6 冒険(4)
自宅に戻ると、パソコンにモニターとキーボードを繋ぎ、解析を始める。起動にパスワードが設定されている。これは立ち上げるだけでも時間がかかりそうだ。ひとまず、パソコンは後回しにして、ポケットから記憶デバイスを取り出して、自分のパソコンで中身を覗いてみる。
ファイルが1つ。中には動画が1つ収められている。
また、動画か…。
佳純と言い、この名前も知らないメッセンジャーと言い、過去からの情報は何故か動画ばかりだ。再生すると、椅子に座った1人の男の姿が現れる。正面からのライトに照らされた、胸から上が映っている。椅子は、あの部屋にあった椅子に違いない。背景は暗く沈んでいて判然としないが、雑然としたゴミ部屋と違って整理されている。それでも恐らくあの部屋だ。男は、小太りの、大きな顔の割に細い目をした短髪の男。年齢は40歳前後に見える。もしかすると、見た目よりも実年齢は若いかも知れない。ラフなスウェット姿で背中を丸め、時々、左の頬をぴくぴくと引きつらせている。
「これを見付けたのが」男は、カメラ目線で話し始める。「迫害する体制側の人間でなく、不当に扱われている側の人間であるならば幸いだ。統一党の言う事に耳を貸してはいけない。どんなに尤もらしい事をほざいていたとしても、みんな嘘だ。」
男は『嘘』と言う言葉にだけ、異常に力を込める。
「力を結集すれば対抗できる。本当に民主的な自治組織を必ず作れる。俺達日本人には、その力がある。…俺は、もう疲れた。仲間に頼んで、この部屋の入り口を判らない様に壁に埋め込んでもらった。これであいつらに邪魔されずに、静かに残された時間を満喫できる。…こんな俺が言うのは卑怯かも知れないけど、常識のある人間がまだ散らばって隠れている筈だ。何とかして、その人達を糾合するんだ。必ず正義は勝つ。元々、残す人間を良く選別もしなかったから悪いんだ。だからこんな事に…いや、泣き言はやめよぅ。未来は君達の肩にかかっている。逃げ出しちまった俺は非難されても仕方ないけど、君達は力を合わせて、どうかオノゴロで理想的な社会を実現してくれ。成功を祈っている。」
男は、暗い背後を1度振り返る。
「入り口は塞がった。もう、出る事も入る事もできない。勿論、水も食料も今ここにあるだけでお終いだ。できるだけ掻き集めたけど、さぁて、どのくらい持つだろう。こうなってみると、外に残されるのとどっちが幸せだっただろうと考えてしまう。…こんなの馬鹿げてる!政府の無策がこんな事態を招いたんだ!…済まない。つい愚痴になってしまう。君達は闘わなければならない。闘いを避けている限り、統一党の思うつぼだ。武器をとれ。人殺しを恐れるな!自分と自分の大事な人を守るために闘え!…成功を祈る。未来を、理想的な未来を守ってくれ。」
最後に男は寂し気な笑顔を画面に向ける。動画はそこで終わった。
なんだ、これ?
このオノゴロと言うドームの秘密について何かしら語られるのじゃないかと期待したのに、何か愚痴の様な、独り言が垂れ流されただけだ。僅かに分かったのは、昔オノゴロの中で争いが有った事。それもきっと人間同士の争い。それと、オノゴロには、入ると言う意志を持って自分達で入って来たらしいと言う事。結局、1番知りたい出口の場所に繋がりそうな情報は無いし、何故オノゴロができて、何故人間が姿を消して、何故隼人1人が取り残されているのかについては、ヒントの欠片も無い。パソコンの中身にアクセスできたら、何か分かるだろうか。それが可能になるまで、どのくらいかかるだろう。ムサシ達に協力してもらえば、少しは早まるだろうか。
隼人はそんな事を考えながら、ベッドに潜り込んだ。
オノゴロ内の捜索は終了した。結局、あの壁の向こうに隠されていた部屋以外に怪しい所は見付けられなかった。オノゴロの外へ通じる出口も、結局見付かっていない。残る希望は手に入れたタワー型パソコンだが、隼人には手に余るセキュリティの厳しさだ。1週間かかり切りで解錠を試みたが、果たせずに放り出した。
途方に暮れた。結局分かったのは、このドームの中に閉じ込められている人間は、自分1人だという事実だ。自分だけ取り残された。何故、こんな所に佳純が自分を閉じ込めたのかも分からずじまいだ。今手元にある手がかりは、こじ開けられないパソコンと、2つの動画…
隼人は、外に出る気力を失い、明かりも点けずに部屋の中に籠った。何度も動画を再生する。最初は少しでも何かヒントになればと思って見ていたが、今では惰性で流している。
佳純の動画を再生している時、ふと背景が気になる。彼女の座っている応接セットは、研究所で見付けた彼女の執務室に残っていた応接セットとは違う。動画の中のそれは、もっと高級そうな本革の、体が沈み込みそうなくらいゆったりした作りをしている。佳純はそのソファに浅く腰掛けて話している。
これ、どこだ?
背後に壁と半分だけドアが映っている。白地に細かい花柄の壁紙。研究員の執務室には似つかわしくない。ドアもチーク材を模した凝った造りだ。ドアの脇、壁にフックが取り付けられて、何か吊り下がっている。
隼人は身を乗り出し、画面を食い入る様に見つめる。
青い紐のパスケース。見覚えがある。あれは、研究所で支給される研究員用の身分証明証入れだ。
もしや、あれは…
バネが弾けた様に勢いよく立ち上がると、靴を履くのももどかしく、部屋から飛び出す。目指すは研究所の廃墟。隼人は、夜の街中を地下鉄駅の連絡通路目掛けて一気に走る。連絡通路のドアを開けるのに躊躇いはない。そこまで走って来た勢いのまま飛び込む。
直接通じているフロアは、研究員の執務室のある地下1階フロアだ。あの応接セット、研究員の物じゃないだろう。恐らく所長室だ。だとすれば上、5階だ。この研究所が本物を模して造った偽物だとしても、もしかしたらあの動画、あれが佳純の残したヒントかも知れない。
階段を駆け上がる。エレベーターもあるが、こんな廃墟、もし途中で停まってしまったら、そのまま死を待つしかない。地上階はロビー、2階は研究員の執務室、3階は実験室…。一気に最上階まで駆け上がる。流石に建物の上部は地上に顔を出している。廊下の窓から外の景色が見える。所長室は、エレベーターから1番遠い場所、階段からは1番近い位置にある。『所長室』の名板が貼られたドア。想像通り、チーク材を模した凹凸のある表面をしている。ノブを握り、勢いよく回す。きっと長い時間開ける者も居なかった筈なのに、音も立てずにドアは内側にすっと開く。
部屋の正面、所長用の大きな机の向こうに、川崎が座っていた。




