ep.10 取引
黒い生物。
その言葉を聞いた瞬間のヤマトの表情を、ハカセは見逃さなかった。
何か知っている。
少なくとも、初耳ではない。
レイを落ち着かせた後、ヤマトはすぐに動き始めた。
そして数時間後。
アーシアンズ中心部。
VESTA本部。
卓を囲む部屋に、2人の見知らぬプレイヤーが集められていた。
二人ともレベル90以上。
この世界における最上位層だ。
ヤマトが席を立つ。
「VESTAのヤマトと申します」
穏やかな声が響く。
「緊急のお集まり、感謝します」
向かい側に座る女性が足を組みながら言った。
「ヤマトの兄ちゃん、何があったんだ?」
隣には巨大なカエルが座っている。
プレイヤーネーム、ミカヅキ。
レベル90。
ゲーム時代から有名な生物使いだ。
「説明する前に」
ヤマトがハカセを見る。
「ミカヅキさんとムメイさんに紹介したい方がいます」
視線が集まる。
「今回アーシアンズにて四人目のトロフィープレイヤー」
「ハカセさんです」
トロフィープレイヤーはレベル90以上のプレイヤーを指す俗称だ。
レベルキャップ解放ボスを複数討伐している証でもある。
「はじめまして」
ハカセは軽く頭を下げた。
「ハカセと申します」
「私の連れの弟が、黒い生物に攫われました」
「何か情報を頂けないかと思いまして」
「それはお気の毒だなぁ」
声を上げたのは一人の男だった。
長い前髪。
どこか胡散臭い笑み。
プレイヤーネーム、ムメイ。
レベル92。
そして有名な情報収集家でもある。
「だがさぁ」
ムメイは机に頬杖をついた。
「もし俺がそんな情報を持っていたとして」
「簡単に答えるとは限らないよなぁ?」
「は?」
ミカヅキが眉をひそめる。
「何言って――」
「待って」
ハカセが止めた。
ヤマトも黙っている。
ハカセはムメイを見る。
「言いたいことは分かります」
ムメイの口元が僅かに上がる。
「このOriginはVer4.0どころか」
「Ver3.0までだって攻略サイトで完全解明されていなかった」
「ましてや今は現実になっている」
ハカセは続けた。
「この新しいプラネットにおいて、情報は何より価値がある」
「そういうことですよね」
「ご名答」
ムメイが笑う。
数秒の沈黙。
そして。
ムメイは肩を竦めた。
「もちろん、それに値する情報があるなら別だがなぁ」
「なるほど」
ハカセは頷く。
そして。
自分のステータスを開いた。
机の上にウィンドウが表示される。
全員が覗き込む。
一秒。
二秒。
三秒。
「レベル103!?!?」
部屋が揺れた。
ミカヅキが立ち上がる。
ヤマトは苦笑している。
ムメイは口を開けたまま固まっていた。
「ちょ、待て待て待て」
「何だそれ」
「バグか?」
「正規です」
ハカセが答える。
「その代わり」
ムメイを見る。
「今回の件が解決したら」
「レベル上限解放の秘密を教えます」
沈黙。
そして。
「成立だ」
ムメイが即答した。
「やっぱりか」
ミカヅキが呆れた顔をする。
「ちなみにミカヅキさんは?」
ヤマトが尋ねる。
ミカヅキは鼻を鳴らした。
「ガキが攫われたんだろ?」
「それだけで十分だ」
「ありがとうございます」
ハカセが頭を下げた。
「気にすんな」
ミカヅキは手を振った。
話は本題に移った。
ムメイが机の上にいくつかのアイテムを並べる。
黒い粉末。
そして注射器。
「おそらく黒い生物の正体はこれだ」
ハカセが目を細める。
見覚えがない。
「オーロラ大陸アップデートで追加されたアイテム」
「黒い胞子」
「それと注射器」
「組み合わせることで作れる」
ムメイが言った。
「洗脳薬だ」
部屋が静まり返る。
「洗脳薬?」
レイが小さく呟く。
「野生生物に使うと、一定時間自分の命令に従わせられる」
ハカセの表情が険しくなる。
「ただし」
ムメイが指を立てた。
「効果が切れた後」
「そいつは凶暴化し、無差別にプレイヤーを襲うようになる」
ヤマトが腕を組む。
「特徴は?」
「体色が黒く変色する」
「目撃証言とも一致してるな」
ミカヅキが呟いた。
ハカセも頷く。
確かに一致している。
「ムメイさんは使わなかったんですか?」
レイが聞いた。
「あー」
ムメイは苦笑した。
「スタートダッシュとしてはアリなんだけどな、この薬」
注射器を指で弾く。
「効果時間が分からないんだよ」
「...なるほど」
「いつ切れるか分からない爆弾抱えるようなもんだ」
それは危険だ。
あまりにも危険だ。
「それで」
ハカセが聞く。
「心当たりはありますか?」
ムメイは頷いた。
「ああ」
そして顔をしかめる。
「これを使いまくって洞窟攻略してる馬鹿どもがいる」
ヤマトもため息を吐く。
「やっぱりか」
「知ってるんですか?」
レイが尋ねる。
「名前までは掴めてない」
ヤマトが答えた。
「でも何人かのプレイヤーが消えてる」
「おそらく同じ連中だろうな」
ムメイが続ける。
「攫われた奴も、そいつらの仲間にされるか」
「利用されるか」
「どっちかだろう」
ハカセは拳を握った。
コハクや、無関係なプレイヤーがそこにいるなら、一刻も早く助けなければならない。
こんな神ゲー、人に遊び方を制限されるいわれはない。
会議はそこで終了した。
参加者たちはそれぞれ席を立つ。
ハカセも立ち上がる。
「よし」
レイを見る。
「レイちゃん」
「なんですか?」
「アーシアンズで待っててもらえないかな」
レイは一瞬だけ固まった。
すぐに理解する。
ハカセは一人で行くつもりなのだ。
いや。
正確には、1人で戦力を集めるつもりなのだ。
自分を連れて行けば危険が増える。
それが分かる。分かってしまう。
本当は言いたい。私も行きます。
私も助けたいんです。
でも。
言葉は出なかった。
ずっと気づいていたから。
ジョシュに助けられた日から。
レベル90を超えるプレイヤーたちと話している今も。
自分は足手まといなのだ。
ハカセの行動を助けるどころか。
むしろ制限している。
だから。
レイは笑った。
少しだけ無理をして。
「待ってますね!」
ハカセも笑う。
「ああ」
「すぐに戻ってくるよ」
そう言って歩き出す。
ヤマト。
ミカヅキ。
ムメイ。
そしてハカセ。
Origin最強クラスの四人が。
黒い生物の痕跡を追うために動き始めた。




