五体満足、いや、それどころか恵まれた体格をしてて、特になんの努力もせずに今まで生きてきた。 なのに身長が大き過ぎるとか、自分のことを棚に上げて友だちが出来ないとか……。 なんて自分本位で身勝手ないやな子だったんだろうって、ほんとに恥ずかしかった。


 だからなんだろうか? 理由はよくわからない……。

 そんな柚月さんと友だちになりたい。 そう思う気持ちが日に日に強くなっていった。


 クラスの委員を決める日。

 彼女は学校を休んでいた。 どうやら入学式から色々行事が続き、疲れがたまっていたようで熱を出したみたいだ。 柚月さんと親しい渡辺さんが友だちとそう話している声が聞こえてきた。

 私(や他のみんな)からすれば午前中で帰れた先週までは、どっちかといえば楽なほうであれで疲れがたまってしまったという柚月さんは、やはり先生の言ったとおり病弱なのだということを再認識させられた。

 担任の来生先生がクラス委員長を筆頭に10ほどある委員の立候補者を募っていたけど、すべての委員、そううまい具合に立候補者が現われるわけもなく。

 それでも自薦、他薦ですこしずつ枠は埋まっていき……、なぜか私にも保健委員の役がまわってきた。 もちろん断ることも出来たけど私は引き受けた。

 自分を変えたい、その思いを現実のものにするためにも中学のころなら絶対断っていたであろう委員の役目もやってみようと思った。(今思うと、病弱な柚月さんの手助けになるかも? なんて思いもほんの少しはあったのかも……)


 そしてあの日。


 スポーツテストの50m走。

 走り終えてコース脇でひとり休んでた私の目の前で……、柚月さんは倒れた。


 私は躊躇せず一目散に柚月さんの元に駆け寄った。 先生や柚月さんといつも一緒にいる子たちもすぐに集まってきた。

 柚月さんは意識を失っていて、私はどうしたものかと思わず先生をみた。 周りのみんなも口々に柚月さんに声をかけながらもどうしていいかわからず戸惑いの表情をみせていた。

 来生先生は、「症状からするとたぶん、熱中症だと思うんだけど……」と自信なさげにいう。 まだ春のこの時期に? みんなはそんな顔をするけど先生が言うんだからそうなんだろう。

 とりあえず保健室に運ばなきゃ。

「私がおぶって保健室に運びます」っていうとみんな一瞬驚いた顔をしたけど、すぐ私が保健委員だってことを思い出したらしく柚月さんを背負うのをみんな手伝ってくれた。

 このときばかりは自分の体の大きさに感謝した。

 それに柚月さんはとても軽かった。

 気を失ってる人はすごく重く感じるらしいけど、全然そんなことなかった。 そしてその軽さになぜだかちょっと悲しい気持ちになった。


 柚月さんは、そのあとすぐお母さんが迎えにきてそのまま病院へ……、3日ほど休んだものの元気な姿をみせてくれて、クラスのみんなは一様に安心した表情をみせていた。

 同じクラスになってまだ間もないというのに、もう柚月さんはクラスの中でかわいい妹のような存在になりつつあった。(歳は1つ上って話、みんな知ってるはずなのに……)


 私にも少し変化があった。

 あの出来事以来、みんなが私に話しかけてくれるようになったことだ。 それまでの私は中学のときと同じように、無口でとっつきにくいやつと思われていたに違いない。

 私も話しかけてくれた子にはがんばって言葉を返すよう努力をした。


 そんな中のある日の放課後。

 柚月さんが1人さみしそうに自分の席で帰り支度をしている姿が目に入った。 なんだかタメ息までついてる。

 私は今しかないと自分にいいきかせ、ついに柚月さんに声をかけた。

 あの出来事以来、柚月さんは私を見るとうれしそうにかわいい笑顔を向けてくれて、お話しもたまにするようになった。 

 少しは会話が出来るようになった今、ずっと考えてたこと、やりたいと思っていたことを彼女に伝えた。


「一緒に合唱部、入らない……ですか?」


 私は生まれてからこの日まで、ここまで真剣に人にお願いしたことはなかった気がする。

 自分のやりたいことを彼女が同じように興味をもってくれるかどうかはわからない。 でも言わなきゃ、聞いて見なきゃなにも始まらない。


 私は自分を変えたい! 友だちをつくろう!


 そう思ったんだから、ここでくじけてちゃほんと何も始まらない。

 私は誘った理由とともに一生懸命、合唱部のお話しを彼女にした。

 

 柚月さんは突然のことだからだろう、すぐ返事が出来ないって言った。

 それと……彼女は自分のこと蒼空って呼んでって言ってくれた。 うれしかった。 名前で呼び合う友だちなんて久しくできてなかった。 中学までで友だちと呼べるのは片手でもお釣りがくるだけしかいない……。

 蒼空……、蒼空ちゃん。

 もちろん私もエリって呼んで欲しいって返した。


「エリちゃん」

 

 蒼空ちゃんからそう呼ばれて私は思わず泣きそうになってしまった。 まずい……そんな顔を蒼空ちゃんに見られたら変に思われてしまう。 私は必死で顔をつくろい、なんとかその場をごまかしてさよならした。


 

 蒼空ちゃんは突然の私の話しにやっぱり相当悩んだのだろう。

 返事をもらったのは、結局GWを挟んで5月に入ってからのことだった。


 返事を待ってる間の私は、それはもう気が気じゃなかった。 ついつい断られたときのことばかり思い浮かべてしまって、その度に落ち込んでしまってた。

 母さんには合唱部のこと、そして誘った蒼空ちゃんのことは話してあったから、そんな私を見るたびに慰めてくれた。 小さいころから一緒にいろんなコンサートに連れて行ってくれた母さんだったから、合唱部に入ると言ったときにはそれはもう喜んでくれた。

 晩ご飯にお赤飯まで炊いてくれたくらいだ。 私が女の子になった日もお祝いって言って炊いてくれたこともある、妙に古風なところもある母さんだけど……、何かあるたびにお赤飯たくのはカンベンして欲しいかも。

 「お祝いよ」っていう母さんの言葉に父さんや徹哉(弟です)がその度に何とも言えない顔するんだもん、なんか恥ずかしいよ。



「ボク、合唱部……エリちゃんと一緒に入ることにしたよ! お返事遅くなってごめんね?」

 蒼空ちゃんから聞かされた返事は待ちにまってたもので、でも半分ダメかもと思っていたもので……私は思わず、

「ありがとう!」

 って言うやいなや、蒼空ちゃんのその小さな手を両手でがっちりとつかみ、勢いよく振り回してしまった。

 蒼空ちゃんははじめビックリして私を見てきたけど、やがてその表情をやわらかな、それはもうかわいらしい笑顔に変えて一緒に喜んでくれた。

 私はあの時、あの放課後の時間……、思い切って蒼空ちゃんにお願いしてみてよかった。 そして合唱部があるこの清徳大付属に入って、そしてなにより蒼空ちゃんのいるこの学校に入って良かった……と、心からそう思った。



 蒼空ちゃんが一緒に入部してくれるって返事をくれた次の日。

 昼休み、臨時の委員会が終わって教室へ戻る途中……、ある人に呼び止められた。


 それは蒼空ちゃんの妹さんの、春奈さんだった。


 春奈さんとは蒼空ちゃんが倒れたとき保健室で会ったきりで、あまり会話もしたことはなかったけど、新入生説明会での姿や保健室での様子からどれだけ蒼空ちゃん……お姉さんのことを大事に思ってるかが伝わってくる。 きっと色々あったんだろうとも思う。

 そんな春奈さんが私を呼び止めるなんて、なんの用なんだろ?


「渡里さん、忙しいのに呼び止めちゃったりしてごめんね?」

「ううん、もう委員会終わったし……大丈夫」

 

 簡単に挨拶をすますと春奈さんが話しをしだす。


「渡里さん、ありがとう!」

「えっ?」

 私は思わず聞き返した。 だってお礼を言われる理由が思い当たらない。 蒼空ちゃんが倒れたときのことはもうさんざんお礼言ってもらったし、もう今さらだ。


「ふふっ、お姉ちゃんを部活に誘ってくれたことっ」


 そう言うと春奈さんがちょっといたずらっぽい表情を見せる。

「ちょっと前までお姉ちゃん、しょっちゅう悩んではふさぎ込んでたりしてたんだよ? 何かしたいって思ってても、やりたいことなんてなかなか見つからないし、それにあの体だから出来ることも限られちゃってるしね」

 春奈さんがそう言ってちょっとさみしそうな表情を見せる。 が次の言葉で……、

「そこに渡里さんからのお誘いでしょ~! まさに渡り・・に船だって思ったわけ。 あ、別にシャレじゃないからね? えっへへぇ。

 でもまぁ、合唱なんてお姉ちゃんほとんどやったことないからすっごく悩んでたんだけどさ。 そこはそれ、GWにプッシュしまくっちゃった」

 そう言って私にウインクしてくる春奈さん。 途中なんか変なこと言ったような気がするけど、聞かなかったことにしよ。

「そ、そうなんですか? 春奈さんが後押し……してくれてたんですね。 あ、ありがとう」

「お礼いうのはこっちのほうなんだから気にしないで? っていうか友だちと一緒にカラオケ連れてって、歌うまい~!って、おだててただけなんだけどね」

 春奈さんはそう言うとニヤリと笑う。 うーん、なんか腹黒いオーラが一瞬見えた気が……。

 私が戸惑った表情を見せていると……、

「ま、それは冗談だけど、とにかくお姉ちゃんがやる気になってくれて、私も、それにウチのお母さんもほんと喜んでるんだぁ」

 一転まじめな顔をする春奈さん。

「お姉ちゃんのことよろしくお願いします。 へたれな姉でいっぱい迷惑かけちゃうと思うけど……」

「そ、そんな! お礼を言いたいのは私のほうで。 私こそ蒼空ちゃんに無理なお願いしちゃって迷惑じゃなかったかなって思ってたくらいで」

 私は一気にまくしたてた。 口下手な私がこんなに一生懸命しゃべるなんて、自分でも驚いた。


「じゃあ、お互いさまってことだね? おっと、そろそろお昼休みおしまいだ。 それじゃ呼び止めちゃってゴメンね。 お姉ちゃんのこと、ほんとよろしく!」

 春奈さんが時計を確認してそういったかと思うと予鈴のチャイムが鳴る。 そして去り際に一言、

「あ、それから私のことは春奈って呼び捨てでいいからね? "さん"付けなんて気持ち悪くって」

 そういって舌をペロっと出し、笑顔を見せたのを最後に自分の教室へと戻っていった。


 私はあっけにとられてただただ呆然と立っていた。

 蒼空ちゃんと姉妹とは思えないあっけらかんとした性格に驚いてしまう。 でもお姉さんを想うその気持ちもすっごく伝わってきた。


 春奈って呼んで……か。

 ふふっ、なんか柚月姉妹には頭上がらないなぁ……。



 私はこれからの高校生活はきっと楽しいものになるに違いないと思え、思わず笑みがこぼれた。

 そして予鈴のチャイムが鳴ったことを思い出し、慌てて教室へと入っていった。 



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