ep44.男の子と蒼空
※話数を修正しました。
「うへぇ、悠斗? あんた何しにこんなところへ?」
亜由美が面倒くさそうに問いかける。
「何っておまえ、おれらも初詣に決まってるじゃん。 亜由美はもう済んだの? よければ一緒に参拝しない?」
「おあいにくさま! 私たちはもう済んじゃったの。 今は屋台を見て回ってるトコ」
「うっ。 そ、そうかよ。 ……で、亜由美は誰と来てるんだ?」
そう言うと亜由美の連れを確認しだす悠斗。
「おっ、森崎に……柚月さんじゃん。 それにもう一人ぃ……おわっ」
もう一人と言って、見てから思わず驚いてしまう悠斗。
「どうしたんだ? 悠斗」
悠斗の驚いた声にそばにいたもう一人の男子が問いかける。
「おっ、おう。 いや、ちょっと……びっくりしただけだ」
悠斗は白くて小さい女の子を見た……、すぐ柚月の後ろに隠れてしまったけど。
何あの子。 誰かの妹? あの白さ、ありえねぇだろ?
「なんだそれ? 何におどろいてんだか」
まぁいいけど……、とりあえずこっちが先だ。
「あけましておめでとう、保坂さん。 偶然……だね? こんなとこで会うなんて」
もう一人が亜由美に挨拶する。
「あ、うん。 おめでとう、山下くん。 何、二人で初詣?」
亜由美はちょっと訝しげにもう一人に話しかける。
「えっ、あぁ……まぁね」
そう言ってちょっと苦笑いしながら答える、山下とよばれた男子。
実は悠斗が亜由美の家に初詣の誘いに行ったところ、すでに友達と初詣に出かけたと母親に言われ、慌てて神社に駆けつけたのだ。 山下は一人で行くのも間抜けだからと、いきなり悠斗に召集されたのだった。
「ふーん、二人で? 偶然……ねぇ?」
そうつぶやきながら、また悠斗を見る亜由美。
「なんだ青山じゃん? ふふ~ん、どうせ亜由美を追いかけてきたんでしょ~?」
優衣が会話に入ってきて悠斗につっこみを入れる。 どうやら悠斗たちの行動は亜由美や優衣にはバレバレのようだ。
「っせえなぁ。 そんなんじゃねぇ! ってこともないけど……よぉ」
最後まで強く言い切れない悠斗。 見た目と違って案外まじめなのかもしれない。
悠斗は背の高さは170cmに届かない程度だがスマートな体型をしていて、細面のすっきりした顔立ちに切れ長の目、サラサラ髪を肩にかかるほどに伸ばした、今風のカッコいい男の子って感じだ。
「同じクラスでせっかく会えたんだしさ、一緒に回ってもいいかな? どう?」
なんだか煮えきらない悠斗に代わって、亜由美たちに提案する山下。
そう言う山下は、悠斗のようにカッコいいってタイプではなく、あまり高くない背は160cmをちょっと越えたくらい。 痩せ気味の体で、どことなく中性的な顔立ちをしていて、やさしい人懐っこい笑顔は誰にでも好かれそうな感じのする男の子だ。
「う~ん、私はまぁ別にかまわないんだけど……」
亜由美はそう言うと、ちょっと困った顔をする。 そんな亜由美に春奈が声をかける。
「亜由美? 私とお姉ちゃんのことなら気にしなくていいよ。 もう参拝もしたんだしさ。 悠斗たちと一緒にもっかいいっときなよ? うふふっ」
「えぇ、それはダメだよ! 今日は春奈たちと一緒に回るって約束で来てるんだし。 別の友達に会ったからって、途中から別れるなんて……そんなのダメ!」
そういうところ、すごく律儀な亜由美なのだった。
「うーん、まぁ私も別に一緒に回ってもいいっちゃ、いいんだけど……」
春奈はそう言いつつ、いつの間にか自分の後ろに擦り寄り、隠れるようにしている蒼空を見る。
蒼空は見知らぬ男の子たちにひどく緊張しているようで、ちょっと前までおいしそうに食べていたいちご飴も、途中で食べるのをやめてしまってる。
春奈は小声で蒼空に問いかける。
「お姉ちゃん、どうしよう? 一緒に回る? それとも私たちだけ先に失礼しちゃおっか? 私は別にどっちでもいいよ」
そんな春奈と蒼空を興味津々の面持ちで見つめる悠斗と山下。
亜由美たちと一緒にいる、ちっちゃくてかわいい、でも異彩を放ってる女の子。 そんな蒼空のことを聞きたくてウズウズしてるのだが、ガマンするだけの分別はある、いい男の子たちのようではある。
「う、うん。 ボク、そのぉ……」
ど、どうしよう。
ボク、女の子の体になってから正直、男の子とかちょっと苦手、というか怖い。 元男の子のくせに情けないけど……。
今の華奢で弱っちい体じゃ、どうしても男の人を前にすると緊張してしまう。 何かされやしないかと不安になっちゃう。(そりゃ石渡先生とかは別だけど……)
でも、亜由美ちゃんや優衣ちゃんは一緒に行きたそうだし、春奈もほんとは行きたいのかも?
それに亜由美ちゃんには色々よくしてもらってるもん。 お弁当作ってきてくれたり、今日だってボクが泣いたときやさしく慰めてくれたし……。
高校行くようになったら、こんなことなんていっぱいあるかも知れないんだ!
「いい……よ? ボクも一緒に行く。 行ってもいいかな?」
「お姉ちゃん! いいの? ほ、ほんとにぃ~?」
てっきり帰るって言い出すと思っていた春奈は、予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげる。
「うん、行く。 ボクもまだ屋台全部見てないし……それに、いちご飴……落っことしちゃったし! えへへっ」
そう言って手に持っていたいちご飴(の串)を前に差し出す。
その串の先端には、付いていたはずの食べさしの飴はなく……。 その飴はむなしく蒼空の足元に転がっているのだった。
「じゃ、なんも問題ないじゃん。 一緒に回ろっか?」
優衣ちゃんがあっさりと結論を出す。
こういう時は優衣ちゃんの暴走癖って役に立つよね? うふふっ。
「おおっ! さっすが森崎、話せるじゃん。 それに柚月さんもっ! そ、それで、えっと……」
悠斗は途中まで言って口ごもる。
亜由美はそれを見てため息を付きながらも助け舟を出す。
「はぁ、仕方ない。 それじゃ簡単に紹介しとくかぁ」
「蒼空ちゃん、こいつらは私たちのクラスメートでねぇ……」
そう言ってから、まず悠斗を指差し、
「こいつは、青山 悠斗。 残念なことに私の"幼なじみ"でもある」
「ちぇ、なんだよそれぇ? もっと普通に紹介してくれよ~」
悠斗はグチりながらも 「こんちは!」と、悠斗にしてはおとなしめの挨拶する。
蒼空に対してどんな態度をとればいいのか決めかねてるようだ。
「却下ね」
亜由美は悠斗の抗議をあっさり切り捨て、次に移る。
「で、もう一人が、山下 晶くんね」
「はじめまして! よろしくねっ」
山下はごく普通にあいさつするが、なにげに挨拶が小さい子供にするっぽいトーンだ。
そんな山下の様子を見て苦笑してしまう亜由美。
そしていよいよ蒼空の番。
「それでこっちの女の子は……、柚月 蒼空ちゃん!」
そこまで亜由美が言ったところで悠斗が口を挟む。
「えぇ? 柚月ぃ? じゃ柚月さんの妹なのぉ?」
蒼空はそれを聞くと、ちょっとむっとした表情になる。
「あぁん、もう、悠斗! 話しは最後まで聞く!」
ぴしゃりと言う亜由美。
その体を思わず縮こめる悠斗。
蒼空はそれを見て、いい気味といった感じでほくそ笑む。
「蒼空ちゃんは、春奈の"お姉さん"です」
「「ええぇ~!!!」」
これにはずっと冷静にことを見ていた山下も驚いたようで、悠斗と一緒になって声をあげてしまった。
悠斗と山下は思わず蒼空をじっと見る。
春奈ちゃんの姉と言うにはあまりにも……お子様だ。 ひいき目に見ても中学に上がったばかりの女の子くらいにしか見えない。
それにしてもその容姿は変わっていた。 そしてすっごくかわいかった。
ベレー帽をかぶってはいるものの、そこから見える髪の毛は真っ白で、そのかわいい顔にかけている眼鏡の奥に見える目は赤く輝いてる。(蒼空の眼鏡は度付きサングラスといってもあまり着色されていないUVカットを目的としたもの。 それでもレンズ越しに見ると明るさはかなり抑えられている)
冬とはいえ、その肌も青白く見えるほど白くって、そんな彼女は、はかなげに見えるほどキレイで、その体の小ささと相まってハンパないかわいさをかもし出してる。 しかも着ている服がまた白くてふわふわした、かわいさを何倍にも増すような洋服で、その組み合わせはもう褒める言葉も見つからない……、と言うと大げささだろうか?
そんな子が柚月さん……春奈ちゃんのお姉さん、だなんて、にわかには信じがたいというものだ。
「ほんとよ? この人、私のお姉ちゃんだもん!」
春奈は蒼空の肩に両手を置き、二人に間違いないことを告げる。 そして蒼空にも話しを振る。
「ね? お姉ちゃん」
「えっ! う、うん。 そのぉ……」
蒼空がようやく男の子二人に向って挨拶しようと顔を向ける。
そして覚悟を決めて話し出す。
「あのぉ、見た目こんなだから信じられないかも知んないけど……。 春奈の姉なのはほんと。 ボク蒼空。 16才です。 よろしく……ね?」
蒼空のこの発言にまたしても、男子二人は仰天する。
「「ええぇ!? 16才~?」」
そのなりでオレたちより年上かよぉ? マジぃ? 男子二人はそう簡単に納得出来そうもなさそうだ。
そしてその声にビクっとする蒼空。 思わず春奈にすがり付く。
そんな蒼空の様子にやれやれといった感じの春奈。
「青山くんに山下くん。 あんまりおっきい声出さないで? お姉ちゃん怖がっちゃうからさ?」
「え、ああ、そうか? ゴメン。 それにしても、なぁ?」
悠斗は、コレだけ聞いてもにわかには信じがたく山下と顔を合わせて戸惑いの顔を見せる。
春奈はこの二人に蒼空の事情をいきなり話すのもどうかと思い、あえて話すことはしない。 その内話すこともあるかも知れないけど……今はまだいい。 それになんか驚く姿、見てて面白いし? ふふふ。
「ほら、もういいでしょ? で、どうすんの? 悠斗たちは参拝行ってくる? 私たちはもう済ましちゃったからここにいるよ。 行くなら待っててあげるから早く行ってきなさいよ?」
亜由美が矢次ぎ早に言う。
「えっ? そうだなぁ……、晶どうする?」
もうそんなことを聞いてる時点で、初詣目的で来たってわけじゃないことがバレバレである。 まぁもうとっくにバレてはいるのだが……。
「はぁ、……悠斗。 お前ってイケメンだけど、頭はちょっと残念だよな?」
山下はそう言って悠斗の肩をたたく。
「ほっとけ!」
悠斗がわめく。
「まっ、せっかくだからちゃっちゃと行ってこよう?」
そう言うと、山下は悠斗の腕をとって参拝のため境内に向って歩いていく。
「じゃ、そういうことで……、ちょっと待っててくれよなぁ~!」
悠斗が山下にひっぱられつつも手を振る。
「はいはい、いってらっしゃい」
それを亜由美は面倒くさそうに見送る。 なんだかんだ言っても仲の良さそうな二人ではある。
「ねぇ、亜由美ぃ? あんたたちってさぁ、やっぱ付き合ってるの?」
優衣が単刀直入に聞く。
亜由美は照れたそぶりもなく答える。
「ん~、どうだろ? 付き合ってるってのじゃないんだよねぇ……。 あれよ、俗に言うくされ縁ってやつ? なにしろ幼稚園のときからだもん。 もうよくわかんないわ」
「ふ~ん? そう」
でも悠斗は間違いなくあんたのこと好きだよね。 見ててバレバレだもん、いひひ。
またいじって遊ばさせてもらおっと。
ろくでもないことを考えてる優衣だった。
蒼空はそんな二人のやり取りをのぞき見て、ちょっと悠斗がかわいそうな気もしてくるのだった。
――元男の子としての蒼空が、悠斗に妙な同情心を覚えたのかも知れない。
しばらくして戻ってきた男子二人と、蒼空を含めた女子4人。 即席のグループ6人で屋台を回ることとなった。
悠斗はもちろん亜由美の横に並んで歩く。 そして山下は必然的に優衣や春奈と一緒に歩くことになるが、蒼空は当然春奈にべったりなので、なんとなく優衣との距離が近くなる。
そんな調子で巡回グループが出来上がったのだった。
山下は、落としたいちご飴の代わりをまた買って、おいしそうに食べている蒼空を不思議そうに見つめながら歩いている。
「どしたの? 山下っち」
優衣がそんな山下を見て問いかける。
「えっ、ああ。 大したことじゃないんだけど、蒼空ちゃんってさ? あれだけ目立つ姿なのに学校で見たことないしさ。 柚月さんのお姉さんだったら当然うちの学校にいたはずじゃん。 だから不思議だなぁ? と思ってさ」
山下はごく普通に蒼空のことを蒼空ちゃんと呼ぶ。 春奈との区別があるから名前で呼ぶってこともあるだろうが、やっぱ小さな女の子扱いである。 例え年上とわかったとしても、見た目の印象を変えることは難しい。
「ふふーん、さすがクラスでも1・2を争う秀才くん。 するどいじゃん?」
優衣はそう言うとちょっと小声になりつつ続ける。
「蒼空ちゃんはねぇ、ずっと病気で、あと、えぇ事故とかもあって学校にはぜんぜん行ってないんだよ。 彼女、見ての通り見た目すっごく白いでしょ? それもその病気のせいもあるんだって?」
優衣は春奈がまあいいだろう、と思って言わなかったことを山下に教えた。
「そ、そうなんだ? 通りで……」
目の前を杖を突きながら、ちょっとたどたどしく歩いてる、小さくてほんとに白い姿の蒼空を見て山下は納得する。
「ここ半年くらいで、ようやく今みたいに外に出られるようになって、高校入試も受けるみたいだよ? 今まで一生懸命勉強してきたみたい。 がんばってるんだよぉ、蒼空ちゃん」
「ふーん、すごいなぁ、あんな小さくて華奢な女の子なのになぁ……」
「あれぇ? 山下ぁ、もしかして蒼空ちゃん気に入ったりしちゃったぁ?」
どうにも単刀直入な優衣である。
「えっ、いや、そんなわけじゃないんだけど……さ。 まぁちょっと気になってさ」
否定はするものの、なんとも微妙な感じを見せる山下であった。
そんな山下を見つつ優衣は、ほくそ笑む。
ふふふっ。 青山といい、山下といい、面白いネタ提供してくれるよねぇ? にひひ。
これは今後が楽しみかも? あぁ、でも山下と蒼空ちゃんじゃ接点が少ないのが難点だよねぇ……。 これはまた何とかせねば!
ほとほと、ろくなことを考えない優衣なのであった。
そんな優衣の思惑に気付くことなどあるはずもなく、悠斗や蒼空はそれぞれオシャベリや屋台の食べ物に夢中になっている。
蒼空も最初の緊張はどこえやら、すっかり男子がいる中でもなじんでいっているようだ。
屋台を一通り回った後、悠斗はどこかへ遊びに行こうと提案したものの、あっさり却下され、あえなく解散となってしまったようだ。
……どんまい悠斗。
* * * * * *
もう始まった新しい年が、蒼空にとってすばらしい年になるかどうか? は、これからの蒼空の努力次第。 もちろん蒼空を取り巻く人達も今まで同様助けてくれることだろう。
今年は今まで以上に色々な出来事が起こるはず。
今年1年よい年になりますように……。
そう祈らずにはいられない新年早々の出来事なのだった――。
でも、まずは高校入試がんばらなきゃね?