ep16.朗報
※話数を修正しました。
12月――。
季節は秋から冬に移り変わり、ボクが目覚めてから4ヶ月が過ぎようとしている。
ボクのリハビリはどうも順調とは言えないようなんだけど、それでも今、ようやく平行棒を使って立った状態での訓練が出来るまでになってる。 これをすることでバランス感覚の向上や、筋力・耐久力の増大をするんだって。
いくら平行棒で支えながらとはいえ、上半身の筋力もまだ充分とはいえないボクにとっては相当キツイ訓練で、終わった後には腕がパンパンになっちゃって手をあげるのにも困るほどだ。
でも、ここまで来るともうちょっとがんばれば、歩けるようになれるって感じ……が、実感として出てくるから辛くてもがんばろう! って気持ちにもなれる。
足の骨折で入院してた沙希ちゃんは、すでに退院しちゃってて今は術後の様子を見るため週1で通院する感じみたい。 どうやらリハビリ開始するにはもう少しかかるよう……、沙希ちゃん見込み、あまあまだったね。
* * * * * *
今日も日課のリハビリを終えて病室に戻り、お母さんが買ってきてくれた苺ショートを春奈と二人で(土曜日で、昼から二人で来てくれたのだ)食べていると、そこに石渡先生が香織さんと共にやってきた。
二人揃って登場するなんて久しぶりだ……、なんなんだろ?
「やあ、蒼空ちゃん! こんにちは。 っと、お、いいねぇ苺のショートケーキか、おいしそうだね?」
石渡先生が、挨拶しつつもケーキに目が行ったみたいだ。
ボクは、ケーキの皿を遠ざける。 いくら先生でもあげないよぉ、べぇーだ!
ケーキを気にしつつ、話しを続ける先生。
「そ、それでね蒼空ちゃん、ここに来た理由なんだけどね?」
といいつつニヤッとする先生。
香織さんも、ニコニコしてる。
お母さんの方を見たら……、目が泳いだ。 お母さん――、正直ものですね。
春奈はキョトンとした顔――、春奈は知らないみたい。
とりあえずこれはいい話みたいだ! ボクは期待に目を輝かせて先生の顔を見る。
「お、いいねぇ! その表情。 蒼空ちゃんのその期待に充分答えられる話しだと思うよ」
もったいぶらずに早く言ってくださいって顔をするボク。
苦笑しながらようやく本題に入る先生。
「えっとだ、今一生懸命リハビリを続けている蒼空ちゃんに、ウレシイお知らせだ!」
もぅ、まだ引っ張るのぉ? ボクのジト目に……
「おっと、そう冷たい目で見ない見ない! 続けるよ、えー蒼空ちゃんのリハビリの進捗具合と、体の免疫バランスの改善や予防接種、その他もろもろ……、それらを踏まえた結果――」
「――年末の27日、蒼空ちゃんの一時退院が決まったよ」
やさしい表情で告げる石渡先生。
ボクは……。
「………………」
言葉が出なかった。
たぶん相当呆けた顔をしてたに違いない――。
「あ、あれぇ?」
ボクの反応に、とまどう石渡先生。
「そ、蒼空ちゃん?」
困ったように香織さん、そしてお母さんを見る先生。
お母さんがそばに来て……、ボクをそっと抱きしめてくれた。
とたん、ボクの目から涙が溢れ出す。
お母さんがさらにぎゅっと抱きしめてくれる。
「あ、あれ、おかしいやボク……、ウレシイはずなのに涙が出てきちゃって」
そう言いながらも涙は止め処もなく溢れてくる――。
お母さんは抱きしめていた手を離し、そんなボクのアタマをやさしくなでてくれる。
「蒼空、さみしかったのね?」
「目が覚めてからずっと、いろんな人が見ていてくれる……、とはいってもお母さんたち、蒼空のそばには居てやれなかったんですもの――、一人でさみしい思い……してたのね」
ゴメンねと言いながら、ボクのアタマをなで続けてくれるお母さん。
お母さんも涙声だ。
春奈も隣にきて一緒に泣いてる。
ボクはさみしかったのか……、ボクはお母さんに言われて、自分の思わぬ感情に気が付いたみたいだ。
さみしいって気持ちは自分でもあるとは思ってたけど、いつもみんな良くしてくれてるし、お母さんや春奈、どちらかが毎日来てくれていてそんな涙が止まらないほどの思いがボクの中にあっただなんて自分自身、気付かなかった――。
「蒼空ちゃん、すっごく頑張ったものね。 さみしいって気持ちに気付かないほど頑張ってたもの」
香織さんもそういって頬をなでてくれた。
「うん。 お母さん……みんな、ありがとう」
ボクはもうなんだか自分の感情がわからなくなってきて……、とりあえずお礼を言った。
でもボクってこんなに泣き虫の、さみしがり屋だったかなぁ? 目が覚めてからこっち、自分の感情に振り回されっぱなしのような気がする――。
環境が激変したからしょうがないといば、そうなんだろうけど。
「蒼空ちゃん、それにみなさん?」
石渡先生が話しに入る。
「盛り上がってるところ、恐縮なんだけど今回はあくまで"一時退院"だから、そこのところを忘れないでくださいね。 正月を自宅で過ごしてもらった後、もう一度検査入院してもらわないといけない。 それで何も問題がなければ、今度こそ正式に退院ってことになるわけでね?」
と、めずらしく石渡先生が慌ててみんなに再確認した。
香織さんが、それに対して、
「先生、そんなことはわかってるんです――、そんな問題じゃないんです。 デリケートなんですから……、女の子の気持ちは」
と言う。
お母さんと春奈はうんうんとうなずいている。
あれ、それってちょっとおかしくない??
ボクは、女の子だけど元男の子で、見た目は女の子だけど、心は男の子なわけで……。
だから――。
もう今は考えるのよそう。
わけわかんなくなっちゃうや。
今は帰れることを素直に喜ばなくちゃ!
そういえば帰るのはいいけど、ボクまだしっかり歩けるわけじゃないけど大丈夫なのかなぁ?
「あの……、ボクほんとにお家に帰っちゃってもいいのかな?」
「お母さんや春奈に……、迷惑かけるんじゃ?」
うぅ、また悪いほうに考えがいっちゃった。
「蒼空! お母さんや春奈は蒼空のこと迷惑だなんて思ったことなんて一度もない。 蒼空がそんなこと考えてたなんてお母さんさみしいな?」
そう言いながらお母さんは、ボクを再び抱きしめた。
「そうだよ! お姉ちゃんは私とお母さん……3人で大事な、大事な家族なんだから! そんなこと言っちゃだめなんだからっ!」
めずらしく春奈が感情的になって言う――、そしてその目は涙でいっぱいになってる。
「う、うん、ごめんなさい――、そうだね、ボクの帰る家はあそこだけなんだもん。 そこに帰るのに遠慮なんかしちゃ、だめなんだよね?」
「ごめんね春奈。 ボク、お家に帰って春奈とお正月過ごすの楽しみにしてるよ。 それを楽しみにあと少しがんばってリハビリするよ!」
ボクは半分自分に言い聞かせるように春奈に言った。
春奈は涙を拭いながら、うれしそうに"うん" とうなずいた。
「よし、話しがまとまった! 27日まではあと2週間ある! 蒼空ちゃんもいったけど、あと少しリハビリ頑張って、正月は自宅でゆっくり家族水入らずってことで!」
湿ってきた話しをぶった切るように言う石渡先生。 また軽くなってきた。
「それと、だ、蒼空ちゃん。 近いうちに眼鏡とカラーコンタクトレンズを造るために、目の検査するからそのつもりでね?」
「えっ?」
何それ?
「検査の日はまた連絡するけど、とりあえず聞きたいことあったら西森くんにでも聞いてくれる?」
他に用事あるんで……それじゃ! と結構重要なことを去り際にするっと言って、そのまま立ち去っていく石渡先生。
呆気にとられて見送る、ボクと残り3人。
「何なの? 一体……」
そうボクがいい、みんな一斉に香織さんを見る。
視線を浴びて戸惑う香織さん。
「え、えっとぉ、先生得意の放り投げ? ですね――、あはは」
思わずごまかし笑いの香織さん……お気の毒さまです。
その後、香織さんに眼鏡とカラーコンタクトレンズ(度付きのやつ)の説明を聞いた。
そもそもの目的は、先天性白皮症のボクがお外に出たとき、お日さまの光で目を傷めないようにするってことと、同じ理由で弱視であるボクの視力補正をする、ってことみたいだけど。
カラーコンタクトはそれプラス、赤い色の目を目立たなくする意味もあるみたい。 目立たなくなるのはいいけど、痛いのもいやだしなぁ……。
まぁ、その辺は検査のときに専門の先生に聞けばいいんだよね? 色なんか黒にしとけばいいんだろうし?
あぁ、さっきは泣いちゃってカッコ悪かったけど……、やっとお家に帰れるんだ。
よし、これからのリハビリも今まで以上にがんばって、少しでもお母さんや春奈に迷惑かけないようにする!
迷惑かけるって言うと怒られるけど、やっぱいやだもん。
それにしても家でお母さんたちとお正月かぁ……、ホント楽しみだなぁ♪