ep1.目覚め
初投稿です。
※ep1.とep2.を合わせました。
それに伴って話数を修正しました。
「うぅ……」
アタマが、いた、い……。
───ドクンドクン、ズキンズキンって……脈打つように、頭の奥から痛みがわき上がってくる……。
いた……い、イタイ……。 おかぁ……さん、アタマが痛い……よぅ。
「うぅっ……」
「えっ?」
ほんの小さな……、消え入りそうなうめき声。それに気づき、そばについていた人影が驚く。
「イ……タ……ぃょ…………」
また小さな声。
けれど今度は弱く、か細い声ながらもハッキリと聴きとれる声。
驚きながらも慌てて声の方へとかけ寄り、まさかの出来事に動揺しつつも的確にその状態の把握を始める。
はやる気持ちを押さえながらも確認を終えると、静かに、けれど可能な限り早く……、足早に部屋を後にする。
当然、そこには呼び出し用のベルも備えられている。にも関わらず、このことを少しでも早く直接伝えたい……。そんな気持ちが、自ら呼びに行くという行動へと繋がったのだろう。
声の主は、個室になっている病室のベッドに寝かされていた。
一人で使うには多少広めの部屋には、ジェル状の素材によって作られた少し特殊なベッドが置いてあり、それを囲むようにして数多くの医療用機器が並んでいる。そこに寝かされている声の主は、華奢というより痩せ細った体に、生命維持のためであろうチューブが多数つながれていて、なんとも痛々しい様子を見せている。
寝かされているのは、年の頃でいうと12才にも満たなさそうな小柄な女の子。
顔色は長い間の寝たきりの影響なのか、もとより白いのであろうその肌は真っ白……というより青白いといったほうがよく、ほほもやせ細って痛々しい。が、それでもその少女の愛くるしい……可愛らしい天使のような容貌を伺い知ることは簡単なことだった。
それにも増して際立つのはその肌以上に真っ白な髪。小さな女の子の姿には不釣合いに見える白い髪。とは言ってもよく見る、年を重ねた人物がやがてなっていくであろう白髪とは一線を画す、くすみのない、まるで降り積もったばかりの白雪のように綺麗な色。
「うぅ……ん……」
また、声がもれる――。
程なくして先ほど慌てて飛び出していった人影、その少女を介護している看護師であろう女性が、その病室に白衣をまとった男をせかすように引き連れ、戻って来た。
「ほんとなんです! ほんの小さな……、かすかな声なんですけど、言葉を、うわ言を口にしたんです!」
自分が耳にしたことを信じてもらいたくて必死に説明する看護師の女性。
「ふむ……。
この1年、どれだけ手を尽くしても目を覚ます兆候はまったく見られなかった訳だけど……、それが今になって目覚めるなんて――、本当なんだろうね?」
看護師に連れられてきた、白衣を着た長身痩躯で細面の整った顔をした男が、いぶかしげに言葉を発しながらも少女の眠るベッドへと足早に近づく。
そして二人してベッドの方を窺い見る。
「っ!」
「……!」
驚きのあまり、2人は思わず声にならない声を上げる。
その視線の先――。
ベッドで横たわる少女の顔。そこにある小さな双眸……。ずっと開かれることのなかった可愛らしいはずのその瞳。それが。それがまだうつろではあるものの……、しっかりと見開かれていた。
そのつぶらな瞳。
ルビーのように深く赤い、そして透き通るかのように澄んだ瞳。
今まで写されることのなかった外の光景を、その綺麗な……潤んだ瞳に写し込み……、
見開いていた――。
「先生! そ、蒼空ちゃんがっ!」
「あぁ……。こ、こんな奇跡が……」
この病院に収容してから今日まで、まる1年以上目覚めることなく眠り続け、身動き一つすることのなかったその少女。
それが今、間違いなくそのかわいらしい瞳を開け、ほんとうにうつろで、ぼんやりとではあるが……、特異な、その赤く見える少し潤んだ瞳を覗かせている。
先生と呼ばれた長身痩躯の医師は、そのまま少女の横たわるベッド脇へと近寄りながら言う。
「西森君、ご家族は? 今日は来ていないのか? ……もしそうなら至急連絡してあげてくれ!」
「はい!
あ、……いえ確か、ひな――お母さまが来ていたはずです。
たぶん何かの用で少しここを離れただけかと。
……探してきます!」
「ああ、よろしく頼む。急いでな!」
西森と呼ばれた女性の看護師が、少女を気にしながらも足早に病室から出ていく。
医師はそれを見送ると再びベッドに横たわる少女へと視線を移し、優しい目で様子を窺う。
少女はそんな医師に気づいているのかどうか? その目に感情が読み取れるような反応はまだない……。
そして医師が、自らの手を少女の元へと伸ばしかけたその時、
「いた……ぃ……」
またもや少女が耳に入るかどうかぎギリギリの、弱く、か細い声を絞り出した。
医師は、伸ばしかけた手をそんな少女の頭にそっと伸ばし、優しく撫でつける。
だが、それに対する反応は、今だない……。
それでも医師はやさしく声をかける。
「蒼空くん。蒼空くん、聞こえるかい?」
医師はあきらめず根気よく声をかけ続ける。
そう、何度も何度も根気よく……。
――どうしてこんなにアタマが痛いんだろ?
アタマの芯から……深いトコから、湧き上がってくるみたいに痛みを感じる。
それはズキンズキンと脈打つみたいに――。
激痛ってわけじゃない。
でも気にならないってことは、全然ない痛み。
この痛みはいったいいつから続いてたの?
そもそもいつから痛いと思うようになったの?
……それすらわかんない。
ボクはいつ治まるともしれない痛みに悩ませられながら、まとまりのない、いろんな想いの波にゆられてた。
そんな想いと痛みに埋まっている意識の中、どこか、……どこか遠いところから呼ばれているような、必死に呼びかけられてるような……そんな声が聞こえてくる。
その声に答えたい!
ボクはそう思った。
だから必死に声の聞こえてくるほうへ意識を向けようとした。
でも意識はなかなかまとまってくれない……。
それでも、負けちゃだめ! どこからか沸いてくるそんな気持ちも助けになって必死になって意識を集中するボク。
ハッキリしない、してくれない意識。でもそれをまとめるのに、皮肉なことにアタマの痛みが助けになってる。痛みがボク自身をハッキリ自覚させてくれてるみたい。
ボクは一生懸命、意識を集中しようと努力を続ける。
そうだ、ボクにとって大切なところ……、家族のもと、大好きなお母さんのところ――。
戻らなきゃ!
ボクは戻るんだ、絶対に――。
医師は、声をかけ続けていた。
そしてその声は、意識をこちらへ向けて欲しい――、そんな強い気持ちから、やがて大きな声での呼びかけへと変わっていく。
「蒼空くん、蒼空くん!」
蒼空と呼ばれる、まだ幼さが多分に残る少女のまぶたが今度はかすかに動き……、
「ぅ……おかぁ……さん」
その愛らしい小ぶりな唇から、言葉が漏れ出す。
じわじわと少女の意識がはっきりしてきたのだろうか……、ルビーのように赤い目が、意思の光を帯びてきたかのように揺らめきだす。
その様に医師がふたたび声をかけようとしたその時。
「蒼空っ!」
病室に入るなり大きな声をあげた背の高さが目立つ細身の女性が、少女の元に少しでも早くとばかりに駆け寄ってくる。それに付き従うように看護師の西森も駆けよる。
「蒼空っ! ……あぁ、蒼空っ?」
繰り返し声をかける女性。かけるその声は、かすかに震えている。
「蒼空、お母さんよ! ……わかる?」
少女がその声を耳にしたとたん、今までにない大きな反応が現われる。
「おっ、お……かぁ……さ、ん?」
言葉とともにその赤い目も動きを見せる。
呼びかけるその声、その声の主。そう……、自分の母親の姿を探すために……。
「蒼空!」
ふたたび呼びかける母親。
探るように動いていた少女の赤い目が、そのルビー色に輝く綺麗な瞳が、ようやくその声の出どころを認識し見つめる。
「そ、蒼空……」
声をかける母親の声はすでに涙声になっている。
「お、おかぁ……さん? おかあさん!?」
か細いながらも、ついにはしっかりとした意思を持った声で少女が呼びかける。
その赤い目も、母親を見ようと輝きを増していく。
そんなかわいい我が子を、ようやく意識が戻りつつあるかわいい娘を……、ついに我慢しきれなくなったのかその両手で覆うようにやさしく抱きしめる。
母親の、その優しい目からは涙があふれ出ている。それはもう止め処なく。
目覚めない我が子を想い、悲しみに暮れて泣いていた今までとは違う涙。
その涙は暖かい。
少女の目からも涙が溢れるように流れ出す……。
その表情は弱々しいながらも、母親の存在を確かめたことからか……やわらかく安心した笑顔へと変わっていく。
意識が戻らず眠っていたときには見ることのかなわなかった、やさしい微笑み。
抱きしめていた体を離し、少女の顔を見つめて母親は愛おしそうにささやく……。
「蒼空……、おかえりなさい」
拙い文章でお恥ずかしいですが、今後とも読んでいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします、




