↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/43

1 野付崎隼人の日常(3)

 朝だ。

 7時5分前に目を醒(さ)ます。いつもの様(よう)に朝食を食べ、支度(したく)をして部屋を出る。隼人(はやと)を待っているかの様(よう)に3階に停まっているエレベーターに乗り込み、駅への道を早足で歩く。

 隼人には1つ、毎日気になっている事がある。地上から階段を降りて、地下鉄の改札口に向かう長い連絡通路。その途中に1つだけドアがある。四角い断面の長い連絡通路。壁も床も天井も白い無地(むじ)の平面が真っ直ぐに続いている。その右側の平らな壁から、ステンレス製のドアノブが飛び出している。ヘアライン仕上げされた銀色のノブが通路の白色照明の光を鈍(にぶ)く跳(は)ね返している。ドア本体は、白いペンキで塗(ぬ)り潰(つぶ)され、周囲の壁に溶け込む様(よう)に配慮(はいりょ)されている。ドアには何も表示が無い。恐(おそ)らく駅の関係者が出入りするためのドアに違いない。だが、通路を歩き、その前を通る時、隼人の視線はいつもそのドアに注(そそ)がれる。

 きっと、平らな壁面からそのノブだけ不自然に飛び出しているから、つい注意が向くのだろう。そんな事を考えながら、駅の改札を抜ける。

 ホームで電車を待つ間に、携帯情報端末(たんまつ)を開(ひら)く。

〈今日はどこで昼飯にする?〉

 カズのメッセージが入っている。

 全(まった)く、早いな。こいつ、食う事にしか興味が無いのか?

 思わず苦笑(にがわら)いが浮かぶ。まだ誰もカズのメッセージに反応していない。

〈和食が食(く)いたい〉

 悪戯心(いたずらごころ)が湧(わ)いて、隼人は先に我儘(わがまま)を返信する。先にこんなメッセージを出したら、みんながどんな反応をするか楽しみだ。

〈それなら、俺は蕎麦(そば)が良い〉

 ムサシから直(す)ぐに返信が来る。

〈和食なら、C―1地区、10号通りに『沢渡(さわたり)』という店がある〉

 ノリオも反応する。

〈蕎麦(そば)はあるか?〉

 ムサシは拘(こだわ)る。

〈旨(うま)いかどうかは保証できないが、ある筈(はず)だ〉

〈まあ、良いだろう〉

〈ハヤトはどうだい?〉

 カズが隼人の意見を確認してくる。

〈OK〉

〈なら、『沢渡(さわたり)』に集合しよう〉

 全(まった)く呑気(のんき)な奴等(やつら)だ。朝から昼飯の事を考えている人間が、一体どれだけ居(い)るだろう。仕事の心配とか、何か予定の時間が迫(せま)っているとか、そういう煩(わずら)わしい用事は無いのだろうか。

 彼等の、そんな能天気(のうてんき)なところが隼人の気持ちを和(なご)ませる。1人きり電車に揺られながら、笑(え)みを浮かべて携帯端末(たんまつ)をポケットに捻(ね)じ込む。

 オフィスに行けば、川崎と斜向(はすむか)かいのデスクに座(すわ)り、モニター上に並んだ文字や数字の群を睨(にら)み付ける。狭いオフィスに2人きり。お互い仕事に集中し、会話する事もろくに無い。キーボードを指が叩(たた)く微(かす)かな音と、機器の冷却ファンの回転音が聞こえている。

 こんな息の詰(つ)まる時間から昼休みには解放される。オフィスを出て、信号機のある交差点を2つ越え、模造(もぞう)大理石のビルの角を右に曲がる。すぐ先に暖簾(のれん)を下げた、小綺麗(こぎれい)な店が見える。暖簾(のれん)に『沢渡(さわたり)』と染(そ)め抜きされている。隼人は暖簾(のれん)をくぐり、引き戸を開(あ)けた。

「こっち、こっち。」

 引き戸の開(ひら)く音を聞きつけたか、カズが隼人を手招(てまね)きする。テーブル席を3人の男が囲んでいる。

 こいつら、もう来ているのか。

 隼人は薄(うす)ら笑いを浮かべて、最後に残された椅子へ腰掛けた。

「いらっしゃいませ。」

 店員がメニューを隼人に差し出す。隼人は片手を出してそれを受け取る。

「和食屋に来たなら、やっぱり天ぷらだな。」

 ノリオの声だ。

「俺は、これだ。ざるそばにかき揚げが付いている奴(やつ)が良い。」

 今度はムサシだ。

「じゃあ、僕はあっさりとうどんにするよ。」

 カズだ。

「お前、そんな物ばかり食っているから、大きくならないんだぞ。」

 ムサシの説教か。

「今更(いまさら)、大きくなる訳(わけ)ないだろ。昼飯は軽く済ませる事に決めてるんだ。」

 カズが珍しくムキになっている。

「夕飯だって、そんなにがっつり食っちゃいないだろ。」

「ムサシと同じ基準で考えるなよ。そっちの方が普通じゃないんだよ。」

 メニューから視線を上げると、目の前にカズの不機嫌(ふきげん)そうな顔がある。

「ハヤト、お前はどうする?」

 カズとムサシの口論を放置したまま、冷静な顔でノリオが隼人を覗(のぞ)き込む。

「そうだな。魚のフライの定食はないか…。」

「フライか。和食なら天ぷらじゃないか?」

「そうとも限らんだろ。アジフライも立派(りっぱ)な日本食だ。」

 フンと鼻を鳴らしただけで、ノリオはそれ以上突っ込まない。隼人の正面では、カズとムサシがその後も暫(しばら)く適正なカロリー摂取(せっしゅ)量について意見を戦わせていた。


 昼休みが終われば、また息が詰(つ)まる仕事の続きだ。気(け)だるい午後の雰囲気と相俟(あいま)って、隼人の精神を痛め付ける。キーボードを打つ手を止めて、周囲を包む重苦(おもくる)しい空気から逃げ出す。と言って癒(いや)しが得られる場所も物事もない。仕方(しかた)なく窓際(まどぎわ)に立ち、外の景色を眺(なが)めて気分転換を図(はか)る。

「なんだ?どうした。」

 ぼんやり窓から外を眺(なが)める隼人に気付いて、川崎も仕事の手を止め、椅子(いす)から立ち上がる。

「なあ、どうするべきか迷う場面ってないか?」

 隣に並んで立ち、窓から景色を眺める川崎に話し掛ける。

「あるさ。」感情を表に出さない川崎は、冷静に答える。「そんなのしょっちゅうだ。毎日、何か起きる度(たび)、選択の連続だ。」

「そうか。」

「何か迷っているのか?」

「うん…」

 窓から見下ろす街路では清掃ロボットが働いている。緑色の制服を着込み、掃除用具の入ったカートを引いて、僅(わず)かでも落ちているゴミは無いかと目を皿の様にして、街路の隅(すみ)をチェックしながら歩いて行く。

「あそこに清掃ロボットが居(い)る。」

 隼人が顎(あご)で指した方角に、川崎は視線を送る。

「ああ。…別に珍しい事じゃないだろ。」

「知ってるか?あいつらは、みんな同じ緑の制服を着て、同じ様(よう)なカートを引いて歩いているけど、1体1体特徴(とくちょう)が違う。背の高い個体もあれば、ずんぐりむっくりした個体もある。」

「へぇ、そうなのか。」

 それほど関心無さそうに、川崎は道を行くロボットを見下ろす。

「そうなんだ。通勤途中で出会う清掃ロボットを見ていて気付いた。あいつらは、1体ずつ違うキャラクターを持っているんだ。なのに、やっている事は同じ…。折角(せっかく)ロボットとして個性が発揮(はっき)できる様(よう)に作られているのに、仕事に全(まった)く生かされていない。」

「ま、個性を必要としない仕事だからな。」

 川崎は窓に背を向け、ズボンのポケットに両手を突っ込むと壁に寄りかかる。

「個性を必要としないって、本当にそうなのか?」

「ん?清掃ロボット毎(ごと)にパーソナリティを違えて、もし、ずぼらな奴(やつ)ができたら、役に立たないだろ。」

「そりゃ、そんな奴ができない様(よう)に意識して設定すれば良いだろ。それより、折角(せっかく)、街の中を歩いて回るんだ。いろんな人と出会う筈(はず)さ。個体毎(ごと)に違う個性を持っていれば、出会う人間にも良い効果があると思わないか?」

「ふーん、そうなのか?」

「そうさ、きっとそうだ。…今、やってるロボットのタスク入力のソフトだって、単にロボットにやらせる仕事を設定するだけじゃなく、その仕事にあったキャラクター付けができた方が良いんじゃないかと思うんだ。」

「え?古いバージョンにはそんな設定無いだろ?」

「ああ、だから、タスク入力の最後で、パーソナリティ設定のルーチンにジャンプさせようか迷っているんだ。」

「それ、必要なのか?」

「ロボットに求められているのは、ユーザーに与えられたタスクで最高のパフォーマンスを発揮(はっき)する事だ。ほら、タスクによって誰にやってもらいたいとかあるだろ。髪を切ってもらうなら、できれば美人の優(やさ)しい女性が良いとか。」隼人は言ってしまってから笑顔で誤魔化(ごまか)す。「折角(せっかく)、AIロボットにパーソナリティ設定領域って言うのが設けられているんだから、ユーザーがタスクに合わせて、パーソナリティを設定したいんじゃ…」

 隼人の言葉が途切(とぎ)れる。窓の外を見たまま、表情も薄っすら浮かべた笑顔のまま固まっている。

「どうした?」

 怪訝(けげん)そうに川崎が隼人の顔を覗(のぞ)く。

「…前にこの話、しなかったか?」

 振り返った隼人の表情には不安が滲(にじ)んでいる。

「いや。初めてだ。」

 川崎は真顔(まがお)で応(こた)える。

「そうか…、なら良いんだ。」

 隼人は目を伏(ふ)せる。

「なんだ、変だぞ。…そうか、デジャビュって奴(やつ)だな。」

 川崎はそう言って、あっけらかんと笑い飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。