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心のゆくえ  作者: ゆきのいつき
2章
30/124

ep28.ふたりのボク

※話数を修正しました。

 ちーちゃんが住み込みでボクの家庭教師をしてくれることが決まり、3月からはボクのやることは一気に増えそうな気配だ。

 1月は退屈しのぎのボクの行動から、みんなにずいぶん迷惑かけちゃったけど、これからはそんな退屈だと思うことは少なくなるのかな?


 大学生のちーちゃんがどれくらいのペースで家庭教師をしてくれるのかまだわからないけど、大学は "中学や高校" と違って毎日通う必要はない?って聞くから、結構お昼からとか勉強することになるのかな?


 心配ごとの一つだった勉強の件が、実際の勉強はこれからって言ってもようやく目処が立つと、もう一つの……ボクにとってはこれこそが一番の心配事に関心が移る。


 未だに歩くことが出来ない自分の足。 そのことにどうしても考えがいってしまう。


 最近リハビリに行っても以前のように良くなってきてるって実感がわいて来ないんだ。


 立ち上がれるようになるまでは結構順調に進んだ。 そのせいもあって1月の騒動を起こしてしまったわけだけど……。


 その先が思うようにいかないんだ。


 最初は無理して1週間以上サボることになってしまったのが原因かと思ったけど、2月ももう終わりが近いっていうのに1ヶ月近く前のことが未だに影響してるなんて思えないし、思いたくもない。


 ――この体は元々歩けるようなモノじゃなかったのかも? いくらリハビリしたって、そもそも歩ける体じゃないんだ!

 そんな、ろくでもない考えが次々と浮かびボクのアタマを支配する――。


 こんな体のままじゃ、そもそも春奈と同じ高校に行くってことすら出来ないんじゃないか?

 ついにはそんなことまで考えてしまうボク。


 いったいどうしちゃったんだろ……。



 どうしてこんなに心が沈んでいってしまうの?


 ボクはなぜか湧き上がる、このいわれのない不安感に心がしめつけられる。



* * * * * *



 ボクは近頃よく同じ夢を見る。



 薄暗いけど怖くはない、どこか暖かく気持ちのいい……まるで海の中でゆるやかにただよっているような感じのする、なぜだか懐かしい気分にさせるところ。


 夢の中のボクは、そんなトコロにただよってる。


 その中でボクはそこにあって、そこにいる、ただそれだけの存在……。



 そこでボクが見るのは、ぜんぜん知らない、ボクの記憶にあるはずのない場所……。


 それはまるで映画でも見ているかのように感じる、……どこか見せられているようなイメージ。


 薄暗い周囲の中、ぼんやり青白く光る明かりがいくつか見える……。


 いつも同じで、動きもなく、でも時だけが過ぎてゆく……、そんな空虚で、変わることがないイメージ。

 


 そんな不思議な夢をボクは見る……。



* * * * * *



 あの夢を見るとボクは不安になる。 落ち着かないんだ。

 夢の中では落ち着く雰囲気なのに、実際目が覚めると落ちつかない。


 あそこでは落ち着くけど何も出来ない、することが出来ない。


 それは今の自分も同じ。 それがボクを不安にさせる。


 何も出来ないボク。


 …………。



* * * * * *



 ボクはリハビリに行ったある日、お母さんと別れてから一人石渡先生のところに向った。


 約束も何もしてなかったけど……。



「やぁ、蒼空ちゃん。 今日はいったいどうしたんだい?」

 石渡先生は、忙しい中(たぶん休憩時間をさいて)いやな顔もせず、脳神経外科の待合室に居たボクに会ってくれた。


「先生、ごめんなさい。 急にこんな我がまま言って……」

 ボクは、急なお願いを聞いてくれた先生にあやまってからあの夢の話をした。


 先生はしばらく考えてから、ボクを見てやさしい顔をして話してくれた。

「蒼空ちゃん。 私が思うに君の夢は、君の夢じゃない」


「え?」

 ボクは思わず聞き返しちゃった。 ボクが見た夢なのにボクの夢じゃない?


「あぁ、う~ん。 ちょっと言い方がまずかったかな? 確かに蒼空ちゃんの頭の中で見た夢ではあるんだけど、君の、その脳の中で作り出された夢じゃないって言うべきかな?」

 先生はそう言ってボクのアタマを指差した。


「ボクの脳が作った夢……じゃない?」


「そう、脳が作った夢じゃない。 まぁこれも別に確たる根拠があって言ってるわけじゃないからそのつもりで聞いて欲しいんだけど」


 ボクは小さくうなずいた。


「よし、進めるよ。 根拠はないって言ったけど、蒼空ちゃんの話を聞くとある光景が容易に想像出来る。 それは……」


そこまで言ってから先生はボクを見る。


「先生、ボク大丈夫だから気にせず続けてください」

 ボクは先生が躊躇ちゅうちょしたことから話の方向が見えてきた気がしたのでそう言って続きをお願いした。


「ごめんよ。 じゃあ……、その想像できる光景なんだけど、端的にいってそれは、篠原製薬の "再生医療研究所" 内の培養施設、そこでの "素体" が置かれた状況と一致するように思えるね」


 ボクは目を見開き、それから息をのんだ。


「蒼空ちゃんが知っているはずのない光景だよ。 だから君の脳が見た夢じゃない」

 石渡先生は、間を空けボクを見てから続けた。


「それは蒼空ちゃん、君の体。 "素体" であった体自体が覚えている光景だよ。 体が覚えていた光景をその体の脳、君の脳に夢として見せた。 それがここ最近蒼空ちゃんを悩ませている夢の正体だ」


 石渡先生はそう言いきり、ボクのアタマにポンっとその大きいけど細い指の手を乗せた。


 ボクは緊張していた気持ちと体が、それでふっと楽になった。 ……気がする。


「まあ、なんだ。 さっきもいったけどこれはなんの科学的根拠も、もちろん証拠もない、あくまでただの推論だ。 でも私は思うね。 "素体" と君はDNAレベルでほぼ同一の存在。 まさにもう一人の君だった」

 ま、細かく言えば男と女の違いはあるんだけどね。 ぼそっと補足する石渡。


「そんな存在だった"素体"が見た? 光景だ。 蒼空ちゃんが夢に見てもなんの不思議はないと思うな?」

 もちろん脳は違うけどな? そう言うとまたいつもの石渡先生に戻ってニヤリと笑った。


「これが蒼空ちゃんの最近の不安の解消になるかどうかはわからないけど、要は蒼空ちゃんがみたのは、"素体"がぼーっとしてたときに見てた部屋の光景ってことさ」

 どうってことないだろ? と言って再度ボクのアタマを今度はちょっと強めにたたき、じゃ、私は忙しいからっと、足早にこの場から立ち去っていった。


 またいつもと一緒のように言うだけ言って行っちゃった。


 しばらく呆然と見送っていたボクだったけど、


「くすっ、ふふふ」

 ボクはなんだか知らないけどおかしくなって思わず笑っちゃった。


 ボクの不安が、なかなか思うように歩くことが出来ないイライラから始まったのか? それともあの夢から始まったのか? それは今さら考えたって分かることのないコトだけど……。


 今のボクにとってはもうどうでもいいことだ。


「やっぱ先生はすごいや! なんだかわかんないけど、すっきりしちゃった?」

 実は難しいコトバにだまされただけだったりして? 

 

 それにしても…… "ぼーっとしてたときに見てた部屋の光景……" かぁ。 ふふ、そんなので不安に思うだなんて知らないってほんと恐いことなんだなぁ……。

 ボクは変なところで妙な納得の仕方をした。 ん。 いいじゃん、それでボクは納得しちゃったんだから! これでOKだよ。


 ふと、カベの時計を見るともう10時をまわっている。

「いっけなぁい、リハビリが始まる時間とっくに過ぎてる! 理学療法士の先生に叱られちゃう!」

 ボクは慌てて車イスをリハビリルームへ向けて進めた。



* * * * * *



 石渡先生との話し以降――。

 あの夢を見ることは、少なくともボクが覚えている中では一度もなかった。

 


 人は気持ち次第でこうも変わるものなんだと、身をもって体験した蒼空なのだった。


 


理屈は完全創作です(屁理屈とも?)、あしからずご了承ください。


ぼーっとしてた時っていうのはおかしいって気もしますが……その言い方は石渡先生のやさしさだと取っていただけるとウレシイです。

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