ep96.蒼空の失敗?
後半、ちょっとお食事中の方には申し訳ない表現……あります。
ご注意ください。
『パンパン』
今にも雪が降ってきそうな厚い雲が広がる寒空の下、拍手を打つ音が境内に響く。
ちょっと手に余る縄をなんとか引き鈴を鳴らしたあと……2回手を打って手を合わせ、神さまにお祈りをする。去年以上に長い長いお祈り……。
お賽銭に比べてちょっと長過ぎだろーか?
隣りで同じように手を打ってお祈りしてた春奈の気配は早々に消えちゃった。ったく、もっとマジメにお祈りすればいいのに。
ボクはそんなことをちらっと考えつつ、次々思いつくいろんなお願いを続けてる。
いっぱいお願いしちゃったけど……神さまお願いです。
ボクは少しでも早く、元気に……みんなと同じように生活とか出来るようになりたい……。だから、ちゃんと出来るよう見守っててください。
お願いしますっ!
最後にめいっぱい強く願い……しっかりお辞儀をし、ボクは拝殿から離れると下がって脇で待ってくれていた春奈とお母さんのもとへ、ちょっとふらつきながらも笑顔で向う。
そんなボクを見て、順番待ちをしてる人や周りにいた人たちがちょっと驚きながらもの珍しげな表情を浮かべて見てくる。
うう~、相変わらずだけど……もう、わずらわしいったらありゃしない。
「お姉ちゃん、お祈り長~い。まだまだ足元おぼつかないんだからさぁ、ちょっとしたことでも気をつけなよ?」
春奈が杖を突きながら歩いてきたボクにそんなことを言ってくる。
「もう春奈ったら、お正月早々~。心配してくれるのはうれしいけど……いくらボクでもこれくらいならぜんぜん平気だもん。お祈りくらい好きにさせてよ~」
ボクは笑顔から一転、ちょっとすねた口調で春奈に返す。
「ふふ~ん、だめだめ。お姉ちゃんの言うことなんてぜーんぜんっ、信用できませ~ん。だからあきらめて私に世話焼かれなさいって。
でも、ま、お祈りくらいは仕方ないか~。いっぱいお祈りしたみたいだし、きっと今年はいいことばっかだよ、ねっ?」
春奈がニヤニヤした顔でちょっとむっとする言葉を返してきたけど、最後はすっごくやさしい笑顔でいいこと言ってくれた……のはいいんだけどっ、一緒にボクのアタマを撫でてきた。
ううっ、笑顔はいいけど、撫でるのやめれ~。
「ちょ、春奈。なにボクのアタマ撫でてるのさぁ、妹のくせに~」
当然のごとく抗議するボク。
「だって、ちょうどいい位置に頭があるんだもん。つい……ねぇ?」
そう言いながらお母さんの方を見て同意を求める春奈。でもあきれてるのか、かるく笑うだけでなにも言わないお母さん。へへん、いい気味だ。
それにしても、春奈めぇ……ほんと、いつもいつも、にくったらしいんだからぁ! 最近は特に、何かにつけてアタマを撫でられることが多くなってきた気がする。
それというのも春奈のやつ、ここ数ヶ月で身長がまた伸びて……今じゃ160cm台の半ばに到達してて、ちーちゃんと変わらないくらいになってきた。部活とかマジメにやってたし、それに元々、ボクん家の家系って背が高い人が多いし。
対してボクはほとんど背が伸びてないから相対的にどんどん差が開く一方……。ボクだってお母さんの子供なのに……ううっ、理不尽だ。
だから、やつにとってボクのアタマはちょうど目の前にくるみたいで、つい撫でたくなっちゃうんだそーだ、くっそぉ。
ってことで……正月早々、神社で姉妹ゲンカを始めるボクたちだった。(まぁ、ほとんどボクが一方的にぐちってるだけだけど……)
そうそう、遅まきながら……今はといえば、お母さんと春奈、家族でお家の近くの神社に初詣に来てるのだ。
で、もう1人の家族っていうか従姉、ちーちゃんはというと……、大学のお友だちと一緒に昨日から出かけてて、まだ帰ってきてないから残念ながら一緒じゃない。なんでも除夜の鐘を突いたあと、初日の出を見にどっか遠くの海辺へドライブがてら行ってるみたいで、春奈がなぜかにやけながらボクに教えてくれた。
いいなぁ、ボクも初日の出とか見に行ってみたいなぁ。
でもこのお天気だもん、お日さま出てくるとこ……見れなかったよね? きっと。無駄足になっちゃったんじゃないかなぁ?
ボクがそう春奈に言うと、
「ま、別に見れなくても関係ないんじゃない? きっとドライブ……楽しんでるよ。むふふっ、お姉ちゃん、あんまりやぼなこと言いっこなしだよ?」
なんかわかんないけど、注意された。
「はうぅ……な、なにさ。なんかわかったような口ぶりでさ……。いいもん、いいもん。後でちーちゃんに聞いてみるもん、お日さま見れた? って。何して遊んでたの? って」
くやしいからボクはついそう言い返したら、春奈の口より早く……
「蒼空っ、身内とはいえあまり人のこと、とやかく詮索しないの。春奈も余計なこと言わない! わかった? 2人とも」
ううっ、なんで怒られるのさぁ……。ボクはちょっと釈然としないながらもお返事する。
「う、うん、わかった」
対する春奈はと言えば、小憎らしい顔で舌をペロっと出しお母さんに照れ笑いを向け……、そのまま何もなかったかのようにボクの手を取ると、誤魔化すようにさっさと……でもゆっくりと歩きだした。
ちぇっ、ほんと調子いいんだから……。
ボクはそうはいうものの、つないだ手をギュッと握り返し、まだまだ弱々しい筋力の……自分のカラダに気合を入れ、杖を突きつつ先を急ぐように一緒に歩き出した。
なぜかといえば、お正月の神社といえば屋台。屋台といえば……いちご飴!
去年、亜由美ちゃんたちと一緒に来て味わった、あの飴を買ってもらう約束なんだもん、急がなきゃね。
今年は残念ながらみんなと一緒には来れなかった(お母さんがみんなと初詣に行くの、許してくれなかった。今も近くまでクルマで来たくらいだ)けど……いちご飴だけは外せないよね。
――無事いちご飴を買ってもらいご機嫌なボクを見て春奈が言う。
「来年は絶対みんなと一緒に来ようよ。だから今はさ、ガマンして……体力キッチリ戻してさ。まずは学校の3学期、一緒に登校出来るようしっかり養生しよ、ね? おねぇちゃん!」
「うん、わかってる。無理なんて言わないよ? 心配しなくても素直にお家へ帰るって」
ボクそんなに帰りたくなさそうな顔してたのかな? まぁ確かにもっと見て周りたいし……みんなにも会いたかったけど……自分のカラダのこともちゃんとわきまえてるもん。
「そ、そう? ならいいんだけど」
そんな話しをするボクたちの背中をやさしく押しながら、お母さんが声をかけて来る。
「さぁ、雪もちらついてきたし……そろそろ帰りましょ。それにどんどん冷え込んできたし……カラダが冷える前に戻らないとね」
「「はーい」」
素直に返事するボクたち。
でも……外に出るためにふわふわのニット帽を目深にかぶり、かわいいお洋服やふんだんにファーが使われたダウンジャケットとか、いやって言うほど着込まされ、あまり寒いって気もしないくらいだけど……それでもまだ心配なのか、参拝を済ませボクが欲しがってた『いちご飴』を買って早々、帰宅をせかすお母さん。
ボクが退院してからというもの、お母さんの過保護は納まるどころか激しくなってる気がする。入院前もそれなりに心配性ではあったけど……今と比べればまだましだったような?
ボク、それだけお母さんにいっぱい心配かけちゃったんだろなぁ……。うう、いけない、けない、正月早々うつな気分になっちゃいそうだ。
「お母さん、ボクお家に着いたらあったかいココア飲みたいな。作ってくれる?」
ボクは気持ちを切り換えるため、あえて甘えちゃうことにした。
「お姉ちゃん、ホットココアだなんてこっども~! あ、でも春奈も飲みたいかも。お母さん、私もお願い~」
むぅ、春奈めぇ、なんのかの言って自分も飲みたいくせに~。
「はいはい、いいわよ。じゃ、帰りましょう」
お母さんはちょっと呆れた顔をして、でもすぐやさしい笑顔になって……ボクはそんなお母さんの腕に自分の腕をまわして、一緒に歩きだす。春奈と握っていた手をあっさり放し、さっさとお母さんの方に鞍替えしたのを見て、ちょっと不機嫌そうな顔をする春奈。
「ふーんだ、どうせ私じゃ頼りないですからねぇ!」
そう言いながらボクに向って舌をべーっと出し、でもすぐにボクの反対側に周り同じようにお母さんと腕を組む。
「さっ、寒いし早く車に戻ろうよっ、ね、お母さん」
げ、ゲンキンなやつ。……やっぱ春奈にはかなわないや。
両脇にボクたち姉妹がまとわりつき、お母さんは苦笑しながらも歩みを進める。ボクは遅れないよう一生懸命歩き、春奈はそんなボクに茶々を入れながら、楽しげにおしゃべりする。
こうしてボクの新年はおだやかにスタートした。
* * * * * *
「お母さん、ごはんおかわりっ」
お正月からはや3日が過ぎ、その間、特に体調を崩すこともなく平穏なお休みを送っていたボクだったけど……神さまにも誓ったことを実践しようと、出来ることから早速チャレンジすることにした。
「ちょっと蒼空。あなたそんなに食べて大丈夫なの?」
元々おかわりなんてほとんどしないボクが、それに退院前後……極端に食が細ってたボクが……急にごはん食べ出したもんだから、お母さんが呆れて声をかけてきた。
「はむっ、むぐ、ん……、だ、大丈夫。ボク、いっぱい食べて……さ、んぐっ、早く元気に……ごくん。ならなきゃ」
ボクはお母さんの問いかけに、おかわりしたごはんをもぎゅもぎゅ食べながら答える。
「こらっ、そんな食べながらおしゃべりしないの! それにしても、蒼空。急にそうやって食べて……お腹壊しても知らないわよ?」
お母さんがそんなボクを見て、苦笑いしながら……でもちょっと心配そうな口ぶりで注意してくる。
「だ、大丈夫……。お母さんのごはんおいしいし、久しぶりに食べたすき焼きもサイコーだし……それに食べなきゃいつまでたっても元気出ないもん」
ボクはお母さんの心配そうな問いかけにそう言って返したものの……実はけっこうやばい感じだ。
こんなに食べたの……このカラダになってから初めてかもしんない。ちょっと……く、苦しい……かも。あ、あんまし無理も良くない、よね。
「で、でも……とりあえず、こ、これくらいにしとく……。ご、ごちそうさまぁ……」
そんなボクの様子に顔を見合わせるお母さんと春奈。
「お姉ちゃんったら、ほんとわかりやすい……。元気になりたいからって急にさぁ(まじやってること子供だわっ)」
「え、なに? なんか言った? 春奈」
「ううん、べっつに。な~んにも言ってない」
むうっ春奈め、絶対なんか変なこと言ったはずなのにっ。
はふぅ……。
そ、そんなことより……やっぱ、お腹、苦しいよ……。ちょっとソファーで横になってよっと。
ボクはポンポンにふくれたお腹を小さな手でさすりながら……リビングへと向い、ソファーにポスンと座り込み楽な姿勢を探す。そうやってごそごそしてたら、
「ほら蒼空。お薬もまだ飲んでないでしょ? そんなだらしないカッコで横になる前にちゃんと飲んでおきなさい」
お母さんがだいっきらいなお薬と共にすぐそばまでやってきた。
「はーい……、わかった」
横になりかけてたとこで、再びカラダを起こそうとしたら胃のあたりがむかむかしてくる。はうぅ、やっぱちょっと無理して食べ過ぎちゃったかも……気持ちわる……。
そんなボクの様子を見て春奈が言う。
「あーあ、ほんと苦しそうに……。無理してあんなに食べるからだよ。ま、自業自得ってやつだね」
「も、もう、うるさい春奈! だ、大丈夫だもん、これくらい」
ボクは春奈に文句を言いつつもお母さんからお薬を受け取り、飲もうとして――
吐いた。
「うえぇ……」
「蒼空!」
「お姉ちゃん!」
お薬……免疫抑制剤の臭い。
そのなんともいえない生臭い……というか、何しろいやな臭い。
お腹がいっぱいで胃がむかつき加減だったボクは、その臭いが鼻についたとたん……一気に食べたごはんを戻してしまった。
「ふうぅ……かはっ」
「蒼空っ、ほら。もう我慢しないでぜんぶ吐いちゃいなさい! 春奈っ、洗面器急いで持ってきて。それにタオルも」
「う、うんっ、わかった」
はぁ、はっ、く、苦しいよぉ……。
苦しがるボクの背中を慌ててさすってくれるお母さん。そしてボクのお口に手を差し伸べてくれてる。
お母さんの手、ボクのせいですっごく汚れてしまった。ソファーやカーペットも汚しちゃった……。
ボクは吐きながら、苦しさで涙が出てきてかすんだ目で……、たいした視力も無い目で……それでも吐いたことによる惨状がわかるくらいにはちゃんと見える。
「ご、ごめんなさい……お母さん。うえっ、ごめんなさい……汚しちゃって……ふえっ」
吐きながらも謝るボクの顔前に、そうとう急いで持ってきてくれたんだろう……春奈が洗面器を素早く差し出してくる。そしてすかさず、また背中をさすってくれるお母さん。
「いいから。そんなこと気にしなくていいからっ」
そう言いながらもずっと背中をさすってくれる。
おかげで少しずつ吐き気が治まってくる。
「お姉ちゃん、大丈夫? ほんと、もう全部だしちゃいなよ?」
春奈も心配気な顔でボクに声をかけてくる。
「ふえぇ……ぐすっ。も、もう、だいじょう……ぶ。ぐすっ、ご、ごめんなさい……また迷惑かけちゃって……ごめんな……ふぐぁ~」
ボクが泣きながら謝ってたらお母さんがそれをさえぎるかのように……ボクの顔にタオルを押し付けてきた。
「ほら、蒼空。落ち着いたのならそんな謝るよりも……口周り、きれいになさい? かわいらしいお顔が台無しだわ……」
ボクはお母さんが顔に押し付けてきたタオルを戸惑いながらも受け取り、汚れた口周りを拭う。
「はぁ、もうびっくりしたぁ。ほんとお姉ちゃん、驚かさないでよねぇ」
ボクが落ち着くのを見計らって春奈が早速軽口をたたき始め……でも、その手はボクのしてしまった結果の後始末をせっせとやってくれてる。
「う、うん。ごめん、春奈。その……」
「ああん、もう、そんなのいちいち謝んなくていいから。誰だって吐いちゃうことなんてあるんだから気にしなくていいって」
春奈が謝ろうとしたボクの言葉をさえぎり、少しの笑顔を見せながらそう言ってくれる。
「そうよ蒼空。そんなこと気にしなくていいから。それより……ほら、お洋服まで汚れちゃったし……もうこのままお風呂にしちゃいなさい。春奈、また一緒に入ってあげて?」
「もっちろん! わかってるって。さっ、お姉ちゃん、キレイキレイしようね~?」
ううっ、春奈。ボクがちょっと落ち込んじゃってるからって、ちょ、調子に乗って~。
でも、さすがに今のボクの立場じゃ……は、反論出来ないぃ……。
――この後お風呂で、今の出来事をネタに春奈のいいようにあしらわれ、まだイマイチしゃきっとしない足のせいもあり……ボクはほんと……子供のように全身くまなく洗われちゃった。
はうぅ、お姉ちゃんであるボクの立場が……。
でも、そのおかげか……吐いたショックをあまり引きずらなくて済んだような気もする。
ボクの大事な家族。
大切な妹、大好きなお母さん。
ボクがそう思ってるように。
きっと春奈もお母さんも……ボクのこと、なにがあろうとも……好きでいてくれてるんだよね?
そう思うと、さっきまでの落ち込んだ気分なんかどっかへ行き、なんだかとっても幸せな気分になってくる。
でもお風呂上り……。
しっかりお母さんに、無理してごはん食べたこと……叱られた。
ご、ごめんなさ~い!
もう二度と……ぜ~ったい無理にごはんは食べない! と、心に誓うボクだった。