ep114.ちーちゃんの結婚(後)
今回大増量。
なかなかうまくまとめられず文字量増えまくり……。
ちーちゃんの結婚式は、ぼくんちとちーちゃんの行ってた大学のちょうど真ん中辺りににある、すっごくおしゃれなレストランで行われるんだって。
ボクは横から聞こえて来るそうぞうしい声からそんな情報を耳にした。そういやあんまし式をする場所のこと気にしてなかった……。
出発前のドタバタをなんとか済まし、ボクらは今、お母さんの車でその会場に向けて走ってる真っ最中。
ボクはいつも通りリアシートに春奈と一緒に座ってるんだけど……、着なれないドレスを着てることもあり、せっかくのドレスがしわにならないかすっごく心配で落ち着いて座ってられない。
隣には、そんなボクの気持ちなんかお構いなしにこれからの式のことでテンション上げまくりの春奈がいる。助手席に座ってる伯母さんも春奈ほどではないにしてもやっぱうれしいのか、それはもう楽しそうに話しちゃってて、当然会場のレストランのお話なんかもボクにもバッチリ聞こえて来てたわけで。
ちなみにこっち方面って確か……前優衣ちゃんたちと行ったプールや沙希ちゃんのお家に行く方向だったはずで、多少は見覚えのある景色を見ながらも、ボクはこれから行われるちーちゃんの結婚式を前に緊張感がどんどん増してきて景色を楽しむ余裕もなかった。
「お姉ちゃん、なに強張った表情してるの? 別にお姉ちゃんが結婚するわけでもないのにおっかしいの」
ボクのそんな様子に気付いた春奈が突っ込んで来た。
「そ、そんなこと言ったって……。ボク余興でお歌うたわなきゃいけないし……、それに、人がいっぱい来るんでしょ? き、緊張するに決まってるじゃん」
ボクは緊張を誤魔化そうと、大きめの声を出して春奈にそう返した。実際、いくらちーちゃんの友だちばっかだとは言え、知らない人たちなわけで、当然、その人たちは大人なわけで。
ただでさえ人と会うの苦手なのに、そんな人たちの前でお歌うたうとか……ボクにはすっごいハードル高い。緊張しないでいるなんてとっても無理。とは言ってもお世話になったちーちゃんのためなんだもん、甘えたことばっか言ってらんない。
「むふっ、ま、お姉ちゃんだもん、仕方ないか。
でもさ、学校の試験っていうんじゃないんだし、失敗したって誰も怒ったりしないんだし……。つうかさ、逆にネタになっていいかもだよ?」
春奈なりにボクの緊張をほぐそうとして言ってくれてるんだろうけど……、ちょっとむっときた。
「もうネタだなんて失礼しちゃう!
ボク、せっかくのちーちゃんの結婚式でネタになんかなるつもりないもん。
がんばって……、ちーちゃんに喜んでもらえるようがんばって、今までの感謝と……祝福の気持ち込めて一生懸命歌うんだもん! だから……」
ボクは途中から妙に興奮してきちゃって一瞬で涙目になってしまった。
「へ? ちょ、ちょっとお姉ちゃん、なんで泣いちゃってるの? え、ええ~?」
それを見てさすがの春奈もあわててる。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。……ほら蒼空ちゃん、涙拭いて。
でもありがとうね、千尋のために一生懸命になってくれて……。春奈ちゃんも同じね。
ただ、ちょっと盛り上がるのは気が早いわね? それはこれからのためにとっておいてね。――ふふ、ほんといい子たちで伯母さんうれしいわ」
伯母さんは体を返し、なんとか後ろの席のボクや春奈を見ながら、そんな注意ともいえないくらいのやさしい言葉でたしなめてくれる。
「はーい、ごめんなさい伯母さん」
春奈が居住まい正して謝ってる。けどその声はすっごく元気で相変わらず楽しそうな雰囲気。ま、春奈だし仕方ない。
ボクはもらったばかりのバッグからハンカチを出し、うっすらとにじみ出てた涙をそっと拭う。せっかくお化粧してもらってるんだもん、くずさないよう気をつけなきゃ。そして僕も春奈同様、元気よく答えた。
「うん。うまく出来るかどうかはわかんないけど……、でも、ちーちゃんに喜んでもらえるようがんばる!」
「そう、良かった。
伯母さんも楽しみにしてるわね」
そう笑顔で言いながら伯母さんは前を向いてきっちりと座りなおした。お母さんはそんなボクらの様子を見て笑いながら運転してるみたい。は、恥ずかしいなぁ、もう。
と、とりあえずそんなこんなでボクらを乗せたクルマは結婚式会場へと順調に向かっていった。
* * * * * *
20分ほど走ったところで会場の駐車場に無事到着した。
街と街の間で、周りにあまりおっきな建物がないところにあるせいもあり、すぐにその会場を見つけることが出来た。まぁ、お母さんや伯母さんは前から知ってたみたいだから迷うはずもないし、"かーなび"っていう道案内してくれる機械もあるし。もっともお母さん、そんなの使ってなかったけどね。
「ふわー、いい天気。最高の結婚式日和だー!
ほらお姉ちゃんも早く出てきなよ。あ、でもしっかり帽子かぶって、とりあえず眼鏡もちゃんと掛けないとだめだかんね?」
いち早くクルマの外に出た春奈が偉そうにそうおっしゃった。ふーんだ、言われなくたってわかってるよーだ。
「もうほんとイチイチうるさいんだから……」
ボクはそう言いながらも言われた通り帽子をかぶり、眼鏡をしっかりかけ……、すっと差し出された春奈の手を素直にとって、よいしょっとばかりに外に出る。何も言わなくてもドアのそばで待ち、ボクが転ばないよう注意してくれてる春奈。
ほんと素直じゃないけど、優しいんだから。
駐車場にはすでにたくさんのクルマが並んでた。うーん、ボクたち親族なのにこんなにゆっくりでよかったのかな? そんなこと思ってたボクの考えを読んだみたいに伯母さんが言った。
「式のことはみんな自分たちでやるとか言ってたし、早めに行っても邪魔なだけでしょ? 私たちは遅れて行くくらいがちょうどいいのよ?」
伯母さんの言葉にそんなものなのかなぁ? と素直に納得するボク。そんなボクの耳元で春奈がささやく。
「……そんな訳ないじゃん。
普通、相手の両親や会場のスタッフとかに挨拶したり、ちー姉に付き添って、身支度の手伝いしたりすると思うよ……。
結局さ、伯母さんめんどくさいんだよ。……それに……、他に親族ももう居ない……し、早く来てもあまりやることないのも事実だけど……」
最後はちょっと寂しそうに言う春案。うう、それをここで言う? ったく春奈ったら。
「あ、ほら、お姉ちゃん、急がないと置いてかれるよ」
「え、あ、うん。はわ、ちょっと引っ張らないでよー」
2人で微妙にしんみりしてしまってたら、お母さんたちに置いてかれそうになってて、慌ててその後を追いかける。春奈ったらボクの手を取って急に引っ張るからびっくりした。よろけそうになったところで春奈の腕がグイってボクの腰にまわって来て、そのまま体ごともってかれる勢いで連れられ……お母さんのところまで追いついた。
「もう2人ともしっかりなさい? ほら、まずは受付に行きましょう」
お母さんは少し呆れた顔をしてたけど、別に怒られるほどでもなく……、ボクらは4人一緒に会場となるレストランへと向かった。
# # #
「きゃー!
ねぇねぇ、あの子じゃない?」
けっこう大きな敷地に立ってる、すっごくおしゃれでセンスあふれるデザインをした……、いかにも都会風平屋建てレストランのエントランスにたどり着き、春奈に引かれ2人先頭切って自動ドアを抜けたとたん、そんな声が目の前から聞こえてきた。
「そうよ、そうよ、うわー、千尋から聞いてて……、写真も時々見せてもらってたけどー」
な、なに、この……何度か身に覚えのある……あの、やばい雰囲気。
沙希ちゃんや、クラスやガッコのみんなからの視線にも似た……やばい視線。
はうぅ、受付の人や、その周りに居た人たちの視線のすべてがボクに集まってる気がする……。
「なにあれー、予想以上~」
「小さーい」
「ほんと白いんだねー」
「妹さんに手を引かれちゃったりして、かわいー」
「あなたどっちが妹かわかって言ってる?」
「それくらい当然知ってるわよ。でも確かにこれは、正反対……」
「まさに天使か、妖精……」
「あんな子が従妹だなんて……、千尋うらやましすぎ」
「それにしても、まじ――」
「「「「「か、かわいー!」」」」」
会場の受付で、お姉さんたちのそんな悲鳴とも言えない叫び声が響き渡った。
お姉さんたちが興奮してるなか、取りあえず受付を済ませた後――、
ボクはちーちゃんの友だちであろう人たちにずーっと囲まれて今に至ってる。
メインの会場の脇には、式を前に軽く喫茶が出来るスペースが設けられてて、それはドアを隔てて、庭園風になってるお外まで続いてた。内外のその場所の所々に置かれたテーブルを囲んで、スーツやドレスを着た大人の男の人や女の人たちが楽しそうに会話してて、それがみんなちーちゃんや、神谷さんのお友だちかと思うと……、2人はほんとみんなに祝福されてるんだなーって思え、自然と笑顔が浮かんだ。
「わー、蒼空ちゃんが笑った、かわいー」
はうう……。
屋内側のテーブルの一つに座らされたボクは嬉々とし表情を見せるお姉さんたちに写メを撮られたり、更には一緒に並んで撮られたり、かと思えば色々質問されたり。……それはもう目が回りそうな状況になってて、ボクが何かするたびに今みたいに歓声が上がったりもする。
「そうだ、いちごショート食べる? 蒼空ちゃん、大好きなんでしょ? 受付でももらった食券で引き換え出来るのよ」
「あ、お姉さんが食べさせてあげようか?」
えう、いちごショートにはちょっと気持ちが動いちゃうけど……、正直もううっとうしすぎ!
そう思いつつ、ボクの隣で嬉しそうに出されたジュースを飲んでる春奈を横目でにらむ。
もうこれなんとかしてよ。
ボクのそんな訴え、きっと春奈ならわかってるはずなのに、にやりと笑うだけで知らんぷりだ。
お母さんたちはボクらを置いてさっさとちーちゃんに会いに行ってしまってて、一緒に付いていきたかったけど、「後のお楽しみにしておけば?」って伯母さんに言われ、お母さんも伯母さんの言葉には絶対で、うんうん頷いちゃうし……で――、
きっと式が始まるまではこの状況が続いちゃうんだろう。
はぁ。
そしてその20分後、司会の人から声がかかり……、
とうとうちーちゃんの結婚式が始まった。
「それでは新郎新婦の入場です、みなさん拍手お願いしまーす!」
司会の人が元気にちーちゃんたちのことを紹介した。司会してる人もちーちゃんの友だちなんだって。どうりでどこか砕けた雰囲気のはずだよね。そんなことを考えてたら、レストランに続く小さめの教会風のお部屋で待ってたボクたちの後ろのドアが開いて……、
「ふわっ、き、きれー……」
真っ白な、ほんと真っ白なウエディングドレスを纏ったちーちゃんが、新郎である神谷さんと腕を組んで入って来た。両脇には伯母さんと……、神谷さんのお父さん。
裾が床に届いちゃうドレスのせいで、歩みを進めるたびに衣がすれる軽い音がお部屋に響く。
みんなはそんなちーちゃんたちを笑顔で迎え、写真撮りまくりだ。ボクや春奈もちょっと撮ってみたりした。あとで沙希ちゃんたちも見せてあげなきゃ。途中、ちゅーちゃんと目が合った。
とっても幸せそうなお顔でボクに微笑んでくれた。
そしてボクらの前まで進んだちーちゃんたちは4人そろって深くお辞儀をした。この時ばかりは伯母さんも、目の悪いボクにでもわかるくらいすっごく真面目な表情で……、やっぱ母親なんだなって変な関心しちゃった。
「それでは新郎新婦のお2人様、ここで誓いの言葉をお願いします!」
司会の人のその言葉で式が始まった。
誓いの言葉、そして指輪の交換、そして……、
「それでは誓いのキスをお願いします!
ほら千尋、誓いのキスなんだから……、みんなによーく見えるようにお願いね」
司会の人ちょっと茶目っ気を出しながら2人に、き、キスを促した。会場に軽い笑いが湧き起こり、そんな中、ちーちゃんと神谷さんは照れながらも見つめ合った。
自然なキスだった。顔を覆ってたヴェールを神谷さんがずらすと、ちーちゃんが目をふっと閉じ、やさしく浮かんでるその笑顔に神谷さんのちょっと緊張ぎみのお顔が重なった。
その瞬間、パシャパシャ、シャッターの音がそこら中から鳴り響いた。みんな、す、すごい。ボクなんか見とれちゃって全然そんなのに気回らなかったのに……。は、春奈は? って思い横見たら……、にやけた顔して撮りまくってた。は、春奈……おまえって。
その後、みんなの前で婚姻届けにサインし、今日のメインイベントは終了。幸せいっぱいのちーちゃんと神谷さんの2人に向け、またみんなの容赦ない写真攻めが始まってた。そしてそれはボクたち親子にまで及んできた。
「神谷さんのご親族や、柚月家のみなさんもご一緒にどうぞ! 両家の方々で揃って写真とりましょう!」
司会の人の一言でボクたちも肩をそろえて並ばされてしまった。
神谷さんのご両親に親戚のおじさんやおばさん、それにボクよりはちょっと年上に見えるお姉さんもいた。やっぱあちらの家族の人たちもボクのこと驚いて見てる。事前に聞いてるだろうけど……、そりゃ実際見たらびっくりしちゃうよね、きっと。
ちーちゃんがそんな空気を察してかボクの肩をすっととり、前に立たせてくれた。
ありがとちーちゃん。
その後、今度は集合写真の撮影大会。
ここまでで一番の盛り上がりを見せてた。ボクもちょっと巻き込まれちゃったけど……、ボクのカラダのこともあるからそこはみんな大人で、すぐ解放してもらえた。
で、ボクはといえば……この後のことを考え、心を落ち着かせようと思わず胸に手を当てた。
「いよいよだね、お姉ちゃん」
「ふぇ?」
ボクの不安を見透かすように声をかけて来た春奈。
「大丈夫、お姉ちゃんはきっとうまくやれるよ。前も言ったけど失敗しても何のバツもないよ? 今の気持ちを素直に歌えばいいんだから、ガンバだよ!」
騒ぎが収まり、みんなしてレストランに移動しながらも、春奈がボクの手をぎゅっとにぎってそう勇気づけてくれる。
来賓がみんな席に付くと間もなく、司会の人のそつない進行で披露宴が始まり、主役のちーちゃん達のスピーチ、そしてみんな揃って乾杯。乾杯の音頭はちーちゃんたちの大学の先生がしてくれた。
「……ではお2人のこれからを祝して――、」
「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」
そこからは出て来た料理に舌鼓を打ちながら、ついに余興の時間へと進んでいった。
ボクは柚月家に割り当てられたテーブル席に座り、美味しいはずのお料理の味もよくわからないくらい緊張してた。ボクの横で春奈はパクパクおいしそうに料理を口にしてる。
もう春奈ったら……、さっき心配してくれてたお前はどこいったのさ? ボクは緊張でごはんも満足に食べられないっていうのに~!
そんな、ちょっと自分勝手な愚痴をアタマの中で考えてところに……、
お客様の相手をして回ってたちーちゃんが神谷さんと共にそんなボクのところに来てくれた。
ドレス着てるにも関わらず、ボクの席の横で膝を折り、お膝の上で手をギュッとにぎって緊張してたボクの手の上に、白い手袋をしたすらりとしなやかなその手を重ねてくれた。
「蒼空ちゃん、なんかごめんね。こんなに緊張させちゃって……」
そう言ってボクの手をぎゅっと握ってくれるちーちゃん。
「その……、別に無理して歌わなくてもいいんだよ?
今日こうやって来てくれただけでも私はすっごくうれしいし――、それに蒼空ちゃんがここに居て、こうして祝ってもらえただけで……十分すぎるほどのプレゼントなんだよ?」
ちーちゃんのその言葉にボクは、思わず顔を上げちーちゃんを見つめる。
そこにはやさしい表情を浮かべ、ボクを見つめてくれてるちーちゃんが居た。
そしてボクの手を握ってくれてた手がそのままアタマの上に伸びて来て……、やさしく撫でてくれた。ボクはつい目を細め、そしてちーちゃんのこの気持ちにこたえるためにも……、ようやく心を決めた。
「……はい、ありがとうござましたー!
それでは次は~、
おおー、これはみなさんお待ちかね、新婦のちょーかわいい従妹ちゃん、天使のようにキュートで小っちゃな女の子、蒼空ちゃんの独唱を披露してもらいます!
ほらそこの男どもー! 心して聞きなさいよー?
曲はアヴェ・マリア、ついでにピアノ伴奏はうちの音楽科の万由里がやってくれるよー。
では蒼空ちゃん、よろしくねー!」
決心したとたん、お呼びがかかっちゃった。
ボクは心配してくれたちーちゃんに「大丈夫!」って言って席を立つ。
周りからはピアノ弾いてくれる万由里さんって人への声援というか、野次と、ボクに向けての視線と声援が場の空気をいやでも盛り上げてくれちゃう。
ボクは意を決して歩き出す。
出だしちょっとふらついて春奈やちーちゃんが心配そうにこっち見てる。
まだ大丈夫。これからが本番だもん、ボクは笑顔を返す。
レストランの窓側の中央くらいにピアノがあって、今はその窓のカーテンはしっかり閉めてくれてあった。何げない心遣いに感謝。ピアノを弾いてくれるちーちゃんの友だちの人にもしっかりお辞儀して、お願いしますって伝えた。すっごいいい笑顔で「どういたしまして、がんばろっ」って言ってくれた。
ボクはピアノの前に立って今度はテーブル席についてるみんなに向かってお辞儀した。
よし、やる!
ボクは震えそうになる足を必死で抑え、へたりそうになる足腰に気合を入れた。
「ちー、っと、千尋お姉さんの従妹の柚月 蒼空です。
千尋お姉さんには昔から迷惑かけたり、お勉強を教えてもらったりと……、お世話になりっぱなしで、ぼ、……私は感謝の気持ちでいっぱいです。だから……、だから結婚してからも幸せになって欲しいです。
そんなお世話になった千尋お姉さんに、……歌を送ります。
へたくそで、失敗しちゃうかもしれないけど……、が、がんばって歌います。聞いてください!」
拍手が静かに広がっていった。
「アーーーーーベーーーマりーーーーーぃアーーーーーーー」
歌いだしたボクはもう最後までやるしかない。
「マリーーア……」
ボクの声が静かな会場で鳴り響くピアノの音と重なってすごくいい気分。
けどそれと同時に苦しみも……ある。
お腹が苦しいよぉ、高い声が続かないよぉ……。
でもがんばらなきゃ!
練習不足で震えて来る腹筋、まだまだすぐ喉声になってしまいそうになる発声と戦いながら……、たった4分。されど4分の時間を一所懸命、ちーちゃんのために歌い続けた。
「アーーーーベマリーーーーアーーーー」
そして最後のフレーズまで歌い切り……、ピアノの伴奏が鳴りやんで――、
しーんと静まり返った会場の中、みんなに向かってぺこりとお辞儀をした。
ピアノの万由里さんにもお辞儀した。
静かだった。
ボク……、まずっちゃった?
そしてまずちーちゃんが、いつの間にかボクのまん前まで来てお歌を聞いてくれてたちーちゃんが拍手を始めた。
「パチパチパチ……」
それを切っ掛けに、会場のいたるところから拍手の音が広がり出した。
「え? ええ?」
もう会場のみんなが拍手してくれてるみたいで、ボクの耳が痛くなるほどだった。
な、なんだか信じらんない気分だった。自分の歌でこんなにみんなから拍手がもらえるなんて……。
と同時にボクの弱っちいボクの足はもう限界が近いみたいで、がくがくしてきちゃう。
でも、なんだかみんなに喜んでもらってるみたいでうれしい。さぁ、席に戻らなきゃ……、
歩き出したところでがくんって膝が落ちる。
あ、まずい。
ころんじゃう覚悟をした。ああ、また春奈に怒られちゃうなぁ。
そんなことを倒れながらも考え、ショックに絶えようとしてたけど一向にその気配がない。
ボクはすんでのところで抱えられて転ばなかった。
見上げるとそこにはちーちゃんの泣き顔。そしてちーちゃんは言った。
「蒼空ちゃん……、
素敵な歌をありがとう。
私、幸せになるね……」
そう言ってボクをぎゅっと抱きしめてくれた。
ボクに合わせて腰を落とし、抱きしめたまんまで泣いてるちーちゃん。
ボクはちょっと付いていけず、ちーちゃんの肩越しに春奈の方を見て目をパチパチしてしまった。
でもきっと……、ボクのお歌でも少しは役に立ったってことかな?
ボクは脱力感とともに、ちょっとした達成感、それにもちろんちーちゃんの温もりも感じて……、ふわっと表情が緩んじゃうことを抑えることなんてとても出来なかった。
つまるところボクは今、とっても幸せだった。
読んでいただきありがとうございます。