第五話 屋根裏の四季
ー グレース・プールという女は、不思議な人だった。
私を監視する役目を負わされているというのに、彼女は一度も、私を「狂人」として見下したことがなかった。毎朝、決まった時間に食事を運んでくる。天気の話をする。時折、私の髪を梳いてくれる。まるで、ただの隣人であるかのように。
「奥様、今日は天気がいいですよ。窓を開けましょうか」
彼女はいつも、私を「奥様」と呼んだ。使用人たちの誰もが、いつしか私を名前でしか呼ばなくなっていた頃、グレースだけが、その呼び方を変えなかった。
彼女には彼女の事情があるのだろう。この仕事を選んだ理由も、酒に頼る癖があることも、私には詮索する気力もなかった。ただ、彼女がいてくれることで、屋根裏の時間は、完全な虚無ではなくなっていた。
私の一日は、光の移ろいで測られていた。朝、鉄格子越しに差し込む光が白から金色に変わる頃、私は目を覚ます。昼、光が真上から差す頃、グレースが食事を運んでくる。夕方、光が赤く染まり、やがて消えていく頃、私は窓辺に座り、庭を見下ろす。
庭にはいつも、あの家庭教師の姿があった。ジェーン・エア。
小さな体で、いつも足早に庭を歩く。時折、立ち止まって空を見上げる。その仕草に、私はなぜか、若い頃の自分を重ねてしまうことがあった。彼女もまた、この屋敷で「異物」として扱われている一人なのかもしれない、と。
ただし、彼女には私にないものがあった。自分の足で、屋敷の外へ出ていく自由が。
時折——ほんの数瞬だけ——私の中に、奇妙なほど澄んだ時間が訪れることがあった。
それは前触れもなく訪れた。ある朝、鏡の前で自分の顔を見たとき、突然、すべてが鮮明になった。自分がどこにいて、なぜここにいて、何を失ったのかが、恐ろしいほどはっきりと理解できた。
その瞬間、涙が止まらなかった。
「グレース」
私は彼女を呼んだ。あの日、私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「私は、まだ人間なの?」
グレースは手を止め、しばらく黙ってから、静かに答えた。
「奥様は、ずっと人間ですよ。誰がなんと言おうと」
その言葉に、私はまた泣いた。だが今度の涙は、絶望の涙ではなかった。あれほど長い間、誰からも与えられなかった言葉——「お前は人間だ」という、たったそれだけの言葉が、これほどまでに渇いていたものだったとは。
だが、そんな澄んだ時間は長く続かなかった。正気を保つということは、同時に、自分の状況のすべてを直視するということでもあった。夫に見捨てられ、財産を奪われ、屋根裏に閉じ込められ、名前すら奪われかけている——その現実を正面から見つめることは、狂気の中にいるよりも、遥かに苦しかった。
だから私は、ある意味で、自ら狂気を選ぶようになっていった。
叫び、笑い、獣のような声をあげる。それは演技でもあり、同時に、本当に自分を保つための唯一の方法でもあった。正気でいれば、絶望に押し潰される。狂っていれば、少なくとも、痛みからは逃げられる。
ある夜、私は鍵を盗み、屋根裏を抜け出したことがある。理由は自分でもよくわからない。ただ、あの家庭教師の部屋を見てみたかったのだと思う。ジェーン・エアという女性が、どんな空間で眠っているのか。
彼女の部屋の前に立ったとき、私は自分のヴェールを、ふと彼女の姿に重ねてしまった。彼女もまた、いつか私と同じように、この屋敷に絡め取られていくのだろうか。
私はヴェールを引き裂き、床に落とした。それが自分への警告だったのか、それとも彼女への警告だったのか、今もわからない。
グレースが目を覚まし、私を連れ戻しにきたとき、私はもう、自分がどちらの自分だったのかも、思い出せなくなっていた。
澄んだ時間と、狂気の時間。その境界線は、日を追うごとに曖昧になっていった。そしてそのことこそが、私が本当に恐れていたことだった。




