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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
2章
41/124

ep39.春奈の苦悩

※話数を修正しました。

 プールで久しぶりに友達と思いっきり遊んだ蒼空は、やはりというか……熱を出して寝込んでしまっていた。


 春奈が付いていたとはいえ、慣れない街中やプールでたくさん歩き、またプールの中では全身運動、それに昼の強い日差しの下に長く居たこともあり、症状はかなりつらいものとなってしまった。

 日向が病院に連れて行き診てもらい、ただの疲労からきたものという診断は出ているので一応の安心はしてはいるものの、つらそうにしている蒼空をみると、やはり心配になるのは仕方のないところだろう。



「お母さん……。 私、お姉ちゃんに無理させすぎちゃったのかなぁ?」


 先ほどまで蒼空のそばで様子を見ていた春奈が、日向に問いかける。

 そして、そんな自責の念にかられている春奈に日向がやさしく言葉をかける。


「春奈……。 蒼空はそんなこと少しも思ってないと思うわよ? それどころか今でもきっと春奈には感謝してると思うなぁ」


 そう言って春奈の頭をやさしくなでつつ言葉を続ける。


「熱を出してしまったのは確かに心配だけど、それを心配してたらいつまでたっても蒼空はお家から出られない弱い子のまま。 蒼空もこうなるかもって思ってても、それでもお外に出てみんなと遊びたかったから春奈たちみんなと遊びに行った。 蒼空も言ってたんでしょう? プールすごく楽しかったって?」


「う、うん。 そうは言ってたけど……」

 確かにそう言ってた。

 そうなんだけど春奈は自分自身、蒼空に向ってよく言う口癖を思い出してしまう。 「お姉ちゃんは自分の体のことすぐ忘れちゃう」……そう言ってる自分も結局、蒼空のこと、お姉ちゃんの体のことをわかってないじゃない?

 そう思ってしまい、単純に日向の言葉で自分を納得させることが出来ないでいる……。


 そんな春奈を見て日向は思わず抱き寄せる。


「お、お母さん?」

「春奈はほんと、素直でやさしい……いい子よね。 お母さんうれしい。 だからお願いよ、そんなに自分を責めないで。 ね?」

「お母さん!」

 春奈はそう言うと日向の胸に顔を預け、ついには我慢しきれず泣き出してしまったのだった。


 春奈も普段は家族の前では元気にしてはいるものの、同じようにつらい経験をしてきている。

 かといってお姉ちゃんの前でそんな弱い自分を見せたくない、蒼空を不安にさせたくない……、そんな想いで日々を過ごしてきた春奈の心の中には、いつしか重く張り詰めたものがたまってきていたのだろう。


 それが蒼空の病気をきっかけにして、ついには噴き出してしまった……。


 日向はそんな春奈をやさしく抱きしめ、頭をなで続ける。 春奈が落ち着き泣きやむまでずっと……。



* * * * * *



「う、う~ん!」


 初日に高熱が出たあと微熱が続き、なかなか回復まで至らなかった蒼空。

 しかし4日目の朝、ようやく平熱に戻ったのか気分良さげな声をあげ、ベッドから体を起こした。


「はぁ、体がだるい。 それになんか汗で気持ち悪い……」

 それに……、

「お腹すいたなぁ」


 蒼空は時計を確認する。 

 7時42分……、朝ごはんあるかなぁ? そう思い蒼空はベッドから降りようとする。

「よい…しょ、とっ、わぁっ」


 蒼空の慌てた声とともに、『ばったーん』と部屋に響く鈍い音。


 見事にバランスを崩して前のめりに転んでしまった蒼空。

「いったぁ~い!」

 蒼空のかわいい声が、今度は家中に響き渡る。


 それからほとんど間も空けず、部屋の引き戸が勢いよく開かれ……。


「ど、どうしたの! 何かすごい声したよっ!」

 春奈が慌てて入ってきた。


「あっ、お姉ちゃん! 大丈夫っ?」

 すかさず転んでいる蒼空を見つける春奈。

「春奈ぁ……。 転んじゃった」

 なんとも情けない声で返事をする蒼空。

 立ち上がろうとしている蒼空に春奈が手を貸すが、どうにも頼りない足取りでふらふらしながら立ち上がる蒼空。


「お姉ちゃん、どうしたのよぉ、もう。 あぁ! おでこ赤くなってるじゃん!」

 

 さっき転んだ拍子に頭を床にぶつけてしまったのだろう、蒼空のおでこは多少赤くなっていた。


「う、うん。 ごはん食べに行こうと思って、ベッドから降りて歩こうとしたら……、ちょっと足がもつれちゃってぇ」

「もぅ、呼んでくれれば私がベッドまで持ってきてあげたのにぃ! まだ病み上がりなんだから無理しないで? ってゆうかもう起きて大丈夫なの?」

「うん、大丈夫! もうすっきり。 熱もないみたい。 心配かけてごめんね? 春奈」

「ほんとかなぁ?」

 そう言って蒼空のおでこに手を当てる春奈。 そこは蒼空がぶつけて赤くなっているトコロ。


「いたっ! 春奈そこいたい」

 当然痛がる蒼空。

「はぁ、お姉ちゃん。 自業自得! まぁ熱はないみたいだけど……。 じゃあとりあえず食堂行く?」 (※ 食堂といってもリビングダイニングです)

「う、うん」

 そう言うと蒼空は歩きだすが、またなんとも、ふらふらで心もとなく……。

 春奈はそんな蒼空を見てチクリと胸が痛む。


「ほらお姉ちゃん、手貸すよ」

 春奈はそう言うと蒼空の腰に手を回し体を支えてあげる。

「あ、ありがと! 春奈」

 蒼空も春奈の腰に手を回し、歩き始める。


 春奈は横にいる白くてきれいな髪をした小さな姉、蒼空を見てつい考える……。


 ――事故で男の子の体を失い、脳を移植され、目が覚めた時は女の子の体になっていて……、しかもその体は男の子の時よりもちっちゃくて、しかも先天性白皮症アルビノなんていう遺伝子の病気まである。 目が覚めてからも女の子の体は全然動けなくて長い間リハビリを強いられて、今になってもなお完全っていえない状態。 お姉ちゃんはその小さな体にたくさんのハンデを背負ってる……。

 それに学校にも行けずに中学の卒業さえ出来ないから、ちー姉ちゃんに教えてもらいながら一生懸命卒業資格を自分の力で取ろうとしてる。 しかも資格を取ったとしても入る高校すら自由にならない。 でもその中でも行ける高校を目指してがんばってる――。


 お姉ちゃんはスゴイ。 小さい体だからってそれに甘えてなんかない。


 そうお姉ちゃんは、何するにしたって無理だからってすぐあきらめたりするような人じゃない。 そりゃ多少気弱で、甘えんぼさんなとこもあるかもしれないけど。


 …………。


 そうだ。


 だから自分はそんなお姉ちゃんに幸せになって欲しいって思った。

 だからいっぱいおせっかいやこうって決めたんだ。

 なのにこれくらいのことで落ち込んでちゃ全然だめじゃん!


 春奈は自分なりに心の整理がつけられたのか、心なしか表情が明るくなったよう。


「春奈?……、どうしたの?」

 歩き出し廊下に出たところで、ぼーっとして立ち止まってしまった春奈に声をかける蒼空。


「え、あぁ、ごめ~ん! お姉ちゃん」

 春奈は蒼空の声で、自分がいつの間にかその場にたたずんでいたことに気付く。

 再び歩き出した春奈を怪訝けげんそうな顔をして見る蒼空。

 春奈は何事もなかったかのように食堂へと向う。



「お母さ~ん、お姉ちゃん連れてきたよぉ!」

「あら、もうお熱下がったの? 蒼空。 それにさっきの声、なに?」

 日向が心配半分、疑問半分で聞く。


「お母さん、聞いてよぉ! お姉ちゃんったらベッド脇で転んじゃってたのよぉ」

 春奈が元気な声で日向に告げながら、蒼空を席に座らせる。

 日向はそんな春奈の様子を見てちょっと安心したような表情を見せつつも……、

「蒼空! まだ病み上がりなんだから無理しちゃダメでしょ? それで、怪我とかしなかったでしょうね?」

 蒼空にお小言をとばしながらも心配で聞く。


「う、うん……。 それで……、怪我っていうか、そのぉ、ちょっとおでこぶつけちゃった」

 そう言うと、かわいい小さな手で前髪をかきあげ、おでこを見せる。

 おでこはさっきより赤くなって少し腫れてきていた。


「あらいやだ、蒼空! 腫れてきてるじゃない。 もうしょうがないんだから……」

 日向はそう言うと蒼空に駆け寄り、おでこを見つめる。

 人よりも敏感な蒼空の肌は、外からの刺激にもあまり強くなく、すぐに炎症など起こしてしまい大変なのだ。 今回は床におでこをぶつけたのだから、この結果はしごく当然のことといえる。


「春奈、何か冷たいものでおでこ冷やしてあげてくれる?」

「りょうか~い!」

「蒼空、それだけ腫れてくるとお風呂とかは良くないから今日は入っちゃだめよ? 春奈に体拭いてもらいなさい。 わかった?」

「そ、そんなぁ! お風呂入りたかったのにぃ……」

 ボクは寝込んでて汗いっぱいかいたから、お風呂に入りたくてしょうがなかったのに……。


「がまんなさい! そもそも自分の不注意でそうなったんでしょう?」

 日向が容赦なく蒼空に言い、続けて、

「春奈? 色々頼んで悪いけど、蒼空の着替えとあと体を拭いてあげてくれる? 蒼空一人でやらせたら、また転んじゃうといけないからね」

「は~い! まっかせてぇ、お母さん♪」

 春奈はそう言ってボクの方を見ると、その顔をニタリといたずらっぽい表情にし笑った。 そうそれは悪魔のような微笑だよ、きっと。


「お姉ちゃん、ごはん食べたら拭いたげるからねぇ~! おでこもきっちり冷やしたげるから。 うふふふっ」

 春奈、なんか怖いです。

「じゃあ、私準備しとくから早く食べてねぇ~」

 そう言って春奈は食堂から出て行った。


 ボクはこれから起こる出来事を考えると食事のペースがどんどん遅くなっていく気がした……。



 ボクは思った。

 もう二度と転ぶもんかって……。





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