第一話 友と呼んだ男
僕の名はリチャード・メイスン。妹バーサより三つ年上で、この島では「メイスン家の跡取り」として育てられた。だが正直に言えば、僕はその役割にふさわしい人間ではなかった。
父は厳しい人だった。砂糖と、そして人間を売って財を成した男に、優しさなど期待するだけ無駄だ。父が求めたのは結果だけで、僕はいつもその結果を出せない息子だった。数字に弱く、決断力に欠け、酒に逃げる癖がある——父にそう評された日のことを、僕は今でも忘れられない。
だからこそ、エドワード・ロチェスターという男が現れたとき、僕は救われたような気がしたのだ。
彼は僕の初めての友人らしい友人だった。イングランドの名家の次男で、遺産を得られない立場——僕らはどこか似た境遇にあった。跡取りでありながら父に認められない僕と、次男に生まれたばかりに何も継げない彼と。
「リチャード、君は自分を過小評価しすぎだ」
彼はよくそう言った。あの言葉に、僕がどれほど救われたか、今の彼は知らないだろう。
父がロチェスターに目をつけたのは、彼と出会って半年も経たない頃だった。父は僕たち二人の様子を見て、何かを計算していた。そして、ある夜の書斎で、父は僕にこう言った。
「あの若者に、バーサを嫁がせる」
僕は反対しなかった。いや、反対できなかったというのが正しい。父の決定に異を唱えたことなど、僕の人生で一度もなかったからだ。
だが、それだけではない。僕は——認めるのは辛いが——ロチェスターとの友情を失いたくなかったのだと思う。彼が義弟になれば、僕らの関係は形として残る。父に否定され続けてきた僕にとって、それは縋りたくなるほど魅力的な話だった。
妹の気持ちを、僕はちゃんと聞いただろうか。
いや、聞いていない。バーサがロチェスターをどう思っているか、僕は一度も本人の口から確かめなかった。妹が美しく、聡明で、そして誰よりも母の血——あの「病」と呼ばれるものを恐れて生きてきたことを、僕は知っていたはずなのに。
結婚の話が進む中、僕はロチェスターに一度だけ、こう尋ねたことがある。
「本当に、バーサを愛しているのか」
彼はしばらく黙った後、こう答えた。
「彼女は美しい。それに、君の妹だ。悪い話ではないだろう」
今にして思えば、あの返事の中に「愛している」という言葉は、一度も出てこなかった。だが僕はそれ以上追及しなかった。追及すれば、この結婚話が壊れるかもしれない。そして、僕とロチェスターの友情も。
僕は自分の弱さのために、妹を差し出したのだ。
結婚式の朝、僕はバーサの部屋を訪れた。彼女は鏡の前で、白いドレスを纏っていた。その横顔は、母に——あの鉄格子の部屋にいる母に、恐ろしいほどよく似ていた。
「兄さん」
バーサは僕を見て、微笑んだ。あの微笑みが、僕への最後の信頼だったのだと、僕は何年も経ってから気づくことになる。
「私、幸せになれるかしら」
僕は答えられなかった。ただ妹の手を取り、教会まで一緒に歩いた。
あの日の風の匂いを、僕は今でも思い出せる。甘く、そして少し焦げたような、砂糖きび畑特有の匂いだった。




