ep95.蒼空の気持ち
クリスマスパーティーの翌日。
ボクは例によって、いつものごとく、もう予定調和って言ってもいいくらいの確実さでもって……お熱を出して寝込んでた。
お母さんも春奈も、ボクがこうなるのを半ば覚悟……って言い方は変だけど、予想はしてたみたいで、たいしたことないっていうボクの言葉はにべもなく流され、ベッドに寝かしつけられてしまってた。
とは言え、正直いうとカラダはかなりだるくって……、ずっと寝たきりだったボクのカラダは、終業式からこっち……久しぶりに色々と動き回ったツケが一気に出てしまったのは仕方ないっていうか、当然のことなのかもしんない。
でも……病院のベッドじゃなく、自分のお部屋で寝てるってだけでボクは言いようのない安心感に包まれて……すっごく落ち着いて休んでられる。
だって、お家には家族が……お母さんや春奈、それにちーちゃん。
みんないる。
病院の無機質なお部屋……誰もいない寂しい病室とは全然違うんだもん。……まぁ変わりにちょっと……落ち着かない時もあったりするけど。
そう、今みたいにっ。
ノックも無しにお部屋のドアがスラっと開き、ボクの……ちょっとお転婆な妹、春奈が入ってくる。
「あれっ、お姉ちゃん起きてたんだ。……えっと、気分どう? なんか欲しいものある?」
ボクが起きてると思ってなかったのか、一瞬戸惑いながらもすぐそう聞いてくる春奈。
「もうっ、春奈。いつも言ってると思うけど……お部屋に入るときはノックくらいして。お願いね? ……で、ちょっとノドかわいちゃったから何か飲み物欲しいなぁ? 出来たらコーラ!」
ボクは不躾な妹にノックしてと抗議し、そして飲み物にコーラをおねだりした。やっぱコーラは至高だよね。
「ごめん、ごめん。てっきりお姉ちゃん寝てるかと思ってさぁ。でも、最近ちゃんとしてるじゃん、ノック。今はたまたましなかっただけで……。ほんと細かいんだから、お姉ちゃんったら」
「たまたま……じゃなくて、いつもしなきゃ意味ないのっ、細かいんじゃなくてそれが普通なの。ほんとにもう。それから……飲み物も忘れないでね?」
「はいはい、わかりましたよ~、お姫さまの言われるとーり、今後気を付けまーす。それにしてもこんな時までコーラ? ほんと好きだよね、お姉ちゃん。でもさ、普通こんな時はスポーツ飲料とか飲むんじゃないの?」
お、お姫さまって……もう、春奈ったら。
変なこと言って全然反省したふうじゃない春奈が、ボクのコーラ飲みたい発言にも突込み入れてきた。ほんんとわかってないよ春奈。
「いいの。好きなんだから! それに疲れたときに甘いもの……間違ってないもん。それにシュワっとしてスッキリして、すっごくおいしいじゃん。だから全然問題なしなんだもんね。春奈も今度飲んでみなよ? 絶対いいと思うんだから」
ボクはコーラがいかにおいしいかウンチクを語って春奈にも勧めた。
「あはっ、まぁ私も嫌いってわけじゃないけど……熱出したときまでは……遠慮しとく。ほんとお姉ちゃんのコーラ好きもたいがいだよね。ま、いいけど。じゃ、持って来たげるから大人しく待っててね~」
「うん、ごめんね? よろしく~」
うーん、春奈にコーラの魅力はわかんないか? 残念。
でもこうやって春奈とたわいもないお話出来るのもお家にいるからこそ。だからほんと、無理してまた入院ってならないよう気をつけなきゃ。
まぁ、カラダはまだだるいもののお熱はすでに下がってきてるし……こうやってゆっくりして寝てれば……月曜の通院までには良くなるよね、うん。
それにしても、コーラまだかなぁ……。
ボクはお家に居られるささやかな幸せに満足感を感じつつ……お熱があることをいいことに妹に甘えまくっているのだった。
* * * * * *
そして迎えた月曜日。
微熱は日曜日にはすっかり引き、カラダのだるさもあまり気にならなくなったこともあり、安心して通院。
採血してから診察を受け、村井先生に問診を受けながらもガッコのお話やクリスマスの出来事、それにちょっとお熱を出したこと……いっぱいお話した。先生は終始やさしい笑顔でボクのお話を聞いてくれてたけど……お熱を出したってとこでちょっとだけ、顔をしかめてた。
「退院してうれしいのはわかるけど……くれぐれも無理をしないようにね? 年明けからは本格的に復学するのよね? とりあえず数値のほうは特に問題ないようだし……大丈夫だろうとは思うけど」
先生はパソコンに表示されてるボクの血液検査の結果を見ながら……そうお話してくれて、そんな言葉にボクは思わず苦笑いだ。
そしてそのお顔がボクからお母さんへと移っていった。
「お母さま、今日までの結果を元に診断書を書かさせていただきますから、それを学校の方に提出していただくようお願いします。
ほんとでしたら、もうしばらくは自宅でゆっくり様子を見て……万全の状態で復学したほうがいいとは思うのですが……留年させたくないというお気持ちも良くわかります。
ですので、ほんと、無理をさせず、くれぐれも用心に用心を重ねて学校に通ってもらうようよろしくお願いします。
気になる事がありましたら、ささいなことでもかまいませんから、遠慮なさらずに病院に連絡してもらうよう……重ねてお願いしますね?」
診断書? ガッコ行くのにそんなのいるんだ。きっと学年主任の先生に色々言われたのかな? そんなことをボクが考えてるとお母さんが先生に言葉を返す。
「ありがとうございます。色々ご無理を言って申し訳ありません。おっしゃられる通り、この子には無理をしないようしっかり言い聞かせて、学校へ行かせるようにいたします。
蒼空、わかってるわね? 先生のお言葉、しっかり守って、体に負担かけないようにしなきゃダメよ? 無理してつらい思いするのは結局あなた自身なんだから……。それに……もしそのせいで春奈や沙希ちゃんと同じ学年でいられなくなったりしたら……蒼空、あなたもいやでしょ?」
ううっ、お話の矛先がボクに向いてきた。
お母さんったらボクのアタマをやさしく撫でてくれながらも、そのお口から出てくる言葉はすっごくきびしい。
そりゃもちろん、ボクだって春奈や沙希ちゃん、それにクラスのみんなと一緒に進級したいに決まってる。
「もう、わかってるよ、それくらいぃ……。お母さんも先生も同じこと、何度も何度もさっ。ボクもう聞き飽きちゃった。ちゃんとお言いつけ守って無理もしないから……心配しないで? 留年なんてボクもやだもん、絶対、無理なんてしないよ?」
ボクはそう言って自分の意見を主張し、村井先生、そしてお母さんのお顔をちょっと潤んだ眼で覗き見る。
「まぁ蒼空ったら。いくらそんな顔して見せたってダメ。学校はともかくとして……当分の間は外出も自粛ね。不満はあるかもしれないけど……これもあなた自身のためなんだから……我慢なさい?」
はうぅ……そ、そんなぁ……。
お母さんの外出禁止令に近い言葉にボクはショックを受け……たぶんそれは態度や表情にもこれでもかってほど表れてたんだろう……思わぬ援護射撃が出た。
「まぁまぁお母さま。さすがにそこまで極端なことまでなさらずとも……。確かに外出はなるべく控えた方が安心でしょうけど……年頃の女の子なんですし……たまに気分転換することも必要でしょう。そこのところは様子を見ながら適時判断してあげてください」
村井先生はそう言いながら、ボクの方をちらりと見て軽くウインクし、ボクの視力の弱い赤い眼でだってその仕草ははっきりわかった。
それを見たボクは、今までのちょっと強張っていた表情から自然と頬が緩み、その日初めてじゃないか?って思える笑顔を浮かべた。
――結局、なんとか外出自粛の言葉は撤回してもらい……その時のボクの体調を見て問題なければ出してもらえることにはなった。
もちろん1人で出かけるなんてことは絶対許してもらえないけど……。まぁそれはボクも1人で出かけようだなんて思いもしないから、問題なしだ。
何にしたって……ボクが誰に遠慮することなく自由に動きまわれるなんてこと……、当分は出来ないんだよね。
つくづく情けないカラダなんだから……。
ボクはまだまだお話が続いているお母さんと村井先生を横に見て、そして自分の小さくて華奢なカラダを見下ろすと……小さくタメ息をつく他なかった――。
* * * * * *
あの後、ほんとなら瑛太とも会うはずだったけど……瑛美さんが時間の都合を付けること出来なかったみたいで……残念ながら会うことは出来ず、先生とのお話もイマイチだったし……なんとも寂しい今年最後の通院になっちゃった。
そういや唯一ボクが大っぴらにお外に出られるガッコの補習(ガッコの補習でお外に出られるっていうのもなんか釈然としないけどさ……)も、28日が今年最後ってことで、お母さんに送り迎えしてもらいながらもなんとかすべて受けることができた。
そんなこんなで、あとは大晦日、そしてお正月を向かえるのを待つのみって感じになり……春奈やお母さんがお買い物に出かけてる中、1人お留守番をする羽目となっていた。
置いてかれたボクは、これといって何もすることも無く……リビングのソファーでふて寝しながらTVを流し見し、時間を潰してた。とは言うものの、ぼーっとしてただ見てるだけで、内容なんか全然アタマに入ってないんだけどさ……。
そんな気だるさばかり感じさせる気分の中、横になってると……アタマをよぎってくるのは、この1年ばかりの間に起こったいろんな出来事。
思えば今年も、ボクにとって忘れられない……いろんな出来事、あった。それこそ、いいこと悪いこと……てんこ盛りだ。
春奈や沙希ちゃんと一緒に高校行きたくって……ちーちゃんにお勉強教えてもらいながら一生懸命、清徳めざしてがんばったし。
ずっと眠ってたボクは、すっごくいっぱいブランクあって大変だったけど……そんなことがあったからこそ……受かったときはほんと、うれしかった。
一緒に受けた春奈や沙希ちゃんもそろって合格して……入学式の時、桜並木の前で写真まで撮っちゃったりしてさ。あの頃はまさかこんな病気になっちゃうだなんて思ってもいなかったから、とっても幸せな気分でいっぱいだった。
高校入ってからもクラスのみんな、それにエリちゃんと知り会って……、合唱部にまで入部したし。部長さん始め、部活のみんなもすっごくいい人ばっかで……まぁ、若干面倒な先輩もいるけど……。
そういやスポーツテストで倒れちゃって、病院に連れてかれたときもあったっけ。
あの時は人より汗が出にくいとか言われちゃって……あの頃からだよね? お母さんがボクがお外に出るの……あまりいい顔しなくなったのって。
今思うと……あの頃のボクの体調って、今の病気の前触れみたいなこともあったのかな? それにこのカラダ……ボクの新しい女の子のカラダ。今じゃ前のカラダの感覚なんて思い出せもしないけど……。人工的に造られたせいもあるんだろーか? こんだけひ弱なカラダになってしまったのって。
それとも……これからのボクの努力次第で、もっと元気になること出来るのかな?
わかんないや……。
でも、アルビノのこのカラダが普通のカラダになるなんてことは絶対ないし……。だからお日さまの下で、おもっきし遊ぶなんてこと出来っこないし、きっとお母さんや春奈がそんなこと、させてくんないだろなぁ?
お母さん……、ボク自身よりよっぽどボクのこと気にかけてくれてて、そういや精密検査も受けるように言われてたんだ。……合宿に行きたいばかりに……あの時のボク、お母さんにひどいこと言っちゃった……。
再生不良性貧血なんて、こんないつ治るとも知れない、もしかして死んじゃうかもしれない病気になって……そのことすっかり忘れてたけど……。
ボクはそんなお母さんの気持ちなんて知らずにワガママ言って……合宿行って……結局あんなことになっちゃったんだ……。
はぁ……、ボクっていったい何なんだろ……。
元男の子で……今は見た目ちっちゃな、色白で、髪がまっ白で、おまけに目がまっ赤な……変な女の子。
こんな体になってしまって、目が覚めてから2年と5ヶ月近く経って……、見た目はほんの少しはおっきくなって、治療受ける前なんかけっこう女の子っぽいカラダ付きになって、胸だって膨らんできて……ボクけっこううれしかったのに……。
今やまたガリガリのやせっぽち。
体重なんて目が覚めたときくらいまで逆戻りしちゃってる。
おふろで自分の姿見てしょんぼりしてるボクを見て春奈なんかは、すぐ元通り、っていうか、もっとおっきくなれるって……慰めてはくれるけど。(反対にすぐ、ちっちゃいとか、子供だってからかわれることも多いけどさっ)
17才になったっていうのに、見た目は中学1年くらいにしか見えない……そりゃ実際、カラダの年齢は13才だけど、中一の瑛太にまで年下に見られるだなんて……ほんと悔しいったらありゃしない……。いくらボクのがお姉さんなんだって言って、歳や高校の生徒手帳まで見せてあげてもなかなか信じないんだもん、ほんと失礼しちゃうよ。
結局しぶしぶ認めてはくれたみたいだけど……態度や口調のはしばしにボクをタメって見てるフシがあって……ほんと釈然としないんだから。
そしてもう一つ、ボクの見た目の特徴っていうか病気?っていうか……、白い髪と赤い眼……は、相変わらず目立ちまくってる。
さすがに身近な人たちやお友達になってくれた子たちなんかは、まぁ普通に接してくれるけど(内心どう思ってるか……なんて、わかんないけど)、街の人々、道行く人たち……それにガッコの人たちですら……まだまだもの珍しげな目をボクに向けてくる。カラダの小ささや足の不自由なことも相まって、そりゃもう……すごいんだから。
とはいえ、そんなのはもうとっくに慣れちゃった、はずだし……それにまぁ、かわいいって言って、かまってくる人がほとんどで……気持ち悪いって言われたり、珍しい動物見るみたいに不躾にジロジロ見てくる人っていうのは、あんまり……いないから、気になんかしないんだもんね。
何より、春奈や沙希ちゃん、いつも一緒にいるみんなと居れば……そんなこと全然気にしなくっていいんだもん。すっごく気持ちが落ち着いて、とっても居心地いいだもん。
だから平気なんだ……。
はわっ、
いつの間に自分のカラダのグチになってきちゃった。
……でも、こんなこと。
こんな想い……誰にも言えないし、言いたくない……。
お母さんや春奈はもちろん、ボクが色々悩んでるってことは知ってるとは思う。
春奈はよくからかう振りして元気付けたりしてくれるし……、お母さんは、ボクをやさしく抱き寄せてくれたり、撫でてくれる。優しい言葉をかけてくれる。(怒られることも多いけど……)
家族は居てくれるだけでボクを癒してくれる。
でも、でも……、それでもボクは……ボクの将来のことがとっても不安で仕方ない。
ほんと、ボクは何なんだろう?
女の子? でも心は男の子……のはず。
お母さんや春奈はボクが女の子っぽくなった、とか、もう女の子にしか見えないってよく言ってくれる。
そりゃカラダは間違いなく、れっきとした女の子なんだし……確かにボクも仕草や好きなものとか、女の子っぽくなったな……とは思うけど。
石渡先生にも、女性ホルモンの影響……とかで脳が女性化していくっていうのは、少なからずあるって言われたことあるし。
でも、でもさっ。
ボク、将来男の人と結婚とかするの……まだまだ想像できないし……したくもない。
みんな山下くんとボクをひっつけようとしてるみたいだけど……、ボクだってもちろん山下くんのこと、きらいじゃないけど。
でも、その……なんか違う。
瑛太のことだって……春奈はからかってくるけど……あいつはほんと、弟分なんだ……好きっていうのとは違うはず。
って、もう!
「あーん、ボク何考えてんのさ~!」
ボクはアタマの中がなんだかグチャグチャになってきて、リビングで1人……思わず、おっきな声を出してしまった。
そんな自分の行動にちょっと恥ずかしい思いをしてたら今度は、
「たっだいま~! お姉ちゃん、いっぱいお買い物してきたよ~!」
玄関が勢いよく開く音と共に、春奈の声がリビングまで響き渡って聞こえてくる。
「ふぅ……」
もう考えんのよそう。
お母さんも言ってたじゃん……今はそうじゃなくても……成長して、大人になっていけば自然にその気持ちは変わってくって。
「お帰り春奈~! ボクの分もいっぱい買って来てくれた? ボク連れてってくれなかったんだもん、その分、いっぱい買って来てくれたんだよね~?」
ボクは元気にリビングに突入してきた春奈を、満面の笑顔で迎えながらそう言った。
「もっちろん! 春奈、お母さんと一緒にめいっぱいかわいいお洋服、いっぱい選んできてあげたよ? ふふぅ、これから試着会だかんね? お姉ちゃん、着せ替え人形……覚悟よろしく!」
それに春奈もそれ以上の笑顔でもって、ちょっと余計な言葉と一緒に答えてくれる。
「はわっ、そ、そうなの? あははっ、お、お手柔らかにね?」
色々考えることは多いけど……でも今は……今は、生きてこの世にいられることに感謝して、毎日を精一杯生きようと思う。
先のことは先のこと。
今考えたってしかたないよね。
ボクはそう考え、思いをふっきり……、
うれしそうに抱え持ってきた買い物袋をリビングの机にどさりと置き、ボクに見せようと張り切る春奈を……今まで以上にわき上がる、やさしい気持ちで見つめるてしまうのだった。
うーん、悩ましい。
難産でした……。