ep111.穏やかな日
投稿ペース、遅くてすみません。
修正するかもしれませんが、とりあえず投稿します。
色々忙しかった4月があっという間に過ぎ、ゴールデンウィークが明けてしばらくたった週末。合唱部恒例の新人歓迎のお歌を新入部員の前で聞かせることになった。
どうして5月半ば近くまでずれこんじゃったのかと言えば、まぁ早い話、ボクがみんなの足を引っ張っちゃったというのが大きい……。もちろん新人さんが最初見学に来た人数から徐々に減っていっちゃって、なかなか歓迎会を開くに開けなかったってのもあるけど。
あと体調的にはこれももういつも通り、可もなく不可もなく……って感じなわけで、別にこれが原因でどうとかってことでもない。
合唱部の新入部員は結局6人しか残らなかった。あーあ、一時は15人も居たのに……ほんと残念。
でも新人さんの中であの3人が残ってくれたのはちょっとうれしい。何しろ最初に声かけたのボクだったし……。
あと驚きの事実! 数少ない男友だち、山下くんの妹さんが清徳に入って来てて、しかもこの合唱部に入部してきちゃった!
ボク、そんな話ひとっことも聞いてなかった(まぁ、全然会えてないんだから聞きようもないんだけど……)し、歳の近い妹さんがいるなんてことも初耳だった。うーん、よく考えればボク、山下くんのこと、ううん、そんだけじゃない、青山くんや高橋くんのことだってたいしたこと知らないもんね……友だちなのに。
ちょっと反省――。
まぁ、ともかく山下くんの妹さんも入って来たんだ。
名前は佳那ちゃんって言って見た目はなんというか山下くんがそのまま女の子になった感じ? なんだけど、これがけっこうかわいらしい。肩にかかるかかからないかくらいの髪を真ん中から分けてて、癖のない髪をさらっと流してるんだけど、それがすっごく清楚でいい感じ。ボクが言うのもなんだけど、男の子としてはちょっと弱弱しい感じのする山下くんの見た目だけど、女の子として見ればそれが結構いい感じに早変わりってとこなんだろうか?
うん、これって山下くん的には……あまりうれしい例えじゃないかもね……あはは。
ただ、時折ボクを見る目線がきつく感じることがあるのは気のせいだと思いたい。
ううっ、最初、向こうからボクに声をかけて来た時も微妙に固い感じのする声だったし……。ボクってもしかして嫌われちゃってる? でも挨拶してきたの、向こうからなんだし。あーんもう、やっぱボクにはまだまだ女の子の考えてることなんて全然わかんないや。
あっと、また考えが脱線しちゃった。
でまぁ、ボクが足を引っ張った理由は言うまでもなく……練習不足。こればっかりはもうどうしようもないもん……。
とは言うものの、みんなボクを出さないって選択肢はないみたいで、部長や副部長さんを筆頭に、みんなしてボクの練習に協力してくれた。
声は出ない、音もなかなか合わない……、こんなボクにも関わらず、
ほんとみんな、ありがとう!
* * * * * *
本番当日。
新入部員の前で合唱するのは定番、「翼をください」。
ピアノを弾いてくれるのはもちろん向井先生。熊こと、山中先生は相変わらずどっかに出張してるみたいで居ない。ほんと居る時のが少ないってどうなんだろ?
第2音楽室の窓際の脇、グランドピアノの横に6人ずつ2列に並んだ僕たち先輩部員、総勢12名。対する新入部員6人は、そんなボクらの前で思い思い椅子に腰かけて、そんな様子を興味津々って感じで見てる。それにしても新入部員入れても18人。結局前のまんまの人数に落ち着いたとはいえ、す、少ない……。ほんと、合唱するにはなんとも弱小のクラブだよね、ウチって。
そんな中、女性三部合唱でやるボクらの構成は今のとこソプラノ5人(まぁソプラノの1人、大野部長は今回指揮だから4人になるけど)、メゾソプラノ3人、アルト4人。ソプラノが多くてアルトが少ないのがちょっとというかかなり難点。まぁアルトが多くいた先輩方が抜けちゃったから仕方ないんだけど……、新人さんの中にそれに変わる候補が居るのかどうか? 熊がまだみんなのパート決めしてないからそこんとこはまだわかんない。場合によってはパート替えってこともあり得るかもしんない。
ううっ、熊がどうするかわかんないけど……ちょっと心配。
っていうか今はそれどこじゃなく!
ボクは緊張して、どうしても表情がこわばっちゃう。ボク、こうして人前で歌うのまだ数えるほどしか経験ないから、ほんともうビクビクもの……。エリちゃんや川上さんはパートが違うからちょっと離れたところに居るし……、こ、心細い。
「柚月さん、表情固いよ? くすっ、大丈夫。まぁそれなり……に、練習したんだし。リラックス! リラックス!」
今回の指揮をする大野部長が、なんか微妙に間の空いた声がけとともにボクの緊張を解こうとしてくれる。
ううっ、でもそれってあんまし勇気づけになってない……。
「姫っち、ほらっ、今更思い悩んだってムダムダ! もう始めるよ、気合いれてっ!」
まだうじうじしてたら副部長の辻先輩が、後ろから背中をポンと軽くはたいてきた。
「はわっ」
思わず変な声を出してしまい、慌てて振り向くボク。
「ふ、副部長~、そんないきなり叩かないでください~、ビックリしちゃいます!」
唇を尖らせて文句をたれたボクに、
「ふふん、でもいい顔になったじゃん。ほら、その顔のまま、勢いで始めちゃいなよっ」
副部長がそう言いながら右手をぐいっと突き出し親指を立てる。ボクらの前に立つ大野部長、そしてピアノについてる向井先生へはそれが合図となり、唐突に、ほんと唐突に新入生歓迎の、先輩たちによる合唱が始まった。
ボクは慌てて居住まいをただし、たかだか4分弱くらいの短い時間なんだ……と、しっかり立って遅まきながらも歌う覚悟をきめ、目の前の(ボクは前列のど真ん中だからほんと、目の前)の大野部長の手に意識を集中した。
「い、いま~ わたしの~ ねがーいごとが~……」
はうっ、いきなりちょっと出遅れちゃった……けど、みんなそんなことに気を取られることなく、静かに淡々と演奏が始まった。ボクも余計なこと考えず、無心に歌う。
「このおおぞらに つばさをひろげ~ 」
よし、きれいにサビのところに入れた!
みんなの声、きれいにそろった。
でも……。
本当に空を飛べたなら……、どんなに素敵だろう……。
なに不自由なく動けたなら……どんなに楽しいだろ――。
歌いながらもそんなことをつい考える。
短い歌はすぐに終わりが近づいてくる。
満足ゆく出来……とはまだまだ言えないんだろうけど、それでもみんなの声がそろい、きれいなユニゾンが教室に響き渡ってる。
ボクもその中のひとり……。
始まるまでは不安でビクビク、ドキドキしてたはずなのに。
今はなんか終わってしまうのがちょっともったいないって思ってる。
「はためーかせ~ ゆきたいー」
体を一杯に使って、元気よく指揮してた大野部長の動きが小さくなっていき、最後にぎゅっと手が閉じられ……、
ボクの……、ううん、合唱部の新入部員歓迎の合唱が終わった。
最初いきなりミスっちゃって、実力なんてまだまだ全然だけど……、でも、ボクが初めて人に聞かせるため、みんなと一緒に歌った合唱。
うれしい!
一瞬の間の後、前に座って静かに聞いててくれた新人さんたちが、一斉に拍手してくれる。
ボクはなんかもう感極まってくる。
「先輩! なんかもう、すっごく素敵でした!」
「かっこ良かったです!」
「ユニゾンもきれいに響いてて、サビのハーモニーなんかもばっちりでした!」
みんな良かったって、ボクたちを褒めてくれる。
そりゃ先輩に対するお世辞なんかも、相当……入ってるかも? だけど。
ほんと、うれしい!
「そら……先輩、なんか目が真っ赤ですよ? もしかして泣いてます?」
「だ、大丈夫ですか?」
例の新人三人組がボクの前に来て、そんなことを言ってくる。な、泣きそうなのばれてる?
「う、そ、そんなことない。き、きっと部長の指揮をずっと見つめてたから……、つ、疲れ目! うん、きっとそうだよ」
ボクは慌ててそう答える。
それにしてもボクの目のこと……、普通みんな赤い目のこと気にしてあまり突っ込んでこないのに……ごく普通に話してくれた。下山さんだっけ? ボクの中でプラス評価だ、えへへっ。
「そうですかぁ? うーん……、あ、っていうか、合唱お疲れさまでした。
すっごく良かったです。そら先輩、一際輝いてました! かゎ、いえ、す、素敵でしたっ!」
「あ、ありがとう! でも、それ、ちょっと褒めすぎ……」
下山さん、なにかんじゃってるんだろ?
って言うかほんと褒めすぎ。うれしいけど……、自分の行動でこうやって褒められることなんてほとんどないから……、なんか変な気分になっちゃう――。
それにしても……最近、ボクってなぜか後輩から、名字じゃなく名前の方で呼ばれることが多い。部活以外の校内で呼ばれるときだってそう。もちろんいやってわけじゃないけど。なんでだろ? しかも微妙に間が空くことも多いし……。
「「蒼空ちゃん、ばっちりだったね!」」
どうでもいいことふと考えてたら、今度はエリちゃんと川上さんがボクに声をかけに来てくれた。2人ともアルトパートで離れたとこにいたから、なにげにうれしい。
「うん! 最初、ちょっと出遅れちゃったけど……、まぁ、そのぉ、思ったよりはうまく出来た……かな?」
前に集まりかけてた新入生の子たちを横にのかすようにボクの前に来た2人は、そんなボクの言葉を聞いて笑みを浮かべる。そして川上さんがしなくていい突っ込みをしてくる。
「何言ってるの、部活の練習のなかでの演奏なんだし、それくらい気にしなくていいんだって。後輩に聞かせる歌にそんな気合入れてどうすんの? 私なんてもう何回ミスったことか……。
ほんとにもう、蒼空ちゃん真面目なんだから」
気の抜けた表情でそんなことを言い放った川上さんに、エリちゃんが慌ててかぶせるように言う。
「ゆ、優那っ! だ、ダメ! 黙って……」
「な、なによもう、エリ……」
エリちゃんのその行為は残念ながら遅かったようで、
「ゆうな~、そんなことを言う口はどの口だっ?」
川上さんの背後からにゅーっと手が出てきて、それはそのまま顔まで延び、ついにはほっぺをぐにゅっとつまむ。
「ほーりゃ! この口かー?」
変なかけ声とともに掴んだほっぺを左右に引き延ばす。そんなことされたらたまらないのは川上さん。
「ひゃ、ひゃにしゅるんでふか~!」
せっかくのかっこいいお顔がいろいろ台無しな川上さん。
合唱部でそんなことをするのは誰か? といえばもちろん、辻"副部長"さま以外いない。
「ちょっとあんた。私や直美(部長さんね)を前にしてよくもまあそんなこと、いけしゃーしゃーと言えたことで。これはそのバツ。心して受け取るがいいわっ」
「ひえっ、お代官様! お赦しを~!」
背の髙い川上さんにそんなことを仕掛けた副部長はあまり背は高くない。それでもがんばってほっぺを引っ張る姿はどことなく愛嬌があって、ちょっとぽっちゃりとした姿もあり、周りのみんな、先輩も後輩も、それに先生までも一緒になって、くすくす笑いながら2人のやり取りを面白おかしく見てた。
平和だなぁ。
なんかいいなぁ。
ボクは穏やかで楽しい、こんな時間がこれからもずっと続けばいいなと……、1人心の中でそう思いながら、ちょっとおろおろしてるエリちゃんを横目に、みんなと一緒に笑って見てたのだった。
* * * * * *
「ふーん、じゃ、お姉ちゃんの本邦初公開の歌声は無事後輩たちに聞いてもらえたわけだ?」
その日の夕方。
部活から帰って来ていつものごとく、特等席であるリビングのソファでうたた寝をしてたボクの横に、これもまたいつものごとく、ぼすんと勢いよく座ってくれた春奈によって安眠を妨げられたボク。 驚き目を覚ましたところで今日一日の出来事を根掘り葉掘り聞き出され、まず最初に口から出たのがさっきの言葉だった。
「初公開って、べ、別に歌ったの今日が初めてってわけじゃ……。っていうかいつもいつも、ボクの寝てるとこ急に座んないでよねっ」
ボクが小声でぶちぶち文句を言ってると、
「もう、いちいち細かいことはいいから~。で、反応はどうだったの? つうか最後までとちらず歌えたの?」
なんとも勝手なこと言う春奈、ぷぅ。
「そ、そりゃもう! その最後までばっちしだったに決まってる。み、ミスだって、そ、そんなに……してない……と、おも…う……」
最初は元気に答えてみたものの、やっぱ自信ないからだんだん小声になって行ってしまうボク。
そんなボクを優しい目でみつめてくる春奈。
でもそんな表情は一瞬。その口から出た言葉といえば、
「むふっ、素敵でした~、輝いてました~! そら先輩~!」
にやにやした顔をしながらそんなこと言う春奈。
「なっ、は、はるっ」
ボクは開いた口が塞がらない。そしてお顔はきっと真っ赤になってるに違いない。
「どうして私がそんなこと知ってるの? って顔してるね? ふふっ、知りたい? っていうかわかるっしょ?」
どや顔でそう聞いてくる春奈。
……え、エリちゃん。
う、うらぎりもの~!
ボクの心の声がリビングに響き渡った。
ってことはもちろんない。
けど、それを期にボクの機嫌は急降下。
言った春奈もちょっとしまったってお顔をしてたけどもう遅い!
ふーんだ。
# # #
「って、ほら、お姉ちゃん。いい加減機嫌直してよ。
さっきのはほら、後輩にも人気のお姉ちゃんのことうれしいからって、あのエリが、あのエリがよ? そりゃもうペラペラと教えてくれたんだもん。つい面白くって……」
キッチンの方でがさごそしてたかと思うと、そう言いながら戻って来た春奈。
ボクの前まで来ると、後ろ手に回した手をおもむろに差し出してきた。
その手には……、
「い、いちごショート……」
ボクはその魅力と、今の不機嫌な気持ちとを天秤にかける。
……。
「いっただきまーす!」
あっさりいちごショートに振れたボクの天秤。
仕方ないよ。だって、いちごショートなんだもん。それは何物にも勝る存在、まさに至高!
「お姉ちゃん、わかったからしゃべりながら食べるのやめて? ったく、ほんといつまで経ってもお子ちゃまなんだから……」
ボクは食べながらうんうん、頷く。
それを見てさらに呆れる春奈。おでこに手をやってあちゃーってやってる。
ほっといてよ。これ以外のことだったらボクは十分大人の対応出来てるもん。ばっちりだよ。
春奈ったらほんと、うるさいんだから。まるでお母さんみたいだ。
ううん、お母さん以上だ。こんないじわるなのがお母さんだなんて、春奈に子供できたらかわいそうだなぁ。
は、春奈に子供……。
ボクはふとそんなことを考え、春奈に子供が出来たことを想像する。
「ちょっと、お姉ちゃん、何顔赤くしてんの? ほんとふくれたり赤くなったり、ころころ気分変わるんだから……。普通の女の子以上に気分屋さんだよねぇ、ったくう」
「ふぇ、べ、別に、な、なんでもない! ほっといて」
ふんとボクは春奈からそっぽを向く。素直じゃないボク。照れ隠しもなんかほんと素直じゃない。
そんなボクに呆れてた春奈だけど、また一つ新しいこと聞いてきた。
「でなに、山下の妹が入ってきたんだって? そこんとこくわーしく教えてよ、ね、おねーちゃん!」
春奈の顔、その表情、それはもう興味一杯といった感じで、その目が爛々と輝いてるのがボクの弱い視力ですら十分わかった。
ボクに逃げ場はないようだった。
お母さん、早く帰ってきて~!
そう願わずにはいられない、二人っきりの夕方のリビングなのだった。
読んでいただきありがとうございます。




