ep45.決戦の日
※話数を修正しました。
明日はいよいよ"清徳大付属女子高等学校"入学試験の日。
ちーちゃんの家庭教師もうまくいけば、もうおしまいってことになるのかな?
ちーちゃんには10ヶ月っていう長い間、自分の時間を割いてボクのために家庭教師をがんばってもらってほんとに感謝してる。 2年もの間、勉強することの出来なかったボクに今日まで教えるのは、いくら教育学部の人っていっても大変だったと思う。 まだほんとの先生ってわけじゃないんだもん。
ボクがそんなちーちゃんに出来る唯一のお礼といえば、入試に合格すること。
それが一番の恩返しだ!
ボクはそんなちーちゃんのため、それに応援してくれたお母さんや春奈、みんなのため、そしてもちろんボク自身のためにも明日の入試は全力で、せーいっぱいがんばろうと思う。
「蒼空、もう明日の準備は終わった? 忘れ物ないようにちゃんと確認しておきなさいね」
お風呂から上り、髪をキッチリ梳かしドライヤーで丁寧に乾かしたあと(ボクももうそれくらいは一人で出来るのだ)、お母さんが作ってくれたホットミルクをダイニングテーブルについて飲んでたら、そう言ってきた。
「うん、もうバッチリ! 今から行ってもいいくらいだよ?」
ボクはお母さんの今日何度目かの同じ確認に、自信を持ってそう答えた。
お母さん、実はボクより緊張しちゃってるんじゃないのかなぁ?
「そう? ならいいんだけど……。 今日は夜更かしせずに早く寝なきゃだめよ? 明日は朝早いんだから、お寝坊しないようにしなきゃね」
「うん、わかってるって。 ボク夜更かしなんてしないし、心配いらないよぉ」
そもそもボクはこの体になってから夜更かしなんてぜんぜん出来やしないし……。 夜も9時をまわると自然と眠たくなってきちゃうんだもん……いやになっちゃう。
明日の持ち物は、受験票に筆記用具、単眼鏡、それに上履き。 上履きは、中学1年の時のお古があるにはあったけどサイズもちょっと大きかったし、せっかくだから新調した。(一応清徳規定の上履きで、足のサイズは22cmだ。 小さい……)
試験開始は午前9時からなんだけど早い人だと2時間以上前から来てるらしい……。 わけわかんないよね?
ボクの受けるのは普通科の進学コース。 春奈と沙希ちゃんも推薦と一般の違いはあるけど同なじコースなのだ。
当日はボクが校舎で試験を受けてる間、お母さんもなんか、保護者への最終説明会があるとかで同じ会場内に居るんだって! 同じ学校内にお母さんが居るってだけで少しは安心出来る、かな?
あ~ん、明日はいっぱい知らない女の子たちが来るんだよねぇ……、ボク一人でほんとにちゃんと出来るのかなぁ? ほんと言うとすっごく不安……。
だめだめ、こんなこと考えてちゃ。 すぐいらないこと考えちゃうのはボクの悪いクセだ。 もう余計なこと考えずにさっさとベッドに入って寝ちゃお。 今ならまだ春奈もお風呂に入ってるから、うるさく言われずに済むし……。
「お母さん、ボクもう寝ちゃうね。 おやすみなさ~い」
ボクはそう言って、部屋に戻るとそそくさとベッドに入った。
ベッドに入って5分足らず……、あっという間に眠りに落ちたボクだった。
* * * * * *
「お姉ちゃ~ん! 朝だよ~! 起きないと遅刻だよぉ~、お~い?」
「んぅ……?」
「あ、さ、だ、よ~?」
「むにゅ……んぅ?」
なかなか起きない蒼空を見て、春奈の頬がぴくりと動く。
「お姉ちゃん!!」
「むむぅ」
何なのぉ? うるさいなぁ……まだ眠いのにぃ。
「もう、お姉ちゃん! いい加減にお、き、てっ!」
春奈はついにはニタリと笑って、起きようとしない蒼空のほっぺたを両手でつまむ。
「ひゃう!! はふな、ひひゃいひょ~!」
蒼空はその痛みで一気に目が覚める。
「なかなか起きないお姉ちゃんにはお仕置きが必要よね~!」
春奈はそう言ってなおもつねる。
蒼空はもう涙目だ。
「ほめん、ほめんひてひゃるにゃ~!」
蒼空は必死にやめるように訴えているようだ。 さすがに春奈もこれ以上はまずいと思ったのか、ようやくつねるのをやめる。
蒼空のほっぺたはもうまっ赤だ。
「は、春奈ぁ、ひどいよぉ! そこまですることないじゃない~」
蒼空が涙目で頬を押さえながら訴える。
「いぃ~だ。 お姉ちゃんがなかなか起きないのがいけないんだもんねぇ」
春奈はそう言って自分の正当性を主張する。
「そりゃそうだけど……、やりすぎだよ、もう」
蒼空はまだちょっと痛いほっぺを小さい手でさすりながらグチる。
「はいはい、ゴメンなさい。 だからほら、とりあえずごはん食べちゃってお姉ちゃん。 今日入試でしょ! 出かける支度もしなきゃいけないのに」
「はぅ! そ、そうだった。 入試だよ、どうしよう、もう時間ないの?」
「ぷっ! お姉ちゃん、落ち着いてよ。 まだ5時半、ぜんぜん余裕の時間なんだから」
「ええっ、まだそんなに早い時間? 集合時間9時だよね? ええぇ~?」
春奈はキリがないと思い、蒼空の手を取ってベッドから引っ張り出した。
「ほら~、いこっ! お姉ちゃん。 もうお母さんが朝食用意してくれてるんだから」
「う、うん。 でも、なんでこんなに早くぅ……」
まだ納得いってない蒼空だったが、とりあえず春奈にしたがって朝食へと向うのだった。 まだ少し赤いほっぺをさすりながら……。
「お母さん、おはよう……」
蒼空がちょっと不機嫌そうに挨拶をする。
「おはよう、蒼空。 あら、どうしたの? 朝からずいぶんなふてくされようね?」
「むぅ……。 春奈がつねった。 ボクのほっぺ」
そう言って蒼空は春奈をにらむ。
日向と春奈は蒼空のアタマの上でお互いアイコンタクトを取ってる。
「まぁ、仕方ないみたいね? 蒼空、いつまでもぐずぐず言ってないで早く食べちゃいなさい。 それから歯もちゃんと磨いて顔もキッチリきれいに洗うのよ?」
「ええぇ~、春奈におとがめなしぃ? そんなぁ」
「お姉ちゃん、普段の行いよ? お、こ、な、い。 えへへぇ~」
春奈が勝ち誇った顔で蒼空に言う。
「むう~っ! ふんっ」
蒼空はそんな春奈をふくれっ面でにらみ、そのあとぷいっと横を向き……、それでも仕方ないので朝食をようやく食べ出すのであった。
やっと朝食を取り出した蒼空を見て、朝からなんだかどっと疲れた春奈だった。
――ほんとお姉ちゃん、だんだん幼児退行してってない? もう扱いずらいったらないよ……。
蒼空をからかいつつも、そのあまりに子供っぽい反応に脱力感を覚える春奈だった。
「ほら蒼空、ちょっとこっちへいらっしゃい」
朝食を終え歯磨き洗顔をこなし、ひと段落した蒼空に日向が声をかける。
「うん、何なのお母さん?」
「今日は高校の入試でしょう? だから蒼空のその長めの髪のままだとあまりいい印象もたれないと思うのね」
日向はそう言うと蒼空をダイニングテーブルのイスに座らせて、その髪をまとめ始める。 蒼空の髪は、今では肘のちょっと下あたりまで伸びてきている。
確かにこのままだと、生徒の髪型などにうるさそうな学校の受験には向かないかもしれない。
そして日向は、以前春奈がプールで蒼空にしてあげたようにポニーテールに仕上げる。
プールの時と違って髪をまとめるためにきっちりヘアワックスも使い、髪の毛をしっかりなじませている。 そしてヘアゴムで束ねたところにピンク色のあまり派手になりすぎない程度のシュシュを使ってかわいいアクセントを付ける。
「はい、出来た。 どう蒼空? これで首元もすっきりしたし、すごくかわいいと思うんだけど?」
蒼空は春奈が持って来てくれた鏡を覗いて、その出来栄えを見る。
最近はけっこう自分の見た目や、髪型を気にするようになってきたのか、鏡の前でアタマを左右に振ってみたり、いろんな角度を試してみたりしている蒼空。 そのしぐさもかわいらしい。
「うん! お母さんすごいぃ。 こんなに早く、こんなにかわいく仕上げてくれるんだも~ん。 ありがとぅ!」
「お姉ちゃん、やっぱポニテいいよ! かわいいって。 高校はこれで行くようにしたらいいんじゃない~? ねっ、お母さん」
春奈もすごく気に入ったようで、まじまじと見入っている。
「ふふ、どうなのかしらね? それは学校の規則もあるだろうし、蒼空の気持ちもあるし」
「でもなんか春奈と似た感じだし……」
「別にいいじゃん? それに私のはちょっとアレンジしてあってあんまポニテっぽくないっしょ?」
春奈の髪型はストレートヘアからではなく、ゆるいパーマがかけてある髪をややルーズにアップにまとめて、くしゅくしゅしてふわっと仕上げる感じにしたポニーテールのアレンジ版だ。
「それに姉妹なんだから一緒だったとしてもそれはそれで楽しいじゃん? おそろいだよ」
春奈はそういってニッコリと笑顔を見せる。
「うん。 そうだね、それもいいかもね? えへへっ」
蒼空はそう言うと、さっきまでのふてくされた気分はどこへやらで、上機嫌に変わっていく。
そんな蒼空を見てすかさず日向は次の行動へ移る。
「じゃあ蒼空、着替えも済ましちゃおう! スーツ用意してあるから蒼空の部屋で着替えましょ?」
「うん。 わかったぁ」
機嫌の直った蒼空はニコニコした表情で日向に付き従っていく。
春奈はそれを見て、さっきまでの苦労はなんだったの? と、なんとも言い切れない気持ちになるのだった。
* * * * * *
「じゃ千尋ちゃん、春奈、行ってくるからお留守番よろしくね?」
ちーちゃんはボクがスーツに着替えてるころに起きてきて、今は春奈と一緒にお見送りに出てきてくれてる。
「はい叔母さん、まかせといてください」
ちーちゃんはお母さんにそう答え、続けてボクに言葉をかけてくれた。
「蒼空ちゃん! 今までがんばった成果、しっかり今日の試験で出してきちゃってね? あれだけ勉強したんだもん、自信持ってね」
「うん! ちーちゃん、ありがとう。 ボク、ちーちゃんのためにもがんばって試験受けてくるっ」
ボクはめいっぱい力んだ声で、ちーちゃんの声援に答えた。
「お姉ちゃん、試験会場で一人になって泣かないでね? にひひぃ」
「もう、春奈ぁ、ボクそんなに泣き虫じゃないもん! でもありがとっ、負けないようがんばるね」
春奈のひねくれた激励だったけど、ボクは春奈の気持ちはよくわかったから素直にお礼を言った。 春奈はちょっと面食らった顔をしてたけど、すぐ笑顔になって言った。
「まずはお姉ちゃんだね? お姉ちゃんならきっと、絶対バッチリOKだよ!」
「うん!」
ボクは満面の笑みで大きくうなずいた。
そうだ、まずはボクがキッチリ受からなきゃ話にならないもん。
ほんとのほんとに……、がんばるぞ!
そうしてボクはお母さんのクルマのリアシートに座り、決戦の場へ向うのだった。
決戦地は、清徳大付属女子高等学校!
ボクは推薦だから春奈たちと比べるとちょっとズルいけど……ハンデ付ってことでゆるしてね?
何はともあれ、一生懸命やるしかないよねっ?
2章も終わりに近づいてきました。
ここまで続けられるとは……。
読んでいただいてる方々に感謝です。