ep47.春奈の涙
※話数を修正しました。
『コンコン』
「蒼空、入るわよ?」
ノックと共に声をかけて、スーツ姿のお母さんがボクの部屋に入って来た。
「具合はどう?」
「う、うん。 だいぶ楽になったよ。 大事な日なのに心配かけちゃってごめんなさい」
今日は合否結果の通知が中学に届く日だ。
そんな大事な日だったんだけど、ボクはあの入試の日、家に帰り着いたころには緊張と疲れからか熱を出してしまい、そのまま寝込んでしまっていた。
二日たった今朝も微熱が残っていて、お母さんは心配しつつ中学へ結果通知を受け取りに行ってたのだ。
「そう、それは良かったわ。 心配かけたくなかったら早く元気にならなくちゃね。 ん?」
そう言ってお母さんはボクのアタマを優しくなでてくれる。 ボクは気持ち良くって思わず半目になってアタマを預けちゃった。
「それじゃ、ちょっと体起こしても大丈夫かしら? 清徳の入試の結果、もらってきたわよ。 一緒に見ましょ?」
今は春奈は中学、ちーちゃんも大学だからお家にいるのはボクとお母さんだけだ。
「うん。 見る!」
そう言ってボクは体を起こそうと、もぞもぞし出すとお母さんが背中に手をやり、起き上がるのを手助けしてくれる。
「あ、ありがと、お母さん!」
「ふふっ、どういたしまして。 さあ見ましょ? これよ」
差し出された封筒を受け取ると、中身を見る前にお母さんの顔を見る。
お母さんはもちろん中学で見てるはずだから、ちょっとその表情を見てみたかったのだ。 でもお母さんはそんなボクの視線を感じても特に表情を変えるでもなく平然とした面持ちだ。
むむっ、やるなお母さん。 ボクに表情を読ませないなんて。
ボクはあまり意味のない攻防はやめて、受け取った封筒を見ることに集中することにした。
三つ折りにされた結果通知を取り出し、ゆっくりと広げる。
なんか中卒試験のときを思い出しちゃう……。
お母さんがボクのことをなんとも言えない表情で見つめてる。
ボクは広げた結果通知を恐る恐る……、覗くようにして確認する。
――あなたは、○○年度 清徳大付属女子高等学校普通科入学試験に合格されましたので通知します。 ――
ボクはある一部分の文章に目が釘付けだ。
「"入学試験に合格されました" ……、ご、合格されました!?」
「お、お母さん!」
そう言うと、ボクはお母さんの顔を再び見つめた。
今度のお母さんの表情は……、すごくやさしい、喜びの表情で満ち溢れてた……。
「蒼空……、良かったね?」
「うん! お母さん。 ボク、合格しちゃったよ……? う、うれしい!!」
ボクはそう言うとお母さんに向って両手を広げながら伸ばした。
お母さんはすぐに察してくれてベッドの上、ボクの横に腰掛けてボクを抱きしめてくれる。 ボクも同じようにお母さんを抱きしめ、もう一度言った。
「ほんとに合格しちゃったよぉ……。 これもお母さんやみんなのおかげ。 ほんとに、あ、ありがとう! ぐすっ」
ボクは泣き出しちゃってた。
だめだなぁ、こんなんじゃまた春奈に泣き虫って言われちゃう……。 でも涙を止めることなんて出来ないんだもん。
そんなボクをお母さんはやさしく抱きしめ、アタマをずっとなでてくれていた。
* * * * * *
「お姉ちゃん、合格おめでとう!」
「蒼空ちゃん、やったね! 私も肩の荷おりたよ~」
その日の夜、まだ微熱が抜けず寝込んでいるボクに、春奈とちーちゃんが揃って合格の祝いの言葉をかけに来てくれた。
「ありがと~! こうして合格出来たのはちーちゃんや春奈が色々協力してくれたおかげだよ♪」
ボクは寝ていた体を起こし2人を迎えると、まずはお礼を言った。
「それにちーちゃんにはお家に住み込みで家庭教師までしてもらって、どれだけお礼しても足りないくらいだし……、ほんとに感謝してます」
両手を合わせてもじもじしながらも、ボクはちーちゃんに更に感謝の言葉を告げた。
「ふふ、改まってそう言われると照れちゃうな? でもそう言ってもらえると私も家庭教師した甲斐があったよ。 ありがと、蒼空ちゃん!」
ボクはちーちゃんに逆にお礼言われちゃった。 えへへっ、変なの。
「ほんとに良かったね、お姉ちゃん。 でもこうなると現役中学生の私が落ちるわけにいかないじゃん? プレッシャーだよぉ」
「うん。 春奈も色々助けてくれてありがとね! ボクが受かったくらいなんだから春奈なら楽勝だよね? きっと」
ボクは再度のお礼と、ちょっと……あえてプレッシャーかけるような言い方してみちゃった。
「ううっ、お姉ちゃん。 随分プレッシャーかけてくれるじゃん? いいもん、やってやるんだからぁ! 見てなさいよぉ、お姉ちゃん」
「えへへぇ、見ててあげるよぉ。 ……だから春奈も月曜日の入試がんばってね。 ボク、一緒にガッコ……行けるって信じてるからね?」
「ま、まかせてよ! 私だってやれば出来る子なんだから。 ら、楽勝? だよ」
「うん。 がんばれ! 春奈」
ボクはいつの間にか春奈の激励に変わっていった会話を楽しみながらも、ちょっと疲れを感じてきたので、2人にことわり入れてから起こしていた体をベッドに戻した。
「ごめんね蒼空ちゃん、まだちょっとつらいね。 春ちゃん、あまり無理させちゃうとまた熱上がるといけないから、これくらいにしとこうね」
ちーちゃんが気を使って春奈にも言葉をかける。
「う、うん……。 お姉ちゃん、早く治しちゃってよね? それで私と沙希ちゃん、お姉ちゃんの3人で合格祝いするんだからね?」
「ふふっ、そうだね! 沙希ちゃんも入れて3人で合格祝い。 楽しそう! そのためにもがんばらないとね? 春奈。 ボクもしっかり治しとくから」
「そうだね。 お互いがんばろお姉ちゃん! じゃしっかり寝て、ちゃんと治してね」
春奈はそう言うと、横になったボクにシーツを肩までかけ直してくれて……ちーちゃんと2人、部屋から出て行った。
春奈と沙希ちゃん、3人で合格祝いかぁ……、騒がしくなりそうだなぁ? 楽しみだ。
ボクは2人が落ちることなど夢にも思わず、いつしか眠りに落ちていった。
* * * * * *
「ただいま~! お母さん、お母さんいる~?」
夕方、春奈が学校から帰ってくるなり騒々しい声と共にリビングに駆け込んできた。
「どうしたの春奈? お母さんならもうそろそろ帰ってくるかと思うけど……」
「そっかぁ、まだ帰って来てないのかぁ」
ちょっと残念そうな顔をする春奈。 でもすぐ立ち直ると今度はボクに向ってその意味深な表情の顔を向けて話し出す。
「まっ、しゃーない。 最初の栄誉はお姉ちゃんに譲るかぁ」
なんか微妙に腹立つ言い回しなんですけどっ。
「なんなのさ? 春奈。 ずいぶんな勢いでさ」
「えぇ~! わかんないぃ~? お姉ちゃんにっぶぅ~」
「むうぅ! なにさ、帰ってきて突然そんなこと言われたってわかるわけないじゃん! 春奈のいじめっ子ぉ」
「にひひっ、じゃあヒント。 今日は学校に届く日でした! ああぁ、簡単すぎなヒントだっ」
春奈が憎たらしい言い方でボクにヒントを出す。
今日ガッコに届くモノ……かぁ。 届くものぉ……、
「あっ! 春奈」
ひらめいたボクは春奈の顔をじっと見つめる。
春奈は "にぃ"っと小憎らしい笑顔でボクを見る。 ボクは確信して言った。
「結果通知、届いたんだっ!?」
「ピンポーン! お姉ちゃん気付くのおっそ~い! こんなの私が慌てて帰ってきて、お母さん探してるときに気付かなきゃだめじゃん?」
「むぅ、そんなこと言ったってさぁ……、ボクだっていつもガッコのこと考えてるわけじゃないもん。 わかんないよ、そんなのぉ~」
そう言いながら、蒼空がちょっといじけるしぐさを始めだす。
春奈はそれを見てまずいと思い、さっさと話しを進める。
「はい、これがその結果通知!」
春奈はいきなり本命を蒼空に提示する。
蒼空はそれにまんまと乗り、いじけるのも忘れてその結果通知の入った封筒を見つめる。
「いいの? 見ても?」
「いいよ。 はい、どーぞ」
封筒を渡され、その中の結果通知を取り出す蒼空。
春奈はそんな蒼空の横にボスンと座り、蒼空の様子をうかがい見る。
何だか自分の時より緊張する気がするよぉ……。
ドキドキしながらその結果通知の紙を広げて見る。
蒼空の時と同じ様式の通知の紙。 そこには……、
「"入学試験に合格されました" ……合格だって春奈ぁ!」
思わず自分の時と同じような反応をする蒼空。
春奈はそんな蒼空を見てずっとニヤニヤしている。
「うん! 合格。 私も合格しちゃった♪」
そう言った春奈はもうニヤニヤ笑いではなく、満面の微笑みを浮かべていた。
「ううぅ、やったね! 春奈ぁ、おめでと~!」
蒼空はそう言うなり春奈に向ってぎゅーっと抱きついてきた。
「おっ、お姉ちゃん、ちょ、いきなりっ!」
そうは言いながらも春奈の表情はずっと笑顔のままだ。
幸せだった。
2年と9ヶ月前、お姉ちゃんが病院に搬送され、それからずっと目覚めなかったころ。 まさかこうやって高校入試の合格を一緒に祝い合えるなんて……、想像も出来なかった。
そう考えると春奈は自分の目頭が熱くなり、涙がにじんでくることを止めることが出来なくなってしまった。
そんな春奈の様子に気付いた蒼空が心配げにその顔を覗き込む。
「春奈? どうしたの?」
蒼空はそう言うと、そのルビー色に輝くかわいらしい目で春奈を見ながら、その小さい手、その指で春奈の涙を拭う。
春奈はそんな蒼空を見ると余計に涙が溢れ出てきてしまい、それを見た蒼空はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
「春奈、どうしたの? 春奈。 どっか痛いの?」
なんともとち狂った質問をする蒼空。 その辺まだまだにぶい、元男の子の蒼空なのだった。
そんなところに助け舟、日向が帰ってきた。
「ただいま、蒼空。 春奈ももう帰ってきてるのね。 ん? あらどうしちゃったの?」
ソファーで並んで座ってる2人。 春奈はどうやら涙ぐんでるようで、蒼空はそれを見て戸惑ってるようだ。
「お母さん、おかえりなさい。 あのぉ、そのね、春奈が急に泣き出しちゃって……」
蒼空が要領を得ない説明をする。
そしてソファーの横に広げて置かれている結果通知の紙。
日向はそれを取り上げ内容を確認すると、ホッとした表情になりそして春奈が泣いている理由もなんとなくわかったような気がするのであった。
「春奈。 合格おめでとう。 良かったね、姉妹2人で一緒の高校行けるようになって」
日向はそう言うと蒼空の反対側にまわり、春奈の横に座ると肩を寄せ、優しく頭をなでてあげるのだった。
「お母さん! ありがと。 私……、うぇ~ん」
そう言うなり日向に抱きつくと、ついには大泣きしだす、春奈。
日向はずっと春奈をやさしくなで続けている。
蒼空はそこまで泣いている春奈を見たこともなく(小さい頃は別として)、途方に暮れるしかないのだった。
そんな中、蒼空の携帯にメールが届く。
春奈が大泣きしてる中、メールを確認するのもどうかな……と思いつつ、一応そのメールの差出人を見る。
差出人は沙希ちゃんからだった。
蒼空はハッとして、慌ててそのメールを確認する。
―― サクラサク。 蒼空ちゃんと一緒に高校行くの今から楽しみだよ! ハート ――
ハートって、沙希ちゃん……。
蒼空はちょっと脱力感に襲われながらも幸せな気持ちでいっぱいになる。
これで3人一緒に高校へ行ける。
春奈がなんでこんなに大泣きしちゃってるのかはボクには良くわかんないけど、うれしさから来てるのは間違いないよね?
沙希ちゃんのことは落ち着いたらすぐ教えてあげなくちゃ。
聞いたらまた泣きだしたりして?
ぷっ、それは無いな。
これで合格祝い、3人でやるの決定だよね?
ふふっ、楽しいだろうなぁ……。
――大泣きしている春奈を横にしながらも、これからの事を考えて幸せそうにしている蒼空。 春奈も泣いてはいるものの、それは幸せからきたうれし泣き。
姉妹で幸せをかみ締める一日となったのだった――。
これからもこんな日が続きますように……、2人、そして日向も……そう願っていることだろう。
ところで蒼空は、泣いてる春奈の横、慣れない手つきでメールの返信をポチポチ打っているのであった。