ep105.小さな決意 ☆
大変遅くなりました。
ようやく投稿です。
11/3 挿絵を追加しました。
春分の日の翌日。この日は、今年度最後となる終業式だった。
まだまだ寒く、しかも緊張感ただよう空気の中、終業式は粛々と執り行われ、ボクとしては無事終わってホッとしたって感じ。
だって……、こんな日に倒れたりなんかしたら目も当てられないもん。これ以上ボクのことで変なウワサが立つことだけは避けなきゃいけないもんね。
とは言うものの体調の方はすっごくいい感じで、ここ最近お熱を出すこともなく過ごせてて気分もいい。
それと前回は車イスを使って体育館に入ったけど、今回は杖を突きながらとはいえ自分の足で歩いて入ったんだからすっごい進歩じゃないかな? でもまぁ、結局それでも目立ちゃったんだけどさ……、ちぇっ。
6年生が抜けた終業式は寂しい雰囲気がただよってたけど、来年は中等部の子たちや、ボクみたいに入試で入ってきた新4年生が高等部に加わるんだし、しっかりしなきゃいけないんだよね。
でも、正直まだ実感わかない……。ボクがお姉さん、先輩って言われる立場になるだなんて……さ。(だいたい実の妹の春奈にさえ、お姉さん扱いされてないくらいなんだもん……)
そんな色々思うところもある終業式だったけど……、今のボクにはもうそんなことなんか二の次って言ってもいいところなの!
式が終わり、教室に戻ってSHRで先生から通知表渡されるときですら……ちょっとうわの空になってて、名前呼ばれてもすぐ反応出来なくて……先生に「しっかりお話聞くように!」って叱られちゃった、はぁ。
「蒼空ちゃん、さっきはどうしたの? まじめな蒼空ちゃんにしては珍しくたかちゃんに叱られちゃってたねっ」
来生先生の締めの言葉と共にSHRが終わると、速攻でボクの席にやってきた沙希ちゃんが、早速そう突っ込んできた。周りのみんなもそう言えばそうだねっって感じで、興味ありげにボクの方を見てくる。
ううっ、なんかみんな興味津々って感じだよ。
――ボクがSHRで上の空になってたのは、終業式が済んで教室への移動中、春奈から届いたたメールのせいなのだ。ったく、春奈ったらガッコでケータイなんかしちゃって……いけないんだから。まぁ、とは言え、ボクも見ちゃってるから一緒だけど……。
だって……、やっぱ気になるもん。
で、どんな内容だったかといえば……、ちーちゃんのことだった。
どうやら春奈宛てにちーちゃんからメールが送られてきたみたいで、その内容を要約したのをボクに送ってくれたみたい。もう、ちーちゃんったらっ、いくらボクがそういうの苦手って言ってもメール見るくらいなら普通に出来るんだからボクにも送ってよね……。
……まぁ愚痴はともかく、問題は内容。
お、男が来る!
ちーちゃんを身重にしたちょー本人。
来るのは今度の日曜日だって。ど、どーしよ、第一種警戒態勢発令しなきゃ!
ってことで、ボクはもうガッコのことなんか考えてる場合じゃないの――。
「そ、そのぉ、ちょっとお家のことで……。えへへっ、ごめんね? 気にかけてもらったみたいで……。でも大丈夫だから、気にしないで?」
ボクは人に言うようなことでもないので、みんなを見回し、小首を傾げながら笑ってごまかした。(後で沙希ちゃんには報告しよ、ちーちゃんとは仲良かったはずだし……)
当然みんな怪訝な顔をしてたけど、更にボクは必殺の言葉を放ち、みんなの注意をそれにそらした。
「そ、そんなことよりさ、みんな成績どうだった? ぼ、ボクね、思ったよりましだったの。だからねぇ、なんかすっごくうれしいの~」
その言葉は効果テキメン!
みんな一瞬にしてその表情が凍り付き、遠い目をして笑い出す人多数! ああ、沙希ちゃんが見事に固まってる……。
ううっ、みんなゴメン。その尊い犠牲は忘れないから……。
ボクはそんなことを思いながらも心はすでにここにあらず、日曜日のことでアタマが一杯になってしまってるのだった。
* * * * * *
「そっかぁ……千尋さん、結婚しちゃうんだ~」
春奈が教室から出てくるのを廊下で待つ、少しの時間。
ボクは、さっきはぐらかしてたこと……、ちーちゃんの結婚のことを沙希ちゃんにだけお話しした。部活でいつも一緒の渡里さんはお家の人とどこかに出掛けるみたいで、お別れの挨拶もそこそこに足早に帰って行ったし、まぁ、ちょうどよかったかも?
「うん……。ボク、びっくりしちゃった。結婚だなんて……。それにさっ、お家からも出ていっちゃうだなんて……さ」
なんともグチまがいのことまで言っちゃうボク。付き合いの長い沙希ちゃんにはついつい本音を漏らしちゃう。
「ふふっ、蒼空ちゃん、それは仕方ないよ。もう結婚するんだったら……とーぜん好きな人と一緒に暮らしたいだろうしぃ、それにぃ、男と女2人っきり、色々……あるじゃん、ねぇ?」
そう言いながら、ちょっとたれ目なかわいいお顔にイタズラっぽい表情を浮かべ、ボクを見る。
「ふぇ? いろ……いろ?」
沙希ちゃんの意味深な言葉を少しばかり考え、そして、ボクのお顔はみるみる桜色に染まっていく。ぼ、ボクだって健全な中学男子だったんだもん、沙希ちゃんが言わんとしてることくらい、そ、その、見当つく……もん。
「いやぁん、蒼空ちゃんお顔真っ赤だよ~? むふふぅ、なぁに考えてるのかなぁ? それにしても赤ちゃんかぁ……。千尋さんも案外やりますねぇ」
沙希ちゃんのお顔が更に締まりのないにやけたものに変わっていく……そんなとき、
「沙希ったら、なぁにみっともない表情さらしてるの~?」
春奈がいかにも呆れたって表情を浮かべて立ってた。
「あっ春奈。遅いよ~、もう待ちくたびれちゃった。蒼空ちゃんだって立ってるの辛いって言ってるよ~?」
沙希ちゃんがそんな春奈の言葉なんて聞いてないとばかりにマイペースな返事を口にする。そ、それにしてもボク、立ってるの辛いだなんてひとっコトも言ってないのにぃ!
「も~、沙希ちゃん! ボクそんなこと言ってないもん。ウソつかないでよぉ」
ボクがほっぺ膨らませて抗議すれば、
「あはは、ごめーん、蒼空ちゃん。だよねぇ、蒼空ちゃんってば、そう簡単に弱音はいたりしないもんねぇ。だから困っちゃうとこあるんだけどね~」
笑顔で謝りながらポロリと気になることを言ってくれちゃう沙希ちゃん。
はうぅ……、それ言われるとボク言い返せない……。
「もう沙希ったら、なにげにお姉ちゃんいじらない! でっ? 何あやしい、だらしない顔して廊下で突っ立ってたわけ?」
もういいよって表情を浮かべた春奈が、沙希ちゃんを見て、更にボクを顔を向けながら追求してくる。
ボクは苦笑いを浮べながら、ちーちゃんのことを沙希ちゃんにお話したこととか伝えた。
「なるほど……ね、ったく、沙希の耳年増にはあきれるよ。けど、お姉ちゃんに余計なこと教えないでよね? まぁだ子供なんだから」
春奈ったら最初はちょっと厳しいお顔して沙希ちゃんにお小言いいながら、でも最後はボクの方見てニヤリとイジワルな表情浮べながらそう言った!
「ううぅ、春奈ったらぁ! ボク子供じゃないもん! ちゃーんと言ってる意味とかわかるし、そ、それに、もう子供だって作れちゃうんだから~!」
ボクの思わぬ逆切れ発言に表情が固まる2人。
そんな2人を見て、そして……、自分のついさっきした発言を思い返す。
「あうぅ……」
そんな声にもならない言葉を出し、うつむいてしまうボク。
お、お顔が熱いよぉ。きっと耳までまっ赤になっちゃてるに違いないよぉ。な、なんてこと言っちゃったんだろ~。
恥ずかしさのあまり、もじもじして縮こまってしまったボクの様子を、どこか遠い目で見てた2人がようやく言葉を発する。
「お、お姉ちゃん? その、あの、ゴメンっ」
春奈はなぜか謝ってきた。でも、まぁ当然だよ、ボクこんな恥ずかしい思いしちゃったんだからっ。
で、沙希ちゃん……は、
「むふっ、も~恥ずかしがってる蒼空ちゃん、かわいい! 萌えちゃう! えへ、えへへっ。
そ、蒼空ちゃんが……、蒼空ちゃんが子作り……。ロリっ娘が子供……。ぐふっ、むふふぅ」
さ、沙希ちゃん……、きみって子はほんと……。
そ、それに、考えてることがみんな口に出ちゃってる……。
「そっか、そっか、蒼空ちゃん、いつの間にか体も女の子になってたんだね……。沙希ったら、不覚にも気付かなかったよ~」
そんな沙希ちゃんの様子を見て……、ボクと春奈はもうどうしようもないって表情をお互い浮かべ、見つめ合うしかなかった。
さ、沙希ちゃんはある意味いつも通り、平常運転……の、ヘンタイさんだった。
* * * * * *
早いもので春休み入ってもう5日目。3月ももう終わりが近い、最後の日曜日。
今日はこの前に言ってた……ちーちゃんの彼氏、名前は神谷さんって言うらしいんだけどっ、その彼氏である男が来る日なのだ。おかげでボクは朝から全然落ち着いてられなかった。
昨日だって久しぶりに瑛太と瑛美さんが来て、今でも恥ずかしい生理事件以来の勉強会をしたりしたけど……、はっきり言って全然お勉強に身が入らなかった。
はぁ、瑛太には悪いことしちゃった。でも今日のことが気になって仕方なかったんだもん。
ゴメンね、瑛太。
そもそも! その男が何しに来るのかって言えば――、
ううぅ、ちーちゃんのお引越しのお手伝いに来るってことみたいで……、ボクはついにちーちゃんがボクん家からいなくなっちゃうかと思うと、寂しくって仕方ない。
「もうお姉ちゃん、朝から不機嫌な顔してさぁ、感じ悪いよ。もうじき神谷さんも来るんだから……、いい加減あきらめて愛想よくしなさいよね?
お姉ちゃんがそんなだと、ちー姉だって気にしちゃうじゃない」
朝ごはんを食べ、一通り身だしなみも整えた後、リビングのソファーに寝そべってたら、そんなボクの様子を目にした春奈が、偉そうに注意してきた。
「わ、わかってるよぉ、そんなこと。ボクだってそれくらいちゃんとやれるもん、バカにしないでよ」
そう返しながらも、どう見てもふて腐れた表情をしてるのだろうボクのお顔を見て、春奈がため息をつく。
「はぁ、お姉ちゃん。そんな顔してよくもまぁ……、鏡見せてあげたいよ。ほらぁ、こ~んなお顔しなきゃ」
そう言うや、にやけた表情をした春奈がずんずん近づいてきてボクのすぐ後ろに立ち、おもむろに手を伸ばしてきたかと思うと、とんでもないことしてくれちゃった!
「ふわっ、は、はりゅな、なにしゅんのぉ~!」
ボクのほっぺをむにゅっとつまんだかと思うと、ふにゅふにゅと伸ばしてもてあそぶ春奈。
ボクは抗議の言葉を上げるもまともな言葉にならない。
「にひひっ、そう、それそれ! その表情だよ~。それでこの後もよろしくねぇ~!」
ようやくその手をほっぺから離すと、悪びれもせずにそんなことを言う春奈。しかもそのまま手をヒラヒラ振りながら、とっととリビングから出ていっちゃうしっ!
「は、春奈のバカ~! まっ○ろく○すけぇ~! い、いじめっこ~!」
ボクはソファーの背もたれの方にカラダを向け、よいしょと座面に立ち上がり、居なくなった春奈の方に向って思いっきり叫んだ。
「もう! ほんと、春奈のやつぅ。ボクのことぜんっぜん、お姉さんと思ってない! ああん、もう、腹立つんだから~」
ボクがそうやってぷんぷんした表情で春奈の悪口言ってたら、今度はお母さんがやってきた。
「あらあら蒼空ったら、ほっぺ膨らませて大きな声出して。年頃の女の子がそんなコト言っちゃだめでしょ? で、それはともかく……、今度は何かしら? ふふっ、また春奈に何か言われた?」
呆れながらもボクに話しかけてくれたお母さん。ボクは大きくうなずいてお母さんにその思いをぶちまける。
「お母さ~ん、もう春奈ったらひどいの! 聞いてよぉ、ほんと、にくったらしいんだから~」
その言葉を最初に、さっきあったことを身振り手振りを交え、一生懸命説明するボク。
お母さんはまずい時に来てしまったとでも思ったのか、キレイなお顔に苦笑いを浮べながら……、それでもじっとお話を聞いてくれた。
「まったく。ほんとあなたたちったら、しょうもないことでケンカして。
でも春奈も困った子ねぇ、そうやってすぐ手を出しちゃうんだから……。蒼空のお姉さんとしての立場、ないわよねぇ?」
お母さんがボクの気持ちを思いやったやさしい言葉をかけてくれる。ボクは思わず頬をゆるめ笑顔を浮かべる。
「でも。蒼空もいけないところ、あると思うんだけどなぁ?
蒼空が千尋ちゃんを大好きなように……、春奈だって千尋ちゃんのことが好きなのよ?」
お母さんがそう言いながら、自分のアゴに指を立て「うーん」と考える仕草を見せ、またお話を続ける。
「ほら、蒼空が今日一日そうやってむすっとしたお顔してたら、千尋ちゃんどう思うかしら?
そんな蒼空を気にして、今日手伝いに来てくれる神谷さんが遠慮するような態度とったりしたら?
千尋ちゃん……、きっと悲しむと思うな?
春奈はそうなるのがいやなのよ。
だから蒼空にそんな態度とったりしたんだと思うわ。わかるでしょ? 蒼空。ん?」
「……う、うん」
慰めてくれたあとに続いた、お母さんの説明というか説得に一応頷くボク。
でも……、ボクだってそんなことはわかってる。みんなボクを子供扱いするけど、ボクだって17才。それなりに経験もつんでるはずなんだもん。
でも……。
でもだめなの。
気持ちじゃわかってても、どこかいじけちゃって、寂しがってるボクがいる。
自分の気持ちを抑えることがどーしても出来なくなっちゃう。甘えたがりのボクが出ちゃう。
はぁ。
これってこのカラダのせいなのかなぁ?
今年で18才になるっていうのに……、このままじゃボクの心は子供のまんまみたい。
不安だよ……。
考え込んでしまったボクを見て、お母さんが心配そうにお顔を覗きこんできた。
「蒼空、どうしたの? 別に怒ってるわけじゃないのよ? ほら、元気だして!
それに、そろそろ千尋ちゃんが神谷さん連れて戻ってくるわ。出迎える準備しましょ」
お母さん。お母さん、ボク……。
突然襲ってきた言いようのない不安。
ボクはそれを覆い隠すため、お母さんの言葉に従い、元気にソファーから立ち上がる。
「わかった! ボクもちーちゃんが寂しそうなお顔したら悲しいもん。がんばって笑顔見せちゃう!
でも彼氏さんが変なやつだったりしたらきっちり注意しちゃうんだからね? ちーちゃんを泣かしたりするようならボク、許さないんだからね~」
そんなカラ元気とも言える言葉まで出しちゃうボク。
「わー、お姉ちゃん、態度大きい~、調子いい~!」
いつの間にかまたリビングに顔を出してきた春奈。ったく、お前の方がよっぽど調子いいよ。
ボクが何か言おうとする前にお母さんがすっと間に入ってきた。
「もう、あなたたち、ケンカはほどほどに! ほらっ、千尋ちゃん達の車、着いたみたいよ。
3人でお出迎えしましょう!
お返事は? ん?」
ボクと春奈の間に入り、それぞれの肩に手を置いて抱き寄せてくるお母さん。そしてボクたちの表情を確認するかのようにそのお顔を左右にかしげる。
ううっ、なんか肩にかかる力が強いのは気のせいかなぁ? ふと春奈の方を見ると、ボクの目で見てもわかるくらいあわあわした表情になってる。
こうなるとお返事は1つ。
「はーい、わかった~! 春奈、いこっ」
ボクはそう言うと春奈の方を向く。一応動きやすいようにと、ポニーテールにした髪がふぁさっと揺れた。そして、相変わらず小さい自分の手を差し出した。
春奈は一瞬きょとんとした表情を見せたけど、すぐ満面の笑みに変わり、差し出したボクの手をぎゅっと握り返してくれた。
「よし、行こっか、お姉ちゃん!」
ボクと春奈はさっきまでのケンカがウソのように仲良く手を繋ぎ、玄関から聞こえてくるドアの開く音目指して歩きだした――。
これからもきっと、今みたいに春奈とケンカして、そして仲直りして……、泣いたり笑ったり、人との出会いや別れがあったり……。
色々なことがあるんだと思う。
カラダにハンデがいっぱいあるボクは、これからもたくさんの人に迷惑かけながら生きていくことになっちゃうんだと思う。
でも、それでも、後悔だけはしないように生きていけたらと思う。
精神とカラダの年齢が一致してないっていう良くわからないハンデもあったりするけど……、それだって、どんどん年をとっていけば、きっとささいなことになってくに違いないよ、うん。
4月からボクも5年生。
後輩も入ってくるんだし……、とにかくがんばろう!
次回から新章です。
読んでいただきありがとうございます。