ep60.合唱部にて
話の流れは変えてませんが、いくつか表現の見直しをしました。
※話数を修正しました。
「ねぇねぇ和奏先輩、聞きました? 新入部員がまた入ってくるって話」
そういって元気よく部室に入ってきたのは、5年生で合唱部のムードメーカーである奈々ちゃんだ。
奈々ちゃんったらどこで聞いてきたんだろ? ほんと彼女はそーゆう情報を入手するの、無駄に早いんだから。
「奈々ちゃん、どっから聞いてきたの? その話。 まだ誰にも話してないのに」
このコトを知ってるのは副部長である私の他には部長だけのはずで、極秘も極秘、トップシークレット扱いだったのに。
私も萌からその話しを聞いたときはビックリしちゃったもの。
そもそもは、普通科の生徒でも入部できるのか? って先生に確認しにきた子がいて、OKとわかると同じクラスの友だちも1人誘いたいと言ってたらしい。
先に入ってた4年生に比べるとちょっと遅れぎみの入部になるけど、結局その2人、一緒に入ることが決まったみたいで先生から萌(部長)に話があったようだ。
そしてその誘われたもう1人というのが……この春、新入生として入学するやいなや、……いや、入学前から一部の生徒たち(主に生徒会メンバーだ)の間ではすでにアイドル化されていた……普通科の白い天使、姫ちゃんこと柚月さんなのだ。
そんな子がウチに入部してくるなんてことが、もしよその部にばれたりなんかしたら……ああ、考えるだに恐ろしい。 柚月さんのウワサの伝わる速さといったらまさに一瞬、またたくまに6年生の間に広まってしまうのだ。
この間倒れて騒がれたときも、その"気を失っておんぶされ運ばれる姿"の写メが飛び交っていた。 幸い大事に至らなかったものの、なんて不謹慎なんだろ……と思ったものだ。
そんな柚月さんがウチの部に入るなんて情報が、もし事前に流れようものなら他の部からどんな妨害工作をされるかわかったもんじゃない。 カンベンしてもらいたいものである。
「えへへ、どっから入手したと思いますー?」
奈々ちゃんがいたずらっぽい顔をして私に聞いてくる。
まぁ確認したものの、実は見当ついてるんだけどね。
私はモチロンしゃべってないし、部長も漏らすはずない。 だとしたらあとは……顧問の向井先生か山中先生くらいしかいない。
先生たちは生徒間での柚月さんの状況なんて考えもしないだろうし、別に黙っておく必要もないわけだし。 奈々ちゃんとなにげない会話の中でその話が出たんだろうと予想できる。 奈々ちゃんが誰が入ってくるのか? まで聞いたかどうかはわからないけど……、まぁとりあえず、これ以上他にこの話しをしないようクギをさしておこう。
「どうせ、顧問の先生にでも聞いたんでしょう? 奈々ちゃん、この話ほかの誰かにした? お願いだから入部前にウワサ広めないようにしてくれるかな」
「す、するどい! さすが和奏先輩。 でも、なんでですか? まぁ別に他の人にいった訳じゃないんですけど……なんか気になるぅ~!」
奈々ちゃん、どうやら誰が入るかまでは聞いてないみたい……やぶへびだったかな。
「ふふっ、まぁ理由は明日わかるから。 とりあえずお願いね? 特に、よその部にはいいふらさないこと」
「ええぇ~! そんなぁ。 先輩のけちんぼ~。 あぁん、余計気になっちゃいますよ~!」
け、けちんぼって……。 ん~奈々ちゃん、やっぱ納得いかないよね。
「まぁまぁ、そういわずに、ね。 明日にはわかるんだから。 私のこと助けると思って……お願い」
なんで私が後輩にこんな下手に出て、お願いしなきゃならないのか疑問に思うところだけど。 とりえず納得してよね、奈々ちゃん。
「ううっ、先輩にそこまで言われちゃ……仕方ないですけど。 明日ですね? じゃ、明日の部活楽しみにしてますねー!」
「うん、ごめんね。 でもまぁ楽しみにしててね」
とまぁ、こんな会話をしてるうちに他の部員も集まりだしたので、この話はこれで自然とおしまいになった。
それにしてもなんとも頭のイタイことだ。
* * * * * *
「はい、みんな注目~!」
部長さんが練習をしてる部の先輩たちに声をかける。
その声にそれまで発声練習とかしてた先輩たちが、ボクたちのほうを一斉に見てくる。
ううっ、そんな注目されるとボク緊張しちゃう。
ボクとエリちゃんは今、合唱部の部長さんに連れられて、合唱部が部室として使ってる部屋が併設されてる第2音楽室に来ていた。
部長さんは藤村 萌って名前で、音楽科の6年生だそうだ。 見た感じだとキリっとした顔つきがちょっときびしそうに見えるけど、いかにも頼りがいがありそうなしっかりとした雰囲気のある人で、しかも背の高いエリちゃんと比べても遜色ない大っきな人だ。
音楽室は普通の教室ほどの大きさで、前には黒板があり窓際の角にグランドピアノが置かれ、その反対側の入り口よりに大きな液晶TVが置いてある。 この部屋には授業で使うような机は並べてなくって、そのおかげで広い空間が確保されてる。(みんなで合唱の練習するのに良さそうだ) で、代わりにイスだけが壁沿いに並べて置かれてる。
そして今は先輩たちは思い思いの場所でそれぞれの練習してる感じだ。
そんなマジメな、でも楽しそうな雰囲気の中、ボクたちを紹介するために藤村部長が声をかけたのだ。
みんなの視線がボクたちのほうに集まると、やっぱり……。
「あっ、姫ちゃんだ!」
「きゃ、なんでここにいるの?」
「えっ、もしかして入部希望~?」
なんでって……。
「やっぱ、ちっちゃくってカワイイ♪」
「もう1人は逆にでっかい! 凸凹コンビ~」
……。
「うわぁ、ほんと真っ白なんだぁ」
「謎は全て解けたっ! 姫ちゃんだったのか~」
はぇ? な、何それ?
もうっ! みんな好き好きにいいたいこと言ってる……。
ボクは恥ずかしいやら、やるせない気持ちやら……で、うつむいてしまう。
でもさんざん悩んで結局入ることに決めたんだから、そう簡単にあきらめようとは思ってない。 それにエリちゃんもボクが入るって言ったときにはすっごく喜んでくれたもん。 普段口下手なエリちゃんが、ほんとにほんとにうれしそうにしてくれたんだもん。 その気持ちに答えなきゃ!
ボクがそんなこと考えてたその時。
「ほら~、みんなこれから同じクラブの仲間になるっていうのにそんな目で見ない! そんなこと言わない!」
藤村部長がざわついた雰囲気になってた部員の人たちにぴしゃりといった。
とたん、水を打ったように静かになる。
すっごいなぁ、部長さん。 ボクはうつむいていた顔を、ついとあげ藤村部長を思わず見つめてしまった。 部長さんもそんなボクを見てうなずいてくれる。 ボクはうれしくて笑顔を返し、無言のお礼をした。
そして部長さんがボクたちの紹介を始める。
「みんな、今日からまた新しい部員が2人増えたから紹介するね。 2人とも今年高等部に入った4年生で、普通科からの入部だよ。 それに2人とも、ほんと初心者だから早くなじめるようみんなしっかり手助けしてあげてね?」
そういって部長さんが部員のみんなにボクたちのことを簡単に話す。 そして今度はボクたちのほうを見ていう。
「2人とも初心者なんだから、わからないことがあったら遠慮なく聞いて? 私や副部長の今井さんはモチロン、先輩たちにもどんどん質問してやってね。 もう先輩たちが困るくらいしてもらってもいいんだからね?」
そういってニコッと笑顔を見せてくれた。
なんか一見きびしそうに見える部長さんがそうやって笑うとすっごく魅力的だ。(後輩のボクがいうのもなんだけど)
ボクとエリちゃんはそろって「はい」っていってうなずいた。
「それに2人はちょっと遅れて入ってきたから初対面だと思うけど、他にも4年生の新入部員が3人いるから、その子たちとも一緒にがんばってね」
そういって部長さんはまたやさしく微笑んでくれた。
「「はい。 がんばります!」」
ボクとエリちゃんはそろって返事をした。
「じゃあ、せっかくだから簡単に自己紹介してもらえるかな?」
ううっ、部長さん今いやなこといった。 ボクとエリちゃんは困った表情をして顔を見合わせた。
やっぱそうなるかぁ……。
ボクもエリちゃんも人前でしゃべるの苦手だし……ほんと、出来たらやりたくないよ~。
でも、そうは言っても逃げることなどできず……、
仕方なくボクたちは部の先輩たちに興味津々で見つめられる中、たどたどしいながらもなんとか自己紹介をやりとげた。
「それじゃ、次は……合唱部の説明と部員の紹介するよ?」
ボクたちはうんとうなずく。
「合唱部は、全員で18人、もちろん2人もいれてね。 ほんとはもうちょっと欲しいんだけど……贅沢いっちゃいけないのよね。 今もこうやって2人が入ってくれたんだし」
ふーん、18人で少ない? 充分いるような気がするんだけどなぁ……。
「6年生が6人、5年生が7人、そして4年生が今日で5人になったわけね」
うれしそうにいう部長さん。
「あと、顧問の先生は2人。 山中先生と向井先生が受け持ってくれてるの。 向井先生にはもう会ったと思うけど? あっ、ちなみに山中先生はひげ面の熊みたいな男の先生よ? 驚かないで済むよう先に言っておくね? まぁ、残念ながら今は出張中でいないけどね」
そういって部長さんはいたずらっぽい顔をした。
なんか最初のイメージから比べるとずいぶん雰囲気がやわらかくなってきた。 ふふっ、やっぱ部長さんでもちょっとは緊張してたのかな?
「普段の主な活動は、毎日放課後にこうやって練習してるのと、だいたい週に一度、特別教室の小ホールで練習の成果を確認したりしてるのよ。 小ホールってね、400人くらい入れて音響設備も整ってて、すっごく歌い甲斐のあるところなの! 2人も楽しみにしてて欲しいな」
部長さん、すっごく楽しそうに話してる。 よっぽどいいとこなのかな? その小ホールって。
「それで練習の成果を発表する場のメインは何と言っても文化祭と合唱コンクールね。 みんなこれ目指してがんばってるから渡里さん、柚月さん、2人もこれから一緒にがんばりましょうね!」
そう言うと部長さん、目をキラキラさせながらボクたちのほうをじーっと見てくる。
ボクとエリちゃんはもうタジタジだ。
ああ、これが部長さんの本性なのかも? これはこれでなんかヤバそうな予感するのは気のせいなのかなぁ? あはは……。
「あ、そうだ。 さっき言ったホールでやる催しもあって……」
更に何か言おうとしかけたところ、横からさえぎるように声がかかった。
「萌! 部長。 その辺の話しはまた後でゆっくりすればいいと思うんだけど? それより部員の紹介!」
うわぁ、部長さんに突込み入れるなんてスゴイ。 確か副部長さん?
「うっ、ゴメン……和奏。 えぇ、えへんっ。 じゃ、部員の紹介に移ろうかな」
部長さん、正気に戻ったみたい。
「ええと、今、私を叱ってくれちゃったのが副部長の今井 和奏ね。 私と同じ6年生の音楽科で、合唱部の実質上の支配者ね」
部長がちょっと嫌味をこめて紹介してくれた副部長、今井先輩は部長の一見キビシそうな風貌と比べれば、ずいぶん優しそうでやわらかな雰囲気のする人だ。
部長さんが髪をヘアバンドで後ろに流してまとめてるのに対し、副部長さんはサイドの低めの位置でお団子にしてまとめてる。 どちらもちょっと大人っぽい雰囲気がただよう。 背の高さも二人して似てて、その様子はほんとクラブの双璧って感じがするよっ。
「もう、萌! なんて紹介の仕方してくれるの? 最初は良かったのにぶち壊し!」
副部長さんが部長に文句言ってる。
確かにそうだよね。 部長さんのイメージ、最初と比べると今じゃ大暴落だ。 でも堅苦しいだけの人よりこのほうが魅力的でボクはいいと思う。
そしてここからは部長さんに加え、副部長さんも一緒になって先輩部員の紹介をしてくれた。 もちろんボクたちと同じ4年生の子たちも。
中でも1人、面白い先輩がいた。
5年生で辻 菜々美さんていう、少しぽっちゃりした、でもかわいらしい人でちょっと幼く見える。 髪はゆるめのウェーブがかかったミディアムヘア、背は160前半くらい。 そしてよくよく思い出してみると最初に変なこと言ってた人だった。 確か謎がどうとかいってた……。 部長や副部長は奈々ちゃんって呼んでたけど。
なにしろよくしゃべる人で、ボクとエリちゃんはずっと圧倒されっぱなしだった。
でもそのおかげで、ボクたちも一気に部の雰囲気になじめたような気がした。
部長さんが「気を悪くしないでね」と一言いってから、
「柚月さんは特に体が弱いみたいだから……、歌の練習はもちろん必要だけど、それよりもまずは発声練習からしっかりしなきゃいけないね?」
これからしなきゃいけないことを話してくれた。
声を出すには筋力も必要とかで……筋トレとかもしたりするみたい。 確かにボク、体力にはまったく自信ないけど……でも。
「歌、歌うのに体力作り、必要なんですか?」
ボクは思わず聞いてしまった。
「うーん、体力や筋力そのものっていうより、体の筋肉の使い方って言ったほうがいいのかもしれないけど」
「ふぇ? 筋肉の使い方?」
ボクは不思議に思い、小首をかしげ聞き返す。
「ううっ……、そ、そう! 使い方。 が、合唱で歌を歌うときって、けっこう体の筋肉を使ってるのよ? 特に顔からお腹にかけてね。 普段しゃべる声とは発声の仕方とかも随分違うの。 それにずっと歌ってると持久力も必要だし」
部長さん、ちょっと頬を赤らめながら説明してくれる。 赤くなるまで一生懸命に説明してくれるなんてホント熱心で歌が好きなんだなぁ……。
「まぁ、詳しい説明はまた実際にやるときに説明してあげるわね。 今日はとりあえず顔見せってことで、あとはみんながどんなことしてるのか見学するといいよ? ちゃんとした練習のメニューは先生にも見てもらってから決めましょう? 渡里さんも同じね」
「「はい!」」
ボクたちは笑顔で元気よく返事した。
とりあえず合唱部での顔見せもうまくいった? みたいだし、これからの練習とかも色々考えてもらえるみたいだし……、こんなボクでもなんとかなりそうな気がしてきた。
とはいえ、これからどうなっていくのか不安の種は尽きないけど、エリちゃんもいるし、なんとかがんばっていこう!
それに入ってすぐ辞めたりなんかしたら……、
春奈に何いわれるかわかんないもん!
ほんとイジワルなんだから……、春奈って。
また説明っぽい話に……。