ep11.狂気のゆくえ
「え? えぇ~?」
何なのこれ? 何が起こったの~?
お母さんに連れられて入ってきたお客さま……、いきなりボクに抱きついてきちゃったよぉ!
抱きついてきたのはスーツを着た女性みたい、なんだけど……困ったボクは、その女性の肩越しに周りを見やる。
みんな、やれやれといった感じで苦笑いしてる……。
「あ、あのぉ~?」
ボクが戸惑いつつ声をかけると、ようやく我に返ったのか、ぱっとボクから離れ周りをうかがうと……、ペロッと舌を出しテレ笑いする。
「ご、ごめんなさいっ。 あまりのうれしさと、蒼空ちゃんのかわいさに……思わず~~!」
といいつつ手を合わせ、ゴメンっとゼスチャーをする。
そして、お母さんと顔を合わせてうなずき合い、改めてボクの方に体を向け目線を合わせるようにしゃがんでくれる。
「こんにちは、蒼空ちゃん。 はじめまして! さっきはいきなりでごめんなさいね」
と再びあやまり、改めてあいさつを始めるお客さま。
「私は、朝比奈 麗香っていいます。 蒼空ちゃんとは、こうして会うのは……初めてなんだけど、お母さんや春奈ちゃん、それに西森さんとは仲良くさせてもらってるの」
「は、はじめまして……。 ゆ、柚月 蒼空です」
ボクもわかってることとはいえ、一応あいさつを返し、自己紹介してくれた女性……、朝比奈さんを見る。
朝比奈さんは、ショートヘアで目元がキリっとしててすごく活動的な雰囲気のする、かっこいい……お姉さんみたいな人だ。 背も高くてお母さんよりも上じゃないかな? 香織さんと歳は同じ(香織さん……春奈に聞いた話だと26才らしい )か、ちょっと上みたいな感じだけど、タイプ的にはぜんぜん逆かなぁ?
「う~ん、それにしても蒼空ちゃん! か、かわいすぎる……、そのワンピースもすごく似合っててかわいいっ、もうお持ち帰りしたいくらい!」
そう言いながらボクの手をとりつつ、自分のほっぺにすり寄せ、うれしそうに微笑んでる。
そんな感じで盛り上がってる朝比奈さんを見つつ、お母さんがボクの方に近づいてきて、
「蒼空。 朝比奈さんはね、刑事さんなの。 蒼空が目を覚ましてすぐにお話ししたこと……覚えてる?」
「う、うん」
朝比奈さんが、刑事さん? それであの時の話? ……なんだか聞きたくない。
ボクは、楽しい気分が一転、心が暗く沈んできた気がする……。
でも聞かなきゃいけないんだ、と嫌な気分を押さえ込んで聞いた。
「脳移植のときの……、お話し?」
「そうよ……、蒼空が事故にあって、移植を受けたときのお話し」
ボクは、こわばった表情になり見るからに落ち込んだ雰囲気になってしまった。
お母さんは、そんなボクを気遣いながらも朝比奈さんに席へ座ってもらうよう促し、話しをお願いしていた。
どうやら朝比奈さんが、この前の話しで言ってた "くわしい人" みたい――、そりゃそうか、刑事さんなんだもん。
席についた朝比奈さんは話を切り出した。
「まず私のことなんだけど、I県警刑事部の捜査第二課で警部補をしてます。 まぁ、当時はまだ巡査部長だったんだけど……」
と自分の立場を説明してから続ける。
「蒼空ちゃん、すごくつらい話しで聞くのがこわいって気持ちもわかるけど、ガマンして聞いてね? この話しは蒼空ちゃんのためにも知っておいてもらわないといけない話だから……」
「は、はい」
ボクは、こくりとうなずいた。
春奈は、沈んだ顔をしてお母さんの横に、すり寄るようにして座ってる。
香織さんは、朝比奈さんの隣で無言のまま座って、ことの成り行きを見ている感じ。
朝比奈さんは、静かに話を始めた――。
* * * * * *
………………。
あの事故が偶然じゃない?
ボクの脳隋? が目的だった。 ……しかも春奈も同じように狙われてた?
お父さん……は、それに巻き込まれて……。
聞かされる話は、ボクの気持ちを切り裂くような、深くえぐるような、そんな信じられない話の連続だった――。
"素体" ? ボクの体の一部から造り出した体? 今のボクはそれに脳移植された……。
女の子になったのはその時の遺伝子操作のミス……、先天性白皮症になってしまったのもその時の影響。
篠原 征二。
そいつがボクを……。 ボクの家族やお父さんを……。
「篠原 征二はね、研究所でその "素体" を胎児から子供の姿になるまで成長させることまでは成功させてしまったのだけど、その子達はどうやっても目覚めなかった……らしいの」
「それで、何をどう考えてしまったのか……、活動している人間の脳髄に入れ替えれば目覚める、と考えて――、あんな悪魔のような計画を実行に移してしまったの」
「入れ替えてしまったら、それはもう"素体"っていう、1個人が目覚めたことにはならないのにね」
「篠原 征二は、その時点である意味、すでに精神に異常をきたしていたのかもしれない――、といわれてるわ」
朝比奈さんは、さらに申し訳なさそうな顔をして続ける。
「実は、この事件の少し前から私たちは "再生医療研究所" の副所長である篠原 征二、及び彼の取り巻きである研究員について、内偵を進めていたの」
「篠原 征二の "元" 取り巻きだった男からの内部告発もあって、もう少しで検挙にこぎつけるって所まできていたんだけど。 一足遅かったの……ごめん、ね」
「私たちが捜査令状をとり、研究所内の研究施設に強制捜査に入ったときには全てが終わったあとだった……」
そう言って朝比奈さんは、お母さんを見て悲しそうな顔をした。
「突入したとき、蒼空ちゃんはすでに手術が終わって数日経っていて、でもやっぱり目覚めてなくて……。 お母さんと春奈ちゃん、二人もそこで軟禁されてたの」
春奈は泣いているようで、お母さんに慰められてる。
ボクは、呆然と――、でも聞き入ってる。
「お母さんと春奈ちゃんは、かなり憔悴はしてたけど無事保護して、蒼空ちゃんも……取り返すことが出来たのだけど、お父さんについては――」
朝比奈さんが、辛そうな顔をする。
ボクは代わりに言った。
「はい、わかって……ます。 わかって……」
言わなくてもわかってます……、だから、無理して言わなくていいって、言いたかった。
だって、思い出してたのだから……、あの事故のことは。
「ごめんね、蒼空ちゃん」
朝比奈さんはそう言うと立ち上がり、ボクの方へ近づいてきて……、ボクの頭をやさしく胸に抱いてくれた。
ボクは、ガマンしきれず……その胸の中で泣き出してしまった。
* * * * * *
ボクの気持ちが落ち着いたところで、もう少しだけ朝比奈さんは話しを続けた。
篠原 征二は、強制捜査のとき、研究施設内に立て篭もった末に……、世の中から永遠にその姿を消した。
研究成果であり残った3体の"素体"と、その設備と共に。
自ら起こした、
大気を震撼させる大きな爆発――、によって。
残った篠原の協力者、同志の研究者は逃亡していたもののすぐに捕まり、この事件はほぼ解決へと向かっていたが、交通事故を装った男達の消息については結局、ようとして知れない。
篠原製薬の社長であり篠原 征二の父、正剛は、その責任を取って社長を辞任し、潔く引退をしたという。 またその息子の行いに気付くこともなく? 多くの人々に迷惑をかけたことを悔やみ、その保障は私財をなげうってでも行うと発言していると……。
裁判も行われている(主犯格はすでにいない)らしいけど、その費用も被害者には迷惑をかけないと言っていると。
――なんだか、この元社長の態度は釈然としない……。
なんか納得できないし、したくない……。
これは、ボクなんかが言っても仕方ないことなんだろうけど。
お父さんが、かわいそう……だよ。
* * * * * *
結局、朝比奈さんの話は2時間近くに及び、終わったのは15時をまわったころだった……。