ep116.蒼空の喜び
お久しぶりです。
忘れられてしまったかもしれませんが……、まだまだ続きます。
「お姉ちゃん、具合はどう?」
春奈がいつものごとく、ノックと同時にお部屋に入って来た。
ったく、何回言っても聞かないんだから……。ボクのお返事確認してからドア開けてよね……、なんて思うもののボクの今の体調じゃそんなお小言を返す気にもならない。
「う、うん……。その、もう結構良くなったと思うんだけど……」
けど、とりあえずそう答えた。
なのに春奈ったら、そんなボクのお返事聞くより早くベッド脇にかけ寄ってきて、いい色に日焼けした手をボクのおでこに当てた。
うう、スルーだなんてひどっ!
でも春奈の手、冷たくって気持ちいい。
「うそばっか。熱、まだあるじゃん。っとにもう。
でも……、なかなか下がらないね。ま、こうなるのは予想通りとは言え、お姉ちゃん、ほんと虚弱で分かりやすすぎ」
春奈が半ばあきれながらそう言った。
むぅ、そ、そんなのボクに言われたってどうしようもないじゃん。
「ふんだ、どうせボクはひ弱だもん。ほっといて!
けどいいんだもん。さんざんお世話になったちーちゃんの結婚式だったし、きっちり最後まで出れたんだから問題無し! お熱出すことになったことに後悔なんてしてないもん」
そう言いながらも、それだけのことで息が切れて来て……まだちょっとつらい。
「ぷふっ、もうお姉ちゃんたら……まだ熱下がりきってないのに必死になっちゃって。
何も責めてないじゃん。私だって今回は仕方ないかなって思うし。ちー姉の晴れの日に、無理するなとも言えないしね。
だから今は無理しないで、しっかり休まなきゃ」
春奈がそう言いながらおでこに当てた手をそのまま後ろに流し、頭をゆっくり撫でる。ぼくはつい目を細めてその感触を楽しんでしまうけど、はたと気付き慌てて言い返す。
「も、もう、春奈ったら。ボクはお姉ちゃんなんだからね。そんな風にアタマ撫でるのやめてよね」
「ふふーん、そうなんだ? でもその割には気持ち良さそうな表情浮かべてた気がしたけど?」
春奈が鼻にかけた声で皮肉たっぷりに言い返してきた。
「そ、そんなことないもん。
そ、それよりさ、もう三日寝てるし……、そろそろあれ見てもいいかな? ボクもう退屈で死にそうだし、何よりガマンも限界っ」
春奈にそう言いながら、うずうずした表情を浮かべつつ、ベッド横のテーブルに目線をやる。
「だからさ、余計なことしないで安静にして、おとなしく寝てて欲しいんだけど?」
春奈がボクの様子を半目で見ながら、またも皮肉たっぷりに言った。
ううっ、そんなこと言ったって……。そりゃ体はまだちょっとあれだけど、でもほんと退屈なんだもん。ボクはそう思いつつ、自分のまだ微熱の残る体にげんなりしながらも……、こうなってしまった出来事を思い返す――。
三日前、ちーちゃんの結婚式から帰って来てお家に入るなりふらっと倒れちゃったんだよね。
きっと安心して気が緩んだせいだと思う。春奈が大騒ぎしながらボクを抱えてお部屋まで運んでくれたのはうっすら覚えてるけど……、その後の記憶が曖昧で、意識がはっきりしたのは昨日になってからのことだ。
丸一日分、記憶が飛んじゃっててボク自身びっくりだった。
ちーちゃんの結婚式は、退院してからのボクの行動の中では一番の活動量だったと――、我ながら思う。人前式から始まり、ちーちゃんや英明さんの友だちとか色んな人と会ってお話も……ほとんど一方的だったとはいえ、して……、披露宴では恥ずかしながらお歌まで披露しちゃったし。
ほんっとボク、がんばった!
だからその代償に倒れちゃったのはもう仕方ないことだよね。
でもでも、とは言うもののさ、微熱は残ってるものの体起こせるくらいには体調戻って……、ま、まぁ、多少まだ息は切れるけど……、あれ使うくらいならいいと思うんだ。
ボクがさっきから気にしてるもの――。
それはボクが少し前くらいから欲しいってお母さんに言ってたもので、元はと言えば瑛太がボクをほっぽり出してでも暇さえあればネットでゲームしてるのを見てからだ。ま、初めて会った時も病室で瑛美さんとやってたし……。ほんと好きだよね男の子ってそういうの。ボク自身は男の子のときも
ゲームはあまりやりたいって思ったこと無かったし、春奈も全く興味なかったから家にはそういった類のものは全然なかったんだよね。
余り一生懸命やってるからどんなのやってるの?って、顔を寄せてゲームの画面覗き込んだら瑛太ったら、慌てて飛びのいちゃってしっかりボクに見せてくれないし。ほんと瑛太ったらけちんぼ。
だから逆にどんどん気になってきちゃった。やってるのはなんかRPGとかいう、ゲーム内で主人公になって旅をしながらモンスターを倒したしてり物語を進めて行くっていうゲームみたいで、ネットに繋げれば他の人とも一緒に遊べるらしい。たかがゲームなのにすごいや。
興味を持ったボクに、わたわたしてる瑛太に代わってによによ笑いながら瑛美さんが教えてくれた。ちなみに初めて会った時にやってたのはまた違うゲームで、いわゆる格闘ゲームっていうやつで、二人で対戦してたらしい。
そんなこんなでボクも負けじとやってみたいと思っておねだりしてたのだ。
目が悪いボクにそんなの無理でしょ?って最初は難色示されたけど、音声サポートもあるしタブレット版なら画面も大きいからなんとか出来るし、それにタブレットならお勉強にも活用出来るってあれこれもっともな理由を並べてお母さんを説得した。
なんか勉強するのに会っても時間空くとボクが居たってお構いなしにすぐカタカタ、ポチポチするもんだから気になっちゃって。
やっぱ元男の子としては気になるもんね、ゲーム。
べ、別に瑛太と一緒にやりたいってわけじゃないよ? 単純にそんなのかな?って興味持っただけなんだから。
ま、まぁ、それはともかく、今はゲームじゃなく……あるビデオを見たいからなんだけどさ。
お母さん、一応そのこと忘れて無かったみたいで今日目が覚めたらテーブルの上に置いてあってびっくりした。お願いしてたそれはボクの手で持つにはちょっとばかりおっきかったりするけど……、ま、ノートパソコン使うよりはよほど扱いやすいよね。今時のタブレット端末の性能はすごくって、ちょっと前ならネットゲームをそれでやるなんてとても無理だったらしいのに、今となっては普通に処理できる能力があるんだって。ううっ、よ、よくわかんないけど、すごいってことだよね。
ちなみにそんなウンチクをボクに話してくれたのは沙希ちゃんだ。ネットゲームしたいって、ガッコでお昼ごはんの時にポロリと洩らしたらすっごく楽しそうな笑みを浮かべて、あれがいい、これもいい、私のはこれとか……、ほんといっぱい説明してくれた。
けど……、ごめんね、ボクにはさっぱりだったからお母さんに丸投げしちゃった。
お母さんはきっと瑛美さんにも聞いてくれたと思うし、そもそも会社がコンピュータ関係のお仕事してるんだからバッチリだよね。
で、その端末でちーちゃんの結婚式の様子を収めたビデオを見たいっていうのが今のボクのささやかな主張なわけなのだ!
ちょっと脱線しまくっちゃったけど……、そんなわけでボクは今の気持ちを目一杯込めた目で春奈を見つめた。気持ち込めてすぎて涙目になってきちゃったくらいだ。
ゲームしたいって言ってるわけじゃないの。
ビデオ見るくらい……、い、いいよね?
「はぁ。ったくもう、仕方ないなぁ……」
大きな、ちょっとわざとらしため息をつきながら春奈がそう言い、テーブルの上に置いてあった白い箱を、ベッドで体を起こしてるボクの膝上ぐらいにそっと置いてくれた。
ボクはワクワクした気持ちを抑えきれず、それに早速手を伸ばす。新品とは言え、機械オンチなボクでもすぐ使える状態にしてくれてあるってことで箱はすでに開封状態。ボクはすぐさま中のタブレット端末を取り出し、早速手に取ってみた。
お母さんが買ってくれたそれはリンゴのマークの入った最新式のかっこいいやつで、大きさは、えっとなんとかインチってサイズ……、ガッコで使ってるノートより少し小さいくらいかな。やっぱボクの手にはちょっと余る……。とはいえ、その薄さと軽さでなんとか扱えそうな感じの端末だった。もちろん春奈も便乗して同じやつ買ってもらってる。ほんと調子いいんだから。
ま、ボクだけ買ってもらうのもあれだし……、それに春奈とも色々遊べるかもしれないから良しとするか……。でも労せずしてタブレットせしめた春奈はちょっとずっこいと思う。
「あ、ありがと春奈! でさ、そのさ、……ちーちゃんの式のビデオってどうしたら見れるの? 使い方教えてよ春奈。すぐ見たい」
ボクは手には取って見たものの使い方はさっぱりだった。ケータイすら使いこなせてないボクに手に取っただけで使い方がわかるスキルなんてないのだ! まいったか。
とりあえずわかってるのはちーちゃんがメールで送ってくれたURLとID、それにパスワード、それをインターネットにあるどこかに打ち込めば見れるってことだけ。その先はさっぱりだ。だからしゃくだけど春奈にご指導賜らなきゃならないのだ。うー、春奈……、素直に教えてくれるかなぁ?
「まったく……、使い方もわからないくせにはりきっちゃって。ふふっ、ま、そこがお姉ちゃんのかわいいとこでもあるんだけど。……しゃーない、ちゃんと見れるよう設定したげるから、ほら、お姉ちゃんはベッドで横になって待つ。ずっと肩だしてると冷えちゃうから。ほれほれっ」
さっきからずっと体を起こして色々やってたボクからタブレットを取り上げ、春奈がしっしっと手を振りながら偉そうに言った。ボクはちょっとカチンと来たけど、ここで反論すると見れるようにしてもらえないからぐっと我慢だ。ボクはお姉ちゃん、心が広いんだから……、うん。
そんでもって言われた通りベッドに横になって数分。早々と眠気が襲ってきたけどそこはぐっと我慢。ここで寝ちゃったら何のために春奈に言われたい放題をガマンしたのかわかんない。それにきっと後で「やっぱお姉ちゃんはお子ちゃまだよ」とか言われちゃう。
さらに数分。もうちょっとで十分くらい経つかなってとこで、すいすい指を動かしながらタブレットとにらめっこしてた春奈がボクの方を見てにっこり笑って言った。ボクはもう半分うとうとしだしてやばいとこだった。
「ほらお姉ちゃん、これ。このサイトに、ちー姉の式の動画がアップされてるからさ、見たいシーンを見つけたらタップして見ればいいよ。
ピンチインすれば拡大だってできるし、飽きたら横に一覧表示されてる中から選んで、再度タップすればそれに切り替わるし、フリックすればどんどん送っていけるからさ。色々見たらいいと思うよ」
春奈の呼びかけにボクは眠い目をこすりつつゴソゴソとベットから体を起こし、春奈からタブレットを受け取る。そしてその画面を指し示しながら、わかりやす……く、説明してくれた、んだよね、きっと。
「た、タップ? フリック? ぴ、ピンチイン? ふぇ~」
もうお手上げ状態だった。ボクは涙目で春奈を見つめる。
「ぷふっ、ごめんごめん。やっぱわかんないよね? しゃーない、春奈先生が一から教えてあげるからさ、しっかり聞いて覚えてよね? じゃないと次回からは有料となりまーす」
「ええっ、今だけ? 一回だけ? もう春奈のいじわるぅ~!」
「じゃ、やめとく?」
「ううっ、だめ、教えて……、お願い」
「よろしい! じゃ心して聞くよーに」
こうしてボクは春奈にタブレットの操作、ついでにビデオが上がってるサイトの使い方も一緒に教えてもらいながら、よーやく念願のちーちゃんの結婚式のビデオを見ることが出来た。
改めて見たちーちゃんの姿はやっぱとっても綺麗で、それに英明さんと2人で映ってる姿は終始穏やかですっごく幸せそうでほんとに結婚して良かったんだなって思えた。英明さんはちーちゃんをボクから盗っていっちゃった、ちょっとばかり憎ったらしいお兄さんだったけど……、こうしてビデオを見て、幸せそうなちーちゃんを見てると……、ボクの気持ちなんかじゃ太刀打ちできないのがよくわかった。
だから、こうやって画面を見るボクのこの目、この目じゃ、はっきり、くっきりとした鮮明な姿を見ることが出来ないのがとても悔しくて……。ちょっと寂しい気持ちになる。以前の、男の子のときのように見えたならどんなに良かっただろう。
ボクは目の前で動く映像を見つめながらそんなことを思った。
「……お姉ちゃん?」
「お姉ちゃん!」
「……えっ、あ、な、なに? 春奈」
そんな、ちょっとばかり落ち込んでしまったボクの様子に気付いたのか、ベッドから離れ、脇のテーブルに陣取って同じように買ってもらったタブレットを弄ってた春奈がボクに声をかけて来た。
「暗い顔してぼーっとしてたよ。もう、どうせまたなんか考え込んでたんでしょう? お姉ちゃん、そうやって考え込むとろくなことにならないんだからさー、ほら気分転換! これ見てみなよー」
春奈が自分のタブレットをボクの目の前に差し出してきた。
「も、もう、春奈ったら強引なんだからっ」
そう言いながらもボクは春奈の優しさに心があったかくなる。そして見て見ろという画面をじーっと見つめた。
「あ、こ、これって……」
ボクは思わずその画面を食い入るように見つめた。
そこに映ってたのは、映ってたのはボク……だった。
小さくてやたら白い、髪を綺麗にセットしてお化粧までしてもらった可愛らしい女の子。ちょっとおませなドレスを着せられた小さな女の子。そう、どう見たってそれはボクの姿だった。
はうぅ、改めて見るとやっぱ恥ずかしい。
で、でも今はそんなことは後回し。
だって、そのビデオ。ボクが、ボクがみんなの前でお歌を披露してるところのビデオだったんだもん。
大勢の人が居たにも関わらず、なんとも静かな会場の中、スポットライトに照らされた簡易ステージの上に立って歌ってるボク。あう、みんなの視線がボクに集まってる。
あの時は緊張しててそれどこじゃなかったけど……、なんかすごいとこで歌ってたんだと……今更ながらビックリだ。
歌ってる自分の姿を食い入るように見る。そして同時に自分の歌声を始めてしっかり自分の耳で聞くことになった。自分の声をこうやって客観的に聞くことってあまりないよね。ボクは実際これが初めてで、いつも聞いてるはずの自分の声だけど……、外から聞くとずいぶん違って聞こえるんだなと、初めて気付いた。
ビデオの中の人たちはすっごく静かにボクのお歌を聞いてくれてる。正直あの時、お歌を聞いてくれてた人の方を見る余裕なんてこれっぽっちもなかったから……、こうして改めて見るとほんと恥ずかしい。こんなにもみんながボクの方を見て、ボクのお歌を真面目に聞いてくれていただなんて……。
ボクの中では歌う前の緊張感と、歌ってる最中の苦しさ、そして終わった後、みんなが拍手してくれたところしか印象に残ってなくて……、歌を聞いてくれてた人たちが、こんなにも、こんなにも……、ああ、ボクなんて言ったらいいんだろう。
ボクは春奈の見てる前なのに、不覚にも涙が出て来てしまった。
だって、だって、自分のことなのに、自分が歌ってる姿見てるだけなのに……、どうしてこんなに涙が止まらないんだろ……。
「お姉ちゃん、すごかったね。ほんとあの時は我が姉ながら感動したもん。
みんな言ってたよ。
まるで天使が歌ってたみたいだったって。
その動画だってさ、仲間内で公開してるだけなのに再生数すごいよ? みんなして驚いてたよ。
だから誇っていいと思うよ、お姉ちゃん。
ふふっ、すごいじゃん、お姉ちゃんにだって人に誇れること、ちゃんとあるじゃん。
もうこれからもがんばるっきゃないね!」
春奈がボクに向かってなんか色々言ってる気がするけど……、今のボクにはその言葉は全然耳に入って来なかった。
ただボクは、にじんで見える画面をじっと見つめ、同じビデオを何回も何回も繰り返し見ることに気持ちが入ってしまってた。
お歌はとても完璧とは言えない出来。まだまだとても満点とは言えない自分の歌声――。
でも、それでもボクは悦に入った気分でずっと、ずーっと聞き入ってしまっていたのだった。
春奈はそんなボクを見て、仕方ないといった仕草をしてそれでも止めることもなくいつの間にかお部屋から出て行ったみたい。
ボクはうれしくて仕方なかった。あの時も感じたことだけど……、今こうしてビデオ見て改めて思った。
ボクにだって出来ることがある。人に認めてもらうことをやって見せることが出来る!
そう思うとほんとにうれしくってたまらない。
そりゃ子供の歌、それも結婚式で歌ったお歌をけなす人なんて居ないってのはわかってる。それでもいい、それでもいいの!
ずっと病気で……、ろくにお外にも出られなかったボクが少しでも人に喜んでもらえることが出来たんだもん。
こんなにうれしいこと……ない。
ボクはそう思った。
――そしてずっとそのビデオを見てたボクはしっかりお熱がぶり返し、更に一日、追加で寝込むことになったのはもうお約束な出来事だった。そんでもってそれを春奈に呆れられ、お母さんに叱られたのもお約束だ。
けど、買ってもらったばかりのタブレットを取り上げられそうになったのはお約束じゃない!
ボクは必死に抵抗し、もうこんなことは二度としません……と約束させられちゃった。
はぁ、やれやれだよ。
読んでいただきありがとうございます。




